二章 『学園トーナメント編』

第1話  「女子会」



まえがき


こんにちは、神里です。

二章始まります。


メインキャラクターがシュウメイとミアです。


一章でノアール其々のキャラクターが心に傷を抱えていますが、あえて全員メインから外して心理描写を省きストーリー優先にしました。序盤の6万文字くらいを大きく削ってサクサクにしています。できるだけ表現を避けることで生まれた余白も、ある意味では楽しい。


評価やいいねフォロー等、励みになります。

ご挨拶にもいきますので仲良くしてください。それでは。


二章『学園トーナメント編』 開始



××××××××××××××××××××



 ――デスフラッグから1ヶ月。


 テイナ=フォン=イグニカはこの一ヶ月誰とも会うことなく寮の中にいた。ノアールクラスの惨劇は全国放送されており、体裁もあってか学園は一ヶ月間リモートでの授業参加を許可した。


「…………」


 映像の中でグェン教頭が演説するのは、一学年のデスフラッグと並ぶ行事である学期末トーナメントについて。開催は五ヶ月後の年末だ。



『本試合バトルルールは“決闘”です。クラス毎に4名の代表を選抜。その後4ブロック16名ランダムに分かれ戦ってもらいます』


『選抜方法は毎年恒例の勝ち抜き試合。こちらは木剣での戦いとなっており、参加希望者だけで行います』


『また、これらはデスフラッグ同様の大行事。本戦は共同施設の特設会場にて制限時間を設け、全学年の前での戦闘です』


『つまり一日で4試合することを想定しなければなりません。ベスト3まで選ばれた暁には――』



 パタン、と生徒手帳をテイナが閉じた。


「何が大行事」


 苛立ちを抑えながら、テイナは泣きすぎて腫れてしまった目を洗う。好きだった自分の顔は暫く見れていない。


「……いかなきゃ」


 時計を見て言った。化粧もせず髪梳きだけを済まして制服に着替えると、真顔のままで寮を出る。昼中に寮を出る事は珍しく、眩しい陽の光が邪魔だった。


「4クラス……」


 今日はロイが亡くなってコウキが消えたあの日から丁度一ヶ月。夕方には大きな予定があるが、その前に会う約束をしている人がいる。


 扉の前でノックをした。


「どぞどぞ〜!」

「お邪魔します」


 中から声が聞こえてきて、扉を開けると香ばしい匂いが漂っていた。これがコーヒーの匂いである事は普段飲まないテイナも知っている。


 ――朝のコーキの匂い。


 痛くなる胸を抑えながら寮の中に入ると、そこにいたのはコーヒーを淹れるエリエリ。それとライラの姿があった。


「突然連絡入れてごめんね」

「いいぜぇいいぜぇ?まぁ呼ばれたのわたーしじゃないんだけども!」

「場所変えたほうがいい?エリエリとはルームメイト」


 テイナが誘ったのはライラだったが、エリエリが居る事は知っているので問題はなかった。


「問題ないよ。というか、部屋一面がエリエリさんって感じだね」

「いやはやいやはや!それには深い訳が」

「勝手に占拠されてる。私のスペースはベッドだけ」


 家具から家電、壁紙やタペストリーや絨毯までもがなんとなく“エリエリ”といった雰囲気でいっぱいだった。可愛いもので埋まっているというよりは、鮮やかなのにお洒落だ。


「わたーしこう見えてインテリアうるさいかんねぇ、ライラも〜たぶんセンス感じて何も言えてないのサ」

「そっか。確かにお洒落ではあるかも」

「…………」


 どうぞどうぞと呼ばれた先は洒落た木の座椅子とラグの敷かれた場所。テーブルに置かれた3人分のコーヒーは手作りのものが用意されている。


 ――今日コースター使ってないんだ。


 テイナはくるっと見渡した時に探したが無かったので、気を遣われたのかと考えてしまう。それを見ていたライラがエリエリに聞こえない声で呟いた。


「普段から使ってない」

「あ、え、あうん……なんか詮索したみたいでごめん」


 少し申し訳なくなった。


「アタシその、詳しく知らなくて……コーキの部屋に花のコースターあるのはロイ君に宿題渡す時にたまたま……ぁ」


 そこでロイの名前が出てきて空気が不穏になる。だがライラはコーヒーを一口飲んでから言った。


「そう」

「うん」


 テイナはライラが自分と真反対の存在に感じている。落ち着いていて気品があり、美しく細い髪に細いシルエット。姿勢が良く、コーヒーを飲む姿なんかは映画のワンシーンみたいだ。


「なに?」

「あっ、いや、その……修行以外でライラさんとこうやって話す事殆どなかったから」

「そう」

「うん。なんか、綺麗だなって」

「ありがとう」


 ――コーキはこういう女の人が好きだったのかな。


 ふと考えるのは居なくなった人のことばかりだ。今日の本当の目的も彼のことだった。だからこそ、あえてテイナは言ってみた。


「コーキってライラさんみたいな人好きなのかも」


 カタッ、パタン!と多方面で音がした。


 ――ちょっと今、ライラさんカップ置く音大きかったような……。


「私とコウキを絡めないで」


 パタン!と今度は片方だけ音がした。ライラはいつも通り平常心に見えるため、おそらくキッチンにいるエリエリだろう、とテイナは結論付けた。


「や、やや、やぁやぁ!お二人とも?昨日作った美味しいケーキだぞぅ!くいねくいねぇ〜!」


 2人でコーヒーを飲んでいるとエリエリがケーキを運んでくる。カカオが散った美しいガトーショコラだ。ケーキが好きなテイナは、この一ヶ月で一番嬉しかった。


「エリエリさん、ケーキ作れるの?」

「ほぇ?うん余裕さ!と言うか料理好きなんだよねぇ〜多国籍料理ってのかにゃ〜色々作ってり」

「エリエリは私が知る限りで一番料理が上手いわ」

「へっ、へぇ〜〜〜」


 ――なんかすごく敗北感を感じる……。アタシ野菜と郷土料理ばかりだ。


 明らかに慣れてないと作れなさそうな芸術的ケーキを見てテイナが愕然としている。正直なところ、エリエリは料理がすごく下手だという偏見を持ってた。


「て、照り焼きとかも?」

「んぇ照り焼き?……あー、なるほど。ううん、下手というか作ったことないにゃ〜。むつかしいむつかしい」

「そっか」


 一先ずは安心。といった感じのテイナ。エリエリはライラに「イラねぇこと言うんじゃねーぞ」とガミア風の視線を送っておいた。どうでもいいからライラはコーヒーを楽しんでいた。


「本題に入っていい?」

「えっ、うん。ごめん」

「今日はロイの弔いの為にできる限りで集まる予定。どうして先に私を呼んだの」

「――そりゃライラ、女子会したいからじゃないのかにゃ〜?」

「えっ、違うよエリエリさん」

「え?」


 エリエリが、なんかマズそうな顔をした。


「……なに?」

「ななななななななななんでもないっス!……ウス!」


 何か引っ掛かるライラだったが、テイナ含め本題に移りたかったのでエリエリを一旦放置する事にした。


 テイナは一度深呼吸をして、ライラの目を見た。


「ライラさん、コーキと何があったの?」

「…………」


 エリエリが興味ないような装いでめちゃくちゃ気にしているが、ライラはあまり気にしないでコーヒーを飲んだ。


 ――何かあった。ではなく、何があった。か……。


 ライラは言葉の意味を冷静に分析して考えてみた。コウキとはあの日のことを誰にも言わない約束をしている。だから回答は一つ。


「言えない」


 ただそれだけだった。伝えるとカップをゆっくり置いてテイナの方を見た。明らかに動揺しているし、隣のエリエリも隠すのが下手だ。


「……なにそれ」

「そのままの意味」


 テイナがどんどん落ち込んでいく姿を見てもライラはそれ以上を言うつもりは無かった。


「言えないって事は、何かあるって事だよね」

「何かあった?ではなく、何があったの。と聞かれたからそう答えただけ。前者で聞かれれば何もないと答えるわ」


 言葉にテイナが躓いた。状況をあまり把握できないエリエリは喧嘩だけが起きないように見張っている。


「……それは言葉の綾じゃ」

「ないわ。何か疑わしき事実を感じて居るから、何があったのか知りたいという話よね。私は嘘はつけない」

「それ、もう確定じゃん。少しの内容も話せないの?」

「話さないわ。貴女の恋路に支障はない、これは本当」


 ライラはあの時のコウキの態度を思い出した。コウキが真っ先に考えていたのはテイナのことだ。それすらも“約束”だから絶対に言わない。


 だが実際それらはコウキにとって、恋愛は“テイナが監視しているもの”という刷り込みが済んでしまっているだけに他ならない。


 テイナとコウキのやり取りに干渉していない為、そこまでの理解度が今のライラには無かった。


「……話さない理由、とかもダメかな」

「テイナ、貴女い……」


 ライラがいい加減にしてと言おうとした時、テイナの物凄く落ち込んだ表情をみて言葉に詰まった。


「ごめん。他人の関係に干渉してる自覚はちゃんとあるの。でも、情けないけどアタシ馬鹿みたいに気絶してて……。それで何があったのか拾っても拾っても実感がないの。……なのにロイ君とコーキまで消えて……勿論恋愛感情もあるけど、それ以上にコウキがどう生きてどう変わっていったのかを知りたい。知らないと、ずっと穴が空いたままで……アタシはもう前に進めないのかなって、思ったりして、それで」

「落ち着いて」


 早口になったり逆に遅くなるテイナを見てライラがストップをかける。ハッとしたテイナが「ごめん」と謝ると、ライラが彼女の余裕の無さに言葉を選び始めた。


 ――最も、毎日が辛いのは貴女だけでは無いわ。

 分かち合おうとも話せない一部の事情を、尊くそして辛く抱えているライラにとって他人を気遣うのは大変なことだ。


「何があったかは、言えないわ。ただコウキはテイナのことを気にかけていた。それは事実」

「……うん。ありがとう」

「それと、みんなの事をずっと心配していたわ。どれだけ怪我をしても戦えない私を守っていたし、これは私じゃなくてもそうしてる」

「うん……うん」


 ライラの一言一言を噛み締めるように聞くテイナに、彼女は道中のコウキの行動を曖昧かつ簡単に話をしていく。


「最後になるけど、彼は笑っていたわ。ずっと空元気」

「――そっか」


 少しずつ話をして落ち着いたのか、テイナの顔は少し明るくなっていた。やれやれといった具合にライラはコーヒーを飲む。


「ごめん。守ってたからだったんだ……コーキの首筋がライラさんの匂いでいっぱいで、私悪い事言っ」

「ぶほごっ」

「え?」

「その通り、たまたまだわ」

「今すごくコーヒー吹いてなかった?」

「なに?」

「いや、なんでも……」


 ゴリ押しに負けたが、テイナも流石に想像がつかなかったのか疑問を浮かべるだけにとどめた。コーヒーは吹いていたと思う。


「あのー、ちょっといいかにゃ〜」

「うん、大丈夫だよ」


 手を挙げたエリエリは気になる事が会話の節でいくつかあったが、ここを聞いておけば間違いないと思った点をライラに伝える。


「ライラってコウキのこと皆いる時も名前で呼んでた?」

「――、」

「んー……そう言えば、作戦会議の時に呼んでた」

「テイナ、それ何回?」

「……多分、1回!」


 エリエリはそれだけ聞いてなるほど、と全てを理解した。ライラはエリエリが鈍くない事を知っているため無表情を貫くのがしんどそうだ。


「そーいえばライラさんってコーキの事コウキって呼んでたっけ?」

「にゃ〜あんまし気にして無いんじゃね?名前呼びなんて普通っしょ。わたーしみたいに固有のあだ名から変わってる訳じゃないんだし??」

「確かに。まぁライラさん口数少ないから」


 エリエリは勝ち誇った顔でライラにウィンクしておいた。ライラは真顔で心が掻き乱されていたが、波風を立てないようにする。


 ――ライラは意図的に人の名前を呼ぶ事を控えてる。これは照れ臭いとかでなくあえて壁を作ってる。特にコウキには、テイナの事があるから絶対嫌なはず。多分2人きりの時に多く名前を出す機会があって偶々テイナの前で名前が出てしまい、1回に留めた。本人がいない時もアオイコウキと呼んでいたのにコウキに変更したのは、名前呼びがテイナにバレたから違和感を消す為……ふむ!!!!なんかあったなこりゃ!!!!!


 エリエリの予想はほぼ合っていた。


「まぁまぁ、テイナの恋愛トークに花咲かすのも面白いから良いんだけどにゃ〜」

「え、エリエリさんはライラさんと違ってコーキ好きでしょ」

「ほぇ!?!?!?」


 大硬直中に、扉のノックが鳴った。


「入ったけど」

「いや入ってから言うんかい!!」


 部屋に入ってきたのはツインテールのシュウメイだ。


「え、シュウメイさん!?……何故?」

「あ、妹」

「テ、イ、ナ、です」


 ライラも珍しく驚いていた。

 同時にエリエリの方を見ると、彼女は頭に手を置いて舌を出していた。確信犯だ。きっと勝手に呼んだのだろう。


「あやー、これはえっとその、ほら、女子会だと思って誘ってたんだけどぉ……ガチトークおっ始めると思わんかってん」

「どういう教育を受けたら呼ばれてない側がメンバー集めるのか知りたいわ」

「ひぇ、すびばぜん」

「まってエリエリさん、てことは……」


 少し周囲を確認すると、背後から声がした。


「いる」

「ひぁっ!?ミアさん!どうやって後ろに!!」

「いまきたさんぎょう。こ、う、き」

「…………ナニソレ」


 振り返ると、呪文のような言葉を話すミアがそこに居た。ミアは伝わらなかった方がおかしい位の様子で首を傾げている。


「あれ、エリエリ。伝わらなかった」

「あちゃ〜ワイのネラー本とオタク本ここで滑るかぁぁ」

「変な本読ませないよ!……あっ!というかミアさんコーキに恋愛の本貸したでしょ!?もっとこう殴ってれば済むみたいな男の子レベルの本読ませてよ!」

「え。あれは野郎専用」

「言葉遣い!?……じゃなくて、コーキが女の子の気持ちとか理解しちゃうと研究したり試したりしそうでしょ!」

「モテるってこと?」

「んやぁー確かにわたーしとライラにモテないって言われて嘆いてたからのう。ほれほれ、きにしてんとちゃう」

「アレはモテないわ」

「いやどう見たってカッコいいから!?コーキは最高なんだから!!」

「こーきってねこ?たち?」

「まっっっっそれまっっっっ貸す本ミスったかも!!わたーし何貸したっけ!?」

 

「私何で呼ばれたか分からないんだけど」


 多方面でぐちゃぐちゃの女子会が暫く続いた。


 この場にいる其々がロイの死やコウキの惨劇を目の前で見ており、この一ヶ月はまともに眠れていない。だからこそ、明るく話せるタイミングがとても大切な事だと知る事ができた。


 騒がしく心休まらずとも、貴重な半日である事は間違いないだろう。



××××××××××××××××××××



 ――デスフラッグ直後の出来事。


 真っ白な病室のベッドが小さく見えるほど入院中の生徒は屈強だった。凡そ14歳とは思えない身長の高さに、多くのナースが驚くほどだ。


「学期末の学園トーナメントか……」

「どうする?1学年2大行事の最後だけど」

「我は参加者せんな」

「そうなの。まぁ私としてもどちらでもいいわよ」


 入院中の男マリード=デリアは左目の手術と右腕の手術を行った後だ。経過を見て細かい治療に移るため安静にしている。


 そばにいるのは学生ではなく大人の女性。理由があってマリードを尋ねた際、スケジュール調整の兼ね合いでトーナメントの話が出たところだ。


「ならこの日は出動可能っと。まぁ、大体の日はいけそうみたいね?」

「無論だ。学業に支障がなければ依頼には加勢しよう」

「助かるわ。今回は学園トーナメントの裏でも行われる依頼があるから。あ、じゃあ登記するからここにサイン」

「承知だ」


 マリードは読み込んだ書類に慣れない左手でサインすると、紙の束を女性に渡した。


「決まりね。これで貴方含めて4人揃ったわ。あと、一応報告だけど態々メンバー加入は言わなくていいわよ。守秘義務ではないけれど、やりづらくなるだけ」


 サインの筆字を確認しながら女性が頷いた。書類を鞄にしまい、立ち上がって左手の方で握手を求める。


「貴方は今日から隠密組織ウグイスのメンバー」

「あぁ。よろしく頼む」

「毎回依頼ポイントと報酬はそれなりに保証するわ」


 握手と共に柔らかな風が吹く。


 ――コウキ。貴殿を追い詰めるのもは何なのだ。


 マリードは普段の学業に加え暗部に潜入することで、友人の真相を辿る。今度こそは誰かの力になれるようにと強く願いを込めた。

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