不幸のメールVer2.0

三椏香津

不幸のメール Ver2.0


 美智(よしとも)には三分以内にやらなければならないことがあった。


 正確にはすでにあと2分をきっていた。少し肌寒く感じるこの部屋の中央に置いた、2つのコーヒーカップからは、白い湯気が立ち上っていた。俺が前もって淹れていたコーヒーだ。

「よっしー、なんで何も喋らへんの?さっき電話かけてきたときはアホみたいにテンション高かったやん。」

スマホで呼び出して秒読みでやってきてくれた英子(えいこ)が、片方のカップで暖をとりながら言った。

 普段外で人と話すときは敬語の英子だが、俺と話すときは大阪弁で話してくれる(ん?関西弁だっけ?)。普段俺と接するときの話し方と、お笑いは決まった芸人しか見ないことと、ストイックに運動をしてる割にご飯は大盛で食べるところ。…他にもたくさん好きなところがあった。


「なぁー何なん?やばい都市伝説見つけたって言うてたから来たんやん。また動画投稿用のサムネのイラスト描いてほしいんやろ?…ちゃうの?」

 俺は人気動画サイトで都市伝説を中心としたホラー動画を投稿していた。副業でイラストレーターをしている英子には、出世払いで動画に貼るサムネイルのイラストを描いてもらっていた。昔は自分でコラージュ画像を作ったものをサムネイルにしていたが、英子のイラストに変えてからは明らかに動画の伸びがよくなった。収入は生活費ギリギリだが、固定で楽しんで動画を見てもらえて、実証生放送では投げ銭をしてくれる人もいた。見てくれていた視聴者には感謝しかない。今までありがとう。


「…ほんまにどうしたん?私何かしたん?」

俺があまりにも口を開かないものだから、少しずつ彼女が不安になってしまっている。普段あれだけ絶えることなく利益にならない話で盛り上がっている俺がこんなに黙っているんだ、そりゃあ不安にもなる。

「なんで下ばっか見てんの?言いたいことあるんやったら、はっきり言うてよ。」

もちろん英子の顔を最後に見たい気持ちはやまやまなのだが、英子が座っている”方”に顔を向けたくなかった。


 肌寒いと感じているはずなのに生え際から伝っていた汗が、顎の下まで流れて膝に落ちた。それを見て、俺の様子がおかしいことを英子もさすがに気が付いていた。


「もしかして、別れ話?」

「違う!!」

俺は顔を上げて全力で否定した。その時に英子の後ろにいた真っ黒い『それ』が2分前より明らかに距離が近くなっていた(英子の後ろには壁があるのだから、遠くにいることは難しい、だとしたら大きくなったのか?)。

 英子の後ろの壁には、俺の趣味ではない大きなデジタル時計がかかっていた。インドアで、編集作業を始めると時間を忘れてしまう俺にと、英子が奮発してくれたものだった。その時計を見て、俺は残り時間が1分を切っていることに気が付いた。同時に俺の心は決まった。だからこれから俺自身に起こることは、英子への気持ちが少しでも揺らいでしまった自分への罰だ。


「…やっぱり別れ話なんやろ。」

英子は下を向いて笑った。そして両手を温めていたコーヒーカップをそのまま持ち上げて口に運ぼうとした。

「やめろ!!!!」

俺はそのカップを取り上げ、英子がいない方の壁へ投げた。カップの中にはコーヒーと、漂白剤が入っていた。

「俺は英子のことをあいしてるんだ!!これからもずっとだ!!!!」

俺は全力で英子に向かって叫んだ。

 もう英子の顔が見えない。俺の視界は、目と鼻の先まで来ていた黒い『それ』の顔らしきもので埋め尽くされていた。

 俺はその場に膝から崩れ落ちた。急に胸が苦しくなり、呼吸ができなくなった。

「よっしーどうしたん!?ちょっと!美智君!!!!」

「英子…頼む…もし俺から連絡があっても…開くな、絶対だぞ…。」

俺は必死で声を絞り出して英子に言った。英子が俺の声をゆすりながら何か叫んでいる。

 もう『それ』の姿はなく、見上げれば英子の泣き顔がそこにあった。


 それが俺の見た英子の、最期の顔だった。





 3年前、恋人だった美智君が目の前で死んだ、死因は心臓発作だった。

 派遣社員の私はあの日休みで、自宅で副業のイラストを描いていた。近い内に絵の道一本で食べていきたい私は、安定して仕事をもらうべく奮闘していた。


「…。よっしゃぁーっ。」

無事納品が終わり、大きく伸びをした。少し早いが昼ごはんにしようかと悩んでいると、スマホが着信音が流れてきた。集中すると倍部音が聞こえないから、自宅で作業をしているときはマナーモードを解除していた。

「もしもし、よっしー?どしたん?」

「英子!!ちょっとこっち来いよ!やべー都市伝説見つけたんだよ!ちょっと語らせて!」

ナイスタイミングだ。こないだ納品したそこそこ大きな案件の報酬が入ってきたから、ファミレスで豪遊でもしよう。


 そう思い家に行ったら、彼が死んだ。家に上がってわずか3分だった。

 彼の死ぬ直前の姿を忘れたことは一度もない。

「えい…たの…れんらく…くな…」

胸を抑えながら、必死で何かを言っていた。それが何か聞き返したが、すぐに美智君は動かなくなった。


 それから3年、今日は美智君のお兄さん、椎奈(しいな)さんと一緒にお墓参りに行く。彼とお兄さんあとっても仲が良く、2人はよく美智君が運営していたホラー動画の規格によく参加していた。

 美智君が目の前で死んだショックから立ち直れずにいた私を支えてくれたのが椎奈さんだった。今日は美智君に、そんな椎奈さんと婚約する許しをもらいに行くのだ。

「よしのヤツ、驚くだろうな。でも、他の男に取られるぐらいなら俺の方がましだって、案外言ってくれたりして。」

この日のためにクリーニングに出していたんだと、椎奈さんはスーツの襟をピンとして見せて笑った。その時に凹むえくぼが、兄弟なだけあって、彼によく似ていた。


 霊園に到着後、彼の墓に向かう前に手洗いに行くために椎奈さんと別れた。


~♪~♬


 一足先に手洗いを出た私のカバンの中から、マナーモードにしていたはずのスマホの通知音が流れてきた。

「(椎奈さん?…!!)」

それはもう、連絡してくるはずのない相手からのショートメッセージだった。

「よっしー…!!」

考えるより先に親指が動いた。が、開いてみるとそれは彼からの送られてきたものではないとすぐにわかる物だった。


 【3分以内ニ、椎奈ヲ殺セ。殺セナケレバ、オ前は死ヌ。】


「(…何なんこれ、いたずら?悪趣味やわ。)」

「英子ちゃんお待たせっ。」

「ううん。全然待ってへんよー…!」

椎奈さんの立っている背後に、黒い何かが立っていた。それは髪の毛のようにも見え、都市伝説によくある女の怨霊にもよく似ていた。

「?英子ちゃん?」

「ねえ椎奈さん、後ろ…。」

「後ろ?後ろがどうしたの?何かついてる?」

椎奈さんは後ろを振り向いて見せたが、『それ』にはまるで気が付いていないようだった。私は『それ』の存在に恐怖した。

「(何なんや…あれ…。)」


 『それ』はスマホでメッセージを受け取ったと同時に現れた。もしもこのメッセージと関係があるのならば…。このメッセージの指示に従わなければ…。三分後に私は…。


 英子は三分以内に殺らなければならないことがあった。


 正確にはすでにあと2分をきっていた。


   終

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