第17話 俺、敵本陣に妹を放り込む 2 [シャンティ]

「なっ!?ラスト様!敵本陣後方で巨大な爆発を確認しました!」


「案ずるなルーベテイン。この爆発は、先日ミルトランを訪れた調査団がわざわざ持ち帰ってくれた、[氷結爆弾]という土産だ」



 音声環境をイヴ達へと再度切り替え、狼狽えるルーベテインに事実を伝える俺。


 そう。


 この爆発は、調査団に帯同し、妹達に返り討ちにされたビルメンテとかいう巨人が爆心地となっていた。


 イヴがミルトラン攻略部隊のナンバー2に仕掛けた氷結魔法には、追跡だけではなく爆弾の性能まで有していたのだ。



「いや~ん。なんか空からいろいろ降ってきて髪の毛汚れちゃうよぉ」



 高台にいる彼らの位置からでも、爆風の影響があったのだろう。


 シャンティが頭を押さえながらぼやいている。



 瞬間凍結・爆散の規模は想定以上だった。


 まさかあれほど強大な熱エネルギーを生み出す爆発を引き起こすとは、相変わらずイヴの魔力は桁……というより次元が違う。



「敵の回復部隊はほぼ壊滅したとみていい。副次的に守備部隊の一部も損害を受け、敵本陣は大混乱の様相を呈している」



 先ほどまで宴にうつつを抜かしていた敵本陣の奴らが、急に慌ただしくなった。


 現地の音声までは拾えないが、怒声が飛び交い、狼狽しながら爆発の原因をああでもない、こうでもないと叫んでいる様子が手に取るようにわかる。



「奥の手を用意されていたのですね、ラスト様」


「あまりスマートではない手だけどね。シャンティ、聞こえるか」


「熱っ!もぉ~なんなのよコレ……あっ、お義兄にい様!聞こえてます!」



 頭上から降り注ぐ火の粉を振り払いながら、シャンティが返事を返してくれた。


 敵の総大将はおそらく、本陣の後方から攻撃が仕掛けられたことに錯乱し、緊急退避で陣を移動することが予測される。



「敵の総大将はおそらく、少数の部隊を引き連れて今シャンティ達がいる丘陵に向けて避難してくる。そこが奴らの頭を叩く最大の好機となる」


「はいっ!お義兄にいさま!」


「イヴやアイルはすでに任務を終えた。あとは君が敵の頭を討つことで、ミルトラン防衛戦は我々の完全勝利となる。やれるか?シャンティ」


「私が美味しいところ全部食べちゃっていいってことですよね!お義兄にい様!」


「……そうだ!」



 シャンティの例えがイマイチなのはこの際どうでもいいだろう。


 そのくらいの気概でいてもらったほうがこちらも気が楽だ。


 彼女の実力については今更ここで確認するまでもない。


 我々の勝利は近い。



「敵の動きに細心の注意を払いながら、もう少しそこで待機だ、ルーベテイン」


「了解しました、ラスト様」



 散々舐めプしてくれたミルトラン攻略部隊の総大将には、相応の罰を与えなくてはならない。



「……絶望で、精神を闇色に染め上げてやる」



 ミルトランを見下した罪は重い。







「……来たか」



 俺の予測は完全に現実となった。



「なっ!?全軍止まれ!」



 シャンティ達が丘陵で待ち構えていたことに気が付いた帝国側の先陣は、後方を走る守護隊を制し、急停止させていた。



「まさかこんなところにまで、ミルトランの軍勢が迫っているとは……」


「敵本陣の守護部隊とお見受けする」



 互いの間合いギリギリの位置で対峙するミルトランと帝国の騎兵部隊たち。


 ルーベテインが先頭に立ち、相手の素性に探りを入れている。



「いかにも!我らこそは誉れ高き帝国の鉄壁!総大将をお守りする絶対守護部隊……」



 敵の先陣がペラペラと口上を述べている隙に、俺は敵部隊の構成状況を把握した。


 ……結構いるな。


 300……いや、500は引き連れているな。


 この場所には隠れる樹々や岩などがなく、奇襲を仕掛けられるような地形ではなかったので正面から迎え撃つ形に成らざるを得なかった。


 想定よりも多い敵部隊の構成だが……


 あとはシャンティ達の力を信じるしかない。


 頼んだぞ!シャンティ!



「見たところ、たかが100騎程度の小部隊!本陣をお守りする我ら精鋭中の精鋭たちが少し本気を出せば、ものの数分で殲滅……ん?なんだ貴様は」



 敵本陣の先頭で騎乗したまましゃべっていたおじさんの前に、急に1人の人影が姿を現した……って、おい!


 シャンティかよ!


 なにフラっと敵前で立ってるの?


 しかも馬に乗ってないし!


 いや彼女は騎乗ができないから……っていまはそんなことどうでもいい!


 

「戻れシャンティ!いくら君でもその数を相手に地上から一人じゃ……」



 俺の声が届いていたのかはわからない。


 返事はなかったが、彼女が一瞬ニヤリと口角を上げたことは見て取れていた。



「……高い位置から、見下ろさないで」


「貴様……舐めているのか」



 騎上から敵が槍の先端をシャンティに突き付ける。


 シャンティは下を向いたまま左手に持った剣をブラつかせているだけで、特に構えはとっていない。


 間合いが悪すぎる!


 貫かれるぞ、シャンティ!



「お義兄にいさまを見下す、下郎どもが……」


「どうやら死に急ぎたいらしいな、小娘。その願いすぐに叶え……あっ?」



 シャンティの剣閃はまるで見えなかった。


 ただ……



「はがっ……ぶごぉ!!」



 軽口を叩いていた守護部隊の男は、中央から真っ二つに分かたれ、血飛沫をまき散らしながら両サイドにボトリと落ちた。


 



「なっ!?」


「き、貴様ぁ!」


「あの女を殺せぇ!!」



 場の緊張感が一気に高まる!


 敵の騎兵部隊が一気に士気を上げ、シャンティに向けて突撃を仕掛け、彼女が無力に蹂躙される!


 ……はずなどなかった。



「……まずは、そこから降りなさい」



 シャンティが一瞬ボソッとつぶやたように見えた。


 そして次の瞬間



「ぎゃっ!」


「馬が!?」


「うおおおお!!」



 その小言が聞き取れた時にはもう、シャンティの二撃目はすでに敵の騎馬500騎すべてに炸裂していた。


 一閃だった、のだと思う。


 広範囲に同じ高さで放たれた剣撃。


 見渡すと敵の騎馬はすべて胸の位置から横半分に両断され、血の輪舞とともに乗っていた守護兵たちを地上に全員引きづり降ろした。


 阿鼻叫喚。


 シャンティは2回剣を振るっただけで、敵に圧倒的な敗北感を植え付けていた。



「ひぃっ!」


「な、なんなんだあの化物は!?」


「足が、足がぁぁ!!」


「総大将!ご無事ですか!?」



 中には乗っていた守護兵の足も一部切り落としていたようで、血の海で混沌が生み出されている。


 イヴが正門前で無双した状況とあまり変わり映えがしない。


 ……また、俺は見誤っていたらしい。


 シャンティは単体各個撃破に向いている才だと思ったから、この任を託したはずなのに、今の状況はどうだ。


 範囲攻撃で500の馬を一瞬で切り落としてしまった。


 俺の作戦は、ある意味失敗だったのかもしれない。


 おそらく妹達をどの配置につかせていたとしても、得られる結果に大差はなかったように思う。


 上振れの誤算。ただ、指揮を執る俺としては作戦にほぼ意味がないと言われているようで少し歯がゆい。


 いや、今は結果が最優先だな。


 すでに事後処理のような状況だが、適切に次の手を打つ準備に取り掛かろう。



「ルーベテイン!敵はすでに戦意を失い、瓦解している!一気に突撃して場を制圧し、敵総大将の身柄を確保しろ!」


「了解!」


「シャンティも引き続き敵の無力化に……」


「お義兄にいさまぁ。返り血いっぱい浴びちゃって、すごく気持ちが悪いんですけどぉ……シャワー浴びたい……」



 ここでそれ言うのかよ。


 なんか微妙にテンション下がってるし……。


 はぁ。


 しょうがないな、まったく。



「早く終わらせてくれたら、ご褒美に背中でも流してあげよっか?」


「1分で終わらせます!!」



 妹達全員そうだけど……


 彼女たちのメンタルコントロールが、この場において一番難しい。



「……めんどくさ」



 たぶん俺の戦場における本当の役割は、この妹達の精神を安定させ、士気を上げる言葉を投げかけつづけることなのかもしれない。

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