第10話 義妹、圧倒する [アイル] 2

 帝国の巨人戦士・ビルメンテは、完全に俺の息の根を止めるための行動をすでに開始していた。


 あの巨体に似つかわしくないスピードでどんどん俺との距離を詰めてくる!



「ぐおおおおお!!」



 うわぁ……

 

 すげぇ雄たけびあげながら迫ってきてるし。


 アレもう完全に鬼じゃん。鬼神じゃん。


 一歩踏みしめるごとに絨毯の下の石畳がバキバキになっていってるのもヤバいな。



 ただ……



 所詮はデカい割には早いという程度の木偶。


 すでにアイルに対して迎撃の指示を出していた俺に、死角はない。



「とうっ!」


「っ!?」



 俺の合図とともに即座に戦略行動を開始していたアイル。


 彼女は一足飛びでビルメンテの死角となる足元へと瞬時に滑り込むと、相手の推進力を殺すための強烈な足払い繰り出した!


 

「うおおおおりゃあああ!!」


「ぐがああああ!!」



 アイルとビルメンテの雄たけびと足が交錯する!


 同時に、俺目掛けて進撃してきた巨人は、アイルのか細い足に引っかかり、ドォォンという激しい衝突音とともに前のめりに思いっきり倒れ、床に突っ伏した!



「なっ!なんじゃと!」



 あり得ない光景を目の当たりした使節団の老爺が目をかっぴらき、口をあんぐりしながら絶句している。


 いや、俺も正直驚いた。


 いくらアイルが強いとわかっているとはいえ、あの勢いに乗ったぶっとい巨人の足に、よもや足払いを仕掛けるとは思ってもみなかった。


 強靭というだけでは説明がつかないアイルの足腰。


 いったいどんな仕組みしてんだ。



「よいしょっと」



 えっ?アイルさん。


 なんで倒れたビルメンテの両足を脇に挟むような形で持ち上げて……


 えっ?それってまさか……



「せーの!」



 アイルが次に繰り出した技は、俺の予想どおりだった。


 ただ、俺の想像力の範疇ははるかに超えていた。



「うおおおおおりゃあああああ!!!」



 なんとアイルはビルメンテの両足を抱え上げたのち、その場で超速の回転を始めたのだ!


 彼女を軸に、巨人はコマのように何度も何度も回され、遠心力の餌食になっている。


 ……俺の転生前の記憶が確かなら、現世ではあの技はこう呼ばれていたはずだ。



「ジャイアント……スイング……」


「はああああ!!いっけぇぇ!!!人間魚雷だぁぁ!!!」


 ひとしきり回転を終えたアイルが勢いに乗ったまま手を放すと、なぜか縦回転も加わったビルメンテの体躯がすごい勢いで使節団の面々に襲い掛かる!



「ひっ!ひやあああああ!!!ぶっ!!」



 飛来したビルメンテに成すすべなく押しつぶされていく使節団員たち。


 まるでボーリングのピンが倒れるみたいだったな。


 人間魚雷……おそるべし。



「がああああ!!!」



 だがすぐに起き上がり、体勢を整えまたアイルに突っ込んでくるビルメンテ!


 さすがに足払いして回転して投げつけただけでは倒せないか!


 どうする!アイル!



 ……えっ?



義兄にいちゃんにBLパワープレイを強要する変態脳筋野郎は……」



 移動の瞬間を目で捉えることがまったくできなかった。


 気付いた時にはすでに、アイルは……


 ビルメンテの頭上高く舞い上がり、すでに次の攻撃態勢を整えていた!



「男優失格だぁぁぁ!!!」



 男優ってなんやあああ!!!



 ドゴォォォ!!!バキバキ……メキィ!!!



「バカアイル怪力過ぎ……」


「……脳筋、こわい」


「いやぁ……たまげたのぉ……」



 俺だけではなく、シャンティやイヴ、じいやや周りで見ていた軍部の長たちも今目の前の光景に開いた口が塞がらなくなっている。


 空中から巨人目掛けて放たれたアイルの殺人級の飛び膝蹴りは、ビルメンテのこめかみ辺りを的確に捉え、そのままの勢いで一気に頭蓋を地面に叩きこんで巨人は完全に沈黙した。



義兄にいちゃーん!終わったよー」


「あ、ああ。よくやった、アイル」



 まるで何事もなかったかのように、アイルは石畳に突っ伏した巨人の横に立ち、終戦の合図を送ってきた。


 もう彼女の実力を推し量る試験を実施する必要はないだろう。


 ミルトラン第一遊撃部隊長のゼラニスに至っては放心状態になっている。


 もはや誰も彼女の実力に対して文句を言えないはずだ。


 帝国の使者団を返り討ちにしたから、もう明日にでも総攻撃を仕掛けてくることは必死。


 ここを片づけたら、この場で緊急会議を開いて部隊編成をしてしまおう。


 いよいよ本格的なミルトラン防衛戦の幕が切って落とされる。



「アイル!まだ終わってないわよ!」


「!!」



 すでにこれからのことを考え始めていた俺は、完全に油断していた!


 シャンティの叫びに目が覚める!



「うわっ!」


「アイル!!」


「舐め……るなよ……ミルトランの、愚物どもが!!」



 普通の人間なら確実に頭蓋が割れていたはずだ!


 息の根が止まっていても不思議ではないほどの攻撃を受けたはずのビルメンテが、床に突っ伏したまま腕を伸ばし、アイルの右足を掴んでいた!



「があああああ!!!殺す、コロス!!」



 額から大量の血を流しながらも立ち上がる巨人!


 足を掴まれたアイルが逆さづりの状態で揺れている!


 さすがにアレはまずい!


 とても反撃できる態勢じゃない!



「死ね!ゴミ虫が……!?」



 掴んだ腕と反対の腕から、強烈な拳撃を繰り出す構えのビルメンテ!


 宙吊りのアイルに避ける術はない!


 いくらアイルが強くなったとはいえ、あれだけ体重差がある化物のパンチが直撃すれば絶対無事ではすまない!


 下手すると身体がバラバラにはじけ飛び、原型すらなくなってしまう可能性すらある!


 なんとか、なんとかしなければ……


 !!



「がああああ!!!腕が……腕が、動かぬ!!」


「イヴ!」


「油断、禁物」



 魔女のような冷徹な瞳で氷結魔法を瞬時に繰り出し、振り下ろされる前にビルメンテの拳を凍らせたイヴ。



「があああああ!!!足も……足も凍って……」


「シャンティ、お姉さま」


「なに?イヴ」


「これ以上やっちゃうと、アイルまで凍っちゃうから、あと、よろしく」


「わかった!」



 イヴと意思疎通したシャンティが玉座の後ろにまわり、壁に飾ってあったミルトランの聖剣を手に取る。



「お義兄にいさま」


「な、なに?」


「この剣、使わせてもらいますね」



 使わせてもらうって、シャンティ、君はいったいなにを……



 ま、まさか!



「シャンティ姉ちゃん!」



 すでにかなりの表面積を凍らされているビルメンテだったが、アイルを掴む手は決して離そうとはしない。


 今だ宙吊りのままアイルが叫ぶ。



「お義兄にいさま。ご命令を」


「……どうやら、ラスト様より妹君たちのほうが、肝が据わってらっしゃるようですな」



 ふっ。


 何を言っている、セイサル。


 この俺よりも、妹達の方が覚悟が決まっている、だと?


 ……舐められたものだな。

 


「シャンティ」


「はい!お義兄にいさま!」


「駆逐しろ」



 俺が冷徹なる指示を下した刹那、シャンティは俺の横から姿を消した。


 次の瞬間



「がああ……あ?」



 ビルメンテの雄たけびが途切れる。


 シャンティはすでににいて、まるで何事もなかったかのように無表情のまま立っている。


 ただ、彼女が握りしめていた剣の切先からはうっすらと血が滴っている。


 ……巨人は、綺麗に首と胴が切り離されていた。


 シャンティの見えない一閃によって。


 首が吹っ飛んでいかなかったのは、おそらく彼女の太刀が、薄皮一枚残して切り落としたからだろう。


 斬首の達人が介錯をする際、首が転がって汚れないようそのような斬り方をしていたと、昔何かの本で読んだ記憶を思い出した。



「よっと!やっと解放された……って、おわっ!血が噴き出して……」


「瞬間凍結・追」


「……こなかった」



 アイルがビルメンテの拘束から解放された瞬間、イブが何故か追撃の氷結魔法を繰り出して巨人の首と胴を瞬間冷凍した。


 吹き出しかけた血の噴水がミルトランの床を汚すことはなかった。



「ラスト、お義兄にい様……お耳を……」


「……なるほどそういう事か。わかった」



 理解した。


 本当に、このイヴという優秀な妹は聡明で卒がない。


 よく視えている。


 未来を。



「な、なんということを……」


「お、終わった……」


「帝国の使者団を……返り討ちにするなどと……」


「ミルトランは……もう……」



 氷漬けの巨人と奥で無様に転がっている使節団の面々を交互に見つめながら、絶望のつぶやきを繰り返すミルトラン軍部の長たち。


 まぁ、それも仕方のない話ではある。


 帝国は強大だ。


 たかがミルトラン攻略部隊の精鋭1人倒したところで、戦局が覆るわけでもない。


 むしろ使節団を叩きのめしたことで、帝国側は圧倒的物量をもって一気に押し切ってくる戦略をとる可能性が非常に高くなった。


 普通の人間なら、国が終わったと錯覚してもおかしなことではない。



 そう、俗物なら……ね



「狼狽えるな!ミルトランの精鋭たちよ!」



 俺は玉座から立ち上がり、場に漂う虚脱感を払しょくするため、声を張り上げた。


 ありがとう、俺の愛しき妹達よ。


 君たちのおかげで、俺は明確に未来を描くことができた。


 本当に感謝している。



 ―――ここからは、俺の仕事だ。


 

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