第4話 義妹、覚醒 [アイル]

「それじゃあイヴ。今日は夜も更けてきたからゆっくり休むんだよ」


「あ、あの!ラスト、お義兄にい、様……」


「なに?」


「あっ!い、いえ!ご、ごめんなさい!なんでもないです!ごめんなさい!お、おやすみなさい、ませ……お義兄にい様……」


「?」



 イヴは自身の太ももに手を挟み、なんかモジモジしながら上目遣いで俺に質問があったかのような素振りを見せていたが、特になにもなかったようなので、何回も謝ってからまたベッドに戻って、眠りの態勢にそそくさと入ってしまった。


 シャンティといいイヴといい、一体何だってんだ?


 そんなに手が冷たかったこと、怒ってんのかな?


 言いたいことがあるならハッキリ言えばいいのに……。


 俺たち、兄妹だろ?


 ……いや、俺も真意は隠したままだからお互い様か。


 ふっ。妹たちのことをとやかく言う資格は、俺にはないな。



「おやすみ、イヴ。明日は久しぶりにみんなで朝食をとるから、早起きするんだよ」



 そう言い残し、俺はイヴの部屋を後にした。







 さて、最後はアイルだな。


 なんだかんだ回復して周っていたら遅い時間になってしまった。


 アイル、さすがにもう寝てるかな。


 いくら確実に病気を治すことができるとはいえ、休んでいるところにあの手法で回復を施すことには正直抵抗がある。


 できれば、というより必ず起きている状態で治癒したいので、病気でしんどいかもしれないけど、もし寝てたとしてら起こすことにしよう。


 明日は必ずみんなで一緒に朝食をとりながら、今後の話をしたいと思っているんでね。


 回復……いや、覚醒の儀式は今日中に済ませてアイルの眠っている才能を把握しておきたい。



「……」



 本日3度め。


 アイルの私室前に到着した俺は、躊躇することなく木製の扉をノックしようと手をグーの形にして準備を整えていた。



 しかし……



「おおおうりゃああああ!!!」



 その必要はなかったようだ。


 耳を澄ますまでもなく、アイルの私室内からは大声で気合を入れる、わんぱく義妹の奇声がこだましていた。



 ガチャ



 中で何をしているのかは概ね想像がついたので、俺はノックをせずにアイルの部屋へと入っていった。



「はぁはぁ……あ、義兄にいちゃん!こんな遅い時間に、どうしたの?」


「また君は……。アイル、寝てなきゃダメだろう」



 膝に手をつき呼吸が乱れているアイル。


 額からは大量の汗がしたたり落ちている。


 身に纏っている動きやすい白を基調とした軽装衣類は、まるでそのまま川へダイブしたかのようにずぶ濡れになっていて少し素肌が透けて見えている。



「はぁはぁ……ごめん義兄にいちゃん。でも私、じっとしてると悪いことしか考えられないから……」


「ああ、わかってるよアイル。だから僕もそんなに怒ったりしてないだろ?」


「そう、だよね……。ヒーラーのおっさんはうるさいけど、義兄にいちゃんはいつも優しいもんね……」



 何度言っても、アイルが安静にしてくれないことには理由がある。


 彼女の病気は、おそらく義妹たちの中でもっとも重い。


 もともと元気が取り得で活発な女の子だったから、今の病に伏す前は病気などしたことがなかった。


 病は気合から、と掲げ多少辛くても動き回って治していた彼女には、原因不明の病気ですらその方法で治ると信じているので、誰も見ていない隙を見計らって1人活発に動きまわっていることを、俺は知っていた。


 もちろん安静にしてほしい気持ちもあったけど、事実それで彼女は生気を取り戻していたので止める理由もなかった。


 人生が早く終わってしまう可能性が高い彼女の望みを奪うことを、俺はしたくなったんだ。



 とは言うものの……



 こんな遅い時間まで汗まみれになるほど動き回るのはさすがにやりすぎだ。


 これはこれで寿命を縮めているような気がするぞ。



「アイル。呼吸を整えて落ち着いたら、聞いてほしいことがあるんだ」



 でも、そんな命を推し量る日々は今日で終わりにしよう、アイル。


 君のその呪縛、兄ちゃんがいまここで解き放ってあげるからね!



「ふぅ、落ち着いた。で、なに?義兄にいちゃん」


「ア、アイル。近いよ……」



 呼吸が整ったようで、話をしっかり聞くため俺に近づいてきたアイル。


 何故か胸が触れるか触れないかくらいのところまで距離を詰め、見上げてくる。


 ちなみに彼女の身長は俺の首の位置くらいだ。


 髪は赤毛のショートで、今もそうだが、普段から左右二つに束ねて結っている。


 瞳は薄茶色で挑発的な猫目。


 全体的な容姿で言うとおそらく美人の部類ではないのだが、ただ笑顔がとんでもなくステキな子で、笑っている彼女を見ていると、異常なほど心が引き込まれるような感覚を覚える。


 また性格は明朗快活。とてもフレンドリーで親しみやすい。


 末の妹アイルは、そんな太陽のように明るく眩しい女の子だ。



義兄にいちゃんの顔、近くで見たかったから」


「えっ?」


「はぁ。何度見ても義兄にいちゃんの顔、ホントかっこい……うっ!」


「ど、どうしたの?アイル……」


「ごばぁぁぁ!!!」


「ぶっ!」



 アイルが突然血を吐いた。


 直撃した俺の顔面は、血まみれになった。



「わっ!義兄にいちゃんゴメン!」


「だ、大丈夫だよ……」


「今拭くもの持ってくる……きゃ!」


「おわっ!」



 その場で急に反転して、机に置いてあった手拭きを取りに行こうとしたアイルが、床に滴っていた血と汗で足を滑らせ、咄嗟に俺の腕を掴んだので、一緒に巻き込まれて転倒してしまった。



「い、いててて……」


義兄にいちゃん!大丈夫!?」


「あ、ああ……っ!」


「……義兄にいちゃん」



 お約束の状態になっていた。


 俺はアイルに覆いかぶさる態勢となり、両手が……アイルの小ぶりな両胸を捉えてしまっていた。



「わっ!ご、ごめ……」


「いいよ、義兄にいちゃん。私、死ぬ前に一度してみたかったんだ……」


「してみたいって……なにを……」


「わかってるくせに。女の子にそんな恥ずかしい事、言わせないでよね……」



 そう言って、何故か目を閉じて唇を尖らせてくるアイル。


 えっ?この状況で俺、からかわれてる?


 ったく、ふざけた義妹だよ。ほんと。


 ……アイル、君は死なないから大丈夫。



「早くきて……って、きゃ!」


「後で説明するから、とりあえず今は黙ってて!」


「もう義兄にいちゃんったら……いきなりそんな……」



 どうせ心臓付近に触れなきゃ覚醒回復オーバーヒールできないと思った俺は、この状況を利用してアイルの濡れた衣服の下から少し強引に手を入れた。



「あ、あん」



 もう4回目だから服で見えなくても、手を置く位置はなんとなくわかる。


 なんかヘンな声出してたアイルは無視して、このままヤっちゃおう!



覚醒回復オーバーヒール



 パァァァァァ



「……えっ?」


「はい、終わったよ。もう病気は完治したはずだから、起き上がってみて」



 回復の儀を終え、すでに立ち上がっていた俺はアイルに手を差し伸べて身体を起こすよう促した。


 状況が理解できずにポカンとしていたアイルだったが、俺の手を掴み、その場で立ち上がった。



「あ、あれ?なんか……」


「どうかな?」


「体中の痛みが……なくなったような……」


「よかった!うまく効いたみたいだね!兄ちゃんね、実はさっきいきなり回復魔法が使えるようになって……」


「この愚か者めがぁぁぁ!!!」


「ええええ!!!」



 俺の説明を途中で遮り、アイルは俺の背後を飛んでいたナニかをスゴイ速度でつかみ取り、そのままの勢いで床にブンッと投げつけた。



 また蠅だった。



義兄にいちゃんをバックから責め立てる破廉恥な蠅風情が!貴様程度に義兄にいちゃんの竿役が務まると思うなよ!この!このこのぉ!」



 ちょっとなに言ってるかわからないアイルが、追撃で何度も落ちた蠅を踏みつけている。


 どうでもいいけど、なんで毎回毎回俺の後ろを蠅が飛んでんだよ。


 いくら古いミルトラン城とはいえ、多すぎだろ。



 ……って、ねえアイル。



 君、なんでジャンプしてんの?



 え?


 ま、まさか……



「制裁だぁぁぁ!!くらえぇぇぇぇ!!」


「ちょちょちょちょ!!」



 ドゴォォォン!!!


 バキバキ!メキッ!バキィッ!!



「はっ!ゴ、ゴメン義兄にいちゃん!つい頭に血が昇っちゃって……テヘペロ」


「……」



 アイルはすでに絶命していたであろう蠅の屍に、さらなる追い打ちのジャンピングドロップキックをぶちかまし、古びた木製の床まで粉砕してしまった。


 修理費だって馬鹿にならないんだから、そういう無駄な攻撃は止めてほしい。


 でも……。


 あのランダムに飛び回る蠅を瞬時につかみ取った拳の早さと動体視力。


 そして自身の下半身が床に突き刺さるほどの威力を持ったキックと、天井付近まで軽々と飛び上がれる跳躍力。


 元々運動神経はよかったが……


 どうやら俺の回復効果で、アイルは本格的に【武闘】の才能が目覚めたとみて間違いないだろう。



 クックック……。



 まさか義妹全員が戦闘系に特化した才能を持っていたとはなぁ……。


 俺は本当にツイている。


 ただ、いずれもまだ才覚を確認しただけの段階。


 戦力になるかどうかはこれから見極めなければならない。


 ふふ。とはいえ……。


 俺が覇道を突き進むための、戦力増強の第一段階はクリアしたと見て問題ないだろう。


 これから知らなければならないこと、やらなければならないことはたくさんあるけれど。


 それでも……。



義兄にいちゃん……さっきの続き……」


「いや、まずはその床にハマった下半身を抜いてからにしよう……」


「アイル様!大丈夫ですか!なんかお部屋からものスゴイ音がして……って、きゃああああ!」



 部屋の扉が勢いよく開き、メイドの一人が突入してきた。


 バキバキになった床に下半身が沈んでいるアイルを目撃し、絶叫している。


 まぁ、さすがにあんなドデカイ破壊音がすれば当然か。



「えっと、これは、その……」


「ラスト様ぁ!お顔が……お顔が血まみれではありませんか!いったいここで何があったというのですか!?」


「あー……」



 もう説明するのめんどくさいんだけど。



「どうした!なにがあった!」


「アイル様!またお部屋で粗相を……」



 衛兵たちも次々と駆けつけてきて収拾がつかなくなってきた。


 はぁ。しょうがないな。



「別になんでもないから!大丈夫だから!アイル!」


「なに?義兄にいちゃん」


「明日はみんなで朝食をとるから、ちゃんと早起きするように!」


「はーい。って義兄にいちゃん、続きは……」


「じゃあ僕は自室に戻って休むから!みんなここの後始末とアイルのこと、よろしくね!」


 

 アイルのしょうもない誘惑を遮り、俺は少し大きめの声を出して第一王子としての強権を咄嗟に発動し、逃げるようにその場を去った。


 今日の目的はすでに達成できたから、俺も早く休みたい。


 なんだかんだ4人一気に回復したことで、俺自身もかなり疲労が溜まっていた。


 顔面に浴びたアイルの吐血だけ洗い流して、明日の朝食会議に備えて今日はもう寝ようと思う。

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