8頁 憲司の友達

 通りの電柱に『パチンコ興栄会館 新装開店!』の立て看板が目立つ。

すれ違った風体(フウテイ)の良くない男が憲司に挨拶をして行く。

シゲルは憲司の漕ぐ自転車の荷台から、


 「父ちゃん、今の人誰? 」

 「うん? 友達だ」

 「トモダチ?」


 シゲルを乗せた自転車がスーパーを通り過ぎる。


 「父ちゃん、どこに行くの?」


憲司のあやふやな返事。


 「うん?・・・うん」


『パチンコ屋』の前で憲司の自転車は停まる。

憲司がシゲルを見てニヤっと笑う。


 「ちょっとやってみるか」


シゲルは焦って、


 「だめだよ。母ちゃんに怒られるよ」


憲司はシゲルの言葉を無視してパチンコ屋の駐輪場へ入って行く。


 新装開店の店内はタバコの煙と満員の客の熱気で、ひしめき合っている。

憲司はタバコを咥えながら「台」を選ぶ。

シゲルは憲司の上着を引き、


 「父ちゃん、刺身!」


憲司の台を選ぶ真剣な目付き。


 「分ってる。待ってろ、『すき焼き』にしてやるから」


一人の客が台を立って移動して行く。

憲司が釘を観てその台につく。

玉を弾ハジクく憲司。

シゲルが、


 「ぜんぜん入らないじゃないか」


憲司も納得が行かない顔で台を睨み、舌打ちをする。


 「オメーもやってみろ?」


憲司は隣の空いた台の受け皿に玉を入れてやる。

シゲルは玉を入れて弾く。

玉がチューリップに入る。


 「あ、やった! 父ちゃん、入ったよ!」

 「おおッ! 入ったか。オメー、ウメェーなあ。ドンドン出せ!」


憲司はタバコを咥え、燻(クスブ)った顔で玉を買いに行く。

戻って来た憲司にシゲルが、


 「父ちゃん、刺身!」

 「分かってる。ちょっと待ってろ!」


憲司はかなりの焦ってい様子である。


と、突然、憲司の後ろに小箱いっぱいの玉を持った男(店員)が立って居る。

憲司が振り向くと坊主頭に蝶ネクタイの店員(懲役帰り)が憲司を見てニヤリっと笑い、


 「ご苦労さまです」


憲司は驚いて振り向き、


 「おお! いつ戻って来たんだ?」

 「はい。先月の二十日です」

 「そうか。そりゃあ良かった。此処で働いているのか?」

 「はい」


憲司はパチンコ台の玉を目で追いながら、


 「へへへ、頑張れよ」

 「はい。ゆっくり遊んで行って下さい。これ・・・」


店員は気味の悪い笑顔を浮かべて憲司の前に玉の入った小箱を置く。

憲司は小箱を見て、


 「何だい、わりいなあ」


その店員は『小指が無く、頭の横に大きな切り傷』が有る。

店員は憲司に軽く会釈し、またニヤリっと笑って立ち去って行く。

シゲルは立ち去る店員を見て、


 「父ちゃん、あの人誰?」


憲司は小箱の玉を受け皿に注ぎ込みながら、


 「うん? 友達だ」

 「トモダチ? あの人も友達なの?・・・小指が無かったよ」

 「そうかい? 怪我でもしたんだろう」

 「ケガ?・・・ヘンな人だね」

 「うん。変な人だ」


すると玉が続けてチューリップに二つ入る。


 「あれ?・・・出ねえな。お~いッ! タマが出ねえぞー」


パチンコ台を叩く憲司。

するとまた「あの店員」がニヤリと笑って、台の上から首を出す。


 「すんません。今、出します」


玉が際限無く受け皿に出て来る。

それを見てシゲルが、


 「スゲー、父ちゃん! 夜は『すき焼き』だね」

                          つづく

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