第3話 「二枚目のコースター」
「例の錬金術師が捕まったわね」
昼間、薄暗い事務所の中。あえて明かりを付けずに話をする女性と中年男性がいた。資料を片手に男は煙草を咥えながらライターを探す。魔法を使えば探知されるため、この場でそれは御法度だ。
「やったのはま〜た“ウグイス”か。よく聞くな最近」
「えぇ、メリダ家の抱える学生組織よ。何でもデスフラッグ参加者が新人でいるらしくて」
「とはいえまたウチの組織とシマが被んぞ、どうすんだ」
「正直、こう三つ巴になると学園内の抗争も考慮すべきよね……ちょっと避けたいけど」
「学生の隠密部隊って、王族と貴族も何考えてんだ」
「表向きは犯罪防止活動、実情は反乱軍と移民処理。それらが関節的に繋がり末端の学生が動くと」
「学園抗争もくだらねぇが、ガキに大人が殺せんのかよ」
「あなた、それフラグよ」
そして男がライターで火をつけた途端に部屋は大爆発した。轟音と共に事務所の書類は全てが燃え尽きる。翌日の朝刊では、燃料に伴う事故について記されるのみだった。
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――デスフラッグから5ヶ月。
学期末試験初人真剣勝抜戦。
通称学園トーナメントまであと一ヵ月に差し掛かったていた。
アオイコウキ及びクリーク=バラモアの捜索は一ヵ月前に終了し、彼を知る面々が不安と絶望に駆られるも30日という期間を経て空気は落ち着いていった。
テイナは考え過ぎないように学業に集中しており、ランクアップに努めている。現在はBランクだった。
ネイは自身の力不足を補う為、狂ったように実践スキルを磨いて過酷極まるトレーニングを続けていた。
マリードは隠密組織で情報収集しながら学業との両立を果たす。Bランクも後半に迫る勢いだった。
ライラは通常通りこなすもデスフラッグでその魔剣が高く評価され“特待候補生”のメンバーに選ばれた。
こうして其々の道を行く
友人たちが集まるキッカケを作る。
これはエリエリの仕事だ。
「ふぅ」
パタン、と乾いた本の音が響く。真っ白な部屋にベッドが一つ置かれ壁の出窓は大きく風通しが良かった。昼間の日差しが強く入り込み、寒い季節とは思えない暖かさを彼女に与える。
エリエリは友達についてをノートに記すのが趣味だ。毎日どんなことをしたのか聞いたり、趣味嗜好を理解する事で相手を楽しませたいと考えている。先週書いた友達の嗜好が変わっていたりしてとても面白い。
エリエリが多趣味なのはこのノートによるものだろう。
「相変わらずコウキの事は何も書けないな」
そんなエリエリノートは、1人だけ名前しか書かれてない人物がいる。これが何を意味するのか少女は分かるようで分からない。
きっと好きだから書きづらいだとか、居なくなったから書けていないだとか、そんな風に思っている。
だが実際はノートに記せないほどの壮大な希望を抱いていると表現する方が正しい。心の奥底で紙切れでは形にできない位のストーリーを求めている。
自覚は、まだない。
「明日が手術だって言うのに、昼まで寝ちゃうって。図太い身体だなぁ」
彼女は自分の身体や顔が好きではなかった。テイナと異なり心の機微には疎いが、人の視線には人一倍敏感だった。だから隠すようにコンタクトをしているし装飾品だって沢山纏う。付ければつけるほど守られているような気がする。
心のあり方と身体の発達が乖離していて、男でも女でも在りたくないと考えていた時期が殆どだった。
「痛いのかな。……怖いな。やっぱり」
ぐっとシーツを握る。真白の衣類に包まれる感覚は苦手だった。昔から身体が弱くて家にばかりいた。物心ついても家にいた事が、人の視線を気にする性格を作り出した要因の一つでもある。だが人に興味を持つ性格の要素でもある為、一長一短だ。
「コーヒーのみたいな」
手術前ということもありここ数週間は飲めていない。不安になるたびにコーヒーの香りで落ち着きたくなる。楽しい事とコーヒーの記憶から、1人の少年が浮かび上がる。
『――手術、あるんだろ。その願掛けだ』
「会いたいな」
エリエリはコースターを使う事ができなかった。
いいや正確には御守りとして肌身離さず持っていたから、用途が全く違っただけだ。
『だって入院とかもするんだろ?多分しばらく外に出れなかったりする』
「身体が治ったら、ちゃんとコースターは使うよ。それまでは私の世界一大切な御守り」
誰もいない所で語りかける。
むしろ誰もいないからこそ言葉にする事ができる。エリエリにとってこの瞬間は無くてはならない大切な時間だった。
『部屋に楽しみが少しでもあるといい』
だから出窓に飾った大切なコースターを見る。
そこには花瓶と美しいエリエリのコースターが飾られている。
「――ぇ?」
気付くと花瓶には一本の赤い花が挿してあった。
開いた窓から風が吹いて美しい花弁を揺らしている。
「…………」
エリエリの頬に一筋の何かが伝う。
「こんなに綺麗なんだ」
飾った御守りの上には二枚目のコースターが少し重ねるようにして置いてあった。見守る一輪の生花と同じ柄だ。
1人じゃないと。
きっとそう言っているに違いない。
××××××××××××××××××××
「誰に呼ばれたのか分からないんだけど」
とある部屋の待合室ではシュウメイが椅子に座り、生徒手帳から学期末試験の動画を見ていた。画面上では相変わらず口の達者なグェンが話している。
『学園トーナメントのメンバーを発表します』
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【本戦トーナメント出場者】
第一ブロック
赤・ガミア=イシュタル B/男
黒・アノマール=リアゲッティ B/男
青・ナナミ=カトラッゼ B/男
黒・リリィ=ベルン B/女
第二ブロック
白・ミア=ツヴァイン S/女
赤・ゼクトロドリゲス A/男
青・レイヴィニア=コトル B/女
赤・アイザック=テスメル B/男
第三ブロック
青・ガラム=ルーカス B/男
白・ラン=イーファン A/女
黒・バキラ=グラスコ B/男
赤・プラハ=ヴァリアード B/女
第四ブロック
青・シュウメイ A/女
白・ピナ=ランティス B/女
白・ハオ=ロイドゲート D/男
黒・エルミーナ=ヴァリアード A/女
【ルール】
・決闘ルールに準ずる。
・基本試合の制限時間は5分。
・準決勝及び決勝の制限時間は10分。
・試合最中に場外へ出ると即敗退となる。
・道具の持ち込みには事前登録と審査が必要。
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「……グェン教頭って本当よく喋る。ナナミみたい」
シュウメイは参加者の特徴を生徒手帳で調べながらトーナメントの対策をしている。基本的に人に待たされるのが嫌なタイプなので、別の事をしていても集中しきれない。
「遅い。と言うか私を呼び出すって……一体誰なの」
交友関係は広い方では無い上に、学園の待合室に呼び出すのはかなり謎だ。外部の人間と交流する時くらいしかこんな場所は使わない。
「主任に誰も来ませんでしたって連絡しよう」
今回のルールを解説しているグェンの画面をスライドし、メッセージ画面で文を入力している。その時、背後の扉が開いた。
「お待たせしたね。すまない」
「――ぇ」
聞き馴染みのある声。むしろさっきまで聞いていた声だった。肩を跳ねたシュウメイが咄嗟に振り返る。
「やぁ、よく喋るグェン教頭だよ。ナナミ君ほど男前かは知らないけどね」
目線の先にはセンターパートの美丈夫グェン=レミコンサスが笑っていた。椅子から慌てて立ち上がると「冗談だよ。気にしないでくれるかな」なんて事を言った。
「教頭が……私を呼んだのですか?」
グェンは小さく頷いて「場所を変えよう」と言いながら待合室を出る。状況が読めないシュウメイはただ後ろをついて行く。
「単刀直入だが、一度学園を出るよ。もう外出届は出してある。着いてきてくれたまえ」
「え、ちょ、待って下さい、状況が読めません……」
「だろうね。それも踏まえて巨竜車の中で話そう」
「なぜ……」
「拒否権は勿論あるから、話した後で判断は委ねたい」
そう言うとシュウメイたちは校舎を抜け、学園の門に止まる一台のグレバルム巨竜車へ向かった。グェンはその間一言も話をしない。何が起きているか、シュウメイ自身にも分からなかった。
乗車口から乗り込むとグレバルムの車内が4人掛けになっていることがわかった。デスフラッグの時よりも小さな巨竜車だ。
乗り込むと直ぐに巨竜車が動き出した。
「…………」
揺れながら、長い沈黙を切り出したのはグェンだ。
「人にとって有益な魔獣は“ム”で終わる事が多い。グレバルムやイプリムのようにね。対して有害な魔獣は“ス”で終わる事が多い」
「そんな事が聞きたいんじゃありません」
何が何だか分からないシュウメイが俯いた。
「――そうだね。人除けも終わったから、そろそろ本題に入ろう」
グェンが髪をかきあげて少女を見る。
彼女はいつもと異なる真剣な表情に少し緊張の色が出たようだ。ほぐす様にグェンは笑った。
「まず、Aランクおめでとう。コツコツと正攻法で最初に上り詰めたのはシュウメイ君が最速だ」
「……ありがとうございます。精進します」
「真面目な所も高く評価しているよ。堅実なのに柔軟。正に柔能剛制のブルクラスに相応しい代表格と言える」
「そこまで至ってませんけど、頑張ります」
シュウメイが真顔になった。
つまり緊張がほぐれたと判断したグェンは話を進める事にした。
「君は学園隠密組織というものを知っているかい?」
「何となくですが。生徒手帳の依頼という名目でパスワード付きの指定任務を受けている人たちの総称ですよね」
「君らしい生徒目線の回答だ。だが気を遣わなくていいよ」
「気、ですか」
「そう。大人の組織や王族貴族が、実力のある若者を囲って派閥争いに加担させているのは明白。要するに手軽で安い駒だ」
「……そうですね。でも認めているのは教頭の学園です」
胸に刺さるね、とグェンが笑う。
「今や生徒の関わる組織の数は30以上存在する。でも学園が認めているのは、これが王の命でもあるからだ。リスクを与えて実戦慣れさせる事で卒業後の即戦力にすると」
「でも、場合によっては犯罪組織や殺人事件にも加担しますよね。その辺りも王の命ですか?」
シュウメイはこれを気にある少年の事を知ろうとした。
「王が生徒を危険に晒す人格だと揶揄しているのかな?アオイコウキ君の時の様に」
「――ッ!?」
シュウメイが驚いた。
この教頭がどこまで知っているのかが分からない。その上彼女が真実を認知している事を指摘している。
「大丈夫。誰にも言わないし、言えないさ。私は王族側ではない。あくまで大切な生徒を守る立場にある」
「……グェン先生は、どこまでご存知なのですか」
「君たちと変わらない。それも“今は”の話だ」
グェンは巨竜車の座席で足を組み直して「あと」と言葉を繋げた。
「デスフラッグの件、現場の王族首謀者は捕まえた。既に“適切な場所”に移動してもらっている」
「そうですか……。ところで“今は”とは何の事ですか?」
「話が早くて助かるよ。この話を要約すると、今は組織作りや生徒除名など王族の生徒干渉が多い事がわかるね?」
「はい。本来は貴族の管轄だと思っていたので」
シュウメイが思うに、レイス学園を纏めるのは伯爵であるはずだ。
だから組織作りの認定は学園側の施策だと思っていたし、今回の一件も事実を知らなければまず疑うのは伯爵や貴族等の学園側だった。
それが違うとグェンが最初に言っていて、仮に彼の言葉が真実なら国はレイス学園に干渉しすぎている。何をしようとしているのかは全く読めないが。
「そう、だから“今は”知らないが“これから”は知る必要があると思ってる。それも私が動かずに、情報が飛び交う現場で活動できる人を使ってだ」
「……まさか」
「そうだ。私が隠密組織に対抗する精鋭部隊を作る」
シュウメイは呼ばれた理由を完全に理解した。
「……私が誘われる理由は、最初の通りですね」
「適任だと思っている。それにアオイコウキ君の一件もあり、互いが国にバレてはまずい秘密を共有している」
「脅しですか?」
「いいや、強制はしないと言ったはずだよ」
「……正直、信用出来ません。正しい事を言っていたとしても、それでも他人にこういった話をするのはリスクの方が大きいはずです」
「いい価値観だね」
「私も知りたい事や見極めたい事は沢山あります。そこにタイミングも都合も良い話。リスク分の裏があると考えるのは当然の事です」
シュウメイはキッパリと意見を言った。
客観的な視点で自分を見る事ができる性格が、今回の話を疑わしいと判断したのだ。
だがグェンもまた、彼女のこの視点を評価した。
誘いを持ちかけたのは、信頼を置くには最も大切な部分を持っているため。
「君ならそう言うと思ったさ。だからあの錯綜迷宮の裏の顔を見てもらいたくて巨竜車に乗った。私もついて行くから、最後の判断はそこで行ってくれないか」
「……何が起きてもあまり変わらないと思います」
「そうかもね」
この話で会話は止まり、長い沈黙の末に目的地へと辿り着いた。シュウメイとグェンは巨竜車を降りて、デリオロスゲートへの入り口へと歩いた。
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