9頁 刑事の履歴書

 夜(シゲルの自宅)。

憲司が寛(クツロ)いで酒を飲んでいる。

台所で洗い物をする道子。

シゲルが憲司の話を聞いてる。

お膳の上には熱燗(アツカン)と灰皿が。

タバコの煙が天井の蛍光灯に吸い込まれて行く。


 「本当?」


シゲルの驚いた声。

憲司は熱燗の徳利(トクリ)からチョコに酒を注ぎ、


 「本当だ。片っ方ポしか無(ネ)え」


シゲルは小声で、


 「背中の傷がそう?」

 「そうだ」


シゲルは憲司の顔を見て心配そうに、


 「・・・タバコなんか吸ってだいじょうぶなの?」

 「大丈夫だ」

 「・・・何で無いの?」

 「兵隊ン時に取っちまった」

 「ヘイタイ? 父ちゃん兵隊に行ったのッ!」

 「行かねえ。通信隊に入隊して外地に行く時、最後の身体検査で胸のレントゲンを撮った。そん時の写真で病気が見つかった。ただ、沢山の兵隊が検査したんで誰のレントゲン写真か分からねえけどな。オレは咳なんてした事がねえし」


シゲルは驚いて、


 「そんなんで肺を取られちゃたの?」

 「そうだ。でも片肺取って命拾いした。行ってたら多分、靖国神社だ」

 「ヤスクニジンジャ?」

 「死んでたって事だ」

 「へえ、・・・それで家に帰って来たの?」

 「うん? 帰りたくっても帰れねえ。皆で万歳されたからな」

 「じゃ、どこに居たの?」

 「終戦まで爺さんの家で豚の世話をしてた」

 「ええ!? 父ちゃんブタの世話をしてたの」

 「うん」


シゲルは声を張り上げ台所に立つ道子に、


 「母ちゃん知ってた?」


道子は台所から居間を覗いて、ニッコリと笑い、


 「知らないよ」


シゲルは小声で、


 「何で警官に成ったの?」

 「うん? 最初は郵便局に勤めた。でも、あれはダメだ。戦争中なのに自分の家に手紙を配達に行くからな。母ちゃんや父ちゃんに見つかったら大事(大変)だ。一週間で辞めた」


シゲルは驚いて、


 「父ちゃん、郵便屋だったの? 母ちゃん知ってた?」


道子がまた居間を覗き、


 「知らないよ」


シゲルは小声で、


 「それで警官になったの」

 「そうだ。警察に成れば、家に戻っても適当な事言えるからな」

 「へえ・・・。面白れえなあ。で、何で『ケイジ』に成ったの?」

 「刑事? そりゃあ、手柄を立てたからだ」

 「テガラ?」


憲司はまた猪口(チョコ)に酒を注ぎ、一気に呑み干し話しを続ける。


 「・・・あれは戦争が終わって、少しした頃だ。警察から家までの帰り道だった。夜もだいぶ更(フ)けてたなぁー。・・・オレは自転車で東金街道の坂月(地名)って所まで来たんだ」


憲司は猪口(チョコ)にまた酒を注ぎながら、


 「そしたら山から男が降りて来てな。こんな時間に山からなんてタヌキかキツネかと思ったさ。オレは酔っぱらってたから度胸が据わっていた。で、『おい、コラ!』ってやったんだ。その男は俺を見て一目散に逃げやがってな。・・・オレは夢中(ムチユウ)でトッ捕まえた」


憲司は猪口(チョコ)の酒をグイと呑み、また話を続ける。


 「・・・その晩はそこでヤローと一緒に寝て、翌朝、ヤローの服を見たんだ。そしたら服が血だらけだった。オレはビックリした。そんで署までしっよぴいて行って、思い切り絞ってやったんだ」


憲司はまた酒を注ぎながら、


 「そしたら、ヤローようやく吐きやがってな。印西(地名)で一家四人をヤッて来た(殺して来た)大変な男だった」


シゲルは驚いて大声で、


 「すげえなあ、父ちゃんて。・・・母ちゃん知ってた?」


また道子は台所から顔を出し、


 「へえ〜、初めて聞いたよ」

                          つづく

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