第14話 俺、城門前に展開する敵主戦部隊に妹を放り込む 2 [イヴ]

 【通信機能付き千里眼】というスキルを初めて使ってみたが、これはなかなかオマケにしては出来すぎな高性能スキルだな。


 目を閉じただけで外の様子が手に取るようにわかる。


 すでに謁見室に戻っていた俺は玉座に座り、陣形を整え終えた帝国の烏合の集どもを高い位置から見下ろすように眺めていた。


 物量で押し切ろうとするための、オーソドックスなマニュアル通りの隊列。


 正攻法で十分ということか。



「この地形と状況ならば、普通の戦力と少しの時間があれば楽勝なんだけどな」



 ないものねだりだが、ついそんなことをつぶやいてしまう俺。


 今の弱小戦力と準備時間ではどうあがいても帝国やつらに太刀打ちできない。


 やはり賭けに出たのは正解だったと思う。



「さて、ウチの最大戦力は……」



 脳内で視点切り替えを想像したら、ミルトラン城の正門前に映像が切り替わった。


 帝国の大軍に対して迎撃を担当する、ウチの最強魔術師2人の姿が見える。


 イヴとアマルフィアだ。



「イヴ、聞こえる?」



 通信機能は双方向と女神から聞いていたので早速イヴに問いかけてみた。



「はい、はっきりと」


「よし」



 通話は問題ないようだ。


 これなら敵の状況を冷静に判断しながら的確な指示が送れる。



「イヴ。敵は正門前に主戦部隊を配置し、城の側面及び背面に薄く広く部隊を展開している」


「はい」


「正門以外から城壁を登ってくる連中は城内の高台に配置した弓兵部隊と第二魔法団に対応させる。とりあえず君には正門前の主戦部隊を一掃してほしいんだけど、いける?」


 普通に考えたら相当無茶な注文をしていることはわかっている。


 でも今は、これしか手がない。



「ラストお義兄にい様」


「どうした?」


「城内からの援護は、必要ありません」


「えっ?いや、さすがに全員を相手するなんて物理的に不可能……」


「すでに、手は打ってあります」



 あの笑顔の少ないイヴが少し笑ったように見えた。


 そして次の瞬間



「……えっ?」


「少し寒くなるかもしれませんが、我慢してくださいね、お義兄にい様」



 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……



「なんだ!?」


「大丈夫です。すぐ、終わりますから」


「……えっ?」



 激しい振動を感じ、謁見室にいた数名の従者や戦略家たちが狼狽している。


 そして……



「な、なんだ……これは……」



 映像を空撮に切り替えて、地鳴りの正体を空から把握した。


 絶句する以外なかった。


 ミルトラン城を取り囲むすべての城壁が、凍っていた。


 しかも


 氷は城壁の最大高度よりも遥かに高い位置まで伸びており、いずれの壁も鋭い氷柱のようなトゲが所狭しと張り巡らされていた。



「城の四方に、無限氷結絶縁陣を展開しました。この突破は、帝国の主戦部隊といえど、容易ではないと思います」


「無限氷結……絶縁、陣?」


「SSS級の……氷属性最強の絶対障壁魔法です。アレは術者が敵と認識した者が触れると、氷柱が標的をモズの贄みたいに突き刺して絶命させます」



 通信はアマルフィアにも有効で、彼は疑問符を浮かべる俺に、イヴが使用した魔法について詳しく説明してくれた。



 俺は、魔力を気にせず全力になったイヴの実力を過小評価していたかもしれない。


 ……これは、化物などという次元を遥かに超えている。


 訂正しよう。


 彼女は、だ。



「城を守る以外に、もう一つ、この魔法には利点があります」


「利点?」


「はい。おそらく敵はこの魔法の性質に、すぐに気づくでしょう。城壁からの侵入が難しいとなれば、狙いは自ずと、決まってきます」


「狙い……」


「この魔法、術者が死ねば、効果は切れます」



 なるほど、そういうことか。



「非常に、やりやすくなります。私を標的にしてくれれば、城を守るという煩わしさから、私は解放され……」


「団長!敵軍、来ます!」



 アマルフィアが前方の騎兵部隊が突撃を開始したことを知らせる!


 狙いは……イヴたちだ!



「私は……殲滅に、集中できる!」



 騎兵部隊がイヴたちに急激に迫る!


 勢いで押し切ってそのまま正門を一気に破壊するつもりだ!


 どうする!?イヴ!



「殺せぇぇぇ!!」


「魔女を殺せぇぇぇ!!」


「帝国の一番槍は世界最強の先陣……!?」



 物騒な掛け声とともに敵の騎馬たちが鳴らしていたドドドドドッという地鳴りの音が、すべてピタッと止んだ。



「ヒヒィィィィン!!」


「うおおおお!!」



 迫る帝国軍の足元に突然氷の枷が出現し、騎馬はみなその枷に足を取られてバランスを失い、乗っていた兵士は皆地上に投げ出された。


 中には勢いから馬の脚と胴体が分断された個体もいて、正門前に迫っていた敵の先陣部隊は阿鼻叫喚な地獄絵図と化していた。



「くっ!ならば地上からそのまま……」


「ひっ!足が……足がぁぁぁ!」


「こ、凍って動けねぇ!!」



 地に落ちた兵士も当然のごとく、氷の枷の餌食となっていた。


 おそらく1000騎は突撃をかけていたであろうが、すべて行動不能となった。



「アマルフィア、補給」


「団長の絶縁陣が邪魔でうまく変換ができ……あっ、できた」


「はやくしなさい」


「……鬼」



 嗚咽と絶叫渦巻く中、イヴとアマルフィアは余裕のやりとりをしながら手を握り合い、第一魔法兵団からの魔力供給の受け渡しを行っていた。


 どうやらイヴの障壁魔法が強すぎて変換に苦労していたようだが、そこはさすがアマルフィア。


 うまくインターフェイスとしての役割をまっとうしてくれたようだ。



「うん。やるじゃない、アマルフィア」


「だ、団長ぉ~!補給、イイ感じでした?」


「バッチリよ」


「よかったです!おっしゃ!」



 しっかり魔力補給はできたようだ……


 !?



「イヴ!敵の後方から大量の魔力反応を確認した!おそらく炎系魔法を同時多発的に放ってくるぞ!」


「了解です、お義兄にい様」



 氷を溶かす目的と、あわよくば二人を焼き殺す算段なのだろう。



「来るぞ!」


「反氷壁・倍化」



 放物線を描き、炎系魔法が正門付近一帯に雨のように降り注ぎ、大地に巡らされた氷の枷は全て溶け去って蒸発……しなかった。



「倍にして、お返しします」



 イヴが展開した薄い透明の氷壁が空一面に張り巡らされ、飛来した炎系魔法をカーンという甲高い音と共に、すべて同じ軌道のまま跳ね返えしていた!



 ドォォォォン……



 遠くで倍返しにされた炎系魔法をモロに喰らったであろう敵の後方魔法部隊は、爆炎の中に消えていった。


 さらに



「反氷壁・転換・槍撃展開」



 役目を終えた反射用の氷壁がすべて氷の鋭い槍へと変化する!



「降り注げ、氷槍アイスジャベリン



 相当な広範囲に、槍のような形になった氷の棘が地上へ次々と降り注ぐ!


 動きを止められた先鋒部隊はもちろんのこと、次の突撃に備えていた歩兵部隊にまでその攻撃効果は波及し、急な空からの強襲に敵のあらゆる部隊が大混乱に陥った!



「イヴ!1人氷の槍を蒸発させながら、物凄い勢いで突っ込んで来る男がいる!」


「了解です!お義兄にい様!」



 さすがにこれで終局というのは虫が良すぎるようだ!


 赤髪の屈強な戦士が体に炎を纏わせ、正門目掛けて突進してくる!



「我の名はミルトラン殲滅特攻隊長、火炎のバーグラム!この程度の氷など、我にとってはかき氷と同じ……」


「砕氷集圧」



 スピードから逆算し、敵の特攻隊長があと十数秒ほどで正門前へ到達しようというところ。


 俺の声に反応したイヴはすでに次の手を打っていた!



「……へっ」


「墓標となれ、氷葬圧殺アイスプレス



 プチャ……

 


 落下地点と相手の加速度は瞬時に計算したのだろう。


 イヴたちとの距離残り5mほどまで迫っていたバーグラムとかいう愚か者は、空中から高速落下してきた縦横10mほどの巨大な氷岩に押し潰され、汚い音共に絶命した。



「バ、バーグラム様が、やられた!」


「くそっ!引け!ここは一旦引けぇ!」


「怖いよ……ママ……」


「助けて……パパ……」


「ああ、神よ……」



 まだ息のある兵士たちが次々と絶望していく様が見て取れる。


 おそらくバーグラムとかいう奴は、正門攻略勢の中で一番強い男だったのだろう。


 彼が瞬殺されたことで、前線の士気が一気に下がった。


 もう、勝負は決しただろう。


 諦めて引いてくれるなら、あえて追撃の兵を送り込む必要も……



「アマルフィア、魔力、お願い」


「えっ?団長、もう勝負はついたんじゃないかと……」


「早くしなさい!」


「ひっ!は、はい!」



 おいイヴ。


 もう敵は完全に後退している。


 これ以上魔力を補填してなにを……



「ラストお義兄にい様に歯向かう、帝国のゴミ虫ども。全員、このまま生きて帰れると、思わないことね……」


「おい、イヴ!もう勝負は決してる!これ以上はただの虐殺……」


「虫は一匹でも、減らしておかないと……また、増えちゃいますからねぇ……」



 もう、俺の声はイヴの耳には届いていなかった。



 イヴは完全に、笑っていた。

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