17頁 道子の入院

 城のよう病院であった。

広い玄関口。

シゲルと憲司がエレベーターに乗る。

大部屋の病室はカーテンで仕切ってあった。

憲司がカーテンを開ける。

テーブルの上に一輪ざしの花瓶が。

そこに『トルコ桔梗』が挿してある。

道子は点滴を着けて寝ている。

二人に気付き、少し驚く道子。


 「! 来たの・・・」


憲司は道子を見て、


 「どうだい」

 「・・・だいじょぶ」


道子の手を握る憲司。


 「夜は眠れるか?」

 「・・・体が熱くて眠れないの」

 「先生に言ったのか」


道子は頷き、


 「輸血しているからだって」

 「ユケツ?」

 「血圧が低いの・・・」

 「困ったなあ」

 「だいじょぶよ。・・・何とか成るから」


道子は『覚悟』を決めている様子である。

憲司が、


 「ちょっと先生の所に行って来る」


道子は力なく笑って頷(ウナズ)く。 

シゲルに手を差し出す道子。

その手を握るシゲル。


 「よく来たね」

 「うん」

 「学校は?」

 「行ってるよ」

 「そう。・・・お弁当は?」

 「父ちゃんが作ってくれる」


道子は力なく笑う。


 「チャー子(猫)にもご飯やってね」

 「うん」


窓の外を見る道子。


 「・・・もう直ぐお正月だね」

 「うん」

 「もう一度、皆でお正月を迎えたいね・・・」


シゲルは目を伏せる。

道子が大粒の涙を流す。


 「母ちゃん・・・」

 「なに?」

 「・・・治るよね」


道子はシゲルの手をきつく握る。


 憲司が戻って来る。

道子は憲司を見て、


 「先生・・・何か言ってた?」

 「まず体力を元に戻す事だって。血圧が正常に戻らないと次の段階に進めないらしい・・・。道子、俺の一つやるよ」

 「え?」


道子の頬に涙が。

憲司は道子の布団を優しく掛け直す。


 「また来る。何か必要な物は有るか」


少し微笑んで、


 「ありがとう・・・。ないよ。シゲル?」

 「うん?」

 「また来てね」

 「・・・うん」


二人が去ろうとする。


 「シゲル!」

 「何?」

 「今度来る時、修学旅行で買って来てくれた『柘植(ツゲ)の櫛』。あれ持って来て」

 「え?・・・うん」

 「じゃあ」


道子は優しく微笑む。

                          つづく

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