三神教授②

ゼミ室という言葉は響きが良い。


だが、実際は教授やゼミ生のデスクやPC、ひしゃげた段ボールが所狭しと置かれていて、どちらかと言うと作業台付き倉庫と言ったほうが正しいと思う。


しかも、換気をあまりしないのか、室内は埃っぽい。


僕はあまりの沈黙に耐えかねて、ゼミ室をチラチラと観察しながら、時間が過ぎ去るのを待っていた。


「何故、黙っている、ミスター山内、五十嵐。このレポートは生成AIが書いたものではないのか?」


うつむいて黙っていれば解放してくれるのかと思ったが、既に15分は経過している。


生成AIではないと否定したが、信じて貰えず、この問答を繰り返している。


結果、話すことがなくなり、押し黙っているのだが。


「……先程から説明していますが、それは生成AIが書いたものじゃありません。人間が書いたものです」


書いたのが人間なのかと問われると疑問符はつく、生成AIが……と問われても疑問符がつく。


その昔、咲夜に言われたことを思い出した。


「嘘つくんやったら、ホンマも混ぜといたほうがええで。亮、あんた正直すぎるわ。そんなんやから、あやしいカルト集団のセミナーに連れてかれるねん」


確かに真実と嘘は相性がいい。僕でもするすると嘘がつけた。


「あの、三神先生……先生の講義って基本レポートに生成AIを使うことを禁止してないですよね? 」


拓人の発言に三神教授は首肯する。


「そうだ。むしろ、積極的に使え」


「なら、人間が書こうが生成AIが書こうがどっちでも良くないですか?」


そうなのだ、そこが引っかかっていたのだ。三神教授は怒っているわけではなさそうだし、何が目的なのか分からない。


三神教授は背が高く、体格も良い。加えて気難しそうな顔に迫力があり、まるで尋問でも受けているような気分になる。


室内にはゼミ生が数人いるが、三神教授の態度を気にする様子が全くない。


寧ろ、面白がっている節すらある。


「どうでも良くないな、そこは重要だ」


「だから、生成AIは使っていないですよ」


「いや、そんなはずはない」


そろそろ限界だなと感じた。三神教授が怒ってないというのは僕の主観だ。実は怒っている可能性もある。


レポートを書いたのは人間なのか、生成AIなのかはどうでもいい。


むしろ、僕や拓人ではない第三者が書いていることに気がついていて、怒っているのかもしれない。


「……三神先生は見抜いているんですね。参りました」


「当然だ、その道の専門家だからな」


「はい、流石です。これは僕や拓人……五十嵐くんが書いたのではなく、別の人間が書いたものです」


「なんだと? 」


三神教授は目を見開き大きく口をあけて驚いているようだ。話が噛み合っていなかったのだろうか。


その途端、部屋にはくくくっと小さな笑い声が聞こえてきた。


ゼミ生の数人が堪えきれなくなったのか、ゲラゲラと笑い始めた。


「先生の負けですね。全員にご飯おごりですよ」


「ま、まて、まだ勝負はついていない」


「往生際が悪いですよ」


ゼミ生の一人は笑いすぎて、指で涙を拭う始末だ。


拓人も僕も状況についていけず、唖然としてしまった。なんだ、これは……。


ゼミ生の一人が僕らの顔を見て、ようやく説明をしてくれた


「ごめん、ごめん。意味がわからないよね。あ、私は佐藤っていいます。よろしくね」


そう言ってくれたのはゼミ生の紅一点だ。ポニーテールに眼鏡をかけていて、少しぽっちゃりしている。


彼女は朗らかな雰囲気があり安心感がある。


「先生、君たちの提出したレポートをチェックして、『これは絶対に生成AIを使用している』って言い張っちゃってね」


「はあ」


「チェックツールで文章を確認したけど、98.2%の確率で人間が書いたものだって判定出てたし、私達が読んでも人間が書いた文章にしか見えないのに、先生がむきになっちゃって」


そう言うと、指先で涙を拭う。


「で、賭けをしようって話になったのよ。そこからは現在に至る……ってところ」


つまり、三神教授は賭けに負けたくなくて必死になっていたということか。


「……生成AIを使うのはいいが、代筆はいかん。私は彼らにそう言ってやりたかったんだ」


顔を真っ赤にしながら、三神教授は論点をすげ替えようとする。拓人の方を見ると苦笑いしていた。


「まあいい、そんなことよりこのレポートを書いた本人と話したいのだが、可能か?」


三神教授の問いに、拓人と僕は顔を見合わせた。この問題の中心にいる雫との面会は、少し難しい話だった。


「その、レポートを書いたのは雫っていう僕の友達なんですけど、彼女は岩手県に住んでいて、直接会うのは難しいんです。でも、オンラインなら……」


僕がそう言うと、三神教授は一瞬考え込むように眉をひそめた後、納得したように頷いた。


「オンラインか。それも一つの方法だ。近年の研究では、対面とオンラインのコミュニケーションにおける質的差異について様々な議論があるが……それはまた別の話だな。紹介してもらおうか」


何とも、回りくどい性格をしている。学者は皆こうなのだろうか?


三神教授の意向は理解したので、三神教授に断りをいれ、部屋の外で雫に連絡を取ることにした。


「あれ、電話に出ないな……」


いつもならゼロコールで通話に切り替わるが今日は10コールしても反応がなく、やむなく終話する。


今日のところは三神教授に諦めてもらうか、と思い始めた頃に、着信が入った。


「つながってよかった。雫、ちょっと三神教授と話をしてもらえるかな? 」


『どうしたの? 急に』


「俺たちがレポートを書いていないことを見抜かれちゃって」


『つまり、一緒に謝ってほしいってこと? 』


「いや、違うんだ。何かよくわからないけど、直接話をしたいみたいで……」


『……いいよ』


「三神教授はこの文章AIに生成させたものじゃないかって言い出したから、むきになって否定してたらこんな事に……ごめん」


『ニッシッシ、いいよ』


雫は少し悪い笑顔をしていた。


「なんで、笑ってるの? 」


『別に』


悪い笑顔がふわっと溶けてなくなり、焦点の合わない目でぼんやりとどこかを眺めている、そんな表情に変わった。


一言も話さなくなった雫の顔を覗き込む。


「雫……? 」


『あ、ごめん。じゃ、三神教授のところに連れて行って』


雫の笑顔に陰りがあるように見えた。瞬きをして、もう一度、顔を見つめるといつもの雫だった。


気の所為せいだったのかもしれない。

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