第22話 「愛してる」



 アオイコウキの具現解放。


 異端が放たれる。

 大地が鳴動して暴風が包み、空間が強烈な振動に歪んだ。明らかに他とは違った“異質の奥の手”は、光の化身も魂の調和も肉体の昇華すらもない。ただ刀をもつ右腕と刀そのものだけが空間を削ぐほどの黒い雷に覆われている。


 バチバチバチッ!と。

 今にも拡散しそうな凝縮された何かを、コウキは右腕に抱えたまま魔獣の元へ辿り着く。


「――ギァァァッ!!!」


 強く反応した魔獣が全てを中断して振り返った。

 他の追随を許さぬその鉤爪を、コウキと剣に向かって振る。


ぜつ


「――――、」


 全ての光が一瞬消える。

 元に戻る頃には魔獣が刻まれた。


 音はなく、ただ獰猛な黒の稲妻が切り傷として残っている。

 縦に切られた魔獣は動かない。

 意識と肉体を断つ剣にやられ、自我と神経は大きく乖離している。

 五感も精神も分離し、ただ其処に有る無い物として残った。


「コーキ……」

「――大丈夫か」


 倒れながらマリードに治癒をかけるテイナが、ただ立っている少年を見た。

 彼の瞳は疲労により半開きで、焦点は合わず膝は震えている。

 未完成の魂の解放は完全に彼の体力を奪いきった。


「オマエが、大丈夫かよ……」

「俺は……うん」


 直ぐ目の前で座るロイは、体の痺れを気にしながらコウキを見る。

 無茶をしたと表現するには優しすぎる程、コウキに正気はなかった。


「皆……」


 1人ずつ見た。

 側で唯一立っているガミアは無言。

 ロイとキオラは動けず座っている。ネイは当たりどころが悪かったのかまだ横になっていて、テイナも同じだ。マリードには息があるようで安心した。


「生きててよかっ……」


 ぐらり、とコウキの身体が軸を無くす。

 強い貧血による目眩は命に支障があるものではなかったが、その中で唯一ガミアだけが顔色を変えた。


「テメ――ッ!!」


 バッっと動き出し、転けそうなコウキをロイの方に突き飛ばす。

 遠くで咆哮する城の魔獣を見ていたロイは、それを受け止めるとガミアに視線を送った。


「足元見やがれッ!死にてぇのかテメ……ぐっ」

「ストームか。おい、大丈夫かよオマエ」


 突き飛ばすと同時に膝から崩れたガミアへ、ロイが声をかけた。コウキがいた所の近くには小さなストームがある。

 どうやらガミアは落下を助けたらしく、何度も人に救われたコウキがぐったりしながら言う。


「ガミア……ごめん。大丈夫か」

「クソが。腹に毒もらってんだよ。解毒はした、これ以上話しかけんな」

「そうか、ありがとな」

「話しかけんな」


 コウキはロイの腕に包まれた。

 誰1人まともに立ち上がれない。

 ロイは奥で強烈な咆哮に暴れるガノ=デリオロスを止める3人を見ている。

 その後、珍しくコウキの顔をちゃんと見て笑った。


「なぁ、オマエさ。ボクたち全然動けねーけど、なんか皆でやり切った感じがして楽しくねーか?」

「あぁ。仲間だから、同じ気持ちだ。地獄すぎるし、マリード心配だけど」

「アイツは良いんだよ、バカみてーにデカいから生きてるだろどうせ」

「命を何だと思ってんだ、馬鹿はお前だ。あと、俺」


 倒れてるマリードや激しく交戦するライラたちには悪いが、ロイはこの瞬間に生きてる事が嬉しくて仕方なかった。


「ボクはもう、国とかどうでもいいんだぜ」

「……」

「だからさ、もう何も気にしなくていいぜ」

「――ロイ。お前知ってたのか」

「当たり前だろ、気付けバカがよ!そんな顔してたら何となく察するしな!……だからお前、ボクたちと争おうぜ」

「……国にか?どうするんだよ」


 コウキが力なく返事してみたが、ロイは回答に困った。

 彼はそれなりに馬鹿なのであまり思いつかない。


「思いつかないのかよ」

「ふふ」「ふん」「はは」

「あっオマエら今少し笑ったな!?バカがよ!」

「てかマリード意識あるのか心配させんな」


 地獄の中、下らない話をしていている。

 ロイはそれがどうしてもしたかったのだ。

 こんな状況でも楽しくなれる仲間がいる事を、コウキに伝えたかった。


 ロイは遠くのライラも見ながら話を進めた。


「まだ何が起こるかなんて分かんねーよ。でも、こんな地獄で笑えるんだぜ?何だってできるさ。信じろ」

「……そうなのかもな。俺は大切な事ばかり分からなくなる。出会った日からロイは変わらない。かっこいいよ」


 コウキは本心が溢れた。

 遂には瞳の色が穏やかになり、友達といる時の自分に戻れた気がした。場所が場所なだけに変な話だった。


「なぁ」

「どうしたロイ」

「一回しか言わねぇから聞け」

「恥ずかしいこと言うつもりだなお前」


 ロイは照れくさそうに笑った。


「コウキ」

「――――、」


 この日、ロイは初めてコウキを名前で呼んだ。

 コウキはそれに驚き、同時に暖かい気持ちが溢れた。


 手首に巻いていた黄色いリボンを解いてどこかに置いたロイは、凄く照れくさそうにしながらも覚悟を決めた。



「オマエを愛してる。家族であり、ボクの大親友だ」

「――おま、恥ずかしい事い」



 コウキを笑顔で優しく抱いたロイ。

 ぐるっと半回転して、即座に体勢を変更した。


「――ッ!」


 ドッッッッ、と。

 ロイの胸の中にいるコウキに、衝撃が走る。


 背中にデリオロスの尾針が突き刺さっていた。


「………………………………………………ロイ?」

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