第8話 義妹、圧倒する [イヴ] 2

 アマルフィアが叩きだした魔力値はS級魔術師の中位に相当する数値だった。


 ミルトランがこの魔力計を導入してから今日に至るまで、我が国においてこれほど高い魔力を計測できた者はいない。


 ただ、解せない点がある。


 彼は確かに驚くべきスピードで成長を遂げ、23という若さでミルトランの第一魔法兵団長の地位を築いていたが、それでも魔力値はA級の中位クラスだったはず。


 いくらイヴを手に入れるためとはいえ、これほど急にS級に至るほどの魔力を発現すらことなど普通あり得るだろうか。



 この男、もしかすると……



「アマルフィア、君は……」


「全力でやると疲れますね、魔力測定も……」


「やっぱり……」



 これまでの試験では全て手を抜いていたのか。


 その時々において必要な結果だけを示すよう魔力量をコントロールしていた。


 すでにこの国を去る算段は出来ているのだろう。


 イヴがいるからこの土壇場までミルトランに残っていたと考えられるが、それもこの試験で勝てば憂いはなくなる。


 全力を尽くすに値する状況になり、初めて彼は本来の力を示してきた。


 完全に、俺はアマルフィアの実力を見誤っていた。


 イヴ……俺は、君を……



「……もう、終わった、でしょ?そこ、どいてくれる?」


「あっ!イ、イヴ様!あの……その……僕、カッコよかったで……」


「邪魔」



 部屋の中央へすでに歩みを進め、アマルフィアを睨みつけるイヴ。


 彼女には、この試験で負けた時のペナルティは教えてはいない。


 なのでアマルフィアがイヴに好意を寄せていることは、彼女自信は知らないのだ。



「は、はい……どうぞ……」



 弱弱しい謝罪とともに、クリスタル球の前からそそくさと下がるアマルフィア。


 あれだけの魔力を示した後だとはとても思えない態度だ。



「セイサル様、魔力計、起動してください」


「ラスト様……」


「今はイヴの力を信じるしかないよ」


「……わかりました」



 じいやには全てを話している。


 なので俺がアマルティアに出した条件もわかっているので、表情が硬い。


 ここまで来て辞めるわけにはいかない。


 イヴがアマルフィアを超える数値を叩きだすことを、願うしかない。



「では、起動しますのじゃ!」



 じいやが銀のレバーを引き、再び魔力計の測定準備が整う。


 クリスタル球の下の文字盤に、ルーンの文字が淡い光とともに浮かび上がる。



「……」



 目を閉じ、無言で魔力を集中するイヴ。


 彼女の周囲もうっすらと発光し、魔力を集中しているのが見てとれる。


 魔力計の目盛りに目をやる。


 とても初めてやるとは思えないほどの振れを見せてはいるが……



「実戦経験もない彼女が弾き出す数値としては規格外、ではあるのじゃが……」


「……まだ、計測は終わってないよ」



 A級下位レベルの魔力値で目盛りの矢印が止まりそうになっている。

 

 まだ完全に固定化されていないので、確定したわけではないだが……。



「ちょっとイヴ!もっと頑張りなさいよ!」


「イヴねえ!ファイトだ!」



 いつの間にか俺とじいやの横まで来て、魔力計の推移をともに見守っていたシャンティとアイルがイヴを応援してくれている!


 やっぱこういう時の姉妹っていいなって思う!


 俺も心から願う!


 頼むイヴ!


 頑張ってくれ!



「くっ!でも……もう、これ以上は……」


「……ふふ」



 イヴが苦悶の表情で高めていた魔力も限界を迎えようとしていた時、俺は口元を押さえながら失笑を漏らしているアマルフィアを見逃さなかった。



「くっくっく……あはは……あーはっはっはっ!!!」



 もう抑えるつもりもなくなったのか、アマルフィアは徐々に声を張りながら、やがて大きな声で笑いだした。



「イヴちゃん、もう限界なのぉ?あはは。まぁこの間まで病気だった君が、いきなりこの僕を超える結果を出そうなんて、そりゃ無理な話だよねぇ!」


「おい!根暗童貞ネチネチ野郎!さっきから聞いてりゃナニ調子のいいことばっか言ってやがんだ!イヴねえはお前のモノなんかにゃならねぇよ!」



 アイルがアマルフィアに敵意をむき出しにしている。


 あれ?ところでなんでアイルがそのこと知ってんだ?


 あっ!もしかして、さっきアマルフィアがボソッとつぶやいた時にそれっぽい事言って、それをアイルの地獄耳が捕捉いたのか!


 いや、でも今はそんな事よりも……。



「僕はイヴちゃんさえいてくれれば、この国がどうなろうと知ったこっちゃないんだ!そこの無能王子にこれ以上仕えるのは、もう我慢の限界だったんでね!」


「無能……王子……?」


「イヴちゃんも辛かったよね?あんなボンクラの妹で居続けるなんて、僕だったら絶対耐えられないよ」


「ボン……クラ……?」


「でももう大丈夫。僕が絶対に君を幸せにしてあげるから。こんな国捨てて、遠い辺境の地で二人でまったりスローライフを……」


「こんな、国……ですってぇぇぇ!!」



 ゴゴゴゴゴゴゴ……



 なんだ……何が起こっている……。


 イヴの纏う魔力の総量が目に見えてみるみる増えて……



「ラ、ラスト様!魔力計を……魔力計を見てくだされ!」


「こ、これは!!」


「どうなっとるんじゃ……これは……」



 じいやの戦慄と俺の驚愕は一致していた。


 目撃した魔力計の矢印が示した位置。


 振り切れていた。目盛りの限界を。


 測定……不能……!?



「イ、イヴ……ちゃん……?」


「ラストお義兄にい様に仇なす……ゴミ虫が……」


「!!」


「万死に、値する」



 場が凍てつきそうなほどの冷たい視線でアマルフィアを突き刺すイヴ。


 美しくも絶望的なその表情に、俺の背筋も寒気を覚える。


 ……いや、違う。


 俺自身の身体が小刻みに震えだしているのは、イヴの雰囲気に恐怖を感じたからではなく……



「お、お義兄にいさまぁ……なんかここ、急に寒くなってないですか?」


「寒い寒い!イヴ姉、一体なにやったんだよ……」



 シャンティとアイルがいつの間にか身を寄せ合い、互いの肌をくっつけている。


 俺もあまりの寒さに思わずじいやに近づきそうになったが、気持ち悪いからやめた。



 ……これ、おそらくイヴの氷結魔法だ。



 彼女の魔力が覚醒したとき、蠅を凍らせるために使用したあの魔法だろう。


 ただ今回のは明らかにスケールが違う。


 瞬間的に場の気温をも急激に下げてしまうほどに強力な効果範囲。


 イヴの怒りがそうさせているのであろうが、彼女は一体何をする気なんだ。



「年寄りにこの寒さは……ラ、ラスト様!クリスタル球が……」


「!!」



 微かなパキッという音が聞こえた。


 それはまるで凍った湖面が少しずつ割れていくかのような、静かで確かなひび割れの音だった。



「くっ!あ、足が凍って……」


「その氷……溶かして、みせなさいよ」


「えっ?」


「ミルトランで最強の、魔術師、なんでしょ?S級、なんでしょ?10秒待ってあげるから、貴方の実力、見せてみなさいよ」



 氷の笑みとともに、足元がすでに凍らされたアマルフィアを煽るイヴ。



「イヴちゃん……あまり僕を怒らせないほうが……」


「8」



 動けないながらも、まだ余裕を見せているアマルフィア。


 すでにカウントダウンを開始していたイヴ。



「知らないよ……君の愛する兄妹にも危害が……」


「6」



 脅しをかけるアマルフィアを無視するイヴ。


 進むカウントダウン。



「灼熱の炎よ!来たれ我が元へ!……って、えっ?あれ?」


「あら、私の氷で、炎が消えちゃったわね。4」



 炎系の魔法を繰り出そうとしたアマルフィアだが、イヴの目に見えない砕氷によってその効果は無効化されていた。


 たぶん。



「あああああ!!!くそがあああ!もう全部ぶっ壊して……うっ!がっ!」


「よそ見しないで。攻撃しないとは、言ってない。2」



 完全にブチ切れたアマルフィアに少し大きめの氷の礫がヒットする。


 腹に二発もらい、悶絶している。



「くっ……あっ……」


「0。さて、覚悟は、いいかしら」



 カウントダウンは終わった。


 お腹を押さえて苦しむアマルフィアにゆっくり近づくイヴ。


 右手に集中させた魔力で顕現した禍々しき氷の刃は、確実にアマルフィアの命を刈り取るための仕様をしている。



「えっ?ちょ……いや、すいません、すいません!」


「言ったはずよ?ラストお義兄にい様に仇なすものは……」


「うわわわ!ごめんなさい!ごめんなさい!!」


「万死に値する、と」


「うわああああああ」


「イヴ!そこまでだ!!」



 今まで出したことないほどに大きな声を出し、場を制する俺。


 イヴがすでに繰り出していた氷の刃は、アマルフィアの眼球を貫く直前でなんとか止まってくれた。


 あまりの展開の早さにボケっと事の成り行きを見守ってしまったが、彼も重要な戦力なのだから殺してもらっては困る。



「彼、もう意識ないよ」


「あっ……ラスト、お義兄にい様……」


「とりあえず、魔力を抑えようか」



 アマルフィアは立ったまま失神し、白目を剥いて泡を吹いていた。


 俺はイヴのそばに寄り添い、スッと氷の刃を降ろす。


 彼女を包んでいた魔力のオーラは徐々に収まりを見せ、場に再び温かさが戻る。



「ラストお義兄にい様、私……」


「君の勝ちだよ、イヴ。よくやった」


「あ、よかった、です……」


「イヴ!」


「ご、ごめんなさい、ラストお義兄にい様……なんだか急に、力が抜けて……」


「いいよ。大丈夫だから」



 ふらつき、急に倒れそうになったイヴを咄嗟に抱き支える俺。


 そりゃ病み上がりな上、初めてでいきなり魔力全開放なんてしたら、普通はこうなるよな。


 ホント、よく頑張ったよ。


 時間がなくて強硬策になっているにも関わらず、結果もしっかり出してくれて、お兄ちゃん、ホント嬉しいよ!



「あ、あの……ラスト、お義兄にい様……」


「なに?どこか痛むところでも……」


「あの、その……右手が……おしりに……」


「おしり?えっ?あっ!ゴメ……」


「ひゃあん!そんな、ヘンな動きしちゃ、ダメですって……ふわぁ!」



 いや、ワザとじゃないからね!


 

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