第16話 俺、敵本陣に妹を放り込む 1 [シャンティ]

「ふぅ……。全部片づけたよ、義兄にいちゃん!」



 アイルが敵部隊に強襲を仕掛けてからの展開は、非常に早かった。


 3人一気に処理された敵側の暗殺部隊は、アイルの排除を諦め、目標完遂のため戦闘を避け一気に前方の突破を図ろうとした。


 ただ、音速級の速度で飛び回るアイルのスピードに、当然相手は対応できない。


 同時に突破を試みた7人の残兵は、俺の目からは全員まとめて一緒に処理されたと錯覚を覚えるほど、いきなりバタッと倒れたようにだけ見えた。


 1人倒し損ねたヤツが隙をついて防衛網を突破しかけたが、そこは副隊長が追撃して進軍を防ぎ、事なきを得た。


 戦いを開始してからものの10秒くらいの間で、この場における戦闘は完全勝利を治め、終結していた。



「よくやったな、アイル。それに遊撃部隊の皆。君たちはそのルートをそのまま進み、脱出口まで索敵しながら進んでほしい」



 出口は俺が敵本陣があると予測している位置のかなり近くにあるので、警戒しながらも進軍を続け、シャンティたちのフォローにまわってほしいのだ。



「シャンティ姉ちゃんはもう本陣ヤっちゃったの?」


「いや、かなり近くまで接近しているが、これからだ」


「おっしゃ!じゃあ私が先に本陣を強襲して……」


「アイル。そこはシャンティに任せてあげて」


「ちぇ~」



 戦争でもなんでもそうだが、物事には役割というものがある。


 結果だけ得られればそれでいいというのは、三流の考える事。


 二流は結果と過程も大事だという。


 一流は違う。


 一流は、が価値を持つと考える。


 立てた戦略目標と、その過程も含め、寸分の狂いなき完璧なる結果を得ることが重要なのだ。


 そういう意味において、俺はまだ未熟だ。


 イヴとアイルの覚醒能力を完全に見誤っていたのだから。


 すべては俺の考察する範疇で物事は進んでもらわなければならない。


 予想を上回る結果などいらないのだ。



「ゼラニス、アイルが暴走しないようにしっかり見張っておいてくれ」


「ラスト様。アイル様が暴走しても、私には止められません」



 そりゃごもっともだ。



「アイル。ゼラニスの言う事をちゃんと聞くんだぞ。これは命令だ」


「わかってるよ!もぉ~私、シャンティ姉ちゃんと違って頭いいんだから大丈夫だって!」



 よくないから言っている。



「それじゃあ僕はこれからシャンティに指示出さなきゃいけないから、この通信は一回切るね」


「たまにはこちらにも繋いでくださいよ。アイル様は、大変ですから」


「ああ。もし危ういと感じたら全力で呼んでくれ、ゼラニス。強く念じれば、僕の脳裏にまで思いは届くと思う」


「大丈夫だって!義兄にいちゃん!」



 絶対なんも考えてないよね?アイル。


 ……ゼラニスの声を聞き漏らさないよう、細心の注意が必要なようだ。







「ルーベテイン、状況を説明しろ」



 アイルをゼラニスに任せた俺は、今はシャンティの状況を知るためルーベテインとの通信を開始していた。



「ミルトラン第一騎士団騎兵部隊の精鋭100騎は、ラスト様が指定した所定のポイントに一騎も欠けることなく、つい今しがた無事到達いたしました」


「了解した。ここまでの対敵状況は?」


「敵偵察部隊数名と3度ほど遭遇しましたが、いずれも敵に気付かれることなくシャンティ様が速やかに処理されました」


「お義兄にいさまぁ~」



 俺とルーベテインで事務連絡を取り合っていた合間を縫って、シャンティが俺に話しかけてきた。



「シャンティ、ご苦労だった……」


「聞いてください!お義兄にい様!副団長がお馬さんの上で私の胸をめちゃくちゃ触ってくるんです!」



 はぁ?



「シ、シャンティ様!あれだけの速度で騎馬を走らせていれば、多少胸に触れてしまうことくらい仕方のない事かと……」


「多少じゃないもん!いっぱい触ってたもん!」



 おそらく、ルーベテインの言っていることが正しいと思う。


 完全なる被害妄想だろう。



「シャンティ。君、馬乗れないから無理言ってルーベテインに同乗させてもらったんだから、そのくらいでわーわー言っちゃ、彼、かわいそう……」


「故意です!わざとです!あれは確信犯です!」



 プリプリ怒りをあらわにするシャンティに困り果てる俺とルーベテイン。


 実力が申し分ないのは既知だが、この性格だけはホント対応が難しいな。



「ま、まぁその件は後にしようか」


「むぅ~。後でお義兄にいさまに慰めてもらわなくっちゃ……」



 面倒くさい仕事がまたひとつ増えた。


 ただ、今はあまりシャンティの戯言に付き合っている暇はない。



「……少し、いやかなり残しているようだね」



 俺は騎士団の指定ポイントに設定した、敵本陣が一望できる丘陵の上から、スキルを使って敵残存戦力の状況を視認していた。



「この丘陵から索敵したところ、敵本陣を守る残存兵はまだ3000はいるものと推察されます」


「せいぜい500ほどかと思っていたが……」



 ミルトラン城の正門攻略にほぼ全ての戦力を投入してくると読んでいたが、思いのほかまだ部隊に余力を残していた帝国側。


 俺たちの奇襲に備えていたか?それとも先陣が失敗した時のための予備戦力……


 ただ、それにしては敵の雰囲気が緩みすぎている。


 食事、酒、女、談笑、嘲笑……。


 あれは、宴だ。


 まだ攻城戦は終結していないのに、すでに勝利の宴を催しているのだ。


 ……舐めてるだけ。


 弱小国ミルトランの攻城戦に、10000もの兵力を全てつぎ込む必要などないと想定されていたのだ。


 敵の、総大将に。



「ラスト様。敵は大きく油断している様子ですが、この戦力差で奇襲をかけるのは危険かと」



 ルーベテインの進言はもっともだ。


 いくら敵が俺たちの事を舐めきっているとはいえ、さすがに100対3000で突撃を仕掛けさせるのは自殺行為。


 ただ撤退してくる部隊の合流も近づいている状況の中で、悠長にこの丘陵から宴を眺めているだけというワケにはいかない。


 ……仕方がない。


 できればこの策は使わずに、敵総大将の首だけシャンティに刈らせて終戦といきたかったところだが……。



「……イヴ、聞こえるか?」


「ちょっと!アマルフィア!どこ、触って……あっ!ラストお義兄にい様。聞こえてます!」


「取り込み中?」


「い、いえ!大丈夫、です!(パキッ)」



 パキッてなんか氷に亀裂が入るみたいな音したけど……


 アマルフィア……まさか氷漬けに……。


 ちなみに俺が常時使用しているこの【通信機能付き千里眼】は非常に便利なスキルだが、複数の地点の音声と映像を同時に繋ぐことはできない仕様になっている。


 なので今、俺が映像として見えているのはシャンティ達、音声として聞こえているのはイヴ達といった状況だ。


 敵本陣の様子は、逐一見逃すわけにはいかないからね。


 あと説明していなかったが、イヴとアマルフィアにはイヴが叩きのめした敵兵たちを捕虜化する任務を与えていた。


 さすがに2人だけじゃ無理なので、ミルトラン城で待機していた兵力も指揮して大々的に行ってもらっている。



「……イヴ、もうひと仕事お願いしたいんだけど」


「……シャンティお姉様のところは、あまりいい状況では、ないのですね」



 やはり察してくれるか、イヴよ


 そういうことだ。



「イヴ、の現在値は?」


「ポイントⅩ232、Ý565です、お義兄にい様」


「本陣よりさらに後方か……」



 俺は本陣の座標から、今イヴが教えてくれたの座標との乖離を把握し、しばし考えた。



「おそらく、仮死状態になったを、復活させるために、治癒部隊が集結している地点ではないかと……」


「そうだろうね。できれば、負傷者が集まる場所でを発動させたくは、なかったのだけれど」



 俺の道義に反することだ。


 さっきその事でイヴを止めた手前もある。


 正直、かなり抵抗感はある。



「ラストお義兄にい様。その判断は戦略です。激情のまま、すべてを凍らせようとした、私の愚行とは違います」


「イヴ……」


「ミルトランの明るい未来のためです。ここは心を鬼にして、決断してください」



 妹達にここまで戦わせておいて、虫のいい話だな。


 心のどこかで、俺だけ綺麗なままでいようとしていたのだろう。


 情けない話だ。



「イヴ」


「はい、ラストお義兄にい様」


「起爆しろ」


「承知しました。瞬間凍結……」



 イヴが集中力の高まった声でに施した氷結魔法の術式名をつぶやく。


 そして……



「爆散!!」



 強い口調でイヴがそう言い放った瞬間



「……ああ、綺麗だ」



 俺が見ていた敵本陣後方に、巨大なキノコ雲が上がっていた。

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