第3話 義妹、覚醒 [イヴ]
「元気になって走り回りたい気持ちもわかるけど、病み上がりなんだから今日はゆっくり休むんだよ、シャンティ」
「はい!お
俊敏な動きとともに、手に持った果物ナイフで宙を刻み続けていたシャンティを制し、俺は彼女に休息することを促した。
満面の笑顔で応じてくれるシャンティ。
すぐにベッドにもどり、布団にもぐる。
「お
「ああ。しっかり早起きして、一緒に朝食を食べよう!」
「やったぁ!お
頭からスッポリ布団を被っていたシャンティが、可愛らしい仕草で目から上だけひょっこり出す。
小動物のような黒い大きな瞳には、うっすら涙が浮かんでいた。
「シャンティが好きなパンやフルーツをたくさん用意させておくよ」
「嬉しい……。やっと、やっと普通の食事が食べられるカラダになれたんですね、私!本当に、本当にありがとうございます!お
「ああ、僕も君がもとの元気な姿に戻ってくれてとても嬉しいよ。それじゃあシャンティ、僕はこれから君の妹たちも治して周らなきゃいけないから、そろそろ行くね」
「えっ!ええ……そう、ですね……」
「どうしたの?」
「いや、その、なんでもない、です……。おやすみなさい、お
「?」
あれだけ感謝してたのに、何故か急に態度が素っ気なくなったシャンティ。
再び掛け布団に潜り、顔を反対に向けて眠りの態勢に入ってしまった。
俺、なんかヘンなこと言ったか?
病み上がりで感情の起伏が激しいのかな?
まぁいいか。次行こう。
ん?そういえば……。
我が妹、シャンティよ。
果物ナイフを抱いて眠るのは、止めないか?
◇
「ふふ……」
シャンティの私室を後にし、再び古びた石畳の通路を進む俺。
次の目的地はシャンティの妹で俺の2人目の義妹、イヴの私室だ。
向かう道すがら、俺は腹の底からフツフツと湧き上がる不敵な感情を抑えることができずにいた。
「はは。最高じゃないか、シャンティ」
あの剣技……
タダ者ではないだろう。
不規則な軌道を描いて飛び回る蠅を、果物ナイフで綺麗に4等分できる技量を持った剣士など、ミルトランの騎士団内には少なくともいない。
動きも軽快だった。
もちろん、戦場で人と戦うことと虫一匹刻むことは別次元の話だから、訓練が必要なのは言うまでもないが、才能という意味では群を抜いている。
最高の
じいやははずれだったが、シャンティは申し分ない。
これから覚醒させる2人の義妹も、シャンティと同様の
コンコン
などと未来に思いを馳せている間に、俺はイヴの私室前にすでに到着していた。
シャンティの時と同じように扉をノックし、イヴの現状を確認する。
「ん?あれ?」
返事がない。いないのかな?
いや、彼女もシャンティ同様カラダを起こすことも困難なくらい重い病に伏しているのだから、こんな時間に部屋にいないことは考えにくい。
聞こえなかったのかな?
返事がないのに勝手にドアを開けるのも申し訳ないんだけど……。
ちょっと扉に耳を当てて中の様子を探ってみるか。
どれどれ……
「はぁ……はぁ……ラ、スト……お、義兄……様ぁ……」
マズい!
イヴの病状が悪化してるんだ!
息が上がっていてとても苦しそうだ!
クソッ!
先にイヴのところに来るべきだった!
早く……早く回復を施さなければ!!
「イヴ!大丈夫か!!」
俺は四の五の考えることを放棄し、すぐに扉を勢いよく開け、イヴの私室に突入した!
だが……
「イッ……あっ!ラ、ラストお義兄様!」
あれ?
なんか別に大丈夫そう、だな。
もちろんベッドに横たわってはいたが、特段苦しんでいる様子はない。
むしろ顔が赤らんでいて血行がよさそうにも見える。
掛け布団がモゾモゾ動いているが、床ズレで少し体が痛いのかな?
ずっと横になっている生活もホント、辛いと思う。
「いきなり入っちゃってゴメンね、イヴ。なんか辛そうな声が聞こえたから……。」
「い、いえ……」
俺がすごい勢いで部屋に入って動揺したからなのか、イヴは掛け布団の中へ潜り込み、顔を隠してしまった。
ホント、申し訳ないことをした。
ちなみにイヴはかなり大人しい性格をしていて、しかも恥ずかしがり屋なので、俺と話す時も基本目は合わせてくれない。
声も小さくボソボソ話すので、時々聞き取れないこともある。
ただ、容姿は可愛らしい3義妹の中でも群を抜いて美しい。
いや、このミルトラン王国を広く見渡しても、彼女ほど整った容姿を持つ女子はいないだろう。
今は顔を隠してしまったので見えないが、髪は銀髪を肩まで伸ばしたウェーブのかかったセミロング。
瞳はルビーのように紅く輝き、小顔の中に小さくまとまった鼻と口の配置バランスは神がかっている。
背はあまり高くなく、胸もそれほど大きくはないが、逆にそのスタイルが彼女の顔の良さと非常にマッチしていて全体像を見ても申し分ない。
我が妹ながら、本当に素敵な女子だと常々思っている。
「イヴ……。顔を出してくれないか」
「……」
イヴは黙ってしまい、掛け布団から顔を出してくれない。
相変わらずベッドの中がモゾモゾしている様子だけど……
まぁ、このままでもいいか。
「わかった。そのままでいいから聞いてほしい。実は僕、君の病気を治すために今ここにやってきたんだ」
「……えっ?」
「じいやとシャンティはもう回復してきたんだ。あとは君とアイルを治してあげれば、とりあえず僕の数少ない近親者の病気はみんな全快することになるんだよ」
ちなみにアイルはシャンティとイヴの妹。
俺の3番目の末っ子義妹になる。
「じいやと……シャンティお姉様が?」
「ああ。だから次は君の番だ。そこから出てきて、僕の回復魔法を受けてほしい」
「……」
気弱なイヴに対して極力気を使って優しく説明したつもりだが、いつも通り反応が薄い。
もしかして、信じてない?
「……私、どうすればいいですか?」
シャンティの時と同様、イヴも目から上だけひょっこり掛け布団から出しながらそう言ってくれた。
よかった。俺の処置を受ける気になってくれたようだ。
「うん。それじゃあその掛け布団をとりあえず、めくってほしいんだけど」
「あっ……ち、ちょっと、待っていただいても……」
ん?掛け布団どかすだけだろ。
なんで待たなきゃいけないのかな?
あ、もしかして、体力が落ちててその行動すらしんどいんじゃないだろうか?
そっか、そうだよな。病気だもんな……。
気が利かないお兄ちゃんでほんと、申し訳ない。
ま、そういうことなら……
「ひゃっ!なっ、なっ、ちょと……」
「そのくらいお兄ちゃんがやってよって話だったんだね。ごめんね、イヴ」
俺はイヴが深くかぶっていた掛け布団をゆっくりとめくり上げた。
「よし。それじゃあ始めようか……ってあれ?なんか上着のボタン、すごい掛け違ってるけど……」
「えっ!?え、えっと、なんか頭がボーっとしてたみたい、です……」
本当に、妹達を苦しめるこの病気が憎らしい。
もう、着替えすらも困難な状態になってきてたんだね、イヴ。
大丈夫。その苦しみも今日までだから。
お兄ちゃんが、全部取り除いてあげるからね!
もうイヴの手を煩わせてはいけない。
俺が全部、やってあげなきゃな。
「わっ!えっ?ラ、ラスト、お義兄様!なにを……」
「いいから……そのままでいいから……」
俺は不規則に留められていたイブの上着のボタンを、下から1つずつ丁寧にはずしていく。
少し嫌がっているようにも見えたけど、抵抗する感じでもなかったのでそのまま手を動かした。
あ、恥ずかしい部分は見えないようにするから安心して、イヴ!
「……」
「じゃあ、いくよ……」
手で顔を完全に覆ってしまい、再び黙ってしまったイヴ。
ボタンをはずしただけで服を横に開いたワケではないから、ちょうどおへそから首のあたりまで素肌が見える状態。
さすがに3回目なので、心臓の位置もすぐにわかった。
ピトッ
「ひっ!イッ……」
「あ、やっぱり手冷たいんだよね……。ごめんすぐ終わるから、少し我慢してね」
右手を心臓の位置に置くと、イヴの身体は2、3回ビクビクっとなってちょっとのけぞったような態勢になった。
そ、そんなにビックリしなくても……。
ただ今はそれを気にしていても仕方がない。
とにかく早く終わらせてあげよう!
パァァァァァァ
「……えっ?」
「はい!もう終わったよ!」
なんか嫌そうだったので、イヴの治癒を終えた俺はすぐに右手を離してベッドから2、3歩後ろに下がった。
いくら治療とはいえ、少し強引過ぎただろうか。
「ラ、ラストお義兄様……」
「な、なに?」
「
「じい?」
「あ、あぶない!お義兄様!!」
ピキッ……ボトッ……
「へっ?」
「汚らわしいゴミ虫め……お
一瞬なにが起こったのかわからなかった。
ただどうやら、俺の背後にいた何かに気が付いたイヴは咄嗟にベッドから起き上がり、右手をかざしてその何かに対して攻撃を仕掛けた様子だった。
恐る恐る、後ろを振り返ってみると……。
「蠅が……凍ってる?これは……」
「何故だかわかりませんが、私、体中から魔力の奔流を感じます……」
「氷結魔法を、使ったの?」
「はい……。なんか自然に、出来てしまいました……」
俺の背後の床には、瞬間冷凍で命を封印された蠅の氷の塊が落ちていた。
シャンティの部屋にいた時同様、俺の後ろをひそかに飛んでいたらしい。
「イ、イヴ……」
「ラストお
はだけた寝巻を気にするそぶりも見せず、感極まって涙を流しているイヴ。
手で何度も瞳をぬぐい、完治した感動を押さえられずにいる様子を見ていると、俺も目頭が熱くなってきた。
「ラ、ラストお
「よかった!本当によかった!!」
「は、はい!」
思わずその喜びを表現するため、イヴを抱きしめてしまう俺。
もしかしたらまだ処置中の嫌な記憶が残っていたかもしれないけど、いましばらくこのままでいさせてほしい。
だって……そうだろ?
この【魔力】……。
素晴らしいじゃあないか。
「(はは。2人目も当たりとは……。俺も、ツイてるなぁ)」
イヴを抱きしめていた俺の表情は、たぶんとても邪悪だったと思う。
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