第15話 「夜神月暦」
イザナギの能力の一つ、
これは対象の“恩恵”を盗み取る力だった。
だがその発動条件はあまりに酷。自身が決定打を受ける5秒以内でしか発動されないカウンター能力だ。加えて夜や洞窟内ではなく太陽が照らす状況下でのみ許される上に、対象者と目が合う時に詠唱する必要があった。
更に略奪中の体力消費は通常の12倍。発動継続時間は44秒、インターバルは確認できていない等と制限が多すぎる異能。
それでも、今のコウキには充分だった。
「――はぁッッッ!」
「ぐっ……うぐ……」
ガン!ガン!ギィ!と金切り音が響く。
コウキの完全優勢。
凄まじい速度で白の少女に攻撃を仕掛けた。
右手のイザナギがミアの精霊剣を大きく弾き、左手のゼウスが身体を捉える。ギリギリで躱そうと努力するも身体は徐々に刻まれていき床にミアの血が飛び散った。
最強がデスフラッグの時よりも削られていく様。
こんな光景は誰もが一度たりとも見たことはない。
来賓含む全員が言葉を失う空間が成立した。
「――はぁ、はぁ、ラァァァッ!!」
「ッッッ!?」
コウキは無我夢中で剣を振り続けた。
一歩進むたびに言葉にならない疲労が押し寄せて、もう考えることすらできない。ゼウスの能力の行使も視野に入れることはできなかった。
柄を握れている、体は動けている。
ただそれだけを頼りに猛攻を続けた。
対するミアは失ったギフテッドが余りにも大きいようで意思と身体がチグハグだ。鉛のドレスを着ているように身体が重い。
ひたすらに続く金属音。
着実に最強が削られていく。
「ォオオオオオオオオオオオオ!!」
「――ッ!」
そしてコウキが遂に踏み込んだ。時間がスローになるような感覚の中、血濡れになった1人の少女に想いを告げる。
――大切な物を奪ってまで俺は負けたくないらしい。
夜神月暦は元より使うつもりがなかった略奪能力だ。こんな勝ち方は全く望んでいない。それでも負けることに抵抗を持った捻くれ者、窮鼠の一手。正にイザナギの名に相応しいアオイコウキの小さな反骨心。
だから、きっとこれは勝利ではない。
負けていないだけで美しい勝利とは異なる。
それでもいい、と思った。
「――、」
大きく息を吸う。
40秒が経過して全ての疲労に抗った最後の一撃。
コウキのイザナギが振り下ろされた。
「――――断絶ッッッ!!!」
刹那。
ズザァァァッッ!!!とミアの体に黒の稲妻が走る。
圧倒的、絶対的、クリティカルの断絶が決まった。
「――――、」
ミアがその場で立ち上を向いたまま動かない。
長いような束の間の時間、沈黙が場を支配する。
「ぐ」
カランコロンと剣が2本落ちる音がする。
コウキが脱力し両手の精霊剣を床に落とした。
少年は震える膝を殴る。
今にも倒れてしまいそうな身体を痛みで起こす。だが全く痛覚がない。肩で大きく息をしても、においや空気を感じない。
極度の疲労で脳が強制的に五感を鈍くしていた。
だからもうコウキにできるのは今倒れないことだけ。
目の前の満身創痍の少女が倒れるまで足を縫い付ける。
「――ぁ」
だが、コウキが自分の両手を見て思った。
「俺、だけ……ぁ、剣を」
声もほとんど出なくなった。
「落と」
「疾」
剣が落ちた音は2本分。
ミアは何があっても自分の剣を落とさない。
そして血まみれの少女は、魂だけで立つ男に言う。
「つよくなった、こーき」
「――ぁ」
動き出したミアは目視できない速度でコウキを斬った。その瞬間を少年は感じ取る事ができない。ただ寸前、場違いにも白い情景の美しさに酔いしれてしまった。
ばたん、と軽い音がした。
本でも落としたかのような音は今のコウキに相応しいとも言える。あまりにも軽くて脆い最後のやりとり。そのまま床に倒れて忽ち意識を失った。
長い静寂に気づいたアナウンスが鳴る。
『し、勝者――ミア=ツヴァインッッッ!!!!』
ミアは倒れた少年を看病しない。
「「「「…………おぉ、ォオオオオオッッッ!?」」」」
遅れた歓声がやってくる。
この最中で同情を見せるほどミア自身も自分に酔ってなどいなかった。勇ましい戦いを最後まで誇り高いものにするため、ただ無言で出入り口を目指す。
「ギフテッドが消えたとはいえ、本気出した」
横目でコウキの生存を確認しながら声に出す。心配しながらも明らかに彼は成長していて、最強に届き得る一手を持っていると強さを認めた。
「わたしも、背中でみせていく」
ミアはより強くなる覚悟を決めてその場を去った。
ゆっくりと。
残された歓声が更に大きくなっていく。
ネイたちは回復魔術による治療が行われて運ばれていくコウキの姿を見た。ノアールクラスの一同が言葉に詰まったが、切り出したのはいつも通りエリエリだ。
「ギフテッドの横領……わたーし聞いたことないんですがね。と言うかコウキ大丈夫かえ?」
「正確には恩恵への干渉に近いのかもしれない。であれば能力の意味が成立する。……そしてコウキは無事だ。戦いを見れば分かるが、回復でき得るダメージを戦闘狂殿が調整しているように感じる」
真顔で見つめるネイが言うと、マリードも頷いた。
「両者共に見事……と言いたいところであるが」
「マリードもか」
「左様だ。正直、半年間での差が我々と大きすぎて賞賛よりも危機感の方が勝る」
「私も今直ぐにでも修行したいところだ。恥ずかしながら、コウキの帰りを祝いたい気持ちと葛藤している」
2人が驚くことなく冷静に評価した。
この戦いはコウキの敗北を示す以前に、彼が1学年の目指す目標に大きく近づいている事実を印象付けるものだった。マリードやネイ以外にも、強くあろうと努力する生徒は驚きと焦りを感じていることだろう。
どんな手を使おうとも、正当なルールの中でミア=ツヴァインを血まみれにして追い詰めた事は変わらない。
「……でも、最後の断絶で動けたのは何でだろう」
テイナが言う。彼女は祈るように握った両手がそのままだ。解く事を忘れて気づいていない姿を見ながら、ライラが簡潔に解説した。
「当たってない」
「え!?」
驚いたのはテイナとエリエリだけだ。他はおそらく分かっていたのだろう。遠くからで見にくいが一応は客観的な視点でみる立ち位置、分かる人には分かるのかもしれない。
「強い能力には弊害がある。様子を見ていれば焦りが伝わる。ミアは誘い込んでタイミングを合わせた。コウキが空間を断絶できる事を再利用してる」
「えっと……それどういう?そもそも弱体化はしてなかったと言う事?」
テイナが首を傾げた。
ライラはそれを否定する。
「違う。ミアは弱っていたわ。だから弱いなりの戦い方で適応した。最小限の犠牲で相手の消耗を待った。最後の一振りが渾身であることまで読んで寸前で回避している」
「んおーってことはほぼ出来レース?すっごいねぇミア氏」
感心したようにエリエリが呟くものの、ライラはまだ補足する。
「それでも追い詰めたことには変わりない。コウキがもう少し冷静に……まぁ、結局それも過程が過酷すぎて無理な話だわ」
「ん〜どちらも実力は確かって感じだと思うんだけど、正直コーキが遠くに行っちゃうんじゃないかって思って見てた」
「コウキ引き出し増えまくりだもんねぇ。んまぁスケベなところは変わってないっしょ☆そこに甘んじて行こうぜい」
「エリエリさんは何を言ってるの?」
わたーしもわかんね!と笑いながらエリエリがテイナに返していた。
呆れたライラはため息を吐きながらも戦いの動きを思い出す。
――明らかにシュウメイの業をモノにしている。けれど、動きそのものや戦い方はあまり似ていない。試すようにさまざまな業を出しているようにも見えた。
それらが何を指すのかは分からない。だがライラの予測が正しいのなら、コウキは勝つことができないと完全に想定して今の自分の位置を把握しようとしていた。最後の夜神月夜見は別として、殆どがそれで間違いない。
「やっぱり、誰か強い師がいるはず」
キレるとお構いなしの主観的な戦いを辞め、自分の強さを客観的に分析しながら運ぶ戦闘スタイルに他者の影が見える。コウキが戻ったら色々なことを聞こうとライラは決心した。
こうして次の戦いが始まろうとした時だ。
緊急のアナウンスが鳴った。
『えー、続きまして準決勝ですが……バキラ=グラスコの棄権により、シュウメイの勝利となります!!!』
その言葉に運ばれるコウキ含め全生徒が驚いた。
『よって今大会の決勝戦はミア=ツヴァインとシュウメイで確定しました!!! そして3位決定戦はアオイコウキ対バキラ=グラスコとなります! 決勝のお二人は30分後、ステージにお集まりください』
「棄権?バキラ君って最悪な人で間違いないよね?」
「テイナ〜もはや君付けも要らないぜぃ?あんなの活かしてる学園に文句言いたいくらいだもん。わたーし的にはこのまま棄権でオッケーってな感じ」
アナウンスを聞いたテイナとエリエリが話す。
それにネイとマリードが頷いた。
「いくら実力第一の学園とはいえあの戦い方は私も解せない。勝ち方にこだわる必要がなくとも、命のやり取りに遊戯性を求めるのは違うはずだ」
「同意である」
「んにゃ〜でもまぁ多分、ここで棄権って時点でもう興味が無いんだろうねぇ。シュウメイに勝てば特典が確実だったもん」
「たしかに」
4人が会話する傍らでライラがバキラについて考えた。
コロッセオの文化が永く残るように一部熱狂的な声も上がるが、殆どの生徒からの印象は最悪だ。必要のないパフォーマンスや残虐で派手な行いには過剰な演芸要素を感じる。
「仮にバキラを愉快犯とした時、ロジックで理解するのは難しい」
「だよねぇ、だからもう諦めてんのかと」
「でもそうでない場合も想定したいわ」
「……と、いいますと?」
ライラが考えながら話をするとエリエリはきょとんとした。素直に言ってる意味が分からないようだ。
「態々パフォーマンスとして行っている可能性の話」
「ほぇ?めっちゃ意味ないと思わない?それ」
「私にも分からない。でもバキラはランクも着実に伸ばしている。賢い人があんな行為をすると思えないのも事実」
「いやいや、それこそ狂人の気持ち理解するようなものだってば〜無理無理、あんなの考えても無駄だぜぇ?」
エリエリが大きく首を振ると、マリードがサポートするように会話に入ってくる。
「狂人の理解とは異なる。おそらくライラが言いたいのはバキラ自身の性格ではなく、第三者の入れ知恵によってバキラが変わっている可能性の話である」
「ほや〜マリード氏そりゃまた大胆な発想」
「いいや、エリエリ。私たちは既にデスフラッグでそれを経験しているぞ」
ネイが感情を表に出さないように言った。
「私たちはこの半年以上で更に学園の方針を強く感じているんだ。だからあの遊戯性は不快感を感じる程度で今は済んでいる」
「んまぁ、ここ数ヶ月で割と回復魔術で治せる範囲が広いと知ったしねぇ……ただやりすぎとは思ってるよ。修復不可能な部分も視野に入れると」
「そうだな。これら踏まえて考えて見たらどうだろうか」
「考える?」
「あの日から止まっているコウキからは、バキラがどう見えているのか等」
「……」
エリエリが黙り込んだ。
ライラはその流れを見て外れから結論を述べる。
「どうしてこんな事をするのかは分からないわ。ただ、次バキラが棄権しない可能性は大いにある」
「そんな……またコーキが狙われてるって事?こんなに早く?」
テイナが心配そうに呟くが、その答えを知る人間はこの場にいなかった。
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