第13話 「笑顔」
「警備の任務?」
マリードはグループの上層部から送られてきたメッセージを見て驚く。
予定になかった任務であり急を要する大仕事だ。今から準決勝まで出入り口の全てを立ち入り禁止にすべく立ち続けなければならない。
とりあえず定位置には着いてみたものの、いくつも疑問が残った。
「……あまりにも目立ち過ぎる」
今回は過去の仕事と比較してやり方が露骨だ。
これが一体何を指すのか末端のマリード如きが知る必要もない。そもそも学生を使う暗部組織なんて碌なものではない。思惑を深く探ったところで無意味だとそう割り切ってきた。
しかしその立場から見ても理由を考えてしまう程、この動きはまともではないと強く思った。
「あえて見える形で示しているのか……?」
会場出入り口の南ゲート。
通路の前に立つマリードは近くの映像モノリスで試合を見ながら待機している。人通りがなく、南側は選手やステージといった会場運営側の出入り口であることから誰かが来るような気配はない。
無いはずだったが、1人の人物が来た。
「退け」
「すまないが立ち入り禁止だ」
マリードの前に現れたのは豪奢なゴブランのコートを肩にかけた金髪の大人だ。グェンと同じ年代くらいだろうか。年相応の髭や皮膚が服と合っていない。
「私は王族だぞ。来賓席に身内がいる」
「そうでありましたか。ご無礼を」
「通してもらおう」
「然し乍ら此処は選手の出入り口。真逆である為、ご来賓のお客様は回って北口から入られては如何でしょうか」
マリードは一切退く気がない。
そもそも王族が正反対の入り口に用がある筈もない。道がわからないか、何か良からぬ事を企んでいるかの二択だ。最も後者の可能性は低いと信じたいが。
「お前には関係ない、退くのだ。王族に逆らうつもりか?」
「此処は王下の学園で私は生徒です。あくまで責務を全うし命に従う身。権力のある御仁でしたら直接上と話をつけていただきたい。此処で通して仕舞えば、末端でしかない私は責任放棄となってしまいます」
マリードは冷静に王族の目を見て答える。
「それとも、此処を通した後の事象について、全責任を取ると誓約して頂けますか?」
「…………ヴァーリアの犬の分際で大した口だ」
「私のお家をご存知ですか、でしたら話が早い。私の家系は約束を破りませぬ。退く訳がないのです」
そこまで言うと王族は苛立つように舌打ちし、回り道をして北側を目指していった。その姿をただ見ていたマリードは妙な違和感を感じた。
「今のは確かに王家の者である……来賓なら学園が丁重に扱う筈。何故執拗に絡んでくる」
コウキか?と一瞬少年が頭に過ったが違うだろう。
こんなところで王族自ら粗相を起こせば一大事だ。
それにあの程度の老害に武力行使ができるとも思えない。
「誰かとコンタクトを取ろうとしたのか……或いは」
いいや、不確定な予測を膨らませるのはやめだ。そう言い聞かせてマリードは警備を続けていった。その後は二回ほど似た客が現れては同じように促し、この警備任務は終了となった。
「何の意味があったのか、益々疑問だ」
その答えを知る者は居なかった。
××××××××××××××××××××
「……嘘、でしょ」
個人待機室で少女の呟きは虚空に消える。
「――ッッッ!!」
ゴォンッッ!!と木製のテーブルが砕け散る。こみ上げる怒りに天板を殴り、砕けた木片を蹴り飛ばしていた。粉々になった材木がぱらぱらと落ちる。
肩で荒い息をするシュウメイの側にはとある戦いの映像が映し出されている。それこそが彼女の感情を揺さぶった理由。
ラン=イーファンが敗れた。
それも右手と左足を失い、片目を潰されている。
「――こんなところにいるより、ランに合わないと」
もう棄権になってもいい。
それほどシュウメイはランが心配になった。
バキラ=グラスコを如何にかしよう等とは思わない。あんな雑魚と戦うよりも、目の前の古き友人を心配しなくては友達失格だ。
感情のままにドアノブに手をかけ、扉を開けた瞬間。
「――どこいくんだ」
「ッ!!」
突然1人の男が部屋に入りドアを戻した。シュウメイの部屋に侵入したのはフードを被った少年。コウキだった。
「医療室に行く。どいて」
「無理だ」
無理やりドアノブに手をかけたシュウメイの腕を掴んで持ち上げる。彼の瞳がツインテールの忍者を強く睨む。その目には複雑な光が宿っていた。
「貴方には関係が――」
「ある」
「うるさいッ!ランがやられてる!!」
「おちつけ」
必死に抵抗しようとするシュウメイの力に、コウキも止めている手を強くした。体が縺れるほど少女の力は強く、細い体のどこにこんなパワーがあるのかと彼は思う。
「行ってどうするんだ」
「どうなるか心配だから行くんでしょ!?」
「許可できない」
「離してッ!本当に離してッ!!」
互いの力が拮抗した。遂にシュウメイは怪訝な表情でコウキを蹴り飛ばす。諸に受けた少年はやや腰を曲げるも、少女の手を離さない。
「……クソ、力強すぎだ」
「――何なの!?こんな所にいても仕方ない!!ランが……ランが……ッ!!」
「シュウメイが行った所で状況は変わらない」
「そう言う問題じゃないし貴方には分からない!!人の心が無いん――」
「…………」
勢い余って少女が黙る。
シュウメイは感情のままに暴言が出たと後悔して言葉を止めた。
「言えよ」
「……ごめん、言い過ぎた。それでも」
「行くのか?」
「私が行っても変わらない。でも行かないと気が済まない」
「シュウメイに出来ることはそれだけか?」
黒い瞳が少女の心を覗く。
「私は……今の私は、ランが居るから存在できてる」
「それを俺は知らない。知らない側から言わせてもらうが、本当に今出来ることはそれだけか?」
「何が言いたいのよ」
「ランは生きてるだろ。辛い状況で友達が側に居るのは素敵な事だ。仮にそうだとして、今シュウメイが棄権したらランはどう思うだろうか」
シュウメイは黙り込んだ。
少女にだって意味は分かっていてこれが最善手では無い事くらい理解している。だが言葉や態度は相反して悪く露呈してしまう。
「強者の責務を果たせとまでは言わない。でも、シュウメイはバキラを敗退させる事ができる。止める事ができるんだ」
「そんな事が重要?友達の怪我よりも?」
少女の言葉にコウキは強く頷いた。
「今シュウメイが居なくなればアイツは上位3名に食い込む。簡単に言えば権力を持つことになり、犠牲者は増えるだろう」
グェンが発表した内容によれば、上位3名までは特典が与えられる。これは生徒を特別優遇するものだ。詳細は明かされていないが、グェン本人は学園内の発言権やある程度の位置付けを保証するものと言った。
それをバキラが持つということが、どれだけ危険なことなのか想像するのは容易だ。学生個人以上の力を持たせれば間違いなく悪用されるだろう。
「それに規律違反だ。違反は勝負の見送りとは違って3位決定戦にも参加できない。“黄昏”の今後のためにも俺たちのどちらかは3位以内に入る必要がある」
シュウメイは長い時間無言を貫き、思考の末に答えを出した。
「分かった。今回はその上辺みたいな話で納得しておくけど」
「うん」
「ランが望まない事くらい私にも分かってるし」
「ありがとう」
次は自分の感情を優先する。そう吐き捨てるように伝えた上で、シュウメイは「それと」と言葉を繋げた。
「権力だ組織だって言うのはコウキがやれば良い。そのためだけに都合の良い台詞並べて、人に寄り添ってるようなフリしないで」
少女は怒りの感情よりも哀しみに近い声の色を見せる。言われたコウキはその姿を見届けてから少しだけ自分の事を考えた。
――きっとシュウメイには俺が変わったかのように映っている。
心がないと言われたのは、あんな事があったのに身近な人の不幸に顔色一つ変えないで過ごしているからだろうか。感情の機微が分かり辛いのだろうか。
実際、ここには半年前のアオイコウキは居ない。度重なる虚構魔術での無茶な肉体再生は、自分が何者か分からなくする程度の代償はあった。
だがそれでも、コウキはコウキで有り続けたいと本人が願っている。
「シュウメイ」
「……なに」
「俺はバキラを許さない」
入学式のグェンの言葉を思い出す。
君は誰だと言われた時の、自分は自分だという回答。
それを肯定して信じる道を示してくれた教師や知って尚好きで居てくれた仲間たちの顔が浮かんだ。最後にロイの笑顔が過ぎる。
「友達を傷つける奴は許さないつもりだ」
ぐっとシュウメイを止めた腕に力を入れた。
少女はそのコウキの姿を珍しいものでも見るかのようにしていた。何か伝えようとした頃にはアナウンスが鳴り、シュウメイの呼び出しと共にその場が終わる。
「……」
少女はうまく返事ができないままドアノブに手をかけた。それは目の前の人物がアオイコウキなのか信じる事ができないからだった。
時折見せる全てを諦めた顔があると思えば、以前のように人たらしな一面もある。だが本質的な部分ではやはり人格が異なるというのが少女の結論だ。変わってしまったと思ったり半年前のままだと思ったり、考えるほどに心が浮ついてしまう。
コウキはその気持ちを理解した。
だから自分にとって、唯一変わらないものを示すため彼女を呼ぶ。
「シュウメイ」
「なに」
「いってらっしゃい」
心からの笑顔に驚いた少女は勇気でももらったかのように気持ちが固まった。
「いってきます」
一言伝えて、シュウメイは戦いに出た。
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