無限ループ
夏休み
「雫ちゃん、夏休みはこっちに来ないの?」
『あはは……私の親、厳しいから遠出は難しいかな』
雫は乾いた笑い声を響かせた。最近、雫のスキル目当てではなく、雫自体を目的としたナンパな人間が近づいてくるようになった。
「コホン……」
「……おっと、こっちに来ることがあったら連絡してね」
そう言うと、彼は僕に目もくれず去っていった。
『あの人たち、プログラムに興味ないみたいで、ちょっと鬱陶しくて……』
「また、来たら追い払うよ」
『うん、お願い……』
最近、彼らが来ると雫はノングレアのコンタクトをわざとつける。死んだ目をしているとすぐに退散してくれるそうだ。
「あっ、西園寺さん! プログラムできた? 」
今度は声をかけてきたのは同じクラスの女子数名だ。
やれ彼氏がどうしただの、同じサークルの女子がうざいだの……そういう話を大声でするタイプの人種だ。
『うん、さっきSNSに送っておいたよ』
「ありがと、すごい助かる〜」
『それなら、よかった』
雫は彼女らの声が聞こえると、さっと通話を切って逃げてしまうことも多い。
今日はタイミング悪く逃げそこなったようだ。
大学で色々な人から頼りにされる代償に、面倒な人付き合いもできてしまって、雫は少し気疲れしているようだ。
乾いた声で笑う雫を見ていたら、他人事とは思えず、大変だなとしみじみ感じる。
「さっき、木下くんと話してたけど仲いいの?」
さっきのナンパ野郎は木下と言うのか、覚えておこう。
『ううん、別に仲良くはないよ。用もないのに話しかけてくるから、ちょっと困ってて……』
「西園寺さん、男子にもてるもんね。大変だよね〜。山内くんも気をつけた方がいいよ」
「アドバイスありがとう。そうだね、気をつけておくよ」
「そういえば、あたしらこれからサークルの飲み会なんだけど、山内くんも来る?男子の頭数が足りなくて微妙でさ」
工学系の大学なので男女比率が8:2くらいだし、男子が足りないなんてことはない筈なんだが……。
雫はこういう時、決まってスンとした表情をして、手に持ったラノベに視線を落とす。
『たまには行ってきたら。付き合いもあるだろうし』
「西園寺さん、こころ広〜い。折角だし、山内くん行こうよ」
左手を顔の前に上げて、「いや、遠慮しておくよ。サークルの集まりみたいなの苦手だから、ごめんね」とかわす。
「えー、別に怪しい飲み会じゃないんだけどなあ。まあ、気が変わったら連絡して」
彼女たちの後ろ姿が見えなくなるのを確認すると、力が抜けてへなへなとテーブルに突っ伏した。
『別に気を使わなくていいのに。加藤さん、かわいいもんね』
「……あの子、加藤さんっていうんだ」
『えっ、名前知らなかったの』
突っ伏したまま、顔をスマホに少し向けて、雫の顔を見る。
「うん、興味ないからね」
「そっか」
雫の笑顔に罪悪感を覚える。
下の名前が
ツインテールに濃い目の化粧、ビビッドな色合いの服とフリルのついたスカートを履いている。
見た目も性格も苦手だ。
しかし、雫ならSNSのアカウントに加藤麻里奈がいることは知っていそうなものだが……。
まあ、気がついていないのならそれでいい。
『ねえ、江ノ電乗ろうよ』
「また!? 」
『明日から夏休みでしょ! 毎日乗れるね』
「いやいや、夏休みはバイト三昧だよ」
『えっ、信じらんない! 』
雫が当たり前のようにオンライン通話するので、金欠なのだ。スマホももっといい機種にしたいし、悩みは尽きない。
最近は食費を削って雫に充てている。雫を中心に生活の基盤ができあがっていることに彼女は気がついていない。
「──もし困ったことがあったら言って下さいね」
ふと、高瀬さんに言われたことが頭をよぎる。あれはどういう意味なんだろうか?
少なくとも、お金に困ったら……という意味ではないだろう。
「お疲れみたいね、お二人さん」
顔を上げると、そこには木崎さんがいた。七分袖にチェック柄のシャツにノースリーブ、白のパンツ、髪はアップにしていてさっぱりした見た目だ。
夏っぽく、ラフで良い。
「なに? じろじろ見ないでくれる」
「……拓人なら、来てないよ」
「べ、別にそういうんじゃないから」
「うん、わかってるよ。言ってみただけ」
『亮って、たまに意地が悪いよね』
バツが悪くなったのか木崎さんがプイッと反対を向く。
「そういえば、最近、あんたの……噂を聞くけど」
「僕の噂? 」
「違う、あんたの彼女、西園寺の方」
『……始めて名前を呼ばれたと思ったら、呼び捨て? 』
木崎さんはそんな僕らの反応をスルーした。
「最近、学校でよくあんたの噂を聞くけど、あまり調子に乗らないほうがいいよ」
『別に調子になんて……』
雫は口を尖らせて下を向いてしまった。どうにも、雫と木崎さんは相性が悪い。
すると突然、木崎さんは頭をガシガシと掻き始めた。
「あーもう、とにかく、八方美人はやめなさい。碌な目に合わないから。いい、忠告したからね! 」
そう吐き捨てると足早に去っていってしまった。
『何、あれ、すっっっっごい感じ悪い! 』
「確かに、あれはあんまりだね。でも、なんかちょっと変だったな、木崎さん」
『木崎は大体いつもあんな感じだよ』
雫の機嫌が悪くなってきたので、さっさとお暇したほうがよさそうだ。
正門に向かって歩いていると、三神教授が前方から歩いてくるのが見えた。
髪型が乱れ、目の下にくまを作り、無精髭もはえている。
これは目を合わせずに立ち去るのが正解だろう。
「ミスター山内、これから帰りか? 」
あっさり、捕まってしまった。仕方なく、カメラに三神教授が映るように外カメラに切り替えた。
「こんにちは」
『こんにちは』
「ミス西園寺は常にオンライン通話しているが、専門学校は大丈夫なのか? 」
『休み時間の間だけですよ。それよりも先生は随分お疲れみたいですけど』
実際は専門学校に行ってもいないのだから、問題などあるはずもない。
「ああ、あまり寝ていなくてな。最近、大学のサーバーに不正アクセスが多くてな。対策をしていたら、こんな時間にな」
「研究成果が盗まれたら一大事ですもんね」
「いや、研究結果はオフラインのサーバーに保管されているから、インターネット経由からの不正アクセスはありえないんだ」
『なら、徹夜しなくても……』
「大学のホームページの内容が書き換えられてな。戻すのに時間がかかったんだ。全くいい迷惑だ」
三神教授は教授の中だと若手で面倒なことを押し付けられるポジションにいるらしい。
以前、そう、ぼやいていた。
「そうだ、ミス西園寺、助手のバイトの件考えてくれたか? 」
『先生、何度も言ってますけど、私は大学には行く気はないですよ』
「オンラインでも良い。君のプログラミングスキルは魅力的だ。バイト代も弾むからもう一度考えてみてくれ」
『……因みに時給は如何ほどですか? 』
三神教授左手の指を三本立てる。雫が目を見開き、口が半開きになった。
『マジっすか……? 』
「ああ、本気だ」
『考えさせてください』
「いい返事を期待している」
そう言って、三神教授はフラフラとしながらゼミ室の方へ歩いていった。
「今度こそ、帰ろうか」
『…………』
雫は薄目を半開きにして、口元がニヤけた状態で固まっていた。
思わず、クスッと笑ってしまった。
通信状態が安定しないのか、スマホの調子が悪いのか、最近よくこういうことがある。
スマホもかなり熱くなっているし、冷めてから折り返しすることにした。
その時、スマホにショートメッセージのアイコンが見えた。
今どき、ショートメッセージを使うのはアカウント認証か、母親か、詐欺師のいずれかだ。
仕方なく確認すると、
「時間が過ぎても消せないものもある」
という内容のメッセージだった。
深いのか、浅いのか、わからない文章の上に見知らぬ電話番号だったので、僕はアドレス帳に"詐欺師"で登録した。
あまりにしつこい場合はスパム報告をしよう。
その前にSNSの通知アイコンも見えたのでタップする。
『
浅さしか感じないこの文章は間違いなく雫だ。
「なんで、藤沢駅集合じゃないんだ」
と返すと、即座に返事が来た。
『だって、海見えないじゃん』
何とも現金な話だろうか。集合も何も行くのは僕だけなんだが……。
ロータリーには藤沢行きのバスが停車しており、エンジンの低い音を聞こえた。僕は小走りでバスに飛び乗った。
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