第20話 「殺してくれないか」
「――ッッッ!」
コウキが吹き飛ばされた事実を一歩遅れて知る。
シュウメイはこの一瞬の中で片手による印を組み合わせ、直ぐに忍術の構築を試みる。大業を出す余裕はなく何が起きているかも分からない。とにかく今直ぐに距離を取り彼を助けなければならないと本能が云う。
「単印――
瞬間、魔獣による少女の頭蓋への一撃は空振りに終わる。
凄まじい音で床が砕け散った。
その場から消えたシュウメイは、遠くへ吹き飛び続けるコウキの影から身を現した。
忍術による影から影への空間移動“影法師”を発動。そのままコウキを抱いて床に着地した。
暫く地面を引きずり反動を経て吹き飛ぶ身体を止めた。
「コウキ!!」
「――ぁ」
ガノがいた地点からは50メートルは進んでおり、コウキは口から夥しい量の血を吹きだしていた。近くで交戦しているガミアのグループが気付くも、サポートに回れる状況では無い。
「――まずい、血が。呼吸が」
既に治癒魔法を施し軌道確保済みだ。
しかしそれが逆効果となって血を詰まらせるコウキ。
うつ伏せに変えて血を吐かせ、指を突っ込んでなるべく中身を出した。
「――どうしよう、どうしたらいい、わからない」
大量のコウキの血に塗れるシュウメイはパニックになっていた。何をしても呼吸に苦しみ、そしてコウキは痙攣を始める。
「だめ、まずい、死んじゃう!誰か、誰か助……」
シュウメイは叫ぶ中で悟った。
周りを見渡しても救いなどなかった。
「…………駄目だ…………ここは、地獄だ」
至る所で苦戦するボロボロの仲間。荒れた土地に暴れる魔獣。
とても入学2ヶ月の学生が経験する出来事ではないこの地獄に、一抹の救いも無ければ助けなんて来るはずもない。
「…………コウキ、ごめんなさい。ごめんなさい」
腕の中で震え続けるコウキを見て、目の前の命も救えない自分に絶望しそうになった。周りの仲間の姿すら見えず、できるだけのことをやろうと試みる。
パニックで、何をしたらいいか分からなかった。
震える体が、命の儚さを伝える様に。
その震えすらも、もう止まってしまうほどに。
シュウメイにはコウキを救えない。
その瞬間。
「こーきッッ!?――おまえ退けッッッ!!!」
シュウメイがその場から突き飛ばされた。
「こーき、こーき!!起きて、起きて起きて起きて!」
最早ただ見ていることしかできなかった。
「――――、呼吸がない。キオラ!!」
「分かっている!だが僕たちは“魅入られている”んだ!その上仲間も運ばなきゃならない!ここにいてもケルニアスが――」
「守って!!わたしが救う間だけでいい!!」
「――クソ、どこまでもふざけた試験だッッッ!!!」
金髪と白銀髪。
ボロボロになった少年少女が大急で会話をする。
それは城から走って逃げてきたキオラとミアだった。
「――おまえ!!ここにいただろ……なんでこんなになるまで放置してる!!!」
ミアの光る眼光がシュウメイを睨む。
「わ、私……その……どうしていいか、わから……」
「――こーきが死んだら、おまえを殺す」
魔獣以上の殺気。鳥肌と汗に死を錯覚する。
それ以降ミアがシュウメイを見ることはなかった。
「こーき、生きて」
ミアがコウキへの人工呼吸を始める。
口の中の血を吸い出して、何度も何度も肺を押す。
「死なないで」
口の周りが赤く染まって白い少女が呟いた。
動かずに冷たくなりそうなコウキの命を繋ぎ止める。
「……お願い」
何度も繰り返すうちに、1匹の魔獣ケルニアスが現れる。
阻止するためキオラが交戦している。
少女はそんな光景は何も気に求めずに蘇生法を重ねた。
「1秒でもながく生きて」
ぐっと、強く肺を押した瞬間だった。
「――ッッッ!がはっっ」
「こーき!!」
大きく血を吹き出し、少年が息を吹き返す。
ミアは吐き出した血で顔を汚されても気にせずにコウキの目を開けた。瞳孔の動きを確認して頬を叩く。
「こーき!こーきこーきこーき!!起きて!!」
「がはっ、ごほっ……ぁぐ……」
目を閉じたままコウキは幾度となく血をぶちまけた。
ミアが何度も体を揺らしてコウキを起こす。
「こーきこーきこーきこーきこーき!!!」
「……うる、さいな」
「こーきッッッ!!!」
ついに、アオイコウキは目を開けた。
抱きつく少女の存在に気付き、自分の記憶を辿る。
「………………え、あれ、なんでミア?え?」
「そんなことはいい!痛いところは?痒いところは?」
「いや美容室か。普通に全身痛いしな!」
そんなやりとりが出来るくらいに頭が回ったところで体を起こした。血塗れの床と自分の服を見て、目の前で俯くシュウメイと、抱きついたまま離れない軽いミアを見て状況分析した。
「…………やっぱ意味わからないな」
「こーき、何も気にしなくていい」
とは言ってもな、と思った時。コウキが思い出す。
「――まて、デリオロスとライラが!」
「それも今は大丈夫、時間の問題だけど」
「え?」
50メートル先にいる魔獣を見た。
コウキの予想が正しければそこまで吹き飛ばされた事になるが、考えたくないので止めた。
見れば金の光に包まれるライラの姿があり、あのガノ=デリオロスと対等に戦っている。今は苦戦の色がなさそうだった。
「わたしたち、城から出てきた。話はライラから聞いて、今はキオラが能才付与でライラをサポートしてる」
「――なるほど、それでか。でも直ぐ行かなきゃだな」
「そ」
「……止めないのは意外だ」
「ん。戦える?」
コウキはてっきり止められるのかと思った。おそらく必死に助けてくれたのに、同じことを繰り返す可能性がある。そんな結末はミアも嫌だろう。
「戦えるよ。ありがとう」
「そ。わたしたちも急ぐ。こーきを信じてる」
「――、」
最も憧れていた人物に真っ直ぐに見られ、コウキは自分のある覚悟が揺れそうになった。
言葉を失っている姿をミアが見る。異変に気づいた少女が声をかけた。
「……こーき、目が変。具合わ」
「そうだね。まだ体調が悪いんだと思う。たまに言葉聞こえない程度だから今後は大丈夫そうだ」
「そ」
ミアは立ち上がりコウキに手を伸ばして起こすと、キオラに指示を振って進もうとした。魔獣を1匹倒したキオラが応じると、過ぎ去るキオラが一言だけ残す。
美しい瞳が、コウキの魂を見つめる。
「死は救済にならない。僕からはこの一回しか言わない」
「――ッ!?」
「残念だ」
友人には全てがお見通しだった。
大切な人が通り過ぎる姿を見ても顔を見ることができなかった。ただ、その場でぐっと拳を握って震えるしかない。後ろめたさや謝意や焦燥、王族の重圧で心が乱れた。
コウキはシュウメイの元へ行き、その手を取って立ち上がらせた。下を向いた彼女は泣きそうな顔で彼を見る。
「ごめんなさい」
「いいんだ、助けてくれてありがとう」
その言葉にシュウメイは少なからず救われて、
「でも、次は必ず殺してくれないか」
コウキの笑顔を見る事でここは地獄だと再確認した。
××××××××××××××××××××
「あのガノ=デリオロスは二回り小さくなっているのが分かるか?ついでに色も赤黒くて、傷がない」
「うん」
「多分俺たちが切ってたのは外枠みたいなもんだと思う。最後の攻撃には手応えが無かった。殻を切ったのかもしれない」
「うん」
ライラの元へ向かいながらコウキがシュウメイに説明した。
ツインテールの少女は複雑な顔をしたままただ返事をした。
「原理がわからないけど、それによりパワーとスピードが上昇してる。正直もう、止めるのがやっとだと思う」
「うん」
「……ちゃんと聞いてる?」
「えっあ、うん」
これは駄目だ。コウキがそう思うと伝え方の路線を変更する事にした。シュウメイの肩をとめ、向き合う形で目を見る。
「――、」
「いいかよく聞いてくれ。俺は仲間の為に死んだほうがいいかもと思ってる。でも、俺含め誰も死んでほしくないとも思ってる。きっと分からない。でも事実だ。そんな時にシュウメイが万全じゃなきゃ仲間が困る。さっきのは謝る……ごめん。だからしっかりしてくれないか」
シュウメイが謝るコウキの姿を見て様々な事を考えた。
だが、もう考えても仕方がない。
――会話の波長が合うから、初対面なのにこの人の事を考えすぎた。賢く楽しく穏やかな良い人だと思ってた。もう興味関心も無くしてどうでもいい事にしよう。だからこれは、きっと最後。
「しっかりした方がいいのは貴方じゃない?」
「――、」
「否定できないって知れてよかった。もう大丈夫」
肩の手を振り払ったシュウメイが魔獣の方へ歩き出す。
「私は皆の為に死力を尽くす。だから貴方は自分の為に好きに死ねば。二度と仲間の為とか言わないで」
「…………」
一度だけ振り返るシュウメイの顔は、無表情だが歪んでいた。
「死ぬ瞬間も、ここより地獄に行っても、絶対に仲間の為に死んだとか思わないで。残される人の心の為に何も言わず残さず、全部無かった事だと思って消えて下さい」
進んでいく姿をしばらく目で追って、コウキは黙って後に続く。
思うことは何も無い。シュウメイの話を酷く納得してしまったし、それでも意見を変える事が出来ないからだ。
コウキはテイナ、シュウメイと共に魔獣と対峙した。
「二式――扇鷲」
――俺が生きる限り、友達まで死地に晒される。
――王族相手に逃げる場所なんてない。
剣を振るたびに、自分の大事な物が落ちていく様な錯覚をした。14歳の彼には、それらを受け入れて進む器だとか、解決させて上手く進める頭だとか、そんな事以前に“逃げたい”が勝ってしまった。
「五式――黒蛇」
――ロイが最後まで知らなくて良かった。
――新しい目標も出来てそうで安心した。
最初にできた家族みたいなものだ。いつも起きるのが早いってだけで、誕生日はロイの方が早いのに弟みたいに思っていた。生徒手帳で日にちを調べた時に笑ってしまった事が記憶に新しい。
「一式――狐唄」
――悔しいな。
――悔しいな。
よわいじぶんが、いちばんくやしい。
ロイ、テイナ、ライラ、エリエリ、ネイ、マリード。
キオラ、ミア、シュウメイ、ガミア、グェン教頭。
他のみんなも、俺が死んだらどう思うのかな。
――悲劇は突然やってくる。
「マリード君ッッッッッ!!!!!!」
「――テイナ?」
聞き馴染みのある声に振り返ってしまった。
その先には、腹を貫かれるマリードの姿があった。
「――ぁ」
マリードは左目と右腕がもう無かった。
魔獣が楽しそうに嗤って、遠くのコウキを見た気がした。
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