2頁 父ちゃんを迎えに ①

 夏の夜。

二階の間借りの家。

六畳と四畳半に小さな台所。

蚊取り線香の白い煙が昇り竜の様に上がって行く。

四畳半の部屋にはお膳が一つ。

六畳間の奥には箪笥と衣桁(イコウ)が。

衣桁には憲司の丹前が掛けてある。

箪笥の上のラジオ。

ラジオの隣には十字架と白い『素焼きのマリア像』。

マリア像の前には牛乳瓶の花挿し。

その花挿しに、一輪の『トルコ桔梗』が挿してある。


 憲司の作ってくれたゴム鉄砲で遊ぶシゲル(六歳)。

道子が台所で夕食を終えた食器を洗って居る。


 「母ちゃん」

 「何?」

 「父ちゃんいつも遅いねえ」


道子の食器を洗う手が止まる。

呆れた顔で、


 「シゲル、 後楽(コウラク)に行って父ちゃん連れてらっしゃい」

 「コウラク? パチンコ屋?」


 パチンコ屋(後楽)。

店内に流れる春日八郎の「お富さん」。

閉店に近い時間で、客はまばらである。

店の奥に「作業服姿の憲司」が真剣に玉を弾ハジいている。

シゲルが憲司の傍に来てズボンの裾を引く。


 「・・・! 何だシゲルか。迎えに来たのか」

 「うん」


憲司はシゲルを見て優しく笑う。


 「やってみるか?」

 「いいよ。父ちゃん、帰ろうよ。母ちゃん、怒ってるよ」

 「分かった。これが無くなったら帰ろう」


そこにパチンコ屋の支配人(海老原)が、小箱いっぱいの玉を持って憲司の傍に来る。

海老原はシゲルを見て、


 「?、石原さんの息子さんかい。迎えに来たのか」


シゲルが、


 「うん」


海老原はにっこり笑い、


 「そうかい」


憲司は釘に弾かれる玉の流れを見ながら、タバコを咥えて笑っている。

海老原は憲司の台の前に『玉の入った小箱』を置く。

それを見て憲司は燻(イブ)った気に、


 「エビさん、いいよ・・・」


シゲルは無くならない玉を見て、


 「? 父ちゃ〜ん」

                          つづく

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