第8話  「仲間達の現在」



 ――デスフラッグから6ヶ月。


「オイハゲ、黄昏と夜明の衆なんて聞いた事ねぇが」

「正確には隠密部隊はその中の“黄昏”のみである」

「一ヶ月前から活動してるみたいだが構成はどうなってやがる」

「まだ明かされてないが、夜明の方は1人の貴族。黄昏の方は2人の戦士。牛耳るのが誰なのかも不明だ」

「テメーそりゃ結局敵か味方か、どっち寄りなんだ」

「どっちでもないな。活動痕跡を追わせているが内容が不明瞭だ。何をしたいかまでは分からない」


 週に一度、ガミアとマリードは昼休みを共に過ごす。彼ら“ウグイス”は4人体制の隠密部隊であり同じメンバーとして情報交換をするのだ。


 クラス毎4箇所に設置された施設の中心は共同施設があり、外周が全て芝生の広場になっている作りだ。広々とした自然の中で人と人との距離が遠く、話すにはうってつけと言えるだろう。


「掴めねぇな。オレたちがどうこうする立場じゃねぇが」

「そうだな。それに黄昏の行動は組織を探るような動きに見える。新しい組織なのだろう。深く気にする必要もない」


 ウグイスの特徴は一人一人の強さだ。単独行動を得意とする上に、4人全員指揮系統の能力に才がある。単独集団どちらも可能なバランスの良さは、裏の世界で直ぐに名を轟かせる。


 過去に学園隠密組織はもちろんあるが、優秀な学生のみを組織に組み込んで利用する、この流れの先駆者になったのはウグイスで間違いない。流行るようにして1日毎に隠密組織が増え、もはや何をもって隠密とするのかも分からない程劇的に数を増した。


「クソが。だがどう考えても新しい組織が増えすぎだ」

「同意だ」

「貴族の数だけ増えるんなら、生徒同士での潰し合いも視野に入れとかねぇと」

「そうだな。我も少々疲れている所だ。この間も街の現場で4学年と対峙している。人身売買のバラしで目的は一致していたから良いが、これが護衛と襲撃だったなら拗れるだろう」


 ガミアが舌打ちしてマリードが牛乳を飲む。


「テメー、牛乳飲んでるからそんなにデケェのか?」

「変な質問だな。貴殿は牛乳を飲んだ方が良い。これは肉体の成長よりも怒りの沸点等に効くらしい」

「黙れハゲぶっ殺すぞ」

「ふん。トーナメント前で使い物にならなくなるぞ」


 皮肉と暴言が交差するギリギリのバランスで会話を繋げている2人は、遠くにいる女子生徒2人を見た。ライラとテイナだ。記憶では2人が外を歩く姿は久しぶりだ。


「あの妹女はもう大丈夫なのかよ」

「人の心配か?珍しいな。好きなのか」

「バカかテメーは。いやハゲか。どう考えてもあの時一番やばかっただろーが」


 ガミアが舌打ちをした。コウキが消えた後、誰よりも酷く荒れていたのはテイナだった。しかし半年近く同じ組織にいるマリードにとって、ガミアの本質的な部分がそこにはないことくらい理解している。


「ふん。本質はコウキの心配か。済まないが情報は無いな」

「クソが」


 そんな会話をしていると、後ろから声がかかってきた。気配に気付いていたため、ガミアとマリードは振り返ることはしなかった。


「やあやあ、2人とも」


 そう言って目の前に現れたのは小さな少年だ。

 茶髪のマッシュ、酷く若い顔をしている童顔の生徒である。


「クソガキ。ここは保育施設じゃねーぞ」

「あらあら、ガミア君。流石に12回目の挨拶も同じ回答をされるとぼくとしても不快感を感じてしまうんだけどな」

「貴殿は黒のアノマールだな。我らに何か用か」


 彼はライラたちと同じ黒色ノアールの4クラス、アノマール=リアゲッティだ。和かな表情をする少年にマリードが要件を聞き、直ぐに返事が返ってくる。


「ほらほら、マリード君は覚えてるよ?ガミア君ももう少し頭使って記憶力を鍛えた方がいいと思うな。教養を培ってユニークさも手に入れるといい。あぁそれとマリード君、ぼくの事は親しみを込めてアノって呼んでいいよ」

「すまないが親しくないので結構だ。話がないのであれば先に行く」


 立ちあがろうとしたところでアノマールは笑いながら話を続ける。


「なになに、つれないな〜マリード君。デスフラッグで人格変わっちゃったのかな?大変だったもんねぇ。ノアールは本当に強い人たちが試験の手を抜いてたから選ばれなくて、結果偶々選ばれただけの雑魚が2人も死んでしまって」

「1人は行方不明のはずだが?」

「そうそう、忘れてたよ。確かにそうだね、これはこれは失礼しました。ぼくも謝れる人間だから非を認めるよ。ただ死んだんじゃないかと思うくらい弱い人にも少なからず非はあると思ってるけどね」

「話が長いな。もう良いだろうか」


 一応許可を取るマリードだが、ガミア含めて話を聞く気はなく無理やり立ち上がる。それを見て馬鹿にするかのようにアノマールはガミアへ告げた。


「あらあら、返す言葉もないのかな。まぁいいけどガミア君、トーナメントの一回戦はぼくと戦うんだよ?全く負ける気しないけれどよろしくね。正々堂々とやろうよ。1学年の本当の実力を世界に知らしめてやろうじゃないか。あ、勝つのはぼくだけどね?」


 マリードとガミアが無視して歩き出そうとして微妙な位置にアノマールが止まり、また2人の足は止まった。


「ねえねえ、返事もできないの?普通に人としてどうかと思っちゃうんだけどなあ」


 それを聞いてガミアがついに行動をとった。

 ゆっくり左手を伸ばして遠くを指差す。その光景を見たアノマールが不思議に思い、疑問を浮かべて遠く先を眺める。

 ガミアはごく普通の表情と声色で話した。


「どっから紛れたか知らねぇが門はあっちだ。先に教師がいるから迷子の報告をして施設に戻れ。じゃあな」


 歩き出す2人を止める生徒はもういなかった。

 ただ殺意の表情がガミアの背中を睨み続ける。


 最も、小さすぎてガミアには見えていないだろう。



××××××××××××××××××××



 今宵もミア=ツヴァインは後悔の念に苛まれている。


「わたしが、ちゃんとこーきの側にいれば」


 ミアは人間が抱える命の数に限界がある事を知っている。だからある程度の交友関係があったとしても深入りするようなことはない。だが彼女にとってアオイコウキは抱えるべき命の一つだった。


「どうして、居なくなるの」


 ある事情により入学当初からアオイコウキという存在を無意識下で意識するという矛盾を抱えたミア。いつもならきっと切り替えれるはずが、未だに心の中で蟠りを感じ続けていた。


「……他人に、任せなきゃよかった」


 過去を振り返る。


「こーきの幸せは願っているだけじゃだめ」


 じっと考えていた時。


「ここ私の部屋」

「ん」


 ライラ=ナルディアは部屋でクッションと共にうずくまるミアを見て一言呟いた。エリエリが退院前の為1人で過ごしているとミアが眠りに来たようだ。

 これでもう5回目くらいである。


「ライラ、こーき好き?」

「好きじゃないわ」


 ソファから顔を出したミアが寝衣で椅子に座るライラに問いかける。生徒手帳と資料を見比べる少女は、眉ひとつ動かさずに答えてトーナメントの記事を見ていた。


「わたしは、分からなくなった」

「そう」

「恋の好きがあれば、こーきはいなくならない?」

「知らない」


 パラパラと資料をめくるライラ。

 彼女に与えられた“特待候補生とくたいこうほせい”の肩書は所謂、生徒会のようなものだ。生徒会と異なる点といえば“会”ではないため組織化されていない。


 学園で起きる行事のスケジュール調整やランク推移の分析を主に担っており、加入のメリットは情報収集の速度と高額ポイントの取得だ。


 ――デスフラッグの様に突然なイレギュラーを防ぐ。


 彼女はマリードとは異なり、外部ではなく内部から仲間を守る術を身につけるつもりだった。その為に今回のトーナメントでは抜け穴がないか過去の事例と比較している。


「テイナはこーきに触れたい、確かめたいが強い」

「――、」


 ライラの手が一瞬止まった。

 迷宮での出来事が頭を過ぎる。


「確かめ合う好きと、幸せになってほしい好きは違う」

「…………」

「確かめ合えたら、もっと幸せにできた?」

「…………」

「側にいれたら幸せにできたかな」


 ――ライラは少し黙って考えた。

 近くて好きでいてくれる人がいても、遠くで愛してくれる人がいてもコウキはコウキだった。彼はきっと身勝手な生き物で、人並みに好意に気付くのに想いには応えない。


 だからきっと彼女たちがどれだけ近づいても彼は変わらない。それは触れて確かめた自分が一番よく分かっている。


「どうして私に聞くの」

「ライラにしか話せない」


 やっと2人の目が合った。


「……そもそも、彼が幸せかどうかなんて他人が決めることではないわ。居なくなったから彼が不幸だとか、それは貴女の気持ちでしかない」

「……」

「貴女が幸せでありたいなら近付けばよかっただけ。そうしないのは、貴女にとって好きの解釈が違っただけ」

「かいしゃく?」


 ミアが疑問を浮かべる。あれだけ強いのに心を俯瞰で見る力はないらしい。


「居なくなって今どう思うの」

「つらい、毎日」

「なぜ?彼が死んだとは限らない。貴女は彼が幸せならいいのでしょう。きっとどこかで幸せかも知れないわ」

「……なんでだろう」

「コウキは死んだと思う?本当に不幸だと思う?」

「思わない」


 ライラは溜息をついた。


「なら貴女の気持ちはテイナと同じ」

「――、」

「貴女の場合は居なくなって気付いただけ。見えなくなったから、触れ合いたい後悔や確かめられない不安が今押し寄せてる」

「……」

「幸せならそれでいいと思う無上の感情だけならこんな風にはならない。貴女自身が幸せである為に彼を求めている」


「それは、恋?」

「知らない。そもそも愛だ恋だとかで分けれるほど人の感情は簡単なの?これは持論だけど、私は当てはめる必要が無いと思うわ」


 ライラは淡々と話した。

 彼女がミアやテイナの価値観に当てはまることはなかった。ただ意味もなく人を好きでいられる環境がいかに平和で素晴らしいかを、彼女は身をもって体験してきた。


「わたし、間違ってた」

「間違ってない。気付かなかっただけ」

「……ありがとうライラ」

「何もしてない」


 ――彼女はあれだけ強くても年相応な部分がある。

 この危うさが今後、ミアにとってどんな影響を齎すのかは未知数だとライラは考える。


 ノアールにとっても真逆のクラスであり、コウキは狙われる身。ミアは王族としても手中におきたい重要な駒。今後似た様な出来事があるのならば、知らずのうちに対立する可能性もある。

 早く大人になって欲しいとライラは嘆息した。


「わたし、じぶんなりに生きる」

「そう。勝手にして」

「ライラまだ寝ない?」


 うさぎのフードを被ったミアが、クッションを持ちながら近付いてきた。何やら資料を見ているライラだが、そこには興味なさそうだった。


「あと1時間くらいは目を通したいわ。トーナメント本番は3日後だから」

「ん。寒いから白湯作る」

「ありがとう」


 ミアがキッチンに行くのを見届けてからライラは再び資料に集中した。


「そういえば」

「なに」

「ぐぇん教頭、最近よく見かける」

「調査でしょう?外の。私の立場を利用してお菓子までお遣い頼んできた。立場がなければ苦言を呈したいわ」

「迷宮?」

「それは無いわ。捜索隊の報告が2回きてて、立入禁止」


 ライラはグェンがよく外に出ている事を知っている。1学年でノアールということで使い走りにされたり無駄だと思う資料をまとめさせられたり散々だ。


「2回だけ?」

「え?」


 ミアが不思議そうに答える。

 ライラも不思議そうに応えた。


「4ヶ月で2回?」

「……ぁ」


 ライラが頭を回す。


 ――たしかに、それはおかしい。何故気付かない。他の生徒が纏めている可能性があったから?だとしたら何故私の元に資料がある。全てでなくても他の資料があっていいはずだ。そもそも4ヶ月もあるのに情報が紙切れ数枚である事自体変。少なすぎる。


「捜索隊は……本当は出ていない可能性があるわ」

「そうかも」

「もう探す必要は無くてそれより迷宮を潰したいのかも知れない」

「ぐぇん教頭は、知ってて迷宮にいってるかも」

「確かにデスフラッグから突然学園を出る様になったわ」

「ぐぇん教頭は国と繋がっている?わたし、こーきの事軽く聞いた」


 少しライラが俯瞰で考えた。本当にそうだろうか。


 であればイプリムに映らない場所にいた自分が真実を知っている可能性が高いと踏むはず。わざわざその相手に見える様な行動をとるだろうか。


「いいや、であればもっと裏で動くわ。振り返ればあからさまに行動が変だった。……もしかすると見える様に何かを伝えてきてるとか」

「ぐぇん教頭の遠征、頻度は?」

「戻りのタイミングは不明。食料から逆算して――、」


 ライラが違和感を感じた。


「…………そもそも何故チョコピエ買ってるの?」

「ちょこぴえ!」

「10箱以上も……コウキじゃあるま……」


 ライラが口に手を当てた。

 会話以外に様々な要因を思い出す。

 そこで気になっていた“改正ルール”を見る。

 学園トーナメントに今年追加された新ルールだ。



『同色階級に限り、決闘での選手変更を許可する』



「……まさか」


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