第26話 レグナスの罪


「君は『速さ』を求めるのかい?」

レーネがそう返した。


「――――」

レグナスは黙っている。


「――ふむ。まあいいだろう。君も迷っている、そういうことにしておこう。『速い』のは『覇道』だ。これは真実だ。『王道』をなすには様々な条件が整わなくてはならない。だが、『覇道』を為すのは良い――」

レーネはそう答えた。


「一つだけ――」

「そうだ。圧倒的な『武力』、それだけだ――。それさえあれば、『覇道』はそれほど難しくはない。だが、それを持つものがいないから、為すのは難しいのだろうがね」


「――なるほど。良く分かった。ありがとう、レーネ・ソープ、肝に銘じておくよ」

「――さて、では私も帰るとするかな。そろそろうちの連中が丘を上がり始めるころだろう。君たちを見つけたら即座に斬りかかるかもしれないが、そうした場合、私も優秀な部下を何人か失うことになる。この場においてそれはあまり得策とは言えない。だから、帰るよ。まさか、後ろから斬りかかるなんて真似はしないだろう?」

「ああ、しない。借りはちゃんと返すたちだからな」

「質問に答えたのが『貸し』だというのか? それの『返済』にしては随分と安いものだな――」

「残りは今度、酒場で出会ったら返すさ――」


 レグナスはニヤリと笑う。レーネは静かに目を閉じ、唇の端を上げた。


 そうして、レーネは丘を降りて行った。

 結局最後まで「兜」を外すことはなかった。

 そのうち本隊と合流して、そのまま自国へ戻るのだろう。自国へ戻ってからの彼女にはやらねばならないことが山積しているはずだ。


 ケントリアース王国の国王が倒れたのだ。事実上、ケントリアース王国は滅亡したと同義である。

 これはこの世界の国々の成り立ちを見れば明らかだ。


 今一度いう。この世界の国々は各領主が治める公国が連合して形成する連合国家だ。その連合国家の中から「」領主が国王となり、国の舵取りを行う。各領主は、基本的にその国家の舵取りに協力をし、連合国家体制の維持に努めている。


 つまり、一枚岩ではない。

 「かなめ」が外れたらばらばらに分解する。


 おそらく元ケントリアース王国に従属していた各領主たちは次の舵取りをどうするかで揉めることになるだろう。結果、戦乱が起こる可能性もある。また、幾つかに分裂する可能性もあるだろう。


(彼女もこれからが大変だな――)


 と、レグナスはまるで他人事のように考えていたが、よくよく考えると、自分の方も結構窮地に立っていることに気付いた。

 

「レグナス様、このまま行かせてよろしいのですか?」

傍らのグレイグがそう問うてきた。


「――二人で掛かっても、そう簡単には倒せないよ。そのうち本隊が到着すれば、むしろこっちが危ない。それに、あまり時間が無いしね」

「はあ、時間ですか?」

「ああ、急がないとレインマンス王国が攻めてくるからね」


「――あ! そうでした! 我々デルミタージュは王国の軍令に反目しています! レグナス様、どうなさるおつもりですか!?」


 グレイグは、自分たちが王国の軍令を無視して、ケントリアースを攻めたことを思いだしたようだ。

 確かに、ケントリアース王国軍は解散し、レインマンスは九死に一生を得たとはいえ、レグナスが指令に従わなかった結果であることには違いない。

 王国のやり口だと、「こう」より「つみ」を問うてくる可能性もあるわけだ。

 レグナスの預かるデルミタージュはレインマンス王国の属領であることには変わらない。軍令に従わなければ「厳罰」に処されるのは通例だ。


「――それをどうするかをのさ。レーネは速いのは『覇道』だと言った。だから、僕はその『道』を行くことにするよ」


「先程の会話のことを仰っているのですか? 私には何のことやらさっぱり――」


「今はいいんだよ! それより急ぐぞ、グレイグ。僕たちもケントルに戻って作戦会議だ」


 レグナスはそういうと、馬に跨り、レーネとは反対側へと丘を駆け下りて行った。グレイグも慌てて後を追う。

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