第3話 騎士団長の長男の話
俺はどこで間違えてしまったのだろう。
俺は のことが大切だった。
でも は俺だけじゃなくみんなのことを平等に大切にしていたのだと思う。
あの子のことが大切だったからこそ、意見を尊重してただ俺はそばにいられるだけでいいと思っていた。 が一番大切だと思える人と幸せになってくれるならそれが例え俺じゃなくても良いとさえ思っていた。…そもそも婚約者のいる俺にはあの子を幸せにする権利や義務なんてないのに。
あの子は平民だった。
貴族令嬢とは違って怒ったり泣いたり笑ったり、くるくると表情の変わる感情を思いっきり出すような子だった。
なんて素直な子なのだろうと思った。この時はあの子の笑顔にいつの間にか淡い恋心に似たようなものを感じたりなんてしていた。
ある日、あの子は一人人気のない場所で泣いていた。
俺の婚約者に無視をされると言うのだ。
俺の婚約者が俺とこの子の関係を疎んで嫌がらせをするのだと。
正直、信じられなかった。
確かに位が下の者から話しかけてはならないが、俺の婚約者はとても温厚で馬鹿な俺を導き、諭し、助けてくれるような人だったからこそ、いくらこの子が平民だからと指摘こそすれ、無視をするなんて想像ができなかった。
それに、この子がそんな当たり前のマナーも理解せずに泣いていることに。
いくら学園内は平等であるとはいえ、これからの国を担っていく存在になる俺たちはこの学園で大人になるための基礎を学んでいるはずだったから、この子が平民だからと知らないはずはない。
だから俺は泣いているこの子に「きみを無視するなんて許せない!」と怒ることも「嫌がらせなんてそんなわけないだろう。」と呆れることもできなかった。
そして、その小さな違和感をなかったことにできるほど、あの子はいい子ではなかった。
俺が咎めなかったからか、きちんと俺に話が伝わっていないと思ったからなのか。日に日に内容はエスカレートしていった。
はじめは話しかけても無視をされる、私だけを仲間外れにしてくる、その程度だったの、ある日ズタズタに引き裂かれた制服を抱え静かに泣いているあの子を見つけてしまった。それは俺にとっては言い逃れのできない物的証拠だった。だから思わず婚約者である彼女に詰め寄ってしまった。
「本当にそれを私がしたと思っているのですか?私が人を貶め、辱めるような行為を本当にすると?我が伯爵家の名に懸けてそのような愚かな行為は致しませんわ。
…そのようなことをする人間だと貴方に思われたことがひどく残念です。」
おれは彼女のことも酷く傷つけてしまった。この時のどこか悲しそうで、どこか失望したような表情を今も忘れることができない。
この日を境にいつも俺を導き支えてくれていた彼女はどこかよそよそしくなっていった。
そして代わりにあの子が俺の隣に来ることが多くなっていった。
あの子の笑顔を見ていると、次第に嫌なことは頭の中からぽろぽろと消えていった。
守るべきはこの子なのだと錯覚していった。この子との日々はとても楽しくて、かけがえのないものだと錯覚した。
…いつからだろう。あの子の傍にいるときはどうしても判断能力が鈍って仕方ない。記憶があいまいになることも増えていった。
確かに俺は剣術など体を動かすことばかりしていたからあまり頭もよくなかったし、直感で動くことは多かった。だけど、以前はもっときちんと考えることができていたはずだ。
あの子の傍にいるのは俺だけではなかった。宰相の次男坊や第二王子殿下もあの子の虜だった。いつも身分の高い貴族令息がいたからか、“婚約者ではない異性を愛称で呼んだり体に触れたりしてはいけない”と当たり前のことを注意する人は次第にいなくなっていた。
だからきっとわからなかったのだろう。あの子は王太子殿下にまで平然と声を掛け始めた。さすがにまずいと思った。王太子殿下の婚約者様は公爵というとても高貴な身分で考え方もとても貴族らしい。
王太子殿下や自分の身に何かあれば平民など捨ておいてもいいと考えているであろうことは馬鹿な俺でもわかってしまった。
いくら貴族は平民の血税で裕福な生活をしているとはいえ、その家が持つ領地を管理し豊かにする義務を担っている。だからどんなに平等な社会と言えど、対等ではない。
そんな簡単なことがあの子にはわからなかった。
何度俺が指摘をしても次の日には忘れてしまう。
なにかあってからでは遅い、と俺がこの子を守ろうと決めた。
分からないなら何度でも教えればいい。出来ないことは手伝えばいい。したいことは俺ができる範囲で叶えればいい。
それが間違っていたんだろう。
ある日突然 は姿を消した。
父さんに聞いても「お前が愚かでなければ結果は変わっていたかもしれんな。だが、もう忘れるんだ。お前が本当に守るべきはあの娘ではないだろう。」と言われ、はっと思い出した。
あぁ、そうだ。俺はどこで間違えてしまったんだろう。
今思えば、なぜ俺は大切な彼女を無下にしてまであの子を優先していたのだろう。
もうあの子に恋い焦がれていた理由もわからなくなってしまった。
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