第2話 義妹、覚醒 [シャンティ]
『あ、引き上げる前に2つだけ言っておくことがあるわ』
まだ俺の脳内で勝手に話しかける女神の話が続いていた。
てか言っておくこと、2つのワケなくない?
こっちは100個くらい聞きたいことがある。
『1つはその能力を使用する相手のこと。基本誰でも心臓を経由して回復すれば隠れた才能を開花させられるけど、信頼できる相手以外にその能力を使うことは極力避けたほうがいいわ』
なんで?
『そりゃあそうでしょ。すでに原作崩壊を起こしつつあるこの世界では、いつ誰が裏切って刃を向けてくるかわかったもんじゃないんだから。昨日の味方は今日の敵。よく相手を選んで使用することね。あ、ちなみに心臓じゃない箇所から治癒すれば病気やケガだけ治せるから安心してね』
もう原作崩壊始まってるんだ、この世界。
てか壊したの、たぶんアンタでしょ。
ただまぁ、そういうことなら言ってることもわからなくもない。
覚醒させた瞬間に恐ろしい能力に目覚めて王位を奪われる可能性だって考えられなくもない。
……じいやは、大丈夫だと思いたいんだけど。
あ、彼は【性獣】だから問題ないか。
いや問題あるな、色々。
『2つ目はオマケのこと。【覚醒回復】以外にもう一つサービスで能力を与えといたから』
えっ?マジで?
なになに?
『通信機能付き千里眼』
なんかめっちゃ便利そう!
『現世の技術で言えば監視カメラとスマホね。遠くにいながらでもリアルタイムで現地の映像が取得でき、双方向の通話も可能な能力よ』
それはすごい。
ってことは、俺は玉座から動かなくても指揮・命令を現場に直接下せるってことになるのか。
『ご明察。敵地に赴かなくても、貴方は城にいながらにして戦略・戦術を戦場に直接落とし込めるわ。ま、貴方がろくでもない指示しか出せないようだったらあんまり意味はないけどね』
そりゃそうだ。
いくらリアルタイムで状況を把握できたとしても、まともな命令を下せないようだと、現場を余計混乱させるだけだ。
ただ、俺はその手の戦略ゲームはかなり得意だった記憶が残っている。
戦力さえ整えば、たとえ弱小国だろうと強国と渡り合えるだけの自信はある。
『その経験を頼りにしてるわ。私が与えた二つの能力で、この狂った小説世界をまったりスローライフな世の中に変えてくれることを心から願ってる……じゃあね』
でも、なんで小説世界をそんな……
あ、もう帰りやがったな。
やれやれ。ずいぶん身勝手な女神さまだったな。
小説世界だってんなら、せめてなんの小説かくらいは教えてほしかった。
「ラ、ラスト様……」
「君たちはもう下がっていいよ。あ、この部屋は片付けといてね」
いまだ何が起こったのかわかっていないメイド2人とヒーラーに対して、俺は特に説明することもなく命令だけを下し、そそくさと医務室を後にするのだった。
◇
「それにしても……」
医務室を出て、所々傷んだ石畳の通路を歩きながら、俺は考え事をしていた。
この【覚醒治癒】という能力。
どんなケガや病気も一瞬で治し、しかも心臓付近に直接手を当てて施せば、使用した相手は内に秘めた才能を開花させることができると女神は言っていた。
ただ、いくつか疑問点は残っている。
まずどんな能力が覚醒するのかわからないという点。
じいやは【性獣】だったが、他の者に使用してどんな結果になるかは使ってみないことにはわからない。
できれば信頼出来てかつ戦闘に特化した能力を発揮できる相手であればそれが一番いいのだが、こればかりは使ってみないことにはわからない。
それと効果時間。
覚醒するとは言ったが、永久にその状態を維持できるのかは、現時点では不明だ。
もしかすると効果が途中で切れることも考えられる。
結果的に、最初に使った相手がじいやでよかったもしれない。
彼にはこの際、その効果時間を計るためのモニターになってもらうとしよう。
他にも気になることはあるんだけど……
もう目的の場所には着いたから、他のことは後でゆっくり考えよう。
コンコンッ
「はい。どなたでしょうか?」
「僕だよ。シャンティ」
「あっ!お
俺が医務室を後にして向かった先は、義妹シャンティの私室。
いるのはわかっているが、一応ノックをして中にシャンティがいることを確認する。
着替えとかしてたらこっちも色々気まずいしね。
病気とはいえ、彼女も年頃の女の子だから。
「ダメだよ。寝てなきゃ」
「あっ!すいません、お
病でロクに歩くこともできないのに、彼女はいつもこうやって扉を開きにこようと懸命に立ち上がろうとする。
本当に憎たらしい病。
俺の可愛い妹を苦しませ、ベッドに縛り付ける忌まわしき呪い。
でも安心して、シャンティ。
いま、そのおぞましき病魔を身体から追い出し、もとの元気なカラダを取り戻してあげるからね。
「いつも言ってるじゃないか。扉は自分で開けるから」
「でも、お
「僕はシャンティのカラダのことが何よりも心配なんだ。お願いだから大人しくベッドで横になっててくれないかな」
「お
シャンティは少し思い詰める性格だが、心根の優しい純粋な子だ。
見た目は、長く濃い藍髪のロングヘア―に少し垂れ気味の黒い大きな瞳。鼻は少しぺしゃっとしているが、それがまた愛嬌があって逆に可愛いと感じる。
容姿的に美人というワケではないが、雰囲気がとても柔らかくふんわりして可愛らしいので、確実に男にモテる要素を数多く持っている。
それがシャンティだ。
「シャンティ……。これから僕が、君を苦しめているその忌まわしき病魔から救ってあげる」
「えっ?」
「急に目覚めちゃったんだ。僕には、ヒーラーとしての才能があったらしい」
別に隠すことでもないので、いきなり事実を打ち明ける俺。
せっかく素晴らしい能力に目覚めたんだ。
それで妹たちの病気を治せるなら、それは早いに越したことはない。
というワケで、自室へは戻らずあえて俺はシャンティの元へやってきた。
彼女の治癒が終われば、2人の妹も順番に周って治癒していこうと考えている。
「えっ?えっ?お
「ああ。とにかくすぐに君の病気を治したいんだけど、準備してもらってもいいかな?」
「は、はい!私はお
「服を、脱いでほしいんだ」
「ふぁっ!え?ええっ!!お
「ああ、すまない。ちょっとこう、上着をまくってほしいんだ」
俺は自身の上着をまくり上げる仕草をシャンティに見せた。
心臓の位置が露出するまではずり上げてほしい。
別に服は全部脱がなくてもよかった。
言い方が悪かった。申し訳ない。
「こ、こんな感じで、いい、ですか?」
「えっと、もうちょっと上に……」
「こ、このくらいですか?あっ、お、お
病人用の部屋着を着用していたので、思いのほか簡単に上着をめくりあげてくれたシャンティ。
白く細いウエストラインと、胸の突起以外の大部分が露わになる。
説明不足だったが、シャンティは胸がかなりデカい。
普通の一般男子にとっては脅威でしかないだろうが、俺の場合は妹だから別にって感じだ。
見慣れているから特に感動はない、
「そんな感じでいいよ。それじゃ、いくよ……」
「やさしくしてくださいね、お
少し顔を赤らめながら、そんな風に言ってくるシャンティ。
いや、ちょっと心臓のあたりに触れるだけだから。
やさしくってなんだよ。
まぁ、いいか。
確か、じいやの時はこの辺だったハズ……
ピタッ
「ひゃあん!」
「あ、ごめん。手冷たかった?」
「い、いえ。大丈夫、です……」
顔をさらに真っ赤にしながらうつむいてしまったシャンティ。
ごめんな。たぶん手、冷たかったんだろう。
すぐ終わるから、もうちょっと我慢してな。
えっと。
救いたいと、強く願うんだったよな。
でもまぁ、あえて願うまでもないだろう。
これは積年の夢。
毎日祈っていた事。
俺の愛する可愛い妹、シャンティ。
今、その病魔の呪縛から解き放ってあげるからね!
パァァァァァァ
「わっ!」
「はい、これで治ったはずだよ」
じいやを治した時と同様の薄緑の淡い光がシャンティを優しく包み込み、回復の儀は終わった。
さて……。
病気は完治しただろうけど、問題はここからだ。
果たして彼女には一体どんな才覚が眠っていたのだろうか。
「お
「な、なに?」
「私……私……」
こ、このパターンはもしや!
【性獣】はマジで勘弁してほしい!
「なんだか心の底から……あっ!」
「ど、どうしたの?」
「あぶない!お
咄嗟のことだった。
俺の背後にいるナニかに気付いたシャンティは、いきなり傍に置いてあった果物ナイフを手に取り……
「はぁ!!」
俊敏な動きでそのナニかを一瞬で切り裂く姿を、目の当たりにした。
「お
少し大きめの蠅が、4分割されて地に落ちている。
えっ?
これ、シャンティがやったの?
「お
「あ、ああ」
「私、とっても元気になりました!」
そう言って果物ナイフを右手に装備したまま、俺に激しい抱擁をしてくる回復したてのシャンティ。
いや、ナイフ。
ちょっと、恐い。
「それになんだかとってもカラダが軽くって……。思わず不敬な蠅を切り裂いてしまいました!」
「えっ?シャンティ、キミ、いつの間にそんなすごい剣技を……」
「あれれ?そういえば、私、刃物なんて持ったの、生まれて初めてでした!」
もはや考えるまでもないだろう。
彼女の隠れた才能。それは……。
「あ、ごめんなさい!私、思わず……」
失礼だと思ったのか、抱き着いていたシャンティがすぐに離れようとしたが、俺はさらに抱きしめ返して離さなかった。
「よかった!本当に、よかった!」
「はい!ありがとうございます!私の愛しいお
彼女には、【剣才】があったようだ。
シャンティが病気から回復できた喜びと戦闘の才能があったことを確認できた俺は、彼女を強く抱擁しながらも、溢れる高揚感を抑えきれずにいた。
「(最高だよ、シャンティ)」
そう心の中でつぶやく俺の口角は、おそらくニヤリと上に上がっていたと思う。
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