第20話 「最終試合、バキラの独白」



 3位決定戦が最終試合として行われる理由は明白だ。


 最も盛り上がる決勝戦を終えた際、優勝者に対しての表彰や準備を進めるまでの余興として開催する。観客や来賓を待たせる事なく楽しませる目的でこの戦いは存在するのだ。


 だが、多くの人にとって今回の3位戦は決勝に近い感覚を与える事となった。それは対戦者同士に大きな特徴が見られる為だ。


 前日まで行方不明だったアオイコウキ。

 彼は半年を経て突如帰還した。過去とは異なる多様で独創的な戦闘スタイルが圧倒的に相手を蹂躙し、最強ミア相手にも一矢報いる程度の実力を発揮する。


 敢えて派手な手段を用いるバキラ=グラスコ。

 誰にも不明瞭で強力な能力。それを駆使して残酷な戦闘をしてきた。血塗れで派手なパフォーマンスは、誰もが見たかったであろうシュウメイとの闘いを拒否したことでその矛先はコウキとの戦いに向けられる。


 これらを総じて見えてくるもの。

 それは、この注目された3位決定戦が決して人の美しい心によるものではないと言うことだ。言葉を選ばないのであれば見せ物小屋と相違ない。殆どの観覧者が求めているのは刺激そのものである。


「会いたかったぜ、アオイコウキ」


 夕焼けが沈みかけた空。

 決勝戦ほどは丁寧に直されてないステージ。

 周囲をやや明るく照らす、場外の発光石たち。


 コウキはこの日、初めてバキラの容姿を確り見た。

 うねる肩までの黒髪に鷹のような金の瞳。背丈が高く引き締まった肉体と獰猛な表情。黒豹をイメージするような出立ち。邪悪が容姿にまで滲み出るバキラが犬歯を剥き出しにしてコウキを睨んだ。


「バキラ。お前を許す気はない」

「俺様が何かしたか?ハハハ!」

「狂ってる」

「あ?てめぇにだけは言われたくねぇんだよ」


 夜風が一瞬、刺すように二人を撫でる。

 そしてアナウンスが開戦の準備を進めていく。


『さぁぁぁぁ始まります!3位決定戦です!!!』


 会場が見つめる中。

 実況の音すらも聞かずに二人は会話した。


「覚えてるかてめぇ。合同試験の時をよ」

「会話したことは無いはずだ」

「ねぇな、そうじゃねぇ。グェンの奴が勝手に決めやがった新しいカリキュラムだ」


 コウキが過去を思い出す。

 グェン教頭はノアールのこれまでの方式を告知無しで変更して、迷宮選抜メンバーを総当たりではなく合同試験で決める事にした。そのおかげでコウキたちはデリオロスゲート選抜に選ばれた。


 だがこれまで合同試験は一回戦だけが審査基準となるものだった為、情報収集に富んだ生徒は一回戦で点数を稼いで無駄な戦闘を避けるべく早々に辞退していた。これは変更を知る前に起きた話だ。


 故にノアールは強者が殆ど残らず、迷宮選抜は特殊な人選となった。


「俺様はあの時既にお前らより上のCランクだ」

「……選ばれなかったのは、実力があるのに手を抜いたからだろ」

「そうだと思ってたぜ、はな」


 コウキが眉を顰めると、バキラが怪訝な表情をより一層濃くして話を続けた。


「てめぇにとって明らかに有利な状況でも俺様は反省はした。憎しむよりもまず自身の甘さと向き合ったつもりだ。それでも時折憎しみが支配する。それくらい、迷宮ってのは天上に至る鍵になる試験だ」


 バキラは背景に何かを思い出しながら、その色を出さないようにする。


「だが昨日、俺様は全てを知った。選抜そのものの仕組みもな」

「――、」


 バキラが映像イプリムを見て本質を避けた。

 同時に、コウキは理解してしまった。


 ――あの時点で、俺の迷宮参加は仕組まれていた。


「のうのうと恥を晒しやがったよなぁオイ!」


 バキラが唾を吐きながら叫ぶ。


「笑えねぇぜ。泣きべそ垂れてノアールから死人を出して、何の根拠もねぇ怒りに狂い、実力不足から目を逸らしてる馬鹿でくだらねぇてめぇの姿を俺様は“自分が悪いんだ”なんて思って見てたんだよ」


 どんどんと憎しみが募る。


 実際のところ、この話の表面だけで見た場合はバキラの発言は彼自身の過ちによるものでしか無い。コウキは無関係に近い。

 だが湧き出る悪意を本質的に考えた際、これが理不尽な憎悪だと切り捨てる事がコウキにはできなかった。


「てめぇには分かるだろうが。俺様たちしてを死なせる重さをよ」

「――、」

「この怒りは奴隷民族の怒りだ。デスフラッグの一件からより一層根深い陰りが生まれた黒髪の呪いそのもの」


 バキラが髪を雑にかき上げる。その表情は今にも情緒が壊れそうなほどに危うく、殺意に震える表情筋がコウキに言い訳を作らせた。


「俺だって、当時は何も知らな――」

「だから今殺してやんだよ。誰よりも無知なのに、誰よりも大切な事を知ろうとせず、あまつさえ平気な顔で戻ったてめぇをな」


 コウキの目にはバキラが愉快犯に見えていた。

 しかし実際はバキラの背景には複雑な理由があり、その引き金を引いたのは自分だったのかもしれないと考えた。


「……お前の目には、俺が知るべき義務を果たさず、生きる上での権利を主張して見えるってかよ」

「あぁ。少なからず出来レースだったんなら、一番気付けるてめぇ自身が“おかしい”と疑えてたらこんな事にはなってねぇ」


 バキラの声が震えた。


「仮に何も知らなくても、貴族を見殺しにしてまで自分の心を閉ざすような半端奴隷に生きる資格もねぇだろ。何が“殺してくれ”だよ。俺様がやってやる。手に入れた“ちから”で全部ぶっ壊してやる。黙って、死ね」


 バキラが決意した。

 同時にコウキは確信する。

 この戦いが、ただの試合では無い事を。


『――3位決定戦、開始ッッッ!!!』


 血の轍が開戦した。



××××××××××××××××××××



 生まれは貧困地域。


『お母さん、どうして僕は指を折られたの』

『バキラ。私たち黒髪の先祖は奴隷だったのよ』


 母は体が弱く、父はいない。


『奴隷だから、叫んだだけで先生に打たれるの』

『やり返しては駄目よ』


 端麗な母は貴族に乱暴され俺が産まれた。


『やり返して無いもん。痛いって、言っただけ』

『ごめんね、バキラ』


 会話の最後はただ謝る母の記憶ばかりだ。


『僕が弱そうだから、駄目なんだ』


 母が病で倒れた幼少期、俺は親戚中を盥回たらいまわしにされた。その環境はろくなものではない。最初こそ豚小屋程度の環境でも、人が人を伝うような紹介方法では仕方がない。


 最終的には親戚かも危うい大人の家で使いまわされ、母の安全と引き換えに様々な虐待を受けた。


『お母さん昔話を聞かせて』

『良いわ。私たちヤシマの民は本当は英雄なの』


 それでも、月に一度だけ会う事ができる母との面会が俺にとっての生きる希望だった。この時既に母は両手足が動かないでいた。それでも瞳と言葉だけで俺を勇気付けた。


『どうして奴隷なの?』

『先祖が世界の為に、裏切りの英雄になったからよ』


 会うたびに先祖の話をしていたのは、聞きたかったからではない。そもそも俺の劣悪な環境に話をする話題なんてなかった。俺の皮膚や爪は頻繁に剥がされていて、そんな体の異変を知れば母がどう思うか。ただ心配をかけたくなかっただけだ。


 いいや、それよりも日に日に痩せていく母の姿が苦しかったのかも知れない。母がよく話ししていた話題を先に振る事で、本質を避けながら母と繋がっていたかったのだろう。


『じゃあ僕たち、本当は英雄なんだね』

『ふふ。相変わらず良い笑顔ね』


 俺はこの時、会話の最後に笑うと母が謝ってこない事を知った。人を困らせない為には心身共に強くあるべきだと確信した。


『ねぇ“母さん”』

『どうしたの、バキラ』


 母の病の理由。

 それが普通の生活で起きるものではない事くらい、この時は既に分かっている。俺に迷惑をかけない為に一人で身を削り国の仕事を担った。その極限の疲労から来る免疫低下で流行病にかかった。生まれつき弱い内臓の一部は既に使えず、手足ももう動くことはない。


『“俺”が守るよ』

『バキラ』


 だがまだ死ぬ事もない。差別が残る中でも社会的な風潮が芽生える国家で、何もできない弱者を野放しにして国が殺す訳にもいかないはずだ。むしろ生かす事で表面的な平和を取り繕う。

 国境に囲まれた大陸での内乱反乱は御法度だ。


『どうしたの母さん』

『産まれてきてくれてありがとう』


 何故あの日そう言われたのかは分からない。

 ただ、母の手足が動くなら俺を抱きしめただろう。

 俺自身もこの日を境に強くなる為の努力をした。


 その後。12歳の出来事だった。


『……レイス学園?』


 ヴァーリアでは皇帝が慈善活動団体を数多作っていて、貧困地域には無償で通える特別学校がいくつもあった。俺が特別学校を卒業したのは12歳。

 張り紙からレイス学園の募集を知った。


『2年後か』


 この国の戦士教育は中等部が一般的に12-14歳までの間で、高等部は14-19歳までの間とされる。

 15歳が成人。一人前の兵士になれる年齢である事から、貧民は中等部までの進学が一般的だ。高等部は専門職やエリートの戦士を生み出す場と言える。


『入学費用以外は全て国が負担……騎士を目指せる……』


 レイス学園といえばリアリス学園と並ぶ王直下の戦士養成所だ。高度な教育とハイレベルな戦闘技術を身につけることができる。


 何より兵士と違って戦士や騎士たちは代えが効かない。


『天上に至る道……』


 俺はレイスに入学し天上を目指す事で母さんを幸せにできると考えた。国に貢献し、奴隷が奴隷でない事を世界に知らしめるんだと、そう決意した。


 こうして入学費用を2年で貯め、俺は入学試験に合格。

 人並み以上の努力で俺のスタートは好調だった筈だ。


『今回、4人が残った段階で本日の試験は終了します。そしてその4人は後日、ノワールを代表して全色階級合同対魔獣初人試験、通称デスフラッグに参加してもらいます』

『な……』


 だが不用意な戦いを避けようと試験を一度きりで辞退した時、グェン教頭がそう言った。本来ならデスフラッグはそれ専用の試験が用意される。だと言うのに精度が変わったらしい。


 グェン曰く、どんなことにも手を抜かない真面目さが必要とのことだ。これには一理あると俺は自責の念を感じていた。


 そして、アオイコウキを知った。


『黒髪なのか』


 最初の印象は誇らしかった。

 合同試験を一撃で合格していく様に奇跡さえ感じていた程だ。アイツがどれだけの実力者なのか見当もつかないが、同じ象徴を持った種族が世界に認められていく光景は嫌な気分がしなかった。


『どうして……救えなかったの……?』


 だが、アオイコウキはデスフラッグで失敗した。

 俺はエリシアの言葉を校舎から聞いていて、自分の心が揺らぐのを感じながらノアールのパーティを見ていた。


 そして不安は現実となった。

 あの日以来、母が病院を追い出されたのだ。


 貧民街ではデスフラッグで黒髪が貴族の象徴である金髪を見殺しにしたことで、より差別の意識が強まることになったらしい。病院側は中立を保つも、度重なる迷惑行為に抱えきれなくなったと連絡が来た。


 母はこれまでよりも簡易的な病院に移された。

 アイツは悪くない。そう思うことに必死だった。


 俺が頑張ればいい。

 世界を見返せばいい。

 その為にトーナメントの予選を上り詰めた。


 そして。

 昨日の出来事で全ての価値観が変わった。


『お前が黒髪のトーナメント参加者か?』

『……王族様が自分に何の用でしょうか』


 トーナメント前日に俺の寮へ王族がやってきた。

 これが只事ではないと理解するのは容易い。

 現れたのは王族を象徴するブローチと金髪。豪奢なマントに身を包んだ40代の男だった。来賓目的で学園に留まっていたのかもしれない。


『世界の一端について、話をしよう』


 その一言と共に会話は始まった。


『お前は黒髪の種族についてどう考える』

『……はい。過去だとしても、裏切りは裏切り。自分たちの種族は背負って生きるべきです』

『真面目なのだな。無関係だと嘆かないのか』

『実際に今も奴隷と呼ばれ忌み嫌われてますから』


 俺は先祖が否定されても仕方のない事をしたのだと強く思っていた。でもそれはネガティブに捉え過ぎず、これから変えていけばいいと本気で思っている。


『お前の母は病に侵されていると聞いている』

『ご存知なのですね。その通りです』

『女手一つで従順なお前を育て、実に立派である』

『光栄です。この身は王族のためにあります』


 王族の印象は悪くはなかった。グェン教頭と比較するなら見た目こそ年相応だが、はっきりとした態度で相手を褒める王族を俺はほとんど知らない。


『病院を移動したのだったな』

『はい。残念ながら。しかし、この身分として雨風を凌げる場所を無償で下さる事にまず感謝しています』

『よい。今聞きたいのはそこではない。お前は母が病に侵されたを知っているのか?』

『……と、いいますと』


 俺は息を呑んだ。


『お前の母はだ』

『………………は?』


 直ぐに頭が真っ白になった。


『床を移動した理由は、実験を再開するためかも知れぬ』

『待って下さい』


 大きな汗が滲み、瞳孔の制御ができないような感覚があった。息をする方法も分からなくなるような困惑が俺を支配していた。


『お前の母は黒髪の純血。その血と肉体には大きな意味がある。王族ではない、一部の貴族からな』

『母は王族の為に働いていたと、そう認識してました』

『王族が民に目を向けて如何する。民は率いるものだ。故に、実験の詳細も知らぬ』

『……そうですか』


 それ以上を聞くことはしなかった。今ここで取り乱しても如何にもならない。この手の理不尽には慣れている。

 だとしても時折、母の顔が浮かんでは消えた。


 しばらくして妙な話の流れが生まれる。


『行方不明のノアールがどんな人物か知っているな?』

『……アオイコウキですか?なぜこの流れでその名前が』

『奴は生きている。直に姿を現すだろう』

『それが何と関係しますか』


 王族は鋭い眼差しで俺を見た。


『アレがお前たち黒髪の種族を苦しめる』

『……どういう』

『黒髪黒眼は“黄泉の継承”を可能とする。アレがもし“継承覚醒”したのなら、王族を裏切り世界を終わらせるに違いない。その行為は種族そのものを今よりも分かつだろう』

『そんな……自分たちはこんな立場だからこそ、正攻法で世に認められるべきです』

『正しいお前がそう思っていても、世界は動き出している』


 黄泉の継承。一度だけ母が口碑した事がある。

 先祖を身に宿す力とされているはずだった。それが国にとってどんなリスクを抱えるのかは知らないが、裏切りの英雄が再来すると思えばいいのだろうか。


『仮に裏切らずとも、貴族を見殺しにした事実は変わらない。正々堂々の決闘とは違う死……つまり仲間の欠如は大きな影響をもたらしただろう。奴の生死を問わず差別は酷くなるはずだ』

『それは、アイツが初めから死ぬべき定めという事ですか』

『いいや、我々王族は機会を与えた。継承の可能性があるアレに試練を与える事で、忠誠を世界に伝える手段』


 デスフラッグについてを王族は話した。


『だが奴には記憶がない。その上で出生を知ろうともせず、自分の立場を弁える事ができなかった。少しでも人を思う気持ちがあれば、デスフラッグのアレの光景が貴族側に何を齎すのかくらい想像できるだろう』


 そして、と言葉を繋げた。


『大きなリスクを持った人間が戻ってくる。これは由々しき事態である』


 王族が告げた。


 アオイコウキは、王族に黒髪の種族が無害であることの証明をするべきだった。そのための手段として王族はアオイコウキの特徴に合わせた内容を組み、寄り添う姿勢を見せていた。


 だがアイツは記憶が無い事で自身の出生やさまざまな違和感に気付く事なく、更には仲間の貴族を失った。その上で被害者面して現実から逃げる事になった。


『俺は……』


 アイツが悪であるとは思っていない。黒髪の貧民街の背景を知っていれば、迷宮での対応は変わったと思う。だがそれだけだ。正しさは人それぞれでおそらくアイツにも別の正しさがあるだろう。


『分かるな』

『はい』


 結局、そう考えても分かっていた。

 態々王族が俺の前に現れたという時点で決まっている。


 俺がアオイコウキをどう思おうが、俺の正しさは王族にある。王が決めた命に貢献する事で先祖の恥を塗り替えると決めているからだ。


 目の前の王族はなるべく取り繕った会話で俺を導こうと試みるが、その必要はない。

 母の病を態々持ち出したりする事で俺の感情を焚き付けようとしたのかも知れないが、種族の命を繋ぐのは国であり王。だから白でも黒と言われれば黒になる。


 それが俺の中の正しさだ。


『同じ種族として、お前が責任を持て』

『はい』


『奴は恐らくトーナメントに出る。残る上でそうする道しかあるまい』

『はい』


『この戦いは個人に留まらない。背景に何者かが関連していることまでは分かっている』

『はい』


『愉快犯を演じ、対戦者を片端からなぶれ。そうする事で我々王族が関与している者を導き出す』

『はい』


『これを飲め。お前の力を最大に引き出す、新薬である』

『はい』


 そして最後に、王族が言う。


『奴を、正式な場で殺せ』

『はい』


 すぐに覚悟を決めて俺はトーナメントに挑む。

 今思えば、この王族は俺たちの名前を口にしなかった。

 まるで今の世界を物語っているようだ。


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開闢の剣 神里 @kamisato_novel

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