16頁 道子の涙

 秋に成った。

道子が定期検診から戻って来る。

玄関の上がり框に辛そうに座る道子。

シゲルが学校から戻る。


 「ただいま。母ちゃん、どうしたの?」

 「・・・疲れた」


 シゲルが机で勉強している。

道子は鏡台に座って髪を梳(ト)いでいる。

鏡に映るマリア像と鶴首の花挿し。

鶴首の花挿しには一輪の『トルコ桔梗』が挿してある。

道子がシゲルを見て、


 「母ちゃん少し肥ふとったでしょう」


シゲルは鉛筆を止めて道子を見る。


 「え?・・・そうだね」

 「これは肥ったんじゃないの。浮腫(ムク)んで来たの。この病気、浮腫んだら危ないんだって」


シゲルは驚いて、


 「危ない?」

 「母ちゃん入院するかもしれないよ」

 「入院? いつ」

 「まだ分らないけど、年内に・・・」


シゲルは道子を見て、


 「入院すれば治るの?」


 高校の図書室。

書棚から医学書を取り出すシゲル。

『腎臓病』の項目を開いて、食い入る様に見ている。


 シゲルと道子の兼用の部屋。

道子が寝ている。

シゲルが学校から戻って来る。

道子はシゲルを見て、


 「お帰り・・・」


道子は起き上がろうとする。


 「いいから寝てなよ」

 「わるいねえ。冷蔵庫にプリンが入ってるよ」

 「うん」


シゲルが机でプリンを食べている。

道子をそっと見るシゲル。


 「・・・もうすぐ修学旅行だね」

 「うん」

 「・・・母ちゃんシゲルの卒業式まで生きられるかなあ。・・・シゲルの結婚式・・・見たいなあ」


シゲルは黙ってプリンを食べ続ける。

スプーンが震えている。

シゲルの眼から涙が溢れ出て来る。

そっと道子を覗く。

道子も泣いている。

シゲルが突然、怒鳴(ドナ)る。


 「母ちゃんもういいッ!」


チャーコ(猫)が道子の枕元で寝ている。

                          つづく

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