第7話 「イザナギ」
「コウキの精霊剣……ですか」
「あぁ、そうだね」
水を魔法で精製して水分補給をしながら、3人は会話をし始める。グェンが持ち寄ったチョコピエ10箱を中心に置いて、それに喜ぶコウキを少女は見ている。食べたそうだ。
「本来、精霊剣には3つの変化が存在するが君たちの中でも頭角を現しているのが“具現開放”だね。これは精霊剣と使用者が魂で対話して生まれる。だから精霊剣の側面を知覚することができる」
「はい、分かります。例えば私の毘沙門天は対話後に独自印をすると良い、等と伝えてきました」
「――チョコピエ好きなのか?いいよ食べて」
「えっっっっありがとう別にちょっとしかいらないけど」
言いながら少女はちゃんと5箱とった。
「そう。アオイコウキ君は対話を殆どせずに具現開放に至ってしまったが、四ヶ月ほど前に対話を済ますことができたようだ」
「そうなんですね。それって普通ではないですか」
「いいや、彼の場合違うと思わないかい?」
シュウメイは袋を綺麗に開けながら想像する。
「……そういえば、貴方の精霊剣って名前も能力も不明だった気がするんだけど」
「うん」
「その通りだ。つまりアオイコウキ君自体が忠義の石の文字を読まずとも理解できたと言う事。そこから彼の戦闘スタイルは確立されつつある」
「――名前と能力は何なんですか?」
さらっと聞いたシュウメイに、グェンは複雑な表情を浮かべる。コウキはチョコピエをずっと食べていた。
「言えない」
「へぇ〜……って、え?何故ですか?」
本来、名前や能力なんてさして重要ではない。武器は武器であるから、天剣でもない限り使用者の力量に依存するのが精霊剣だ。
だから言えないなんて事態を聞いた事はないし、言えないと言われても「何でだろう」くらいにしか思わない。
「ただ、それら踏まえて仮名を作りはした」
「また仮名ですかグェン教頭」
「今回はちゃんと意味を成した特例さ。関連もしている。彼の本当の精霊剣については、私と二人だけの秘密という事になるけれど」
「……まぁいいですけど。名前や能力なんて。それで関連させた別名は何にしたんですか?」
グェンは髪をかきあげてシュウメイを見た。コウキの方を見ていないのは、彼がチョコピエに必死だから締まらないと思った為である。
少女が目を合わすと「彼の精霊剣の仮名は」とグェンが切り出した。
「――、断絶の剣イザナギだ」
「へぇそうですか」
「……反応が薄いね」
グェンがちょっと残念そうな顔をした。彼は隠れ精霊剣オタクでもあり、選定の儀では毎回生徒の精霊剣を見るのが楽しみで仕方ないタイプだ。
「能力は断絶を自由に起こせる、とかですよね」
「そっ、そうだね。私より先に言うとは……」
「でも、実際は名前も能力も少し異なるんですよね」
「あぁ……そうだね」
「へぇそうですか。とりあえず次の話いきましょう」
シュウメイはほぼ興味が無かった。と言うより、家系として聞いた事ある単語ではあるものの深くは知らないのでどうでも良い。
残念そうなグェンを見るが、そもそも関連してるとは言え仮名は仮名だ。こんなところで風呂敷を広げても意味がない。
興味関心のない事柄に強くドライな一面がある事で、より一層グェンは温度差を感じてしまう。コウキは変わらずチョコピエを食べていた。
「それで、トーナメントについてはどうでしょうか」
「あ、あぁ。話の内容としては一つしかないが、それが最も大事と言えるよ。簡潔に言えば、出場者について」
「……出場者?」
ふとももに落ちたチョコピエのかけらを拾って答える。少し興味が出てきたのか、シュウメイはグェンと目を合わせた。
「――バキラ=グラスコ君には気をつけなさい」
「バキラ……?って、ノアールの生徒ですか?」
「あぁ、男子生徒だ。順当にいけばシュウメイ君とは準決勝で戦う事になるだろう」
「順当って……彼のブロック、相当強いですけど」
今一度トーナメントを思い出す。ガラムの居る第三ブロックはデスフラッグ参加者が2名いる。プラハ=ヴァリアードとの初戦を戦えば、次はおそらくラン=イーファンと戦う筈だ。
シュウメイが認める程、プラハもランも相当に強い。特にランは能才付与を持ちながらも媒体が自身ではなく宝石だ。インターバルが極端に短い上、宝石の数だけ衰える事なく能力を使用し続けられる。
「プラハも強いですけど……ランが負けるとは思えません」
「どうだろうね。一応報告しておくよ。とにかくもし戦うことがあったなら、感情に任せず即場外へ運びなさい」
「真正面から戦うなと?」
「すまない。君の性格は理解している。これはお願いというよりも命令に近い。今後の組織のためだ。分かるね?」
グェンの目が本気であることを確認した。ランの負ける姿が想像できずに話半分にしておくが、仮に何かがあればまともには戦わず場外としよう。
「……分かりました」
「ありがとう。今回の話はこれで以上だ」
しばらくコウキとチョコピエを貪り、食べ終えたあたりでシュウメイが話を振った。
「貴方は戻れないよね?」
「そうだね、俺は俺で動くよ。仲間のことはグェン教頭から色々聞いてるし、偶に姿も見に行く。会うことは出来ないけど」
「いつ戻るの?」
「トーナメント当日までは戻らない」
「そうなの……。なら、隠れてる期間中また来てもいい?」
「いいんだがあと一ヶ月で会えるよ皆と」
コウキが水を飲みながら不思議な顔をした。シュウメイは少し考えた様子をしてから目を合わせた。
「貴方には仲間や特別な感情を抱く人たちがいる。戻った時、様々な人に囲まれると思うし、その後もずっとそばに居る。しばらく私の入る余地は無い」
「なるほど。一緒の組織仲間なのに互いの事を知らなすぎるという話かな?」
「そうだね、だから信頼関係はある程度今の段階で作るの。皆が喜ぶ中で私なんかが干渉し過ぎるのは違う」
コウキは確かにそうかも知れない、と考えた。テイナなんて泣きすぎてミイラになりそうだし、半年の隙間を埋めるように仲間が話してくれる筈だ。そうじゃなかったらショックだが。
「わかった。グェン教頭、トーナメントはちょうど一ヶ月後の12月ですよね?」
「そうさ。どうしたんだい?改めて聞くなんて」
「いいや、ちょうど誕生日らしいんです。記憶ないからわからないけど、初めてだからちょっと楽しみだなと」
「誕生日に皆と邂逅なんて浪漫があるね」
グェンが笑ってコウキも胸を膨らませた。その姿を見たシュウメイが彼の変わらない側面に少し微笑む。
「あれ、今笑った?」
「笑ってないけど」
「そうか。当日おめでとう言ってくれよ!」
「誕生日の人はそういう事言わないけど」
「あ、そうなんだ」
他愛もない会話を経て、シュウメイはグェンと迷宮を後にした。来る学園トーナメント、そして黄昏と夜明の衆。2人は着実に準備を進めていった。
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翌日。
白い空間に風が靡いて、彼女は目を開けた。
「あ」
手術は成功したようだ。
体に強烈な痛みを伴うものの、心は穏やかだ。
これが麻酔の効果か術前に見た奇跡かは定かではないが、繋がった命を抱きしめて思うのは「よかった」という安堵だ。
そして少女はもう一度で窓を見る。
置いてあった二枚目のコースターも刺してあった花もそこにはなかった。あれが幻かどうかなんて、エリエリにはどうだって良かったのだ。
「幻想でも真実だってことにしたいな」
そうして俯く少女はある異変に気付く。
「……これ」
手のひらの中に赤い花弁が1枚入っていた。
「――そうだ、ガーベラだ。何で思い出せたんだろう」
エリエリは笑いながら赤い花弁を翳す。
「ありがとう。……おかえりコウキ」
笑顔で笑う少女の元気な姿は外からでもよく見えた。
『ただいま』
誰にも聞こえない声で1人の少年はその場を去った。
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