第2話 悪役令嬢の話
私の婚約者についたいらぬ虫を殺した。
あの虫には本当に煩わしい思いをさせられた。
高々平民の分際で私に盾突くなんて…本当に愚かとしか言いようがないわ。
でもあれはもういない。これでやっと憂いることはなくなった。それだけが私を安心させてくれる。
あれが目障りになったのはいつからかしら。
由緒正しきこの学園に平民が入学するというだけでも虫唾が走るというもの。
平民は皆あんなにも愚かなのかしら?私がよく伺う孤児院の子供たちはあんなにも素直で純粋でよく学ぶいい子たちばかりなのに。
ただでさえマナーも知らず躾のなっていない者たちが同じ空間にいるだけでも嫌だというのに愚かにもあれは身分を弁えず身分の高い男性たちから順に声を掛けていたわ。
身分が低いものから声をかけてはならないと教わらなかったはずであろうに、声を掛け愛称で呼びその体に触れるなんて。もしも私が触られていたらと考えると…いいえ考えるだけでも身の毛がよだちます。それなのに私の弟も王太子殿下もお優しい人だから…。
これが実験的な入学で私たちにとっては平民をよく知る機会としてみな平等であるべきだとされていたからこそ、教師の方たちから注意を受けるだけで済みましたが、これが街中で起きた出来事であれば不敬であると首を刎ねられていてもおかしくはなかった。私の弟も侯爵令息ではありますが、王太子殿下は未来の国王ですもの。貴族であっても簡単に触れていいお方ではありませんわ。
まぁ、他の平民たちは各々それなりに努力をしていたようではあります。私は知りませんけど。興味もありませんわ。
なぜあれはそんな
だけれどこんなものはあれの異様な行動の前触れでしかありませんでした。
いつからだったかしら。あれは私の婚約者である王太子殿下にいらぬことばかり吹き込んでいたようです。
「あのお方が私のことを無視してくるんです。」
「大切にしていた母の形見をわざと壊されたんです。」
「突然階段から突き落とされそうになりました。」
「襲われそうになったんです!きっとこんなことあのお方の指示に違いありません!」
なぜ私がそんな事をしなければならないの?私が平民なんぞのためにわざわざ自らの手を汚すようなことするわけがないじゃない。
そもそも私が身分の低いものからの声掛けに応じてしまうと他の者たちも応じなければならなくなってしまうわ。次期王太子妃として、未来の王妃として、見本となる態度が求められますもの。まぁ、王太子殿下や私の弟は学園長から直々に依頼をされていたからこそあれからの不躾な態度にも釈然と対応していたようだけれど。大変なことね。
大切な母の形見だなんておっしゃっていたけれど、そんなもの知りませんよ。興味もない。
はぁ、本当になぜ私がわざわざあんなものに関心を向けなければならないのかしら。
殿下や弟だけには留まらず挙句の果てには私に向かって
「嫌がらせはやめてください。」
「王子殿下は私のことが好きなんですよ!」
「王子殿下のことを愛してもいないのに、可哀そうです!彼を解放してあげてください。」
「王子殿下は私を王妃にしてくれるって言ってたんですよ。」
気でも触れたのかと思いました。
あ、殿下が、ですよ?
まぁ、見ていればあれの勝手な妄想だろうとわかりました。
殿下と弟は幼いころから共に長い時間を過ごしてきた仲ですもの。よほどあれが魔法や薬を使っていない限りあの二人がそんな愚かなことを言うわけがありませんもの。周りもあれは気が触れているのだとそう思っているようでした。
だって仕方がないでしょう?ほかの平民たちは当たり前に理解しできていることをあれは何一つとしてできておりませんでしたもの。
だからまぁ、もうあれのこと消すことにしましたの。いらないのですもの。
平民の分際で王妃だなんて、夢を抱くだけでも不敬だわ。平民たちの間で流行していた物語にはそのようなものもあったようですけれど、それを許されるのは物語だからですわ。現実で口にするなんて本当に悍ましい。
ですけれど、私未来の王妃として慈悲を与えてあげることにしましたの。
いくら忌々しい愚かな平民といえど、嘘ばかりを吐かせていてもなりませんから、あれの言葉を一つ現実にして差し上げることにしました。
仮にも未来の王妃である私の些細な願いを叶えてくれる存在は多くいますもの。
私が王妃様の主催したお茶会で一言いえばその願いはいとも簡単に叶えられました。
「殿下にとって…いえ王家にとって不敬極まりないことを仰る様な方が学園にいるのです。もしもあの方が本当にそのような行動を起こすのではと考えると私とても怖くて、皆様私どうしたらよいのでしょう。」
直接何を指示しなくても、あれは翌日姿を消しました。
記録もなにもかも全て。
これでやっと元通りの生活になる。…王妃様たちには頼りないところを見せてしまいましたわ。それが唯一の後悔かしら。このようなこと、私だけでも解決できるようにならなくては。
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