第5話 宰相の次男の話。

 僕の  がいなくなった。

 きっと彼女は神に愛されすぎていたんだ。それほどに愛らしかった。


 彼女はとても愛らしくて、純粋で、いつも笑顔を絶やさない子だった。

 僕はその笑顔にいつも救われていた。


 僕の兄はとても優秀だった。僕より5歳も上で父さんの後を継ぐのは兄で間違いないだろうと言われていた。僕に後継ぎとしての重圧がのしかかることはなかったけれど、いつも兄と比べられて過ごしてきた。

「兄君は本当に優秀でいらっしゃる。弟君は、とても温厚でいらっしゃいますね。」

「やはりあんなにも優れた兄君に比べると劣ってしまうように見えますね。」

「私、兄上様のことをお慕いしているんです。平凡な貴方のことではありませんわ。」

 周りの人だけでなく兄でさえ僕を恥ずかしい存在だと思っていたと思う。口を開けば

「自分をしっかり持て。」

「多少身分はどうであれ、次男のお前の恋人や結婚にとやかく言わないが、きちんと考える頭を持て。」

「最低限、貴族としての自分の行動を弁えろ。」

 そんなことばかりを言われていた。


 兄の方が優れているなんてことわかりきっていたし、当たり前だとも思っていたけれど、それでもやっぱりどこかで無理をして我慢していたんだろう。

 そんな僕の気持ちを和らげてくれていたのが彼女だった。

「貴方は貴方らしい自分の考えを持っていて素敵ね。…え?貴族ではそれを受け入れられない?他の人がなんと思っていても私はとても素敵だと思う!それじゃあ不満?…あはは、冗談だよ!」

「貴族は好きな人と結婚できないの?だからなに?私は貴方と一緒にいられるならそれでいいの!貴方はそうじゃないの?」

 彼女といられるなら爵位なんていらない。きっと彼女もそれを望んでいるだろう。そう思っていた。

 そんな僕の甘い考えを諭してくれたのも彼女だった。


「確かに私は平民よ?でも生まれたころから貴族の貴方に平民の暮らしが本当に耐えられるの?それよりも貴方は貴族らしく今の生活を維持するほうが向いていると思う。…私?私はこれまでにいろいろなところで働いた経験もあるのよ!力になれるわ!…え?平民じゃこれくらい当たり前よ!」


 僕は彼女との今後の生活の為にもこれまで以上に勉強をした。

 兄はいつも何とも言えない顔で「きっかけがどうであれお前が頑張っているようでうれしいよ。」と言ってくれた。

 彼女と僕が一緒にいることをよく思わない連中によくない噂を流されることが多かった。

 僕のことではなく、彼女のことで。


 彼女は高貴な身分の人にばかり色目を使っているとか

 彼女は人によって言うことを変えているとか

 女性の前ではとても性格が悪いとか

 根も葉もない噂ばかりに辟易とした。


 確かに彼女はいつも僕の隣にいるから周りにいる殿下や公爵令息とも顔を合わせることはあるけれど、僕だけの彼女なのにおかしなことをいう。

 …はぁ、もう少しで彼女とのことを家族にも認めてもらえると思ったのに。

 彼女は神様に愛されるほどの容姿だったから、彼女の亡骸は顔が分からない程になっていた。


 その亡骸が彼女のものと皆が判断したのは、いつも彼女が身に着けていた制服とお母さんの形見だと言っていたブローチが襟元についていたからだ。

 それ以外で彼女を判別する方法がないほど見るも無残な姿だった。

 …だから僕はに彼女特有のほくろがなかったことに気が付いている。

 僕しか知らない位置にあるあのほくろ。それがないあれが彼女であるはずがないんだ。

 …彼女は今どこにいるのかな。すぐに見つけてあげるからね。

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