第12話 義妹、再集結(防衛戦前夜)

「ふぅ。疲れた」


 ミルトラン城防衛作戦における戦略会議を終えたら夜になっていた。


 軽食を取り自室に戻った俺は、高級ながらも年季の入った牛革の椅子に深く腰掛け、ため息をついた。



 使節団がミルトラン城を去ったあと――



 謁見室にはミルトランの幹部が全員揃っていたのでその場ですぐに会議を開いた。


 覚悟が決まらずあたふたしていた腰抜け幹部も中にはいたが、そこはうまくゲーム知識を活用して士気をコントロールし、防衛戦における戦略・戦術のすり合わせを行った。


 これで戦略要綱は概ね幹部たちと共有できたと思う。


 もちろん、100%伝えきれたとは言えないが、机上の話をいくら詰めたところであまり意味はない。


 実際の戦場ではなにが起こるかわからないのだから、あまり細かい話を刷り込んだところであまり役には立たないだろう。


 それに戦略といっても、基本は妹たちの実力を信じ切ったゴリ押し作戦だから大して詳細な打ち合わせも必要なかった。



「あとはもう、信じるしかないな」



 冷めた紅茶をすすり、天井を見上げながらなんとなくそうつぶやく俺。



 使節団が気前よく落としてくれた情報で、相手の戦力や作戦は大体見えている。


 ピースのようにハメていき、妹達が作戦を完遂してくれればわが軍の勝利は揺るがないだろう。


 部隊の編制もすでに手配済みだ。


 あとは明日に備えて身体をゆっくり休めて……



 コンコン


 

「ラスト様……少し、よろしいですかな……」


「どうしたの神妙な顔して。まさか、怖気づいちゃったの?」



 頭の中がある程度整理できたと思っていたら、じいやが俺の部屋を訪ねてきた。


 なんか暗い顔をしてるから、思わずそんなことを聞いてしまったのだが……



「……しなびた」


「はい?」


「ワシの……ワシのぉぉぉ!!!」



 ワシのワシのってなんだってんだよ。


 うわっ。なんかめっちゃ泣いてるし……


 一体何が……


 いや、ちょっと待てよ!今何時だ!



「……なるほどそういうことか。やはり制約はあったようだな」



 時間を確認すると、昨日じいやに覚醒回復オーバーヒールを施してからほぼ24時間が経過していた。


 あらかじめ治癒をした時間を秒単位で記憶に残していたから、ほぼ間違いない。



「ラスト様……(うるうる)」


「……わかった。じゃあ服めくって」


「ほいやっ!!」


「……」



 勢いよく自身の上着を脱ぎ棄て、上半身裸になるじいや。


 いや、別に脱がなくていいんだけど……。


 まぁいいか。

 


 ちなみに彼には俺が自身の能力を知るためのモニターになってもらおうと考えていたので、【性獣】が目覚めるとめんどくさいのは山々なのだが、そこは仕方ないと割り切ってどんどん治癒はしてあげようと思っている。



覚醒回復オーバーヒール



 パアアアアア



「きたぁぁぁぁ!!!!スンニちゃん!!!今宵は寝かせんぞぉぉぉ!!!」



 うん。どうやら2回目の覚醒効果もテキメンのようだ。


 じいやは下半身にテントを張りながら絶叫すると、俺の部屋を物凄い勢いで礼も言わずに飛び出していった。


 上半身裸のままで、ね。



「元気がないよりはマシだよな」



 若干明日のことが心配にはなったが、最後の晩餐じゃないけど、戦いの前だからこそ前夜には好きなことをやってハッスルしたほうが、気分も晴れると思う。


 心臓がブレイクしないかどうかだけはちょっと気にはなるが。


 じいさん、もう80歳だし。



「お義兄にいさまぁ……」



 じいやが飛び出していったので開いたままになっていた扉の前に、シャンティが暗い顔をして立っていた。


 今ちょうど俺の覚醒効果が切れるタイミングがわかったから、シャンティが俺の部屋を急に訪れた理由も容易に想像できた。



「ごめんなさいお義兄にいさま。私、何故だか急に剣が……剣が、握れなくなっちゃったんです……」



 どうやら個人差はないようだ。


 シャンティの覚醒効果が切れたタイミングもじいやとほぼ同じ。


 そこまで都合のいい能力ではないようだな、この覚醒回復オーバーヒール


 いや、一瞬であらゆる病気や怪我を治せるだけでも十分チート性能か。


 覚醒はオマケくらいに考えて……って、いやそういうワケにもいかない。


 この能力なしに帝国と戦えるはずがないのだから、制約はとことん研究してうまく使いこなしていくしか生き残る道はない。


 俺はもっと知らなければならない。


 この覚醒回復オーバーヒールの本当の性能とやらを。



「うん。今ちょうどそのことについて考えていたんだ」


「えっ?そうなのですか?お義兄にいさま」


「うん。僕の回復は心臓から送り込むことで覚醒効果を付与できるんだけど、どうやら効果時間には一定の制限があるみたいなんだ」


「制限、ですか??」


「ああ。シャンティの場合は剣の才能だったんだけど、1回の回復で与えられる効果時間は24時間」


「あっ!ということは……」


「そう。君の覚醒効果はもう切れてると思う。だから剣が握れなくなった」



 この情報を妹達に秘匿することはリスクしかない。


 必ず知っておいてもらわなければならない。


 効果が切れると戦場で彼女たちはまったく役に立たなくなるのだから、それはわかった上で戦いに臨んでもらわなければ命がいくつあっても足らない。


 イヴやアイルにも言っておかなくちゃな。



「そう、だったのですね……むふふ」


「??」



 なんで「むふふ」??


 そしてゆっくりと開いたままになっていた部屋の扉を閉め始めるシャンティ。



「お義兄にいさま……」


「な、なに?」


「私、心の準備はできています……」


「!?」



 ゆっくり上着の裾に手をかけ、少しずつ上ずり上げていくシャンティ。


 いやいや。


 この能力の覚醒効果時間が24時間とわかったのだから、少しでもかけるタイミングは戦闘の直前にしたほうがいいに決まっている。


 できれば、覚醒回復オーバーヒールは作戦行動を開始する直前で行いたいのだが……



「シャンティ。今の説明、聞いてた?」


「はい!お義兄にいさま!私の剣の力を維持するためには、毎晩お義兄にいさまに私のおっぱいを愛でていただかないといけないのですよねっ!」



 ……なんかちょっと違う。



「いや、胸じゃなくて心臓だし……それに今やるよりも明日の朝やった方が……」


「嫌です!お義兄にいさま!私は今がいいんですぅ!」



 シャンティのずり上げる手が止まらない。


 ゆっくりとお腹から少しずつ細く白い肌が露出し始め……



 コンコン



「ラスト、お義兄にい様。お話が……」


「あっ!イヴ!お義兄にいさまは今いないから出直して!」



 しょうもない嘘をつくんじゃない、シャンティ。



「シャンティお姉さま……何、してるんですか?」



 イヴは早々にシャンティの嘘を見抜いたようで、俺が返事をする前に扉を開けてそそくさと部屋に入ってきた。


 当然シャンティが胸を露わにする一歩手前のこの破廉恥な状況を一瞥し、瞬時に魔女みたいな表情になっていた。



「子供には関係ないわっ!今、お義兄にいさまと大事な話してるんだから、イヴは自分の部屋に帰ってよ!」


「大事な話、をしているようには見えませんけど。シャンティお姉様」



 イヴの怪訝はもっともだ。


 まぁ大事な話をしてたっては事実でもあるんだけどね。


 ちょうどいい。


 イヴにも覚醒のこと、ここで話しておくか。



「シャンティ。とりあえず上着降ろしてくれる?」


「え~お義兄にいさまぁ……」


「イヴ、話ってなにかな?」



 しぶしぶながらめくりあがった上着を元に戻すシャンティを尻目に、俺はイヴが部屋を訪れた理由を訊ねた。



「明日の防衛作戦における、私の役割について、もう一度確認、したかったのですけど……」


「ああ、そうだね。念には念を入れておいた方がいいよね」


「後にして!イヴ!お義兄にいさまは今忙しい……」


「シャンティ。ちょっと黙って」


「うえーん」



 イヴよりシャンティのほうが作戦概要を再度確認しなきゃだな。


 不安しかない。



「じゃあもう一度お昼に話した防衛戦の作戦概要を……」


義兄にいちゃん!義兄にいちゃん!昨日の続き、しようよ!」


「……」



 あー……まぁ、手間が省けたな。


 アイルにも聞かせなきゃいけない話だったからね。


 なんかすごい勢いで部屋に飛び込んできたけど、このまま話を続けようと思う。



「アイルまでっ!もう、私とお義兄にいさまの愛の儀式を邪魔しないでっ!」


「愛の儀式だとぉぉ!義兄にいちゃん!それ、どういうこと!?」


「えっちなこと、しようとしてたみたいよ、アイル」


「はっ?」



 間の抜けた声を出し、ポカンとしてしまう俺。


 ちょっとイヴ!


 なにボソッと油注ぐようなこと言ってんの!


 そういうことアイルに言ったら……



「なぁぁぁにぃぃぃ!やっちまっ……」



 ほら、やっぱりこうなる。


 ……絶対わかってて言ったよね?イヴ。


 それよりさ、アイル。


 そのセリフをそれ以上言うのは色々とまずいと思うので、やめてくれないかな。


 

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