第5話  「悪魔の弟子入り」



 ――デスフラッグから2日後。


 ずるずるずる、と。

 何かをゆっくり引きずる音がした。


 デリオロスゲートの深層階は岩と土で構成され、植物や水源に恵まれた空間はごく一部しか存在しない。通路や各部屋の光源も少なく、比較的明るくて過ごしやすい場所は此処くらいのものだった。


「――誰だ」


 1人の男が陰に隠れて音の元へ声をかける。

 暗がりの出入り口からは巨大な影が見えた。人のサイズとは言えないため魔獣かと考えるも「そんな筈はない」とそう男は葛藤していた。


「――おい、そこで止まれ」


 声をかけるも引きずる音は男へ向かってくる。

 仮に此処で交戦するとしたら過ごしやすい環境は無くなってしまう。だが戦わなければ命が危うい。


 チッ、と。

 男は強く舌打ちをして物陰から飛び出した。


「――クソが!!…………あァ?」


 男は気付くと目を見開いた。


「…………オマエは」


 そこに居たのはガノ=デリオロスを引きずる少年。

 黒目黒髪、泥だらけのアオイコウキだった。


「クリーク。選別だ、俺を弟子にしろ」


 クリーク=バラモアは息を呑んだ。



××××××××××××××××××××



 クリークが最も驚いていたのはガノ=デリオロスを討伐したことではなかった。物理的におかしな点がある。


「オマエ……何で無傷なんだ」

「イエスかノーで答えろ。するのか、しないのか」

「しね〜つったらどうなんだァ?」

「殺す」


 コウキが真顔で答える。

 クリークからすると理不尽な選択だったが、そもそも少年の殺意は彼が蒔いた種でもある。


「オマエを苦しめた奴に弟子入りたァ随分と頭お花畑だなクソガキが」

「それとこれとは関係がない。仲間を殺したのは竜で、死なせたのは俺の落ち度だ。俺は今すぐに強くなる必要がある。さっさと答えろ」

「死んだ……?オマエの仲間が身代わりにでもな――」

「答えろ」


 瞬間。

 音も無く幾万もの小石がクリークを囲んだ。

 その全てが床に落ちている石だ。物理法則を超えた怪奇現象は、通常魔法のそれとも異なった。だがクリークはコレを知っている。寧ろ、可能に出来るのはただ一つの方法だけだ。


「おま……オイ、こいつァ分かってんのか?」

「あぁ“虚構魔術”だ。少しでも動けば殺す。今のお前には口しか必要ない」

「……間違えたら、死ぬぞ」


 クリークは考えた。

 脳内で構築式をイメージする事により無詠唱且つ無動作で魔術レベルの行使が可能となる“虚構魔術”は、一度でも失敗した際に脳が使い物にならなくなる。


 今コウキが行なっている術は無詠唱の中でも比較的容易。それでもリスクは高いが、逆に言えばその程度の虚構魔術でしかない。


 問題は命のあり方だ。

 コウキは今、一度でも計算を間違えれば死ぬという事に全く恐れを感じていない。目が本気だ。


「今の虚構魔術が比較的簡単だから、お前は勝てる可能性を見出してるのか?俺の脳の構築イメージなら石の操作が限界点だろうって話だな。大規模魔術でもやって間違えたら死ぬもんな」

「――、」


 まずは波風を立てねェ様に、と間を置いた時。


「悪いが、この身体は全て“俺が”直した」

「――ッ!」

「意味は分かるな?早く回答を寄越せ」


 それは復元魔法の複雑極まる大禁忌だ。

 あり得ない。否、人ならあろうとしない。


 傷ついた身体の自己補完は、人体の構造を知り得ていたとしてもリスクだった。そもそも壊れた身体を想像の自分が復元するという事は、直した箇所はもう“自分のものではない”という感覚が生まれる。


 そして洞察していたクリークは異変に気づいた。


「オマエ。片目は完成しなかったな?」

「あぁ、見えない。腕も足も内臓も、全部俺のものじゃないって拒絶反応に精神が狂いそうだ」

「で。まだ使ってんのか、禁忌を」


 クリークが怪訝な顔でコウキを睨んだ。

 少年は眉ひとつ動かさずに真顔で返事する。


「それがどうした?」

「――、」

「ロイは死んだ。なのに俺は生きたいと願った。俺が生きる限り仲間が傷付くかも知れないのに。その代償がこんなものなら何も怖くない」


 コウキは淡々と話し始める。


「仲間をゆする王族を滅ぼすまで、身体なら何度でもくれてやる。アオイコウキの体が死んでも魂が邪魔者を殺す。その後に俺は本当の意味で死のう。これが俺の“天上”だ」


 お前の回答を貰おう。と、コウキはそう言った。


「なぜオレなのかは知らねェが」

「俺に必要だ。“仕組み”に気付いたからな」

「――、」

「お前の魔獣の使い方についてだ」

「…………ふ、あは、ははははははッッッ!?マジかオマエ、正気か!?もう身体も誰のもんか知らねェ上に“召喚使役”まで手ェ出すのか!!いよいよ人の皮ァ被った悪魔だぜそりャあよ!!!」


 クリークはもうその場で笑うしかなかった。


「――ハッ、ま〜いい。そこまでしりャ認めてやる。オレも王族が大嫌いでなァ。これで“共犯者”と行こォじャねえか」


 クリークが反逆の意味を示す左手の握手を求めると、虚構魔術を解除したコウキが近づいた。


 2人は左手同士で固い握手を交わす。


「クソ悪魔。よろし――グゴォッ!?」


 コウキは余った右手でクリークの顔面を殴った。


「お前の罪を許す気はないが、これで今日は見逃す」

「――クソが。そ〜かよ。勝手にしろ」


 顎の骨が砕けた男が血まみれで喋る。

 こうしてコウキはクリークの弟子となった。


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