第6話 義妹、圧倒する [シャンティ]

「いくらラスト様の妹君とはいえ、決闘とあらば手は抜けませぬ。そのおつもりでよろしいか?」


「ああ」


「私が勝った暁には……」


「約束しよう、ルーベテイン。君が勝てば、ミルトランの血筋ではない妹達にはこの城から出て行ってもらう」


「……二言は、ありませぬか?」


「ない。すべてはこの国の未来のためだよ。妹達を追い出すことで、君たちの忠誠や結束が固まるのであれば本望さ。今は帝国の脅威から国を守ることが最優先事項だよ」


「……ようやく、王らしくなってきましたな。ラスト様」


「君には期待している。ただし、もし君がシャンティに負けるようなことがあれば、その時は……」


「誓いましょう。私が負けたその時は、シャンティ様に騎士団長の座を譲り、騎士団の身心みこころはすべて、ラスト様とシャンティ様に捧げます」


「二言はないね?」


「我がルーベテインの名において」


「では朝食後、ミルトラン第二訓練場へ来るように」


「御意」



 妹達と朝食をともにする少し前。


 俺は騎士団長を自室に招き、今日の段取りを事前に打ち合わせていた。


 端的に用件だけを話し、すぐに俺の部屋を後にする騎士団長。



「……」



 感情を隠し切れないのは、騎士団の長として未熟だと言わざるを得ない。


 一瞬ニヤリと口角が上がった瞬間を、俺は見逃さなかった。



「シャンティの病気が完治して【剣才】が覚醒したことはちゃんと伝えたはずだが、アレは絶対信じてないな。ま、本気でやってはくれるだろうけど……」



 馴れ合いの決闘など意味がない。


 戦場は人と人が殺し合う場所だ。


 木剣での試合になるとはいえ、お互い死力を尽くしてもらわねばならない。



「……必ず勝てよ、シャンティ」



 騎士団長程度の小物、瞬殺できるくらいの力があるところを俺に見せてくれ。


 君には、その才能が必ずあると俺は信じている。







 ミルトラン第二訓練場内。


 シャンティと騎士団長はすでに決闘の準備を整え、互いに対峙している。


 俺はその決闘を間近で見届けるため、従者の静止を振り切り、あえて審判を申し出て、今二人の間に立っている。



「勝負は互いが降参するか、僕が危険と判断するまでは続けてもらう。いいかな?」


「異存はありませぬ」


「お義兄にい様ぁ。この服、なんだか胸のあたりがキツくって……。ちょっと見てもらってもいいですか?」


「……」



 朝食後、決闘を執り行うに当たり、シャンティには動きやすい戦闘用の装備に着替えてもらった。


 シンプルな赤い布のチュニックとズボンに革製の手袋とブーツ。


 濃い藍色の長い髪は視界を遮らないよう簡単に束ねられ、右手にはすでに訓練用の木剣が握られている。


 サイズ的に合わない部分があったのだろう。


 彼女は上半身をクネクネさせながら、胸を俺の腕に押し当ててくる。



「姉ちゃん!!いい加減にしとかないと……」


「……騎士団長さん……お姉様の脳天……カチ割って」



 一緒に来ていたアイルとイヴがまた姉に苦言を呈している。


 彼女達にも、この決闘を観戦させたかったのは俺の意図だ。


 これから戦場をともにする姉の能力を、直に知っておいてほしかったから。


 仲間の戦闘力を知ることは連携を図るための大きな材料となるはずだ。


 ……いやこの姉妹、こんなに仲悪くてほんとに連携なんてとれんのか?


 ちょっと不安になってきた。



「シャンティ。我慢して」


「はい!お義兄にいさま!」



 ……っていうか、シャンティよ。


 さっきまでは「いきなりそんな……」みたいな感じで緊張の面持ちだったのに、もうその感情はどこかへ飛んでしまったのか?


 とても決闘前とは思えない楽観的な様子に少し不安を覚える俺。


 いや、逆に余裕があるってことだからいいのか?



「ラスト様……もう茶番はよろしいか?」


「あ、ああ。すまない」



 騎士団長の怒りのボルテージが徐々に上がってしまっている。


 結果的に、そのほうが都合と捉えるべきかな。


 剣に力も入るだろうからな。



「シャンティ。騎士団長と向かい合って構えて」


「あ、はい!ごめんなさい!お義兄にいさま」



 俺の腕から離れたシャンティが再び騎士団長と対峙する。


 構えて、とは言ったがシャンティは右手に持った木剣の切っ先が地面につくようにだらんとぶら下げ、腰を落としたりする素振りは見せなかった。


 そうだった。


 シャンティが、蠅以外とまともに戦うのは、おそらく今日が初めてなんだ。


 戦闘における構えなど到底あるはずもない。


 そういう基本的なことは学ばせてからこの場を設定したかったが、今はそんな悠長な事をしていられない。


 帝国の魔の手は、刻一刻と我がミルトランへと迫っている。


 もう信じるしかない。


 シャンティ。


 あの蠅を駆逐した素晴らしい剣技、俺に再び魅せてくれ!



「……舐められたものだ」


「それでは……はじめ!」



 一瞬ぼやいた騎士団長だったが、決闘開始の合図とともに地面を蹴り上げ、一気にシャンティとの間合いを詰める!



「散れ!異端者!」



 上段袈裟斬りの攻撃がシャンティに襲い掛かる!


 怒りで武力が上がったのか、今までみたこともない剣撃の速さだ!


 木剣といえど、あの威力で打ち込まれたら一流の剣士でも無事では済まない!


 シャンティ!



「いやん」


「……へっ?」



 シャンティは、騎士団長の攻撃に全く狼狽えることなく、少し身体を捻っていとも簡単に回避した。


 あ、あの速度で振り下ろされた斬撃を、完全に見切ったというのか……。



「隙あり!」



 いや、まだ攻撃は止んでいない!


 騎士団長は振り下ろした一撃を躱されたと悟るや否やさらに一歩踏み込み、斜め下からV字に振り上げ追撃の一閃を繰り出す!


 狙いは防御が薄い腹部あたりか!


 シャンティのあの態勢だととても躱せるはずが……



「お義兄にい様ぁ。やっぱり胸がキツくって、なかなか決闘に集中できないんですけどぉ……」


「……へっ?」



 唖然とするほかなかった。


 シャンティは二撃目も余裕で避けていた。


 いや、避けたなどという安易な表現では足りない。


 あれは、もはや瞬間移動の領域だった。


 動きが、まったく見えなかった。


 気が付くと、シャンティは騎士団長の右斜め後方に下がり、窮屈になった自身の胸ばかり気にしている。


 は、はは……。


 なんて反応速度だ……。


 アレはもはや【剣才】などという領域をはるかに凌駕している。


 とんでもない戦闘に特化した才能を、俺は開花させてしまったのかもしれない。



「……」



 黙って再びシャンティを見据える騎士団長のルーベテイン。


 当然、彼も気づいたに違いない。


 わずか二撃放っただけではあるが、彼も一応これまで様々な戦場を駆けてきた男。


 彼女の並外れた才を、俺以上に実感したはず。


 普通に戦って勝てる相手ではない、と。


 ただ、彼もこのまま黙って引くわけにはいかないだろう。


 実力で劣る相手に対してとる戦法というのも、おそらく騎士団長は持ち合わせている。


 彼が負ければ、騎士団はシャンティが仕切ることになる。


 君にもこれから、副騎士団長としてミルトランのために尽くしてもらわなければならない。


 さぁ。どうするルーベテイン。


 君の意地も、この俺に見せてくれ。



「……本気でいく」



 ルーベテインが腰を深く落とし、シャンティを凝視して再び戦闘態勢に入る。



「この状況で私が勝てるとすれば、それは……」


「……えっ?」


「お義兄にいさま!!」



 ルーベテインは俺の予想を遥かに超えた暴挙に出た!


 彼が構えて突進した相手は……俺だった!



 いやいやいや!ちょ!マジか!



「うわっ!」


「お義兄にいさま、危ない!!」


「隙あり!!」



 騎士団長が俺に向かって剣を振るおうとしたのはブラフだった!


 シャンティが慌てて俺を守ろうと、ルーベテインの剣の軌道に入ろうとした瞬間を狙われていた!


 瞬時に切り返したルーベテインの一撃がシャンティに襲いかかる!



「きゃあああ!!」



 彼は読んでいたのだ!


 シャンティが俺を守るための行動を何も考えずに選択することを!


 咄嗟に木剣を合わせ直撃は防いだように見えたが、ルーベテインの振るった強撃はシャンティの身体を浮かせ、訓練場の壁まで吹っ飛ばしていた!



「シャンティ!」


「かはっ!」



 背中を激しく打ち付けられたシャンティが、壁に背中を預けたままズルズルと崩れ落ちる。


 剣はまだ握ったままだが、首を垂れてダランとしている。



「ラスト様……勝負あり、ではないですかな?」


「ルーベテイン……」


「戦場で命をかけるというのはこういうことです」


「……」



 不敬ではあるが、状況に応じた最善手を繰り出した点は評価すべきだろう。


 どんな手を使ってでも相手を倒す。


 そういう意味ではルーベテインのとった戦略はものの見事に的中した。


 見立てが甘かった。


 このルーベテインという男、俺の想像していたよりも遥かに強かった。



「いや、シャンティはまだ……」


「あーあ。騎士団長さん、やっちゃったねぇ……」


「ラストお義兄にい様を囮に使うなんて……なんという愚行……例え神が赦したとしても、シャンティお姉さまは……」



 俺がシャンティへの期待を口にしようとした時、アイルとイヴが警鐘を鳴らしながら、何故か今立っている位置から2、3歩後ろへ下がったのがわかった。


 同時に座り込んでいたシャンティがゆっくりと立ち上がる。


 ダメージが残っているのだろう。


 首は垂れたまま、フラフラした様子で身体に力が入っていないのがわかる。


 アイルやイヴはああ言っていたが、本当にシャンティは……


 !!



「シャンティ!来るぞ!」


「大人しく寝ていればいいものを!」



 ルーベテインのさらなる追撃がシャンティに襲い掛かる!


 瀕死で動きが鈍っていると捉えたのだろう。


 今度は謀略を弄することなく真正面から突進していた!



「落ちろ!異端……」


「この……」


「!?」


「不敬者がぁぁぁ!!!」



 ルーベテインが木剣を振り下ろしたところまでは把握できた。


 ただ、その後なにが起こったのかは、俺の目では捉えることができなかった。


 激しい衝突音と結果だけが今、俺の目に映っている……。



「……」



 声も、出なかった。


 視線の先。


 ルーベテインは、訓練場の壁に頭から突き刺さっていた。

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