逆さ襖

天西 照実

逆さ襖


 不動産屋の青年は、内見に来たふたりへ声をかけられずにいた。

 ふたりの様子が妙だったのだ。

 青年が閉め切りだった家中の雨戸を開けて戻って来ると、ふたり揃って廊下に突っ立っていた。

 和室の入口の前に並んで、襖戸を見つめてブツブツ言っているのだ。

 ふたりは祖母と孫娘という話だった。

 条件が『1階に和室のある一軒家』だけだったのも妙ではあった。

 初めての借家選びで選別条件もわからないだろうと、実際に連れて来たのだが。


「行方不明になるのかな」

 孫娘が首を傾げている。

「3人だね。これはさかふすまってもんだ」

 と、祖母は頷きながら答えた。

「逆さ襖」

「元々使っていた襖の上下を逆にすると、異界への入口になるって迷信だよ」

「迷信?」

「ごく稀にだが、本当に異界へ繋がる」

「襖の開け方が悪かったって言うやつ?」

「逆さ襖の迷信をもとにね。不義の現場だとか大喧嘩だとか。襖を開けたら想定していた様子と違った場合に、襖の開け方が悪かったのだと、見なかった事にしたんだよ」

「へー」

「一枚戸だが、取っ手が左右にあるだろう。右開きも左開きも想定されているものだ。破れやすい襖は、安く売られていたりするんだろうね」

「それで上下を間違えたの?」

「いや、こっちの取っ手が外れかけてる。使いにくくなって上下を逆にしたんだろう。裏表にしときゃ良かったのに」

「上下を戻しても、戻って来られないの?」

「入口は出口にならないんだよ」

「あららぁ」

 孫娘の溜め息で会話が途切れたので、青年は思い切って声を出した。

「あの!」

 ふたりが同時に振り返った姿も不気味だった。

「えっと、内見の方は」

「これが見たかったんです。ありがとうございました」

 と、孫娘が襖を指差しながら言った。

「ここなら歩いて帰れるので。じゃあ、どうも」

 そう言って、ふたりは帰ってしまった。


 住宅の内見に来た訳ではなかったらしい。

 この家では一人暮らしの若者と、若い夫婦が立て続けに失踪している。

 青年は襖を外した。

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逆さ襖 天西 照実 @amanishi

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