第30話 ゼクスの理論


 レグナスのもとに1通の書簡が届けられている。

 差出人は、デルミタージュに侵攻してきたレインマンス王国軍の総司令だった、ルーデウス・パキラその人だ。


 ルーデウス・パキラ公は、このケントリアースから南西に位置する領主国ヒルダインの領主である。

 デルミタージュからすれば北に隣接する公国であった。つまり、隣国ということになる。


「ギリアム、どう思う?」

レグナスはその書簡をこの優秀な執政へ手渡すと、意見を問うてみた。


「――おそらくのところ、今後の身の振り方を模索されている、というところでしょうな」

と、ギリアム・アンダーが一言、答えた。


 パキラ公からの書簡の内容はいたって簡単なものだ。


「隣国の領主同士として、会談の機会を設けてほしい。連絡を待つ」

以上だ。


「そもそもこのパキラ公ってどんな人なの?」


 非常に単純な問いかけだった。しかしながら、ギリアムの答えはまるですでにその人に出会ったことがあるかのような錯覚を覚えさせるほどに詳細なものだった。


 ルーデウス・パキラ――ヒルダイン公国領主。年齢48。種族人間。35歳の時、父アンデリクセン・パキラの後を継ぎ、領主に就任。現在領主13年目になる。それまでは父の執政と公国軍司令を兼任。その戦術眼と政治手腕は高く評価されている。レインマンス王国にあっては、王国軍総大将および、軍司令に任ぜられることも多く、レインマンス王国からの信任も厚い。なお、公式情報ではないが、北方のエルフ族国家シュレマンディ王国との間に深いつながりがあると噂されている。 


「ふうん、文武両道ってことだね。こういう人が僕らの軍容に加わってくれればとても心強いんだろうけど――。性格的にはどうなの?」


「義理堅いお方、ですな。道理を重んじ、信義に背かない。こんな逸話があります。彼がまだ近衛兵卒の一人として働き始めたころ、さすがに王子という身分を隠していたのですが、その頃、戦闘行動中に、親友が身を挺して彼をかばって亡くなったのだそうです。彼は領主になってから、当時の恩に報いるため、その妻と子に領地の一部を分け与え、使用人たちも付けたそうです。いまや、その時の男の子は26歳になり、現在は近衛兵団長としてパキラ公に仕えているとか」


 なるほど、なかなかの人物だということだろう。「その子」の年齢的にはグレイグと同い年か――。随分と可愛がっているんだな。近衛兵団長と言うことは将来は軍団長から将軍、軍司令と言う腹づもりか――。



『会いたいって言ってんだから、会えばいいのよ。気に入らなきゃその場で首を刎ねちゃいなさい』


「うわっ! だからいきなり出てくるなっていってるだろ!」


 考え事をしている最中だったため、左腕が鳴るのを聞き逃してしまったか。

 いきなり隣から声を掛けられてレグナスは飛び上がった。

 しかも、今日のお姿もいつもとほぼ変わらない、薄布のローブで、胸元が強調されている。


「これは、ゼクス様。お久しゅうございます。いつもお美しいお姿を拝見させていただき、このギリアム、恐悦至極にございます――」


「あ、そう言えば、ゼクスあんたって、見る人によって見え方が違うのか?」

「はあ? なんでそんなことが起きるのよ?」

「だって、ほら前に、初めて会った時に言ってたじゃないか、お前が見たいように見えるとかって――」

「ああ、あれ? あれは、う・そ・よ?」

「嘘、なんか~い!」


――ん? 嘘ってことは、毎回「変な」恰好で出てくるのは……わざとか!


「~~~~~~!」

「ん? どうしたのレグナスちゃん。あ、今気が付いたのかな? 揶揄からかわれていたって――」


「――はぁ、もういいよ。とにかくとわかって安心した」


「よかったわね? レグナスちゃん。あなたが変態じゃないとわかって安心したのね?」

「ああ、それと同時に、もう一つ分かったことがある。それは、ゼクス! おまえが露〇狂だってことがな!」


「はあ!? 私は神よ? 本来なら崇高な存在である私は一糸まとわぬ姿でいるものなの。ころもなどまとうのはよこしまな考えがあるからなのよ? それをわざわざあんたたち人類の慣例に合わせてやっているのだから、何か身に付けているだけありがたく思いなさい!」


 ギリアムはこのやり取りを聞いていて、少し頭が痛くなってきている。

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