第14話 「コウキ vs ミア」



 青く澄み渡る空の下。

 大きなアナウンスと激しい観客の声。

 今のアオイコウキが苦手なもの。それは人の視線。


『さぁぁぁぁ始まります!準決勝の瞬間です!!!』


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【本戦トーナメント状況】


第一ブロック

 黒・アオイコウキ B/男


第二ブロック

 白・ミア=ツヴァイン S/女


第三ブロック

 黒・バキラ=グラスコ B/男


第四ブロック

 青・シュウメイ A/女


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 会場の中央に現れたディスプレイにはトーナメントを勝ち抜いた選手の名が連なる。当然、こうなる事が予測できた。シュウメイの心のブレを修正した時点で全てが確信へと変わる。


 DランクでありながらAランクを倒したロイドゲートがどんな人物かは知らないが、シュウメイはこの試合のルール上相当な事がない限り負けることはない。忍術は場外失格に適している。


 故にコウキはシュウメイの戦いを観なかった。

 代わりとして、この瞬間のために精神統一した。


『第一ブロック勝者はアオイコウキ!無名の精霊剣を持ち迷宮から帰還した超新星ッ!闇タイプの剣は仮名をナイアルラからイザナギに変更したようですがぁ、今大会ではまだ人工剣しか使われておりませんっ!』


 テレシィが大きな声で解説すると、会場にいたノアールクラスのメンバーが選手以上の緊張感でステージを見る。


「コーキとミアさんの直接対決……」

「今のコウキがどこまで届くのか、気になるところである」

「ほぇぇミア氏やっぱ強いんだよね?勝つ事ないのかね?」

「エリエリ、それは難しい筈だ。コウキが如何に強く使役召喚と転移魔術の類ができても、きっと戦闘狂殿の足元にも及ばない」

「休憩無しでデリオロス1000匹倒したんだよね……?」


 3人の会話にネイが冷静な判断を下し、その後苦笑いを浮かべたのはテイナだ。彼らが応援するのはコウキだが忖度なしで異次元なミアに勝つ未来は見えない。


 迷宮ではノアールが6人で1800匹のゴブリンスタンピードに大苦戦している間、ブロンクラスはミアをベースに400匹のデリオロススタンピードを三連続突破している。合計1200匹のうち、1000匹はミアが討伐したと言われている。


「ライラは同じ魔剣の類だよね?わたーしその辺よく分からないけど、共通の特徴がある人から見てどう思うのかねぇ」

「魔剣は本来服従させなければならないわ」

「服従?分かりあおーぜ的な?そういやルシフェルは生きてるみたいな事言ってたのぅ」

「我が知っているのは、精霊剣が具現開放時に初めて剣と少しの対話をするのに対し、魔剣は常に対話出来るほど刃に魂が宿っていると聞く」


 マリードが会話に参加するとライラは頷いた。


「割合にする事はできないけれど、無理に数値化するなら私とルシフェルの信頼関係は2割程度」

「……それだけなのにあんなに強いの、やっぱり凄いねライラさん」

「ほぇー、ならミア氏どんくらいなんやろかぁ〜」


 感心したようにエリエリが呟いた。ライラ自身も態々数値として表したことは無かったため一度冷静に考えてみる。


 勝手に能力の幅を調整してしまう魔剣だ。

 理解し合うまでが5割、残りを能力の自由使用と応用で5割と仮定するならば。


「……おそらく7割は服従しているはず。更にギフテッドでその効果は片方だけで2倍」


 全員が苦々しい笑みを浮かべた。

 恐ろしさ以前に引いてる様子でステージに立つミアとコウキを眺める。


 実際、ミア=ツヴァインの身体能力とギフテッドは非常に特殊なものだ。それを持ちながら魔剣と神剣の二つを同時取得している。ミアとて完璧ではないが、全ての恩恵を余すことなく使用するキャパシティは既にあると言える。


 絵に描いたような最強との対決はコウキにとって時期尚早のようなものだ。又、人によっては彼には一生かけても到達しないと切り捨てるだろう。


「コーキ……」


 テイナたちが見守る先、ステージの上でアオイコウキは学年最強と対峙する。


『対するは第二ブロック勝者ミア=ツヴァイン!皆さまお待たせしました……最強の登場です!!ゼウスとハデスの二刀流を持ちながら、これまで片方のみで全て難なくこなしたカーディナル!誇示するのは圧倒的な実力!』


 コウキは先の少女と目を合わせた。

 遠いと感じた、今でもそう感じている最強がそこにいる。


 最早歓声もアナウンスも聞こえない。

 極限に集中して対峙する姿に、ミア=ツヴァインが答えるよう剣気を放つ。民の剣気ではない。武器を持たずして押しかける重圧は“騎士の剣気きしのけんき”だ。


「ミア」

「ん」

「俺はずっと憧れてる」

「伝わる」


 語らずも通じ合うかのように、2人はこの戦いをどう進めるのか理解する。コウキは全力。ミアも油断なく。過去から今まで、両者共に人間関係を全て忘れ剣での対話を望んでいる。


「負けるつもりは無い」

「勝つまで戦う」


「負けない事でミアに勝つ」

「勝ち続けてこーきに勝つ」


 2人は少しだけ笑みを浮かべた。


「わたしの、好きな人」


 そしてミアの一言で開戦の合図が鳴った。


『――準決勝、開始ッッッ!!!』


 ドッッ!!と、何もしていないミアの剣気が大気を揺らす。強い風が立った後、虚空が裂けて闇の剣が現れた。黒色に赤の装飾をした幅のあるショートソード、ハデスだ。


「冥界の剣ハデス」


 感覚を確かめるように高速で宙を切り、即座に構えを取る。その視線はコウキに“本気でこい”と求めている。


 見届けたコウキも応じるように空中から顕現させる。本当の役目を知った剣は黒い稲妻を放ちながらコウキの前に現れる。これは本日初めての精霊剣。仮名であるがイザナギと呼んだ。


「断絶の剣イザナギ」


 黒より黒い鈍刀。能力を知る以前とは異なって刀身の周りには小さな黒雷が宿った。それは目の前の魔剣を前にして“早く戦わせろ”と言わんばかりの気を纏う。


「行かせてもらう」

「受けて、断つ」


 すっと、2人の重心が前に傾いた。

 即座に2人はその場から消え、突如ステージの中心に出現し拮抗する。


 交差する剣と剣。

 光景とズレてやってくる音と風。

 次の攻撃を仕掛けたのはコウキだった。


「はあッ――」


 選んだのは唯の連撃。

 ドガバギと何度も何度も高速で剣を薙いで、呼吸を合わせるかのようにミアが受ける。右の一振りを左で躱し、追ってくる刃を剣で受け、翻す一撃の軌道は流す。


「こーき、よい太刀筋」

「それは!どうもッ!!」


 シンプルな攻撃にもコウキは全力だ。それ以上に強いミアが声色一つ変えずに評価して、連撃の中で少年が叫ぶ。


「でも、おそい」

「――、」


 直ぐにミアの反撃は始まった。

 受け続けた剣は弾き、踏み込みの入った刃は躱す。

 そこへ更にハデスの刃がコウキを刈りに行った。


「まずは基礎から」

「な」


 言葉に反応する間は無い。予測と反する斜め下の角度から切り上げられた攻撃をギリギリで躱した。伸びた前髪がぱらっと落ちる瞬間は静止しているようにも見え、そこからミアの猛攻が続く。


「上、中、下、振り下ろし」

「ッッッ!!」


 4連の基礎繋ぎが研ぎ澄まされ過ぎて、分かっていても反応ができない。中段の時点でコウキの制服の端は切れて血が飛んだ。


「繰り返し」

「ぐ、クソッ!!」


 何度も何度も重なる美しいフォーム。

 一才無駄のないコウキが憧れた型を間近で受けた。これが続くほどに真似た自分が如何に無様だったかを思い知らされる。


「振り下ろし」

「――ッ!!!」


 結論は、この手の斬り合いにおいてミアに対策は通用しない。基礎を極めた細い体には弱点が一切なかった。コウキが斬り合いを望んだのは憧れた基礎を受けたかったからだ。


「えらい、距離をとった」

「とらされたんだよ……強過ぎんだろ」


 最後の振り下ろしのタイミングに合わせてコウキは一気に後方に飛んでいた。明らかに獲りにきた一振りを回避して斬り合いを止める。


「もう大丈夫、ありがとう。純な戦いで勝てる気がしない」

「ん」


 嫌な汗を拭うコウキは自身の身体の端が想像以上に削れた事を知った。床には細かい血が飛んでおり、治癒魔法に意識を運びながら剣を構え直した。


「次はなにする?」

「かくれんぼだ」


 まるで遊び感覚のミア。

 告げたコウキが独特の足運びで少女に接近した。


「流動魔術」

「そうだ」


 流動型応用魔術は一連の動作に呼応して発動される。させまいと踏み込むミアは既に完成させたコウキの術中にハマった。


 目の前のコウキは突然消える。


影法師かげぼうし

「――ッ!?」


 この時初めてミアが驚きを見せた。

 振り返る余裕もなく、足の踏み込みを直ぐに変えて刃を後ろへ回した。


 ガキィィン!と高い金属音がしてミアの体が前に飛ばされる。人の影に宿る“影法師の術”を単純化させたコウキの流動魔術が常にミアの背後を捉えていた。


「ん」


 ミアは背後からの連撃に対応しながら飛ばされては受け身を取り続ける。ここでは受ける以外の選択肢はなく、ただひたすら劣勢が続く。


 しかし、少女にはかすり傷さえない。


「――そろそろ、反撃」


 何度も背後や虚をつかれる攻撃にミアが適応した。コウキの不意打ちに剣すら使わずしゃがんで避けて見せ、踵を返して足蹴を打つ。


 ミアは体術も得意だった。


「――ぁぐッ!?」

「これも、基礎」


 精霊剣を床に差し、鳩尾を射抜かれたコウキへミアの拳や膝が炸裂した。バゴドカッと鈍い音を立てながら素早い攻撃が炸裂する。


「――ッッッ!?」


 鳩尾の後は脳を揺らし、揺れる視界の中でボディをくらい、視界が戻る前に顎を打たれてまた鳩尾に戻る。繰り返される体術に息する暇もなく、酸欠に陥るコウキを見て直ぐに剣の柄を握り直して横薙ぎする。


 瞬間、決定打に気づいたコウキが体を逸らして攻撃を避けた。

 その姿に一度ミアが眉を顰めて警戒。

 案の定カウンターの一撃がミアを捉えた。


「――っらああァァァ!!」


 ズザァ!と大気が切れる。

 間一髪で避けたミアが再び驚いた。


 本当の意味でコウキは“空中を断絶”したのだ。半年前に比べ彼の刃が変わったと気づいたが、明らかにこの瞬間だろうと本能が悟る。


「そらを、切れるの?」

「直ぐ元に戻るけどね」

「すごい」


 ダッとミアが駆け出して、裂けた空中を通らず仕掛けに行った。回転の遠心力を利用した攻撃、この二手先を読んだコウキが後ろに引きながら回避する。宙を切ったミアがワンステップで振り下ろしに変え、次の攻撃が下から来る事までを先読みして防ぐ。


 だが、更に先を読む最強は踵で地面を砕き、コウキに向かって岩を蹴り上げた。モーションの一つとして避ける意識の強かったコウキは誤ってこれを回避した事でミアの間合いに入った。


「――、」

「獲る」


 ズサッ!とミアがコウキの制服を掠めた。

 否、そこには制服のアウターしか存在していなかった。


影分身かげぶんしん

「――しゅーめいの」


 ミアはどこにいるかを感覚で理解した。


 コウキの実体は背後……それも空中だ。逃げ場がない事であえて避けずに向かったほうがいい。直ぐに回って右。上に向けて剣を薙ぐ。


 だがこれも、コウキのジャケットを斬るに終わる。


「こっちだッ!」


 真横にいたコウキとミアの目があった。

 事実上は最速のコウキの一振りがミアを襲う。


 だが、恐ろしい事に少女は突然コウキの前から姿を消した。足を広げて一気に体勢を低くし、そのまま回し蹴りで少年の足を絡め取った。


「あ――」


 コウキの視界が斜めに傾く。体幹が完全に制御範囲から外れてしまった。


 更には上ではなく下にミアが居る。

 このまま剣を振られたら詰みだ。


 一瞬が長く感じる。


「――使役召喚」


 咄嗟の判断は思念体の魔獣ガノ=ケルニアスだ。間髪入れずにコウキとミアの間に第三の少女が顕現し、コウキの身体を押す事で無理に距離を取る事に成功。


 そして。


「あるじの危」

「じゃま」

「――まじすかミアさん」


 ズバッと、出現した魔獣少女は1秒足らずで両断された。言葉を残す事なく消失し、何事もなかったかのようにミアがコウキに詰め寄った。


「へんな“おんな”いらない」

「……子供だよ?」


 ガキィィン、と再び2人の剣が交わった。

 ギリギリ音を立てる互いの刃と振動がコウキの関節を痛めつける。片手に対して両手で受けたのにどうしてこうも力の差があるのか。コウキ程度の頭では理解できなかった。


「次はなにする?」

「――……汗、ひとつ、かいてないなッ!」


 少年が剣を弾いた。


「二式――扇鷲おうぎわし


 ドッと空気が弾ける。だがミアはこの原理を発動段階で網羅した。コウキにとって大きな悪手となってしまったのは、魔法行使に対して魔法相殺が有用である事実。


「魔法は平等」

「――ッッッ!?」


 いつか見た下剋上の光景と似ている。

 片手で腰に触れ、コウキの闇魔法による重心拘束をジャミングした。風魔法と肉体強化魔法の組み合わせに耐えられなくなった腰がコウキの身体をブレさせた。


 ついに視界は大きく真横に傾き、上からミアの振り下ろしが炸裂した。コウキは真横に転んでる側でギリギリ剣を受けて対抗する。


 刹那、とんでもない金属音と共に地面に叩きつけられた。


「がァッ!?」


 背骨が軋み、守った後頭部は振動までをカバーできない。


 軽い脳震盪で全てがブレる中、ミアがボールを蹴るかのように軽々しくコウキを蹴り飛ばした。物理法則通りに飛んでいく肉体を、物理法則とは思えない等速度で追いかけるミアがそのまま踵を振り下ろした。


「――ッッッッッ!」


 もう言葉も出なかった。


 イザナギから手を離し、肺に酸素はなく、踵落としによって床に縫い付けられたコウキは仰向けのままミアと目を合わせる。


 傷ひとつない。汗すらない。髪の乱れも呼吸の乱れも感じさせない最強が、既に剣を振り下ろしている途中。


 ――ここまで差があるのか。


 コウキはそう思いながら瞬間の中で太陽を見た。傾いた光は真上にあり、逆光でミアの顔はよく見えない。


 それでも分かる、圧倒的な余裕。


『君は三つの剣気を全て使う事ができない』


 ふと、グェンの会話を思い出した。

 おかしいとは思っていた。テイナでさえもある程度気付く魔獣の位置に、コウキは全く気付くことができない。


『代わりに全ての決定打に気付くことができる』


 剣気の修行中で教頭は言った。


『より具体的には、全ての視線の意図を分析することができる。これは自分とそれ以外で二分化する事により他者の視点を通して自分を干渉する“第四の剣気”』


 民でも、騎士でも、爵位でもない。


『人の世ではそれを“皇帝の剣気こうていのけんき”と言う』


「――その一撃では、俺は負けない」


 コウキは間に合わない防御を完全に諦めた。

 これは決定打にならない。


 だから“切らせていい”と考えた。


 その上で次の一手を模索し準備した。防御や回避よりも落ちている精霊剣の柄を強く握った時、ミアのショートソードが振り下ろされる。


「ッッッッ!?」


 ズパァァ!と、コウキの胸に深い切り込みが入る。


 理屈では分かっていたが、事前に理解していても死ぬのではないかと思うほどの激痛そして痺れが脳を焼く。咄嗟の治癒魔法が効いていると思えない程に血が飛び散る。


 コウキの奇妙な動きに既に警戒していたミアは距離を取り、痛みを我慢するコウキを見ていた。


「なに、いまの」


 コウキの異常な行動にミアは警戒の色をより強くする。彼は被害最小限にできたはずの防御を捨てた上に、ただ落ちた剣を握っただけだ。


 目の前の少年は悶えながらも立ち上がり、夥しい血を床に撒き散らして向かい合う。即座にかけた治癒で命を繋ぎ止めるコウキは、既に戦闘体勢をとっている。


 膝が笑う。


「――かはっ」

「……」


 口から溢れて、含んだ血液をその場に捨てた。血の味と片方詰まった鼻に気持ち悪さを感じながらも手足が動くことを確認する。


 まだ戦える、そう思った。


「疾」


 彼の闘志が死なないからこそ先に動いたのはミアだった。大きく床を蹴り上げて剣の柄を強く握り直した。一閃、ただ目の前の少年に向かう。


神居継承かむいけいしょう


 コウキはただ呟く。

 5分間、男神イザナギは女神の能力を得る。


「イザナミ」


 ドッッッ!と風が舞う。

 剣気とは異なる精霊剣の莫大なエネルギーがミアの進行を止めた。剣は黒い雷から赤い雷へと色を変え、数分だけ役目を交代させる。


 すぐに風がおさまることでミアは再び距離を詰めた。


「ん」

「――ッ!?」


 たった一振り。

 少女は今までとは異なる強い踏み込みで剣を薙いだ。音もなく現れる紫の斬撃がまだ先にいるコウキ目掛けて飛んでいく。継承イザナミが放つ残り風を斬り裂きながらやってくる。


 これをコウキが躱す手前で斬撃は消えた。

 いいや消えたというよりは、一気に収縮した。


 少年が嫌な汗を浮かべた時、爆発はやってきた。


「お――」


 ドオオオォン!!と。

 コウキを中心とした10メートルが弾け飛ぶ。

 観客席まで瓦礫が飛び散り、ガラゴロ音を立てながら岩が砕け、質量の爆発に空間が歪み、セメントの粉で粉塵が舞う。


 ジャストミートという言葉がここまで様になる一撃もなかっただろう。完全に油断したコウキの目の前でハデスの能力である“情報量”が炸裂した。新たに生み出される新物質の圧縮と暴発。能力の一端に過ぎないが、それでも致命傷になりうる破壊力だった。


 この斬撃を直視した事があるのはブロンクラスくらいのもので、観客は砕け散るステージをただ見ることしかできなかった。


 声はおろか、瞬きすら忘れる程だ。


「……」

「――、」


 そして煙の中に1人。

 体の端を傷だらけにしながら血を流すアオイコウキがいた。急所を守る事など出来るはずもないが、ミアは立っている少年を見て耐え抜いたことを知る。


「なんで倒れてないの」


 素朴な疑問に返事はない。


 この時、コウキの意識は何度も飛びかけている。気絶しそうな体を気力だけで戻しており、ミアの声は一切聞こえていない。そもそも三半規管が意味を無くしていない事が奇跡だった。


「……八雷神ハチライジン

「らいじん?」


 よく見るとコウキの体の周りを特別な大気が覆っている。水の中にお湯を注いだような歪みが爆発の威力を最小限にしたようだ。


「最大防御なのに……規格外過ぎる」

「その空気の鎧?」


 ミアの声がよく聞こえないのか、無視したままコウキが剣を構えた。霞む視界の中でたった1人の小さな少女を捉える。自分よりずっと小さく、ずっと強いミア。変わらずに無傷のままだった。


 コウキが一度深く息を吸い地面を蹴る。


「――疾!」

「ん」


 シュッと駆け抜けた速度は過去の2倍ほど早くミアの元まで到着し剣を振り下ろす。ここにミアが合わせるようハデスを振り回した。薙いで直ぐ少女は膝を鳩尾に撃つがこれはコウキの空気の層で弾かれる。


「なに」

「――迦具土カグツチ


 コウキは疑問に思うミアを他所に継承イザナミを振り上げた。先程と打って変わって煉獄の炎刀が大気を燃やしながら少女を狙う。

 ミアは変わらず冷静に避けてみせ、雷神により速度が二倍になったコウキにすらも適応するように合わせに行った。


 2人の高速度の戦いが場を支配する。

 時に雷が、時に炎が飛び散って金切り音が響く。


「もういっかい」

「――ッ!? クソッ」


 ここでミアが複数の斬撃を放った。

 それを躱すコウキにまたハデスの能力を行使する。


 繰り返す斬撃。大量に生み出されたそれらは消えると同時、部分的に空間が大きく歪んでいった。ステージ全体を見たコウキの頬に嫌な汗が伝った。


「まさか、全部ば――」


 ドゴゴォォォォォォ!と、ステージのあらゆる箇所で同時に大爆発が起こった。最早石畳は床と呼んでいいのかも不明なほど崩壊し、大粉塵を巻き上げる光景に観客が絶句する。


 超質量の爆発と煙はコウキを包み込み、ミアがダメ押しをするようにもう一撃爆発を飛ばす。轟音と共に弾け飛び、完全にコウキに直撃した。


「――、」


 爆ぜる音の中、コウキを護っていた8つの雷神が消失しイザナミはイザナギへと姿を戻した。アウターとジャケットは焼け焦げ、白いシャツが真っ赤な血で染まる。


 飛び散る岩の礫が体を削り、左耳の鼓膜は弾け、調整が終わったはずの左目がダメージにより機能しなくなった。爆風の中で吹き飛びそうな体を止めるために剣を床に差し、風に耐える。


 圧倒的な実力差だった。

 傷どころか汗ひとつ出ないミア=ツヴァイン。基礎とたった一つの斬撃でしか戦っていない上に本気どころかウォーミングアップといった具合だ。


 コウキが歯噛みする。

 そして彼を包む煙が消えてシルエットが浮かび上がる。


「……はぁ…………ぁ」

「まだ立つの」


 夥しい血を流し、全身のほとんどが赤に染まる少年がそこにはいた。

 笑う膝を堪えるように剣へ体重を預けて俯いている。

 肩で呼吸するその姿に観客側から小さな悲鳴が上がるほど、光景は無惨だった。


「――俺は」

「ん」

「負けない」

「わたしが勝つ。だからこーきは」

「負けたく、ないんだ」


 それはただの願望だった。

 気管支が焼け焦げて血が込み上げる。それを飲み込んで擦り切れた声を出す。その度にまた全身が痛み、意識が朦朧とする。

 その最中での、ただの願い。


「ミアは……憧れだ」

「ん」

「追いかけ、続ける間は……負けたく、ない」

「でも今はわたしが勝つ」


 コウキはその言葉以降、話すのをやめた。

 立って俯いて地面を見たまま動かないコウキにミアが言葉を預ける。


「もういい?」

「……」


 基礎基本は勿論のこと、練り上げた業は看破され、使役召喚は意味を成さず、流動魔術も通用せず、浅知恵の忍術も対応され、精霊剣でも競り負けて、継承イザナミも打ち砕かれた。もう出すべきカードは殆ど無い。


 そして無傷の最強は、地面を蹴る。

 最中でコウキはただ悔しがってイザナギの柄を握る。


 ――俺は。


「こーき、かくご」


 ミアがコウキの射程圏内に入った。

 瞬間。


夜神やしん――月暦ツキヨミ


 ドッッッと。

 ミアの体が一瞬にして硬直した。

 そして会場周囲の明るい天候は一気に夜に変わった。そこに月はなく、星の明かりとステージ周囲の発光石だけが全体を照らし出す。


 ざわめく周囲と中心にいる2人。疲労で動けないコウキ、物理的に動けないミアの両者が止まったままだ。そしてこの瞬間、初めて学年最強が汗を流す。


「――な」


 硬直するミアの足元から目の模様をした紫の光が生まれる。

 そして眼前には丸い鏡、白銅鏡が出現した。


 直ぐに動こうと試みるものの全く動かない。

 意思に反するというよりは、身体だけ時が止まったかのようだった。


 コウキが一言告げた。


「――略奪」


 瞬間、時は動き出した。夜だった空間が直ぐに戻って強い太陽が会場を再び照らし始めた。


 テイナやマリードたちは突然の光に目を奪われたが徐々に慣れていき、驚くべき光景を目の当たりにしていた。


 観客が驚愕の声を上げる、視線の先。


「かはっ」


 ミアは胸を十字に刻まれていた。

 彼女自身も何が起きたのか理解できていない。


「――ぅ」


 ミアが大きく血を吐き、その場で地面に倒れそうになるのをなんとか堪える。何故か背後に居るボロボロのコウキを見て、目を大きく開けた。


「なッッ!?」

「ギフテッド――、二刀流」


 いよいよミアの表情が崩れる。

 コウキは“2本”の剣を構えていた。


 彼の手に持つのはこの場の全員が見たことのない白の美しい剣。いいや、正確にはミア以外が見た事のない剣だ。戦闘体制に入った疲労が残る少年、そして状況の意味を理解していない少女。


 2人がその剣の名前を同時に呟いた。


「「天空の剣ゼウス」」


 アオイコウキは強く床を蹴った。


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