第9話 義妹、圧倒する [アイル] 1

「気分はどうだい?アマルフィア」


「……最悪、ですね」


「まぁ、そうだろうね」


「あれだけの悪態をついたんです。覚悟は、できています」


「ああ」



 イヴの氷結魔法で足元が凍ったまま失神していたアマルフィアを、アイルにお願いして氷を砕いてもらってその場に寝かせた。


 膝まで凍傷になりかかっていたので、すぐに回復も施してあげた。


 すると彼はすぐに目を覚まし身体を起こす。


 ただ、当然俺と目を合わせるようなことはせず、己の無力さを噛みしめるように、ぼんやりと俯いたままだった。



「ミルトラン第一魔法兵団長、アマルフィア。王家に対する不敬を働いた罰として、君を第一魔法兵団に降格とする」



 俺は努めて冷静に彼の罪を罰した。


 ちなみにイヴがこの勝負に勝った時の約束はルーベテインと同じだ。


 魔法兵団長の地位をイヴに譲り、兵団の命をミルトランに捧げさせること。



「はぁ?なに言ってんですか、ラスト様。あんな無礼なこと言ったら普通、死罪でしょ」


「死ぬならミルトランのために戦場で死んでよ。そんなくだらない事で、僕は自国の貴重な戦力を削ったりはしない」


「……ほんと、甘々な王子様ですね」


「今朝約束したはずだよね?イヴが勝ったら、君と兵団の魂はすべてこのミルトランに捧げてもらうと」



 そりゃ明らかにムカつく奴ではあるけれど、こんな優秀な魔術師を何もさせずに断罪するとか勿体なさすぎるでしょ。


 重要な戦力だ。存分に使わせてもらう。



「裏切るかも……しれませんよ?」


「舐めないでよ、アマルフィア。イヴには常に君を監視させる。君は逃げることなどできはしない。死力が尽きるまで、この国のために戦ってもらうから」


「はぁ、もう、わかりましたよ……はぁ、しょうがないなぁ、まったく……イヴちゃんに監視されるとか……はぁ。もう、困ったなぁ……うふ、むふふふ」


「……」



 なんだコイツ。


 根暗なだけかと思ったらニチャニチャ系でもあるのかよ。


 顔が良くて魔法の才能も一級品なのに中身は酷いものだな。


 まあそれでも、イヴなら上手く使いこなしてくれるだろ。



「ラスト、お義兄にい様……」


「まぁそういうことだから、イヴ。今日から君がミルトラン第一魔法兵団の団長として、その手腕を発揮してくれることを僕は心から期待しているよ」


「予想は、していましたけど……私に、務まるのでしょうか?」


「シャンティよりは、遥かに向いてると思うけど?」


「まぁ、そうですよね。シャンティお姉様よりは、適正ありますよね、私……」


「もう!お義兄にいさまもイヴも!全部聞こえてるんだから!私だって本気出せば騎士団長くらいしっかりやれるよ!」


「シャンティ姉ちゃんには、無理だと思うけどなぁ……」


「そんな事ないもん!バカアイルよりは私のほうがマシだもん!」


「なっ!なな、なんだとぉぉ!!」



 もうそれ、ネタなの?


 お互いに罵り合わないと気が済まない性質??



「シャンティ様!アイル様!!もういい加減ケンカは止めるのですじゃ!まったく、ラスト様の御前で何度何度も……あっ!そこにおられますは美魔女魔術師のアンナルちゃん!どうかな?今宵ワシのいぶし銀レバーを引いてもろて金のクリスタル球を……」



 場を治めたいなら最後までしっかりやってくれ、セイサル。


 イヴの氷結魔法で性獣じじいの下半身、永久に黙らせてもらおうかな……。







 訓練場の事後処理を居合わせた従者や部下たちに任せて、俺と三姉妹+じいやは次の目的地を目指してすでに歩みを進めていた。



「もうわかってると思うけど、最後はアイル」


「おうよ!私は誰をぶっ飛ばせばいいんだ?義兄にいちゃん!」


「えっとね、君にはミルトラン第一遊撃部隊長のゼラニスと……」


「ラスト様!!」



 俺の隣を歩いていたアイルに次の話をしようとした時、すごい勢いで正面から息を切らして走ってくる1人の兵士に出くわした。


 俺の名を叫び、俺の前に到着するや否や片膝をつく。



「なに?どうしたの?」


「帝国の……帝国の使者団が、謁見を求めて正門前まですでに来ております!」


「なっ!なんだって!!」


「和睦の申し出らしいのですが……。いかがいたしましょう、ラスト様」


「……」



 すでに包囲網を敷き、勝利がほぼ確定している状況下で、帝国側から和睦を申し出てくるワケがない。


 使節団の目的はおそらく全面降伏の脅迫。


 ミルトラン城を無血開城させ、人や資源をなるべく傷つけずに手に入れたいという帝国側の謀略。


 7日間は余裕があると、予測結果から勝手に思い込んでいたのは浅はかだったようだ。


 帝国はすでに、ミルトランを手中に収める算段がついたと考えたほうがいい。



「……じいや」


「はい」


「謁見室に軍部の長たちを全員集めておいてくれる?」


「……受け入れるのですな、使者団を」


帝国側かれらと話すことで、現状を打破するための手掛かりがなにか掴めるかもしれないからね」



 会わないという選択肢はない。


 もう少し準備をする時間が欲しかった、というのが本音ではあるが、この状況になってしまっては致し方ない。


 俺も本当の意味で覚悟を決める刻がきてしまったのかもしれない。



「に、義兄にいちゃん……」


「アイル……それにシャンティ、イヴ」


「はい!お義兄にい様!」


「私たちも参席する……ということで、よろしいですね?」


「あ、ああ。話が早くて助かるよ、イヴ」



 すでにシャンティとイヴの実力は概ね把握している。


 アイルに関してはまだ未知数な部分も多いが、姉二人の覚醒パターンとこれまでの行動から、彼女の真の実力が一定以上のものであることは容易に想像がつく。


 この3人が傍にいれば、俺はおそらくほぼ無敵。


 たとえ受け入れた使節団の中に強者が潜んでいて、万が一俺の命を狙って来るようなことがあったとしても、それは大した脅威にはならないだろう。


 むしろそうなれば好機。


 こちらから仕掛けたとなれば今後の外交に差し障る可能性はさも高いが、あちらから襲ってきたとなれば大義名分は十分だし、敵の戦力もその場で一部削れる。


 アイルの実力を実践で推し量ることもできそうだし一石二鳥だ。


 いや、待てよ……こちらから扇動するってのもアリだな……。


 ふふふ……。


 どうせ舐めた交渉してくるだろうから、この機会は存分に生かさせてもらおう。


 どんなヤツが来るのか知らんが、敵は等しく全員、俺の覇道の礎にしてやるよ。



「ふふ……」


「お、お義兄にいさま?どうかされましたか?」


「いや、すまない。実は君たちにちょっと言っておきたいことがあってね」


「なんだよ、義兄にいちゃん」


「これから僕は敵の使節団と交渉することになるんだけど、いままで君たちに接してきたような優しい態度ではなくなるはずだから、驚かないでほしいなって思ってね」



 たぶん俺は、自らの本性をさらけ出してしまうことになるので、そんな自分を想像したら、なんだか笑わずにはいられなかった。



 俺もまだまだ未熟だな。



「駆け引き、というやつでしょうか?」


「正解だ、イヴ。たぶん傍目からはすごく嫌なヤツに見えるかもしれないけど、気にしないでほしい」


「お義兄にいさまの怒ってる顔とか冷たい表情はあんまり見たくないなぁ……。でも、仕方ないんだよね」

 

「えっ?義兄にいちゃんのクールな顔とかご褒美じゃん!むしろ無表情で「死ね」とか普通に言い放ってほしい……。ああ、想像したらなんかヘンな気分になってきた……」


「……」



 ま、まぁあまり緊張感ばっかり先行してもよくないからな!


 この調子で全然かまわないだろう!



「あ、あの……ラスト様……。使節団の対応、いかがいたしましょう……」



 あっ!片膝ついたまま知らせてくてくれた兵士がずっと待ってたんだった!


 すまん!モブ兵士A!



「10分後、謁見室に使節団を招き入れてくれ。丁重にな」



 丁重にな、とか言ってしまったが丁重にもてなすつもりなど到底ない。


 ミルトランは、帝国の圧力になど決して屈したりはしない!







 謁見室の中央には赤い絨毯が敷かれている。


 両脇にはミルトランの軍部を司る十数名の長達が緊張の面持ちで直立している。


 妹達とじいやは玉座に座る俺の両サイドに立ち、今の状況を険しい顔で見守っている。



「交渉の余地はないぞ、若輩なるミルトランの王よ。全面降伏以外の選択肢はないのでな」


 

 招き入れた帝国側の使節団員は5名。


 彼らは全員、余裕の表情でかつ不遜な態度で立っている。


 その中の1人。


 背の低い妖怪のような老爺が団の中から一歩踏み出し、古びた玉座に座る俺を舐めるように見まわしながら、第一声からそう言い放ってきた。


 この白髪白髭のじいさんが、おそらく交渉役なのだろう。



「……」



 俺は答えない。


 いや、別に答えを持ち合わせていなかったわけではないんだ。


 ただ、気になって仕方がなかった。


 この交渉役のじいさんの後ろに立つ、1人だけ明らかに異質なオーラを放つ人物にどうしても視線を奪われざるを得なかった。


 まぁオーラというよりは、その体格のデカさが物珍しいだけなんだけど。


 筋骨隆々の体に無数の傷跡。


 俺の1.5倍はあるんじゃないかと思えるほどに高い身長を持つ大男。


 アレ、ほんとに人間なの?


 ビッグサイズにもほどがあるぞ。



「ふん、腑抜けの王め!ビルメンテの圧に気押されてなにも答えられぬか……」



 俺の視線が後ろの大男だと気づいた老爺が溜息交じりに悪態をついてくる。


 ビルメンテってあの男の名前なのかな?


 まぁ名前とか別にどうでもいいんだけど、圧を感じるのはその巨人だけだな。

 

 他の使節団員からはこれと言った雰囲気の違いは感じられない。


 この場において警戒すべき対象はビルメンテってヤツ1人だけで問題なさそうだ。



「いや、帝国の巧みな交渉術に感服してしまってね。巨大な木偶人形で脅しとか、ずいぶん古典的な手を使うんだなって」



 おっ!なんかピクッてなったぞ、あの木偶。


 もしかして、気に障りましたかね?



「安い挑発じゃ。乗るでないぞ、ビルメンテ」


「……」



 額に血管浮き出てますけど。


 デカい図体に似合わず、器は小さいんですね!



「ミルトラン攻略における帝国第二部隊の長、全部隊中No2の実力を誇るビルメンテを木偶と罵るお主のほうが愚かだと思うのじゃが?」



 老爺がニヤニヤしながら俺を煽ってくる。


 呼応するかのように、ビルメンテ以外の使節団員も表情が緩む。


 彼らは相当、木偶の実力を過信しているようだ。


 まぁ実際、もし妹たちが覚醒していなかったら俺もあの巨人にビビッてすぐ降伏してたとは思う。


 事実、ウチの軍部の長たちは震えあがっているし。


 ただそんな中でも、妹たちの実力をわかっているルーベテインやアマルフィア、シャンティ、イヴ、アイル、じいやなどは、冷静にこの場を静観できている様子。


 その余裕。確実に彼らはアレを大した敵とは認識していない。


 それがわかれば十分だ。


 もう交渉ごっこは終わりにしようじゃないか。


 舐めた帝国のバカどもに、正義の鉄槌を下す時がきたようだ。



「帝国の人手不足は深刻みたいだな。心中察するよ」


「……なんじゃと?」


「図体デカいだけの雑魚しか連れ回せねぇ弱小国家ご愁傷様って言ってんだよ!」



 努めて大きめの怒声を張り上げ、俺は使節団を思いっきり罵倒した。


 さて、どう出る?



「……ビルメンテ」


「はい」


「どうやら交渉は決裂したようじゃ」


「はい」


「帝国を卑下する阿呆どもを駆逐しろ」


「がああああああ!!!!」



 って、いきなり俺に向かって猪突猛進してきやがったな、あの巨人。


 あの交渉役のじいさんもめっちゃ短気じゃねぇか。


 一応ウチの精鋭に囲まれてる状況なんだけどな、貴方たち。


 そんなの屁とも思わないくらい、ビルメンテは強いと錯覚してるんだろうな。



 ふふ……。



 まったく、しょうがねぇなぁ。



「アイル」


「おうよ!義兄ちゃん!!」


「迎え撃て」


「承知!」



 俺は舐めプしてくるふざけた奴らを、絶対に許しはしない!


 返り討ちにしてやんよ!


 

 ……俺の可愛い妹たちが、なっ!!!

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