第6話  「黄昏と夜明の衆」



 ――デスフラッグから5ヶ月。


「……………………コウキ?」


 シュウメイから見たコウキは見た目がやや異なっていた。

 黒髪は長く伸びて後ろで結んでいる。左手にはブレスレットと刺青、左目は眼帯と傷、首元にも小ぶりのアクセサリーをつけている。


 制服はボタンをいくつも開けた白シャツにスラックスだけでタイを閉めず、ピアスまで空いていて総合的に見ると不良少年さながらの容姿だった。


「あ、不良になったわけじゃないよシュウメイ」

「あ、うん」


 必要な物なんだ、とコウキが残すと近くの岩に腰掛けた。水分補給を始めたようだ。


「って、そうじゃなくて!!」


 ポカンとしていたシュウメイがやっと状況を理解した。

 コウキが生きている。

 今目の前に全員が心配していたあの男が普通に過ごしている。


「あぁ、皆の事?」

「そう!!貴方、どれだけ心配してるか分かってる!?元気なら顔出さ」

「グェン教頭、流石に話通しといてくれないすか……」


  シュウメイを遮ってコウキが不満をこぼした。

 少女は教師の方を見るとグェンは苦笑いで答える。


「とまぁ、そんな感じだ……驚かせたくて。サプライズさ、サプライズ」

「はぁ!?何がサプライズですか!!ノアールの子たちがどんな思いで生きてると思ってるんですか!?」

「――それについては、冷静になれば君も分かるだろう?」

「…………追われてるからですか」


 少女はしっかりと理解があった。理屈と感情論は違うので怒りを示したが、それでも言いたい事は分かるつもりだ。


「――ならコウキは、もう戻れないんですか」


 シュウメイがこの五ヶ月で仲良くなった仲間の顔を思い出して苦しい顔をする。ノアールクラスの曇った表情が頭に浮かぶ。そう俯いてるところでコウキがシュウメイを呼んだ。


「シュウメイ」

「……なに」

「俺はちゃんと学園に戻るよ」


 少女は満遍の笑顔で返すコウキに驚く。

 同時にたった五ヶ月で容姿が大人びたコウキを見て人しての奥行きを感じていた。純粋で真っ直ぐな彼に何があったのか。どこか掴めなくて不思議な空気を纏っている。


「髪型似合うかな?グェン教頭にやってもらった!」

「色気付いてて年相応って感じだけど」

「そっかそっか」


 コウキは「あとさ」と会話を繋げる。


「あの日ごめんね。俺何にも分かって無かった。叱ってくれてありがとう」

「――、あれは、私も言い過ぎたと思った。ごめん」

「いや、俺が悪いんだ。あの時死んだら皆に蟠りを残しちゃうのに、自分だけ楽になろうとした」

「コウキの気も知らないで責めたけど、生きててよかった」


 デスフラッグでのシュウメイとのやりとりについてコウキが謝罪する。少し俯いていた少女が安心を言葉にした。見るとコウキはとても爽やかな表情。笑顔は変わらないあの時のままで、そのコントラストが妙にシュウメイの情緒をくすぐってきた。


「うん。言われた通り、死ぬとしても全部無くして死ぬ」

「……え?」


 会話の方向性が合っているのか疑問に感じてしまったところでグェンが今後の説明に入った。


「とまぁ。今はここに居るアオイコウキ君だけど、今後は学園に戻る事ができるよ」

「……どうやるんですか?」

「守るのさ、学園で」


 グェンは言いながらシュウメイを誘導し、コウキの近くにあった岩へ座る。3人で向かい合う形になった。


「守ると言うのは簡単な話。アオイコウキ君を王族が干渉し辛くなる様に仕向ければいい。例えば、学園だけでなく民衆からも認められるだとか」

「学園と民衆?」

「そう。例えばうちの学園のカーディナルは共同施設にも自室やオリジナルのトレーニングルームが用意されたり、毎回大行事の度に何かと注目されたりするだろう?」

「――、理解しました。つまり結果を残しておけば無茶な事はできないと言う話ですね」


 そう。とグェンが頷く。


「今回、アオイコウキ君には学園トーナメントに出てもらう」


 その言葉はシュウメイの思考を中断させた。


「……えっと、え?もうメンバーは決まってますよ」

「そうだね。でもトーナメントの上位3名に入ればこの5年間、名誉生としての特典が与えられる。これは少なからず出た方がいい」

「いや、あの……損得の話ではなく。メンバーが決まっててどう参加するんですか?」


 少女は今試験の出場者を思い出してコウキの参加する枠がない事を再確認した。確認するまでもないが念のためだ。


「参加する手段がある。それは後で話そう」

「はあ……わ、わかりました」

「それでシュウメイ君。組織についての答えを聞いてもいいかな?」


 グェンは唐突に本題へ切り込んだ。

 隣のコウキは精霊剣とは異なる剣を研磨している。その姿を見て自由人だと評価しながら彼女は一つの予測を立てる。


「この場にグェン教頭がいるのは、そういう事ですか?」

「あぁ、そうさ。……それと五ヶ月近く私が彼に“稽古”もつけている。剣気と実技のね」

「なるほど。コウキはどう思うの?知りたいんだけど」

「何が?グェン教頭の組織で動く事がか?」

「そうだよ」

「んー、教頭を今は信頼してる。仮にしてなくても参加するしかないと思う。学園に戻る道をくれた事や、王族の情勢を知る上で利害も一致する」


 淡々と話をする少年の言い分。

 シュウメイは理解ができても一歩踏み出せない。彼女にとって大きな事は一度持ち帰って考えたいのだ。順序立てる傾向にある少女は勢いに任せる判断を苦手とした。戦闘中でもあるまいし、猶予はあるはずだった。


 剣の手入れを止めたコウキは「ただ」と話を繋げる。シュウメイと目を合わせ、黒い眼がツインテールの少女を優しく捉える。


「メンバーは俺1人なんだ。今は自分が危うい人間だって理解もしてる。だからシュウメイがいると心強いよ」

「――、」


 試験の最終決戦が強く過ぎる。

 一度は止まった呼吸、無理に立ち向かった姿、考え無しに突っ込む一面や、窮地で見せた笑顔、最後に落ちていく体。自分には何ができただろうか。


 ――皆の為に、私が確りしなきゃ駄目だ。


「グェン教頭」

「何かな」

「私、やります」


 グェンが沈黙の後に笑う。

 右手の握手を求められてシュウメイは強く握り返した。


「ありがとう。アオイコウキ君も隅に置けないな」

「彼は天性の人たらしです。私を動かすくらいには」

「……シュウメイ、褒めてないよね?」

「みじんこの頭でもこれくらいは分かるようになったんだ」


 軽口を交わしてグェンが組織名を言う。


「裏と表で分かれる事から組織名は“”由来は私の好きな組織からとっている。君たち2人には“黄昏”として動いてもらおう」

「…………貴方、この名前に惹かれたの?」

「ちっ、ちげぇよ!?」

「どう見ても図星の態度だけど」


 コウキはちょっと確信を突かれたようだ。

 赤くなる姿を真顔で見たシュウメイが嘆息して「まぁよろしく」と伝えるのだった。


「ところでアオイコウキ君、目の調子は」

「ん〜もうちょっとかも知れませんね」

「……目、見えないの?」

「うん。ちょっと失敗して。でもグェン教頭のおかげで何とかなりそうだ」


 そうなの。とシュウメイが返事する。

 コウキの容姿の変化を見て、ついでに気になっていた事をいくつか聞くことにした。


「その左手の紋章は?」

「これか。これは召喚使役と転移魔術を整合した構築式だね。俺は遺伝とかないから身体に刻むしかなかった」


 コウキは左手に刻まれた模様を見せながら言う。シュウメイは一学年の中でもトップクラスの実力がある為、説明の理解は可能だ。


 転移魔術は武具やアイテムの貯蔵引出に優れ、召喚使役は鳥や猛獣を使役する妖術の一つだ。

 しかし問題があった。


「この使役の構築式……陰陽の式神とは異なるけど」

「そうだな……ヤシマグニの術では戦闘には特化しない。そもそも陰陽や呪いの類は守る事が主軸だし」

「ん?守る為に使役召喚を入れてるんじゃないの?」


 情報はほとんどないが忍術や妖術はヤシマグニと言う土地が昔存在し、そこから派生され現在に至る。


 妖術の括り陰陽道は人の呪いから身を守る術だ。魔術や魔法ひいては精霊剣等の攻撃を守る式神、使役召喚が代表的である。


 だが、コウキの手の紋様は明らかに式神の祖が作ったものとは異なる式だとシュウメイは理解している。一体何を、と考えたあたりで少女は顔が硬直した。


「……コウキ。もしかしてなんだけど」

「あぁうん。俺が使役するのは“魔獣”だよ」

「――、」


 シュウメイが言葉を失っていると、コウキの背後から二つの影が現れた。

 1人は銀髪、1人は幼い子供だ。


「クソ悪魔てめェよ!洗い物くらいちャんとしやがれってんだ無能がァ。オイ、聞いてんのか?」


 銀髪はポケットに手を突っ込み、三白眼で真横からコウキを睨む。コウキは目も合わせないまま話す。


「お前こそまず挨拶してみろよ」

「あァん?グェンにかよ?それともこの小せェメスにか?」


 三白眼がウザそうに少女をみて舌打ちする。何が雌だと思いながら不愉快な表情を浮かべ、見た目も態度も好戦的な男を睨んだ。


「シュウメイだけど。誰?なんかどっかで見た事あるけど」

「んァ?コイツがクソ悪魔とよろしくやるってェ奴かよ。女じャねェか」

「今時男尊女卑は流行らないけど」

「ま〜いい、オレはクリーク=バラモ――グボゲェッ!?」


 ドン、と勢い良く強烈な足蹴が直撃。

 腹をやられたクリークが突然の事態に体を丸めると、攻撃を仕掛けたシュウメイが後頭部に向けて肘打ちの追撃をする。


 ぱし、と軽い音がしてその肘が止められた。


「ごめんシュウメイ、それは命に関わる」

「――ッ!」


 シュウメイが驚いたのはコウキの発言ではない。

 片手で止めたコウキ自身の速度と力だ。止める手の握力は強くないのに、少女の肘がぴくりとも動かない。


「気持ちは分かる、俺も同じ事をした。でも殺すのは違うはずだ。後頭部は後遺症が残りやすい」

「……随分擁護してるみたいだけど。クリークって魔獣遣いの認識で合ってる」

「合ってる。でもクリークが居ないとできない事はある。それに今回の一件、クリーク自身も詳しく聞かされてなはい。本当だ。俺たちが憎むべきはコイツだけじゃない」


 コウキはあえて憎しみの対象からクリークを外さなかった。そうする事で落とし所を見つけたシュウメイが力を抜く。


「……クソが。学園の奴ァどんな教育うけ――ガァッ!?」


 舌打ちして起きあがろうとしたクリークの顎をシュウメイが蹴り上げた。衝撃で一気に立ち上がった三白眼は一瞬失神をして元に戻る。


 彼は食い気味にコウキを見やり感情を露わにした。


「オイクソ悪魔さっき止めたろォが!今の蹴りも止めやがれ!」

「今のは死なないから大丈夫だ」

「大丈夫ってなんだァ!?恐ろしい事言ってんじャね〜よ!」

「殺すのは違うと言っただけだ。シュウメイが正しい」

「……クソ悪魔だァコイツ」

「はっはっ。楽しそうだね」

「ど〜こがだグェン!?オマエも教師なら素行止めろッ!」


 悪者には加担できないな、等とグェンが爽やかな笑顔で返してその場は収まった。

 シュウメイはそういえば、と思い出す。


「さっき小さな子いたけど」

「あぁ、多分もう居ないよ。あれは俺が使役してる魔獣」

「……は?意味わからないけど。厨二病で更にロリコン?」

「ちげーよ!?思念体なんだ!」

「思念体……?」

「ああ見えてケルニアスって針竜のガノ種だよ」

「――、」


 ガノ種とは、社会的魔獣に見られる変化種の一つだ。ガノ=デリオロスの様に縄張り主がガノ種。ニナ=デリオロスの様に狩り担当がニナ種とされている。ガノ種は圧倒的な力を持つが怠惰な側面もある。


 シュウメイ含む一行はあれ以来魔獣について深く学んでいる為、意味が分かり想像する。ケルニアスはデリオロスよりも危険なのでガノ種となると相当恐ろしいはずだ。


「使役は思念体召喚と万象体召喚に分けられる。供物の量が全く違うから基本は思念体。万象体は実物が出るよ」

「でも思念体って事はコウキの思う使役魔獣ごとの形でしょ?白い髪に毛先が黒い幼女に見えたけど?」


 コウキが苦笑いで黙ると「やっぱロリコンでは」と少女が引いた。

 それを見てクリークが加える。


「別にフォローするつもりはねェが。思念体は使役者側でデザインを選べねェ。ケルニアスに対して白や黒のイメージ、小柄な女ってェ関連がどっかにあんだろ」

「そう言えば……骨のケルニアスにミア=ツヴァインが追われていた気がするけど」

「そういうことかも知れない。まぁあまり考えても仕方ないよ。とりあえず、トーナメントについて話さないか?」


 コウキが一度グェンを見てからシュウメイに問う。

 クリークはもう興味がないのかどこかへ行ってしまった。


「よし。では私から話そう――、まずは彼の精霊剣についてだ」


 思いもよらぬ角度から今後の方針が始まった。

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