第11話 俺、宣戦布告する
「気分はどうだ?じいさん」
「……」
気を失っていた使節団長のじいさんに治癒を施し、その傍らに立って見下ろす俺。
静まり返る謁見室内。
部屋の中央には、首と胴が切断され、凍り付き、置物のように佇む帝国精鋭部隊No2のビルメンテ。
部屋の両脇には、固唾を飲んで状況を見守るミルトラン軍部の長たちの姿がある。
シャンティとアイルは手柄について揉めだしたので、セイサルにお願いして一旦ここから締め出してもらった。
ちょっと大事な話をしないといけないものでね。
戦力的に申し分ないことは十二分にわかったので、うるさい2人にはもうこの場で仕事をしてもらうことはないから退場させた。
ここからは、冷静で頭の切れるイヴだけ残っていてくれれば十分だった。
「せっかく回復してやったのに、そんな睨まなくてもいいだろ?」
「……ミルトランは滅びの道を歩みたい、ということでよいのじゃな?若き王よ」
氷漬けにされたビルメンテと俺を交互に見ながら、使節団長のじいさんがまだ強気で脅しをかけてくる。
ただの強がりなのか、はたまたこれも交渉術の一環なのか。
少なくともじいさんの心はまだ折れていない様子だ。
この辺りは敵ながら感服する。
使節団を全員なぎ倒したくらいでヒヨってるウチの弱腰戦士たちにも、この心持は是非見習ってほしいものだ。
「ミルトランは滅びない。この世から消えてなくなるのは帝国のほうだ」
「ふぉっふぉっふぉ!ビルメンテを倒したくらいで調子に乗るでないぞ、小僧」
生え揃わない歯をむき出しに、大きな口を開けてじいさんが高笑いをした。
「余裕だな、じいさん。今の状況、わかってる?」
「見くびるなよ、小僧。ワシらはこの仕事を拝命した時点で、自らの命などとうに捨てておるわ」
じいさんのこの覚悟……
とても死のカウントダウンが迫っている老人の戯言などではない。
どうやら
帝国側は交渉には応じない。
使節団を人質にしたところで、
……まぁ、もともと交渉する気なんてないけどね。
目的は、できるだけ多く敵戦力の生の情報を引き出すこと。
今の段階でも勝つ算段はできているのだが、より確実に勝利するためには情報は少しでもたくさんあるに越したことはない。
果たしてどこまで話してくれるかな?
「
「1日経ってワシらが本陣へ戻らぬ時、交渉は決裂したと判断される。そうなれば
「ウチの最終防衛網も突破してないのに、そんなに早くこのミルトラン城まで到達できるワケないだろ」
「おや?報告が入っておらんようじゃの。そんなもんとっくに片付いとるぞ」
「なっ!そんなバカな!?」
「我が帝国1万の精鋭部隊を甘く見るでないわ」
不敵な笑みを浮かべて余裕の表情だが、このじいさん結構多弁だな。
大した誘導尋問もしてないのに、ペラペラとこちらにとって有益な情報を色々しゃべってくれた。
悪い報告も含まれていたが、概ね敵戦力の全体像とミルトラン城到達までの距離感は掴めた。
できれば敵の戦力分布とか編成なんかについて知りたいところだが。
……もう少し揺さぶってみるか。
「そんなわけないだろ、じいさん。嘘つくなよ。証拠でもあるのかよ」
「ワシらがなんの苦労もなくミルトラン城まで辿りつけているのがその証拠じゃ」
「警備が手薄なところからコッソリ入って来ただけかもしれないだろ?映像とかそういうのがないと、俺は信じられないな」
自分で言っててかなりおかしな論法になっているのはわかっている。
揺さぶってやる、とか思ってはみたものの、正直どう話せば敵戦力の内訳を知れるのかまったく出てこなかった。
なので思わず現代的思考で突拍子もないことを言ってしまったのだが……。
映像がないと証拠にならないとか。
そんなモノ、まず持っているはずなんて……
「やれやれ。しょうがないのぉ……」
あんのかよ。
「おい、烏合の衆。そこの壁に映してやるから散れ」
シッシッと手を振り、ウチの幹部連中を人払いする使節団長のじいさん。
ここ異世界だよね?
映像機器とかないはずなんだけどな……
ん?じいさんが懐から水晶玉を取り出してなにかをつぶやき始めてる。
魔法……かな?
「これが証拠じゃ」
じいさんがつぶやきを終えると、謁見室の側壁に戦闘映像が映し出された。
蹂躙されるミルトランの防衛部隊。
要所を守る城壁は軽々と超えられ、みるみる倒されていくミルトランの兵士達。
数、統率力、兵士1人1人の戦闘練度。
なにもかもウチに勝てる要素を微塵も感じさせないほど、圧倒的制圧力を持って最終防衛線はあっという間に切り崩されてしまっていた。
「戦争とは1人でやるものではない。多くの兵士を鍛え、統率し、高度に練られた戦略、戦術を持って敵を駆逐する。いくら貴様直属のお嬢さん達が化物じみた強さを持っていたしても、それだけで帝国の牙城は崩せぬよ」
その点に関しては異論ないよ、じいさん。
俺も同じ考え方で戦争というものは見ている。
ただ一点の認識の相違を除けば。
確かに、化物じみた強さを持つ能力者が数人いたところで、帝国の大戦力に対して焼け石に水なのは明白。
どんな戦術を駆使したところで勝つことなど到底できはしないだろう。
……ただ、それは化物じみた強さの場合なら、だ。
その基準はルーベテインやアマルフィア、ビルメンテ程度の実力者に対して当てはまる言葉だ。
俺にはわかる。
絶対的才能を開花させた俺の妹達が持つ能力は、化物じみた強さなどという安易な表現で説明できるような生半可な力ではない。
彼女たちは、本物の化物だ。
あの子達はまだ、全力を出し切ってはいないように思う。
俺がピンチになったり馬鹿にされたりした時に少しだけ見せてくれたあの戦闘力こそが、まさに真の実力の片鱗。
今はまだ、力の出し方にムラがあるようだが、いずれ意のままに自身が持つ絶対的パワーを自在に開放できるようサポートしていくことが、今後俺が成さねばならない使命となるのであろう。
「絶望で声も出せなくなったようじゃな」
「……くくく」
「なんじゃ?」
「くくく……あはは……あーはっはっはっは!」
俺は、右目を覆い隠すように押さえながら、まるで悪役が実力差から慢心の大笑いをするように、この場を制するための芝居を打った。
「狂うたか、小僧」
「ははは……いや、失敬。まさかこの程度の戦力で最強を語るとか、片腹痛いと思ってね」
「見苦しいな。負け惜しみか?」
「いいや。ミルトランの勝利が盤石だと確信したよ」
さらに続ける。
「お前たちをこのままここに拘束しておけば、最大2日間も余裕があるのだろう?それだけあれば、ミルトランの勝利は揺るがない」
「ふぉっふぉっふぉ。たかが2日でなにができると……ひえっ!」
さて、そろそろこのやり取りにも飽きてきた。
俺は腰に携えていた長剣の切っ先をじいさんの鼻先に当て、いつでも命を刈り取れる態勢に入った。
「覚悟が決まっている割には、えらく怯えてるじゃあないか。これまで帝国の威光で相手に交渉の余地を与えずイキッてたんだろうが、この俺にそんな脅しは通じない」
長剣の尖端を少しだけじいさんの鼻先に押し込む。
剣先がめり込み、血が滴る。
「貴様たち使節団は全員、拷問に処して帝国の情報を洗いざらい……」
「
「なにっ!」
冷徹な表情を作りながら使節団長に脅しをかけている途中の出来事だった。
「宣戦布告と受け取ったぞ、小僧!貴様たちの命運はあと1日だ!ふははははは!」
捨て台詞を吐きながら、彼らの肉体はスッと時空の彼方へと消えていった。
この奥の手は想定外だった。
だがしかし
「……ラスト、お
「……どう?彼らのこと、追えてる?」
「はい、しっかりと」
使節団が消えてすぐに、イヴが俺の元へと駆け寄り、声をかけてきた。
俺はイヴに使節団の帰還先がどこであるかを確認した。
そう。
イヴがビルメンテをわざわざ凍らせたのには理由があった。
彼女が使用した[瞬間凍結・追]という魔法は、その名の通り凍った相手がどこにいるかを追跡できる効果が付与された氷結魔法の一種だったのだ。
首が飛んだ瞬間に凍らせて仮死状態にすることで、敵にビルメンテを復活できる可能性があることをあえて示唆した。
本当は荷馬車でも用意してゆっくり帰ってもらい、時間を稼ごうと画策していたのだがそれはうまくいかなかった。
「……まぁ、それも大した問題でもないけどな」
「シャンティお姉様と、アイルを、呼んできましょうか?」
「ああ、頼む」
これから大事な戦略会議を行うことがわかっていたのだろう。
イヴは俺が意図を説明する前に、シャンティとアイルを呼びに謁見室を後にした。
ここからは、全員必須で俺の話を聞いてもらわなくてはならない。
「聞け!ミルトランの誉れ高き英雄たちよ!」
いよいよ、ミルトラン防衛戦の幕が上がる。
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