第5話 義妹、集結(朝食会議)

「……」



 久方ぶりに兄妹一堂に会して朝食をとっているというのに、何故かこの場の空気が重い。


 普段は質素な最低限の朝食しか使用人に準備させていない俺だったが、今朝は義妹たちの快方祝いということで、今ミルトランにある最も高級な食材を使用して、料理長には素晴らしい朝食を用意させていた。



 それなのに……。



「ちょっと姉ちゃん!なに勝手に義兄にいちゃんの真横にイス持って移動しようとしてんの?」



 シャンティが急に謎の行動を取り始めたので、アイルが咀嚼中のパンをまき散らしながら叫びだす。


 ……いや、アイルさん。


 まずはその口内にあるパンを食べきってから話しをしようか。


 せっかくの料理たちが君の食べかけのパンにまみれて台無しじゃないか。



「シャンティお姉さま……そういう抜け駆けは……良くないと思います」



 スープを口に運ぶ所作を止め、消え入りそうな声でアイルに同調するイヴ。


 ……いや、イヴちゃん。


 話す時はちゃんと相手のこと見て話したほうがお兄ちゃん、いいと思うんだけどな。


 どこ見てしゃべってんの?



「え?私はただ、お義兄にいさまのお食事をお手伝いしようとしただけで……」



 ……シャンティ。


 俺は食事の手伝いとかまったく必要としてないから。


 子供だと思われてんのか?俺。


 そもそも君がそんな謎の行動するから、他の妹達が異議を唱えてるんだろう。


 自席で朝食をしっかり味わってくれないかな。



「シャンティ様、イヴ様、アイル様!皆の快復を祝ってラスト様がせっかくお膳立てして下さったこの朝食の囲いを、無下にしてはなりませんぞ!じいやの目が黒いうちに、行儀よく朝食をいただきなさい!」



 と、俺の後ろで椅子から立ち上がれない、腰を激しく痛めたセイサルが偉そうに場を取り持とうとしてくる。


 いや、じいさん。


 アンタも大概だぞ。


 【性獣】効果で昨夜は数十年ぶりの激しい夜を過ごしたようだが、年齢を考えてくれよ。


 じいさんもう80歳なんだからな。


 いくら男性機能が覚醒したとはいえ、老体であることに変わりはない。


 俺の【覚醒回復オーバーヒール】に若返りの効果はない、はず。



「シャンティ。元の位置に戻りなさい」


「はい、お義兄にいさまぁ」



 このあたりの素直さはとても素晴らしいと思うのだが、戻り際にウィンクしながら胸の谷間をチラ見せするのはやめてくれないか?



 そんなことをしたら……



「ああっ!姉ちゃん、いま義兄にいちゃんに色目使っただろ!」


「……穢らわしい……淫乱女」



 そういうのは良くないぞ、シャンティ。


 アイルが口に含んだパンを半分以上テーブルにぶちまけて喚いてるじゃないか。


 イヴもなんかすごいコトつぶやいてるし。


 ったく!


 兄妹全員揃って朝食をいただくなんて、おそらく十数年ぶりのことなんだぞ。


 それなのに、なんでこんな雰囲気になってんの?


 頼むからみんな仲良く、例えば昔話なんかに花を咲かせてだな……



「色目なんて使ってないし!アイルはいっつもそう!お姉ちゃんのことすぐ疑う!」


「あーそうですよ!だって姉ちゃん、昔からすぐ抜け駆けして義兄にいちゃんと二人っきりになろうとしてたじゃん!」


「……シャンティお姉さまは、昔からウソつきです」


「ちょっと聞こえてるわよ、イヴ!私知ってるんだからねっ!アンタがいっつも夜な夜なお義兄にいさまのことをオカ……」


「シャンティお姉さま……それ以上、世迷い事をほざくようなら……」


「なによっ!」


「はいスト―――ップ!!!」



 俺はついに大きな声を出して場を制してしまった。


 いや、そういう昔話は求めてないからね。


 元気になったらなったで大変だな、この三義妹は。



「僕は君たちにケンカをさせるために、わざわざ病気を治したワケじゃない。わかるよね?」



 俺は少し冷たい口調でそう言い放った。


 妹たちの言い争いが見るに堪えなかったというよりは、そろそろ本題に入りたかったというのが本音だ。


 あまり悠長に食事をしている時間は、実はそう多くはない。



「ごめんなさい、お義兄にいさま……」


「申し訳ございません……ラスト、お義兄にい様……」


「ごめんよ、義兄にいちゃん……」


「うむ。わかればよろしいですのじゃ!」



 ……なんでアンタが偉そうにしてんの?じいさん


 マウントをとる場面ではないぞ。


 もしかして、わからせてほしいのかな?



「今日みんなで一緒に朝食をとりたかった理由は2つあるんだ。1つはもちろん快気祝い。シャンティ、イヴ、アイルが元気になってくれて、僕はとても嬉しい」


「ラスト様、ワシの名前が入ってな……」


「2つ目はこれからの事。じいや、ちょっと今僕たちを取り巻いている自国の情勢についてわかりやすく解説してくれないかな?」


「ワシの……えっ?あ、はい。承りました、ラスト様……」



 じいやが元気になったことも、ちゃんと心から喜んでいるよ!


 ちょっとウザいけど!



「端的に申し上げますと、我がミルトラン王国は目下のところ、史上稀にみる空前絶後の超絶大ピンチ状態なのですじゃ!!」



 いや略しすぎだろ、じいさん。


 さすがに何がヤバいのかくらい説明してくれないかな。



「……なにがピンチなんだよ、じいさん」



 助かったよアイル。


 思わず激しめのツッコミを入れて、じいやにトドメを刺してしまうところだった。



「……おそらく7日後。我が国の最終防衛ラインは帝国の精鋭部隊に突破され、ここミルトラン城は火の海になるのですじゃ!」


『……えっ?』



 妹たちのつぶやきがシンクロして、三者三様に絶句している様子が伺える。


 そう。じいやが説明してくれたことは紛れもない事実だ。


 我が国の軍略家たちが予測した戦況から逆算すると、約7日後にここミルトラン城は陥落する。


 妹達にその事実は伏せられていた。


 病魔と闘っていた彼女たちに余計な心労をかけたくなかったから。


 同じく病床に付していたじいやには申し訳なかったが、彼には包み隠さずすべての事実を告げていた。


 幼くして王位を継承した俺にとって、近親者で心底信頼する相談相手はセイサルしかいなかったから。


 いくら王位を継承したとはいえ、若く力もないお飾りの王に、心から忠誠を誓ってくれる臣下はいない。


 それは自覚しているし、反対の立場であったらならそれは正しい感覚だと思う。


 皆今すぐにでも国を捨て、いかに他国へ亡命しようか考えている頃合いだろう。


 それは致し方ない選択だ。


 ミルトランは弱小国家だし、帝国の侵略を止められるだけの戦力など到底持ち合わせていないのだから。



 だが……。



「お、お義兄にいさま……」


「僕の力不足なんだ……。せっかく君たちを元気な姿に戻してあげられたのに……。不甲斐ないお兄ちゃんでほんとゴメンな……」



 暗い表情や声を創る演技は転生前から得意だった。


 妹たちにとって、大切な兄が力不足を嘆いている姿は、堪えるだろ?


 君たちには、力を与えた。


 愛する兄を守りたいという激しい動機は、これ以上ないモチベーションにつながるはずだ。



「もう!水臭いじゃないか、義兄にいちゃん!」


「お義兄にい様!そういうことは早く言ってほしかったです!」


「ラスト、お義兄にい様……私たちは、これからどのように行動すれば、よろしいのでしょうか?」



 妹たちの表情はとても明るい。どうやらやる気になってくれたようだ。


 そしてイヴ。やはり君は妹たちの中でも特に賢い子だね。


 俺の次の一手を先読みして、これからすべきことをすでに考え始めてくれている。


 相変わらずどこ見て喋ってるのかよくわからんが。



 ふふ……。



 人を動かす時、単純に命令を下せばいいというものじゃあない。


 必要なのは、自らの意思と行動。


 まずはその条件、クリアされたとみて問題なさそうだ。



「君たちいったい何を考えて……えっ?ま、まさか!」



 少しオーバーリアクションだったかな?


 でももう少し演技は続けよう。


 次にすべきことは当然考えてある。


 違和感を与えないように、計画を第二段階へ進めなくてはならない。



「お義兄にい様!私……やれると思います!」


「ラストお義兄にい様が、与えてくださったんですよね?この力……」


「うおおおお!燃えてきたぁぁぁ!!!」



 みんな自身の覚醒に自覚はあるようだ。


 あまり多くの説明は必要なさそうだな。


 アイルだけは本当に理解しているかどうか、正直怪しいところではあるが。



「君たちの目覚めた力に頼るしかない脆弱な兄を許してくれ……。ではこれからすべきことを説明する」



 もう演技も必要ないだろう。


 ここからは真剣に、粛々と彼女たちにはやるべきことをやってもらうことになる。



「シャンティ!」


「はい!お義兄様!」


「君にはこれから……」


「はい!お義兄様!」


「ミルトランの第一騎士団長と決闘をしてもらう!」


「はい!……って、ええっ!?お義兄様、今なんて……」



 聞こえてただろ?同じこと言わすなよ。


 君の本当の実力を、まずは早急に知らなればいけないんだ。


 回り道をしている暇などない。


 手っ取り早くそれを確認する手段は、ミルトラン最強の騎士と戦うことだ。


 帝国の精鋭と最前線で渡り合えるだけの力があることを、この俺に見せてくれよ、シャンティ。



「いざ、決闘じゃぁぁ!!あ、今日も麗しき熟女メイドのスンニちゃん!よかったらワシと今宵、夜の激しいケツ闘を……」



 うるせえ、性獣じじい

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