古めかしい話

 お題

 ・驚き

 ・ドレッドノート

 ・有害

 ・ヘロイン

 ・無限の猿定理

 ・知名度

 ・おかし

 ・考古学

 ・逆上がり

 ・武器軟膏


 ――


「おじさん! 今日はどんなことを教えてくれるの?」


 黒いランドセルを床に置き、少年は今にも崩れそうな屋敷で、用意された高そうなソファーに腰を下ろした。

 どうやらここは、名の知れた考古学者の自宅のようであり、ショーケースに飾られた骨董品や賞状が、その知名度を物語っていた。

 こんな怪しいところ、親にバレたら有害扱いで、二度とこれなくなるだろう。

 だから一週間に一度、早く帰れる放課後の、怪しまれないこの時間だけ、ここにくることにしていた。


「やぁ、よくきたね。その前に今日は何をしてきたのかな?」


 まるでヘロインを常日頃使っているかのような、ボサボサの髪としわだらけでやつれた顔の男が、目の前のテーブルにおかしを置きながら、向かいの椅子に座った。


「今日は逆上がりができたよ! それでそれで、おじさんの今日の話は?」


「……君は、超ド級という言葉を知っているかな?」


「クラスのみんなもよく使っているよ! とにかくすごいっていう意味だよね?」


「ではその『ド』がどういう意味なのかはどうかな?」


「大阪だと、どえらいとか、ドアホとか言うよね? その『ド』? あ、度を越したの『ド』だ! 当たり!」


「残念ながらそれらは何の関係もないのさ」


「……え?」


 シナモンの匂いがただよってくる、名称もよくわからないお菓子を食べながら、知っている言葉の由来に食いつく。


「昔、ドレッドノートという戦艦があってね、とても強かったんだ。そしてそれすらも超える存在ということで、超ド級と言う言葉が出来たんだよ」


「えー、そんなのこじつけじゃん。絶対度を越したの方が分かりやすいって」


「自分が今まで経験してきたことだけだと、どうしても見つけられない真実というのがあるものさ。では分かりやすくなるようにもう一つ、面白い話をしてあげよう」


 皿に置かれた、匂いの強いおかしは半分も減らずに放置され、話の世界に食いこみ続ける。


武器ぶき軟膏なんこうというものが昔、信じられていた。なんと驚きなことに、その兵士に傷を付けた武器に薬を塗ると、傷そのものに塗るより治りが早かったんだ」


「それはありえないって。子供だからって馬鹿にしすぎ」


「そう、現代だとありえない話だ。だけどあの時代の人は、経験として正しいことだったんだよ」


「どうしてそんなことが起きるの?」


「なにせあの時代の薬は、蛇やカエルの血とかを混ぜ合わせた、直接塗ると傷を悪化させる代物しろものだったからね。傷口に塗らない武器軟膏の方が治りが早いのは、当然のことだったのさ。その兵士が経験してきたことだけだと、どうやっても真実にはたどり着けなかったんだ」


「そうなんだ、思い込みって怖いね」


「ところで、時間は大丈夫かい? 長くいすぎると親御さんが心配するだろう」


「あ、もうこんな時間! おじさん、いつも楽しい話ありがとう!」


 少年はランドセルを手にかけながら、早足で家へと駆けていった。


 それから一週間後、その家をおとずれても、そこには誰もいなかった。

 周りの人にたずねてみると、そこは元々空き家で、デタラメなことばかり話す人が勝手に住み着いていただけであったらしい。


 その後も時間は過ぎていき、少年は大人になっていった。

 しかし、昔その家で聞いた話をネット調べると、それらは全て正しいことであったことが分かった。


 無限の猿定理という言葉がある。

 猿にタイプライターで適当に書かせると、いつかシェイクスピアの文学作品が出来上がると言うものだ。


 あの男は、全部知っていて話していたのだろうか、それともデタラメが偶然合っていただけなのだろうか。

 大人になった今でも、あの子供の頃の経験だけでは、真実にたどり着けそうもなかった。

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