第24話 「デスフラッグ終幕報告」



 ――ガノも知恵がある分命を引き換えになんかしねぇ。だが……奴の尾針は追跡型だ。確実に対象を狙う事ができんだよ。意味は、分かるな?


 唯、空中に。



『お兄ちゃん、来るのが早いよ』

『いいんだよ』


『ぱぱとままが泣いちゃうよ』

『いいんだよ』


『……どうして笑ってるの?』

『幸せだからだよ』



 ふわりと揺れる意識の中で、ロイはまた過去を振り返った。

 どれだけ思い返しても色褪せない、最高の思い出を胸に抱いて空を漂う。



『ロイ!オマエ死んだのか!?はっはっは、馬鹿だな!』

『ぱぱ』


『アナタ。ロイは聡く賢いわ。そうでしょう?』

『まま』


『お兄ちゃん……本当に辛くないの?』

『モナ』



 柔らかく揺蕩う4つの魂が、横に並んで消えていく。



『話したい事いっぱいあるんだ!聞いてよ!』



 その声たちは誰よりも遠い位置で響いている。

 何日もかけて、少年が埋めるように思い出を語った。



××××××××××××××××××××



「生きろ」


 目の前で笑っていた綺麗な顔は、あらゆる穴や粘膜から夥しい血を噴き出した。凡そ想像もつかない程、人の身体にこれだけの血があるのかと疑うほどの血液量。


 その場の誰もが確信する、死の光景。


「………………………………………………ろい、ろい」


 受け入れるのが遅れたのはコウキだけだった。


「冷たい……ロイが冷たい…………ロイが、ロイが」


 少年は亡骸を抱きながら、温めるために魔法を使っている。

 吹き出した血で染まるコウキがぎゅっとロイを支えた。

 

 そこに交戦中だったミアとライラ、そしてシュウメイが駆けつける。


「――ッ!」


 衝撃に3人の顔が過去最も大きく歪んだ。

 耳や目から滴る命を戻そうとしたり、温めようとするコウキが光のない目でライラを見た。


「ライラ、ロイが冷たいんだよ。手伝ってくれないか」

「――、」

「寒くて固まってるんだ、頼むよ。これじゃ死んじゃうよ」

「…………」


 見ていられなくなってライラがぐっと目を閉じた。


 周りではあまりのショックに動けないままのテイナが遅れて頬を濡らす。

 近くにいたキオラの手を握り、キオラも強く握り返す。

 ネイは俯き、マリードは朦朧とした意識の中にあった。


「シュウメイ、何か不思議な能力持ってないか?頼む」

「…………」


 シュウメイは歪みきったコウキの顔を直視できなかった。


「ミア!ロイが動かな――」

「もう死んでる」


 コウキが一度止まる。

 止まって、状況をゆっくりと整理していく。

 脳が追いつかない。全く追いつかない。


 死んだ事実を理解しても、なぜ自分ではなく親友が死んでいるのかを理解する事ができなかった。


「ロイ…………ロイ…………」


 コウキは軽くなって血塗れの、無惨なロイをぐっと抱いた。

 まるで中身が綿でできたような感触に、死を痛感する。


「…………家族って言ったじゃないか」


 命の終わりとしてはあまりにも簡易的だった。

 それが実感するまでを遅らせる。


「たった1人の、家族みたいな友達なんだよ……何で置いていくんだよ」


 強く抱きしめて言葉を出す内にこうなった理由をコウキが考えてしまった。

 様々な言葉や状況を思い出した。


 ガミアが言った通り、クリークのとっておきはこの追跡型の尾針だ。

 コウキに向けて放たれるのを見たロイがコウキを庇った。

 でもそもそも、コウキがロイの側にいなければこうはならない。



「俺が早く死ねばよかったんだ」



「――ッ!」


 その言葉に立ち上がったのはガミアだった。

 動けない身体を無理に動かし、ロイを抱くコウキを殴る。

 ロイを守って座っていたコウキは、その拳をただ受け入れた。


「テメークソが!反吐が出る!コイツが最後に何言ったか聞こえてねぇのか、あぁッ!?オイ、脳みそ腐ってんのかゴミ野郎が」

「うるさい」


 コウキが一言だけ返す。

 それが現実逃避にしか見えないガミアは、ロイがあまりに報われないと憤怒の色を顔にのせた。


「――オレが代わりに言ってやる、その通りだ!!テメーが死ねば全部か」


 ドッ、と。

 キレたガミアを殴り飛ばしたのはネイだった。


「…………」


 ネイは、ガミアを睨むコウキを見て何か言おうとしたが、黙って戻っていく。その手足は強く震えていた。


「…………そうだよ」


 コウキが切れた口から血を流したまま呟いた。


「お前が俺を助けなければ、ロイが状況に気付くこともなかったかもしれない」

「――ッ!テメーま……」


 反応するガミアが起きあがろうとした時、絶句する。

 コウキがガミアを睨む顔は、人のそれでは無い。


 お前が殺したんだ。

 そう言いたげな目を見てガミアはいよいよ何も言うことができなくなった。


 テイナは話すことができず、マリードは瀕死状態にあり、ガミアは睨まれて黙り込み、ライラは痛ましくてみてられない。ネイは震え、シュウメイも何かを伝えようとして辞め、ミアはコウキの動く姿にただ安心している。

 そして最期にロイの魂の声を聞いたキオラだけが、心配そうにコウキのことを見ていた。


「――ッ」


 その時。

 ドガッッッッ!!と。

 全員の前から、コウキが消えた。


 壁の方まで吹き飛び地面を転がって倒れ込む。

 抱えたロイは途中で落としてしまい、首が180度曲がって無惨な状態となった。


「――ぅ……ろぃ」


 コウキが痛みを知ったのと全員の状況理解は同時だった。


「グガァァァァッッ!!!」


 強大な雄叫びと共に飛行する竜。

 尾針を射出して絶命するはずのガノ=デリオロスがコウキを狙った。


「――お前が…………お前がッッッ!!!」


 コウキの血管が弾ける。

 痛みすら感じることなく立ち上がり、地空で対峙する。

 ロイを死に至らせた史上最も憎い魔獣だった。


「グガァギァァァッッ!!!」


 コウキは叫ぶ竜を憎悪で睨み、変な方に曲がった左腕を戻して精霊剣を呼び出す。黒より黒の刀を翳した。


「ギァァァッッ!!」

「――――ッッッ!!具現解――」


 ドゴオ!とガノが少年を突き飛ばす。

 奥の手が発動されないまま、コウキの身体はまた後方に飛ぶ。


 彼がごろごろとボロ雑巾の様に転がる中。

 応戦したいライラ達にも護るべきものが多すぎた。

 背後でデロギガスが大暴れし始めて倒れている仲間たちに向かってくる。竜と戦うコウキに手を貸せない最悪の状況が確立した。


 もはや終焉のような光景が果ての城エリアを包み込む。


「殺す!殺す!殺すッ!――ぐっごごずッッッ!!」


 コウキは左腕も右腕も砕けて使えなくなった。だから口で精霊剣の柄を握って顎で立ち上がり、どうしても殺さなければならない相手と向かい合う。

 その瞳は死なない。

 魔獣を憎み、世界を憎み、ついには自分さえも憎んでしまう。

 煮詰まった悪の心が徐々に彼を蝕む。


「ごォッ!」


 だが気力だけではどうにもならない。

 空中からの蹴りにコウキが蹲り、剣を落として吐瀉物を撒き散らした。


「あぐ」


 これは決定打になりうる。

 ぼたぼたぼたと、血の混じる胃液が床に飛ぶ。


「――こーきッッッ!!!」


 デロギガスとの戦闘を咄嗟にやめたミアが走る。

 走って走って、走った。


「だめッ!!!行かないでぇッッッ!!」


 ドゴオッッッッ!!と。

 ミアが追うより早く魔獣が強烈な足蹴で彼を吹き飛ばした。


「――、」


 飛ぶ寸前。

 コウキは遠くにいる首の曲がったロイを見た。

 大切な家族であり親友。大好きだった。

 そしてここから見える景色。満身創痍でも仲間が生きている。全員がふとコウキを見ているおかげで、最期に顔が見れて嬉しいと思った。


 みんなが大好きだった。


 これで良い。

 もう自分が狙われて尊い命が危険に晒される事はない。

 ロイには申し訳ないことをしてしまった。

 でも、これ以上の犠牲はないはずだ。コウキはそう思った。


 ロイと仲間を見た。一番近い少女の顔も見た。

 だから皆に笑顔で返した。


 ――ひどい顔してるぞ。


「ミ――」


 破裂音と共に、コウキの身体は壁にぶつかった。


 水風船が弾ける様な、そんな光景の後に床に落ちる。

 否、そこに床はない。この敷地の端は殆どが大穴だ。


 アオイコウキの潰れた体がストームから地下深くまで落ちていった。どこまでもどこまでも続く長い穴はキルストームだ。


 それを追うようにしてガノ=デリオロスは消えていく。


 全員の叫びと嘆きが空間を支配する。


 その後はただ地獄が続いた。


 コウキが堕ちて7時間後。

 此処にデスフラッグは終了となる。



××××××××××××××××××××



 全色階級合同対魔獣初人試験結果

 勝利クラス 白 赤 青 黒

 重症者 9名

 死傷者 1名


 その他 行方不明 2名


 補足。

 行方不明者は四ヶ月間捜索するも未発見。現時点捜索終了。

 デスフラッグ開始六ヶ月時点で退学処分とする。


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