第2話  「弔いの儀、戻らない少年」



 ヴァーリアでは月に一度、弔いの儀が行われる。ヴァーリアは帝国ではなく王国だが、その文化的価値は移民をまとめ上げた魔術文化の素である大魔導師アール皇帝の下にあった。全ての実権を握る国王と、民の文明を引き継ぐ皇帝でヴァーリアは構成されている。


 皇帝曰く戦死者含む死者の魂は月毎の周期で黄泉に行くとされており、火葬した死体の骨を其々の拠点に集め、決められた日の決められた時間に弔う事で彼岸の彼方に送るそうだ。


 おそらく若い生徒は意味がよく分からないが、死者の弔いが形式化する事で生死に折り合いがつくと実感する者は少なくない。


 彼らもまた、それを実感するのだった。


「…………」


 空間は真っ赤な体育館。それに想像以上に巨大な直径15メートルの金の杯が置いてあるような構図だ。杯は幅に対して高さが1メートルほどしか無く、その上に乗った真っ白の骨の粉は凄まじい量だった。


「この中にたくさんの命と、ロイがまだ居るんだな」


 ネイは小さく呟いた。


 多くの人々が参列する中彼らの出番が来ることになる。ノアールパーティに加えてシュウメイとガミア、キオラとミアがまとまって杯の前に出る。


 この場でやる事はない。

 ただ骨を見て、言いたいことだけを言う。そして最後に名前を呼んで死者の集まる場所へ返してあげるだけ。


 ただそれだけなのに言葉に詰まった。

 この瞬間、初めてネイは小さく涙を流した。


「ロイが居なくなってから、私は泣く事が出来なかった。君を弔う術を持っていなかったのだと思う」


「自分や他人をバカだと笑いながら、一度もバカにしない君が今でも不思議だ」


「思えば色々あった。稽古をつけた日から、私は君と過ごす日がとても多かったから」


「先に待っていてくれ。僕がそちらに行ったら、日が暮れても思い出話を続けよう」


 語りかけると、最後に名前を呼んで全員が祈る。


「……ロイ、彼岸の彼方へ。安らかに」


 どうか彼の魂を平和な世界に送ってください。

 一行は深々と祈った。



××××××××××××××××××××



「ロイ君が居ないと静かだね」

「そうだな、騒がしくなくて逆に思い出してしまう」

「相当にうるさかったからな」


 テイナとネイそしてマリードが少し笑いながら呟いた。弔いの後だからか、それとも友達が居るからか。今までよりも思い出を振り返る事が出来ている。


 現在はエリエリの部屋に戻り、ノアールパーティとシュウメイ、ミア、キオラが居る状態だ。ガミアは弔いの儀だけを終えると舌打ちして帰っている。


 少し狭いものの4人部屋想定のエリエリたちの寮ならある程度全員が寛げた。用意されたコーヒーと共に、ソファ席と座椅子を繋げてそれぞれが会話をしていた。


「てかてかぁ、マリード氏お久だねぇおぉん?元気してたのかい!?」

「あぁ、この通りだ、腕も動く。眼帯の方は調整中で瞳のみ色が黒になる予定である」

「魔導具と言うものだな?白目の部分は残るのだろうか」

「そうだ。今は眼帯をしていて目立つが、あまり変にもなるまい」

「ほーん」

「とにかく健康である」


 マリードは自分の話が続いたのがむず痒いのか、早々に結論付けてコーヒーを飲んだ。あまりに美味しくて驚きながらエリエリを見ている。


「……だれ?」

「シュウメイだけど!突き飛ばしたの覚えてないの」

「ん。知らない」

「あと昼からずっと居たんだけど……」

「ん。よろしくしゅーめい」


 首を傾げるミアにシュウメイが話をし、噛み合っていないなと諦めた少女は隣にいるキオラへ目をやる。彼もまたコーヒーの美味しさに「これは」と絶句している様子だ。


「久しぶり」

「……確かにな。迷宮では挨拶も出来なかった」

「顔似てないね」

「僕と妹か?双子だからちゃんと血縁だ」

「そっか。ランは元気?」

「壮健だ。気になるのも分かるが自分で聞いたらどうだ」

「元気なら別にいいけど」


 シュウメイとキオラの接点が気になったのか、向かいにいたテイナが2人に目をやった。


「お兄ぃそこ繋がりあるの?意外〜」

「昔の稽古で何度かある。と言っても今はある生徒との仲介役程度にしかなっていない」

「へぇ〜、そうなんだ。……あっシュウメイさんチョコピエ好きなの?」

「うん」


 よく見るとシュウメイはこの集まり開始からずっとチョコに包まれたケーキ菓子、通称チョコピエを食べている。それも、8個入りの箱を3個も開けていた。


「この苦い飲み物も美味しい」

「えっ、コーヒー知らなかったの?」

「飲んだことはなかった。これがコーヒーなんだ」

「うまかろううまかろう!?コレ、実はわたーしがこの前行ったカフェの二番ブレンドなんだぜぇ?どうしても豆欲しくて買いに行ったのさ☆」


 エリエリが会話に参加してきてテイナが「そう言えば」と思い出したような表情で2人を見た。


「初対面の感じがしないけど、2人は仲良しなの?エリエリさん呼んだんだよね?」

「まぁ、友達だけど」

「大親友って言えよぅシュウメイ!わたーしたち、共通の趣味で身も心も繋がってるぜぇ?のぉ?」

「趣味?」

「えっへん、ズバり香水なのだ!!」

「あー確かに!シュウメイさんベリーみたいないい匂いする!あとエリエリさんも日によって匂い違うよね?」


 レディーストークで盛り上がってきたのかテイナが2人に興味津々だった。仲睦まじい様子をキオラが見ながらコーヒーを啜る。


「そうなのだよ!シュウメイったら匂いの拘り強くてさ〜!絶対同じ匂いじゃないと嫌ってことで、この間たまたま街のブランドショップで遭遇してよぉ」

「確かに、街に香水沢山あるよね!」

「うんうん、んでさ、出かける予定があったから目当ての物買おうとしたら買う物が一緒だったワケよぉ〜したらばもうシュウメイがどうしても匂い被りたくないからって、わたーし似た匂いの別銘柄買ったんだぜぇ?酷くね?」

「エリエリが色々手を出しすぎだけど」

「なるほど〜いいな〜!アタシも付けてみようかな」


 その声にエリエリが一緒に出かけるお誘いをして、目を輝かせてテイナが喜ぶ。これにシュウメイも誘われ了承していた。


「しゅーめいは、なにがすき」


 この場で最も接点が少ないからだろうか、シュウメイの話題が尽きないと本人も実感していた。ミアが近くから聞いてきて、目を合わせる。


「チョコピエ、香水、お花、あと刀!ご飯は照り焼き」


 刀の時だけ異様に目が輝いたが、この場の誰もが語る事が出来ない上に深入りが怖くスルーした。


「え!!!わたし、照り焼きすき」

「あぁ、そうなんだ。エリエリが得――」

「ぉっっっっだ〜!!!!照り焼きと言えばミア氏、この間のレストラン美味しかったよねぇぇぇ!?!?」

「?」


 シュウメイの言葉を遮って入るエリエリに疑問が浮かぶが、阻止は完全成功したらしい。お昼頃にテイナへ苦手だと誤魔化していたため、ここでバレるのは言い訳がつかない。

 そんなことを知るはずもないミアが、毎日食べ過ぎてどの照り焼きだったか思い出していると、キオラが言う。


「ミア、コウキと行った所だ」

「あ。思い出した。そういえば、こーきも照り焼きが好き」

「そうなんだ。あまり接点も無さそうだと思ったけど」


 さらっと返事をすると、他の面々がコウキの事を考え始めた。


「我らが泊まった旅館では、コウキはチョコピエを好んでいたな」

「確かに。珈琲も好きでロイとよく飲んでいた。私も付き合いで好きになったな」

「コーキって香りがする物好きだから、香水も好きかも」

「んやー、あんな感じだけど花も好きらしいからのぅ」


 会話の流れや共通点でコウキの話題とリンクして、其々が少しずつ黙り始める。

 次第に沈黙になり、テイナが呟いた。


「ロイ君とはちゃんとお別れできたけど、コーキの事はやっぱり不安になっちゃうな」


 一ヵ月篭って養生してたとはいえ、行方不明という一縷の望みがこの場にいるメンバーの蟠りとなっていた。

 生存の可能性が微塵でもある以上それを信じたい気持ちと、常識的に考えれば捜索日数含めほぼ死亡処理と割り切る必要性を、14歳15歳の価値観でも理解している。


「まだ捜索隊動員は3ヵ月続くわ」


 切り出したのは黙っていたライラだ。


「退学までも猶予がある。信じていればいいわ」


 その言葉に全員が静かに頷く。

 魂の対話をしたキオラだけが不安を隠すように、それでいて悔しさを持ちながら目を閉じていた。



 ――後日。

 捜索開始から4ヵ月以上が過ぎて打ち切りの報告が上がる。


 報告によると人物捜索期間中、1階層から莫大な魔獣の量と過酷さを知らせる文が添えられ“錯綜迷宮デリオロスゲート”は小規模迷宮から特例閉鎖迷宮へと変更された。


 これにより入り口の全てを塞ぎ、今後一切魔獣を外に出さない措置が取られる。

 新聞ではそれらの日程含めた文面が掲載された。



××××××××××××××××××××



 ――あの日。

 あれだけの攻撃を食らおうとも睨み叫ぶ事だけはできた。


「死ね、死ね。死ね死ね死ね死ね死ね」


 コウキは落ちていく最中、ガノ=デリオロスを見て唱え続けた。こちらに向かってくる竜は明らかに衰退している。しかし両腕を使えないコウキは戦う事が出来ず、命令形を使うしかなかった。


「俺が死ぬとしても、お前にだけは殺されない」


 血管がはち切れる程頭に血を上らせ憎悪の念を抱く。上から来るのはロイを殺した憎き魔獣。救ってもらった命をまたコイツに摘まれて仕舞えばロイの死がなんだったのか、分からなくなりそうだった。


「――オォォォォォォッ!!」


 落下の中でコウキは咆哮と同時に大量の炎魔法を放った。無数の火炎玉が合わさり出来た煉獄玉をデリオロスは回避。だがそれにより翼が壁に当たる。怯んでぐらつくのを少年は逃さなかった。


「――クソッ!クソ!!クソがッ!!!」


 喉が切れるまで叫び出現させ続ける煉獄玉。デリオロスに当たる事は無いが、避ける度に壁に当たる翼。その双翼がボロボロになるまで魔法を止めなかった。


 ――俺にはコイツを倒す力もない。


 ――自分にもっと力があれば変わるだろうか。


 ――この国を滅ぼせば好きな人といれるだろうか。


 ――仮に今、身体の全てが元に戻るのなら勝てるだろうか。


「……馬鹿だな、俺は」


 数分後。迷宮の深層に小さな破裂音が響いた。

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