第7話 義妹、圧倒する [イヴ] 1

「……気が付いた?」


「ラスト様……私は……」


「君の負けだよ、ルーベテイン」



 壁に突き刺さっていたルーベテインを数人の従者とともに引っこ抜き、すぐに回復魔法で彼を治癒して、勝負が決したことを伝えた俺。


 壁の穴の大きさが、シャンティの剣撃の凄まじさを物語っている。


 すぐに回復しなければ、おそらく彼の命はなかっただろう。


 ただでさえ貴重な戦力だ。


 こんなところで死んでもらっては困る。



「ルーベテイン。男の約束は守ってもらうからね」


「……」



 女神の言った通り、心臓を経由しないでこの能力ちからを使うと瞬間回復の効果だけが発動するようだ。


 ルーベテインを見た感じ、失意で傷心しているはいるものの、なにか新しい能力に目覚めている様子は今のところない。


 時間差で覚醒が確認できたことはないから、まぁ大丈夫だろう。


 まだ、彼に対しては疑心が残っているので、【覚醒回復オーバーヒール】を施すのは尚早だ。



「お義兄にいさまぁ!私、凄かった?」


「わっ!」



 ルーベテインを回復して立ち上がろうとしてすぐに、背中からシャンティが抱き着いてきた。



「あ、ああ。よくやったね、シャンティ」


「やったー!お義兄にいさまに褒められたぁ!」


「みんなが見てるから……その、離れてくれないかな」


「あっ!ごめんなさい!お義兄にいさま!私ったら嬉しくってつい……」



 ほら、またアイルとイヴが凄い形相で睨んでるじゃないか。


 シャンティはホント、直情的な子だ。



「シャンティ様……」


「むっ!お義兄にいさまを襲った不敬者の騎士団長!まだやるかぁ!」


「いいえ、もう十分わからされましたので結構です。それと……その呼び名はすでに不適切です。騎士団長は、今日から貴女様なのですから」


「……はい?」


「ラスト様とのお約束です。私は決闘に敗れたので、我がミルトラン第一騎士団はシャンティ様とラスト様に身も心もすべて、捧げます」


「ええええ!!お義兄にいさま、これはどういう……」


「そういう事だから。シャンティ、しっかりやるんだぞ」


「あっ……えっと、はい!お義兄にいさま!」


「ルーベテイン。君には副騎士団長としてシャンティを支えてもらう。彼女は戦場での経験がないからしっかり補佐を頼むよ」


「御意」



 まだ完全にルーベテインを信用しているワケではないが、とりあえず収まるところには収まったかな。


 まぁシャンティの鬼神みたいな動きや剣技をアレだけ見せつけられれば、否が応でも彼女に従わざるを得ないだろう。


 とりあえず、シャンティに関しては目的が達成できた。


 次は、イヴだ。



「お義兄にいさまぁ……私もちょっと痛いトコロがあるんですけど……」


「あ、ああ。結構ハデに衝突してたもんね。どこが痛いの?お兄ちゃんに見せて」


「えっと……あの……」


「はっきり言わないとわからないよ。どこ?」


「あの……お胸が……」



 と、シャンティが胸の当たりに手を触れようとした瞬間、



 ミシ、ミシミシミシ……ビリィィィ!!



「きゃああああ!い、いや!見ちゃダメです!お義兄にいさまぁぁぁぁ」



 なんとシャンティの胸部を押さえつけていた上半身のチュニックが、彼女の内なる圧倒的圧力に負けて縦に裂けて弾けた。


 上半身が全て露わになる。


 わがままボディが晒される。



「わっ!やばっ!アイル!イヴ!!なんか着るもの持ってきて!」


「ちょっと姉ちゃん!なんで前隠さないんだよ!義兄にいちゃんに見せつけてるだろっ!それっ!」


「大きければいい、というものでは…………巨乳、許すまじ……」


「もう!お義兄にいさまのエッチ!」


「……」



 うーん。


 めっさめんどくさい。


 この三姉妹。







 ふざけるシャンティの着替えを高速で従者たちに処理させ、俺と妹たちはミルトラン第二訓練場を後にし、すでに次の目的地へと向かっていた。



「……ラスト、お義兄様」


「なんだい?イヴ」


「私も、決闘を?」



 ミルトラン城内の古い回廊を進む最中、俺のすぐ後ろを歩いていたイヴが俺に声をかけてきた。



義兄にいちゃんはデカパイになんて絶対興味ないし!」


「あら、まな板アイルの負け惜しみかしら?」


「なっ!なな、なんだとおおお!!」


「……」



 俺やイヴのさらに後ろを歩いていたシャンティとアイルが不毛な争いを繰り広げようとしていたが、もうめんどくさいんで無視でいいや。



「いや、君にはある試験を受けてほしいと思ってるんだ」


「試験、ですか?もしかして、魔力測定試験……」


「さすがだね。そのとおりだよ、イヴ」


「……」



 俺の答えを聞いてもまだあまり納得していないのか、黙って何かを考えだすイヴ。


 おそらく彼女が予想していることは当たっている。


 そう。もちろんただ測定試験をしてもらうだけではない。


 シャンティと条件は同じだ。


 より能力の高い者をグループのトップに置くというのが俺の戦術方針。


 当然勝負してもらう。


 現役の、ミルトラン第一魔法兵団長と。

 


「待たせたね。じいや、アマルフィア」


「いえいえ。たった今準備が整ったところですじゃ!」


「おはよう、ございます……ラスト様……」



 目的地のミルトラン魔法訓練場についた。


 事前に打ち合わせていたとおり、じいやと第一魔法兵団長のアマルフィアが待機している。


 ちなみにアマルフィアもルーベテインと同様、朝食前に俺の部屋を訪れさせ交渉していた。


 アマルフィアが勝ったら、イヴと一緒にミルトランから亡命したいそうだ。


 いわゆる駆け落ちってやつ?


 そう。


 この男、ミルトラン第一魔法兵団長アマルフィア(23)は俺の妹、イヴ(16)のことが大好きで仕方がないらしい。



「ラスト様……僕が勝ったら……」


「ああ。約束は守る」


「……」



 このアマルフィアという男。


 イヴと同じで人と話す時、絶対に下を向いて目線を合わせない。


 いや、漆黒の前髪で目元が隠れているから顔を突き合わせても視線がどこを向いているかは多分わからないんだけど。


 背は低いが細身で口鼻のバランスもいいから美形だとは思うんだけど、いかんせん性格が暗すぎてとっつきにくい。


 実力もあるし魔法兵団長をさせているが、もう少しコミュ力あげてもらえるとありがたいんだけどな。



「ラスト様!ラスト様の治癒のおかげで、ワシの腰がサイッコーにフレッシュボンバーになりましたぞ!これで今宵もスンニちゃんと……」


「とっとと魔力測定試験のこと、イヴに説明してくれないかな?」



 アンタの夜の予定なんかまったく興味ないから。


 さっささと試験内容を説明せい、じじい。


 アマルフィアは度々やってるから説明不要だろう。



「ズッコン……いや、失敬。では、これからイヴ様に魔力測定試験の内容を説明しますのじゃ!」


「お願いします、セイサル様」


「うむ。イヴ様、この部屋の中央に魔力計がありますでしょう?」



 じいやが部屋の真ん中に設置された、黒曜石のような光沢を持つ機械を指さしながら、イヴの視線を目的物に移した。


 いや、イヴは魔力計とか知らんでしょ。


 それ説明してやってよ。



「はい……本で何度も読みましたので、仕組みは概ね理解しています。実物を見るのは、初めてですけど……」



 予習済みでしたか。


 さすがです、イヴ様。



「そうでしたか。もしや使用方法もご存じで?」


「中に設置されている、クリスタル球に魔力を注げば、よろしいのですね?」


「魔力解放は?」


「大丈夫、だと思います……」


「ラスト様ぁ!じいやの出る幕はなかったですじゃ!」



 じいやが大きな声で自身の役立たずっぷりを嘆いている。



 少し悲しいことではあるけれど、そういえばイヴは病気でベッドに釘付けにされてからずっと本を読んでいた。


 特に魔法書は毎日熟読していた。


 魔法が使えるようになれば、たとえ病気でも少しは俺の力になれるかもしれないと考えたからだと、以前話してくれたことを思い出した。


 それでいつも真剣に魔法と向き合っているのだと。


 残念ながら俺が才能を開花させるまで彼女は魔法を使えるようにはならなかった。


 ただ、今は違う。


 知識も。そして魔力も。


 彼女はすでに持っている。


 あの機械は数値化された魔力値がかなりの精度で計れる優れものだ。


 当然、その数値の高い者がこの場における勝者となる。


 アマルフィアは世界的にはA級に相当する魔力の持ち主で、かなり上位の魔術師ではある。


 しかも最近になってその成長は著しく、もしかすると今計ったらS級相当の数値をたたき出す可能性もある。



「それじゃ……僕から先にやらせてもらいますね、ラスト様」


「ああ」


「ボソッ……(イヴちゃんは、今日から僕のものだ!)」


「ん?」


「おーい義兄にいちゃーん!ソイツなんか今ヘンなこと言ってたぞー!」



 シャンティや俺たちとは大きく離れて、いつの間にか部屋の反対側のすみっこまで移動していたアイルが、大きな声で俺にアマルフィアのつぶやきに警鐘を鳴らしてくれた。


 確かになんかボソッと言っていたような気はしたけど。


 アイル、あれ何言ってるか聞こえたのか?


 なんちゅう地獄耳してんだよ。


 てか、シャンティさんとはまだケンカ中なんですね。



「イヴには魔術師の才能があったんだぁ……いいなぁ……。魔法とか使えたら、お義兄にいさまとあんなことやこんなことも……いやん」



 なんかふしだらな妄想にふけっているシャンティは放っておこう。


 今はアマルフィアの魔力がどれほどのものかをこの目で直接見届けたいと思う。



「アマルフィア殿、クリスタルに手を」


「いいですよ……」


「では、いきますぞ!ほいっ!」



 じいやが測定器の横についていた銀のレバーを引くと、機械が反応し、クリスタルが一層強く輝き出す。


 右手をクリスタルにかざし、無言で魔力を高めるアマルフィア。


 計測器の目盛りはじいやの手元にある。


 俺は測定された数値を確認するため、じいやの横に立つ。


 ちょうど判定が出たようで、計測結果が固定される。


 こ、これは……



「……ラスト様」


「まさか、これほどとは……」



 俺は計測された目盛りの振れ幅に絶句するしかなかった。


 イヴは……アマルフィアに勝てる、のか?


 

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