第29話 ルーデウス・パキラ将軍


 レインマンス王国連合軍デルミタージュ攻略軍総司令ルーデウス・パキラ将軍は、朝日が昇ってからずっと待ちぼうけを食らわされている。


 一応のところ、相手――デルミタージュ公レグナス・レブナント――の保有戦力については情報がある。と言っても、それは『公証』に過ぎない。

 レインマンス王国に従属する際に、各領主は自軍の兵士数兵器数を書き送ることになっているからだ。

 

 それによれば、デルミタージュの陣容は総勢でも1万に満たない。

 おそらく、ケントリアース攻略後、そこに守備兵を割かねばならないとして、ここにいるのはせいぜい3千が限界だろう。


 こちらの軍勢は2万5千だ。8倍ほども差がある。


 さすがにこれに挑む暴挙はしないだろう。あるとすれば昨晩のうちに夜襲を仕掛けてくるぐらいの可能性はあったが、結局はこなかった。

 おそらく刻限ギリギリになって慌てて伝令を寄こすか、領主自ら出てくるかのどちらかだろう。

 

 ――と、そう見ていた。が、一向に動きが無い。

 それでも隣国の領主である手前、刻限前に攻めかかるわけにもいかない。今後に禍根を残すとそれはそれで面倒だからだ。


(――いつまで待たせるつもりだ。冒険者上がりのにわか領主だと聞いているが、魔王を倒した実力の持ち主でもあるらしい。隣国の領主である義理を立て、刻限までは待ってやるが、それ以上は1秒たりとももう待てぬぞ?)


 そう考えながらも、そばに控える伝令がしらに通達する。


「――全軍に突撃態勢を取って待機せよと伝えよ!」


 パキラ将軍個人としては、このレインマンス王国のやり方に賛同していなかった。経緯はどうあれ、レインマンス王国としては国が亡ぶかもしれないという危機を救われたことに変わりはない。

 本来であればその功を称え、褒賞を授与するのが道理ともいえる。


(――国王陛下のご決断ではないな。あの方はそんなに警戒心の強い方ではない。むしろ、積極的に功を称える風潮がある。とすれば、執政のジュード・ランカスター卿の入れ知恵だろうが――)


 パキラ将軍としては、国王の『王令』である以上、これに異を唱えることはできない。先のガタルヘナ集結の際も各領主軍の参集が間に合わないことも考慮しつつ動いていたのが実際のところだ。

 

(悪い人ではないが、戦略眼に欠けるところがある――)


 というのが、パキラ将軍の国王評である。



(それにしても何か様子がおかしい。余りに静かすぎる。――――!! まさか!!)


斥候せっこうを呼べ!! 急げ!」


 パキラ将軍は声を張り上げた。


(しまった! わしもあざむかれたとは――! しかし、もしそうなら、これは大変なことになるぞ? レグナス・レブナント、貴様、本気で反逆を企てるというのか――!) 

  

 今になって気が付いた。

 デルミタージュここで戦ってもデルミタージュ軍、いや、『レグナス・レブナント』に勝ち目は薄い。ならばどうするか?

 答えは『ケントリアース』だ。

 ケントリアースの王都ケントルはそもそもは堅牢な城塞都市だ。守備兵さえしっかりしておけばそれを崩すのは並大抵のことではない。それに南にウィングヘッド渓谷、西にはリュクス丘陵、そしてそれぞれの出口の街道上には二つの城砦じょうさいがある。

 さらに、北と東の近隣領主国はすべてケントリアース王国所属で、現在はレインマンス進軍から各国に軍を戻している最中だろう。そちらから攻め込まれる心配は今のところは無いと言っていい。


 まさしく『自然と戦況による難攻不落の要塞』――。


 急いで様子を見に行かせた斥候の答えは、まさしくパキラ将軍の予想通りのものだった。

 デルミタージュ領主街は「もぬけの殻」で人一人すらいないというものだ。


 しかし、これでレインマンス王国とは完全にたもとかつことになる。


(これは大事おおごとだぞ? わしも、状況をよく見て判断せねばならなくなった、ということだ――。場合によっては、レインマンスを見限みかぎらねばならんかもしれん――)


「――斥候、戻ってきたところ悪いが、一休みしたら、お前はそのまま東のウィンドヘッド渓谷から北上してオーベル砦へ向かってくれ。これから『親書』をしたためる。それをレグナス・レブナントへ渡すのだ――」

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