第19話 「錯綜迷宮決戦」
土埃が舞う視界を定期的な風魔法で良好にしながら行われる決戦。
空間には何度も金属音が響き、その音が戦いの過酷さを物語る。
『ニナの尾には毒があんだ。一つは神経毒、一つは出血毒だ。神経毒の方は痺れるだけだが……出血毒の方は傷口や周辺の血が止まらなくなる。何れも解毒薬があれば問題はねぇ』
『ガノは五つあるけど、何なんだ?』
『知らねぇな。クリークが言うには、ガノは命と引き換えに飛ばす尾針が一つだけある。即死の猛毒だとか言ったが、尾が五つある事は聞いてねぇよ』
『……やばそうだな。どっちも毒振り回されたら太刀打ち不可じゃないか?』
『いいやそうでもねぇ。デリオロスについて知る際にオレも同じ質問をした。毒生成と同時に弱る傾向にあんだとよ。だからニナは滅多に使わねぇ。ガノも知恵がある分命を引き換えになんかしねぇ。だが……』
コウキとガミアの会話を思い出しながら、マリードは剣を振り続けた。
一振りする度に今日までの感情を剣でぶつける。
「柔ッ!!」
柔の剣が大暴れするニナ=デリオロスの爪や牙を流し、カウンターを決めてはまた流す。冷静な剣運びを心がける戦い方で反撃のリスクを想定した。
「辛かっただろう。コウキ、ライラ」
マリードは剣を振りながらも少年と少女を想う。
――メンバーで最も責任を感じていると言っても過言では無い。我がもっと強ければ、聡ければ、貴殿らと共に苦しみを乗り越える事ができたのからな。
「貴殿らの顔を見た時、何が起きたかなど想像もできないほどに……死線と孤独の影を見た」
――だからこそ我は、場違いにも迫る危機を分かち合える今に喜びを見出している。
「背負わせてくれ。この愚図は我らが担おう」
ロングソードのスカンダが、着実に魔獣を削っていく。その足元には金の光。アメノサグメの付与効果が彼を強くしていた。
「――あと1分だよ!気にしておいて!」
テイナが叫ぶ。
ニナ=デリオロスの周囲を囲むのはガミア、マリード、ネイの3人だ。
ロイとテイナは少し後方で補佐している。
定期的に無強化のロイが拘束能力でニナの動きを妨害し、能才付与の強化をされた3人がひたすらに削る。テイナ自身は強化をせずにインターバルを縮める算段だった。
「この尾、肉体よりも硬い……!」
背後を担当するのはネイだった。
魔獣の速度を下げながら最も危険な尻尾と戦っている。リスクが高いため確実に避けられるスピードタイプのネイをガミアが配置していた。
「オメーはこっちに尻尾が来ない事を考えやがれ!深入りしたって危険なだけだ!」
魔獣の右手、左側を担当するのはガミアだ。武炎大剣の最大火力であえて凶器の爪を狙い、時折関節や肩を斬る事で決定打の数を減らす。
目まぐるしい連携が上手くいってる様に見えた。
「――チッ」
舌打ちの後に歯噛みするガミアを見てマリードが言う。
「テイナの強化とネイの減速を経て、その上の最大火力で対等とは……」
「黙れハゲ。――あと40秒で出来るだけ削ぐぞ。死にたくねぇならな」
「あぁ」
応じるマリードが剛剣に切り替えた。
砂塵と轟音を奏でて5対1の攻防が苛烈を極める。
××××××××××××××××××××
「お食事中すみません!」
「グガァァァァッッ!!!」
想像以上にガノ=デリオロスは怒りを露わにしていた。
猛獣の様に篭った咆哮と共に3人を睨み、今にも殺してしまいたい程の憎悪と憤怒が伝わった。
「怒っちゃったけど?」
「…………」
シュウメイはコウキが馬鹿にしたことが魔獣に伝わってるんじゃ無いかと考えてみたりもした。
おふざけをライラは無視。コウキが切り替えるように指示を出す。
「とりあえず配置に着こう。シュウメイは兵糧丸が完全に効くまで後方支援、俺とライラで先ずは戦う」
了解、と2人が言ってライラはいつも通りルシフェルを顕現させた。コウキもナイアルラを現して、シュウメイは印を結ぶ。
「省略印では、恐らくダメかな」
バッバッバッ、と布が擦れる音と共に“臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前”の印を9回、正確に結んだ。シュウメイにとって本来、縮印した九字護身法は勝戦の祈り。省略無しなら誓いの様なものだ。
そして願いの付与効果を得た後。
次は北を向き、全く別の具体的な呼び込みの為に印を形作る。
これこそが精霊剣の印。シュウメイは瞳を閉じて無心となる。
「虚心合掌……オン、ベイシラ、マンダヤ、ソワカ」
忍びの願いと精霊剣の本質を唱えた最大火力。
「奥義――
シュウメイの足元に青い光の陣が生まれる。
風と共に地面が捲り上がり、そこから一本の刀が顕現する。それは忍者刀とは異なるリーチを誇る、一本の青い太刀――毘沙門天・裏が完全な形で現れた。
「……ちょっと時間かかるのか」
「特殊だから。適当に呼び出すと変な刀が出るけど」
「変な刀も見てみたいな」
そばにいたコウキが美しい青の太刀をみて圧巻の表情だ。工程を踏むと言うのも、何だか男の子としてワクワクする感じがあった。
こうして剣を握る3人が荒い息で警戒するガノ=デリオロスと対峙する。少年が開始の合図を送った。
「行こう」
ドッ!と床を蹴り上げたのはコウキ。
同時にライラが歩き、シュウメイが手裏剣を投げて開戦開始だ。
「――影縫い」
「ありがとうシュウメイ!」
「10秒、早くして!」
少女の忍法が成功するのを見届けてコウキが猛ダッシュでガノ=デリオロスの正面に突き進む。懐まで入って急停止。体を動かせずに唸るガノと少年の瞳が交差した。すぐに柄を強く握って業を出す。
「五式」
呟いて直後、コウキは高く飛び上がった。
空中で風魔法を応用した横の回転を加速させる。
これは大型生物に特化した新しい業。
ぐるぐると回り、風が嘶いた。
「――
直後、落下を一気に加速させたコウキの回転刃がガノ=デリオロスを頭上から切り刻んだ。
「――ギィッァァァガァァァッ!!!」
ズガガガガガガッ!と、激しい音をたてながらあらゆる箇所に縦の切り傷を与える。否、切り傷を与えているだけでは無い。
切創のそれら全てが“断絶”に成功している。
「――、」
断絶による黒い雷。無数の裂傷。縦型に刻まれたそれらが繋がって一つの
「――言葉失ってんぞ、食いしん坊」
地面に降り立ち体勢を低くしたコウキの猛攻は止まらない。
直ぐに蹴り出して真正面、断絶の残穢が見える腹部まで接近した。
コウキの妖精剣が、風魔法を帯剣した。
「四式――風燕ッ!」
腹から足にかけて、流れる高速の4連斬りが炸裂する。
速さを代償に暴走する為、操作性を完全に失う風の魔法帯剣。
これを接触時のみに絞る事で実用化した
「――ギィッッ!!」
高威力でありながら連撃可能数が不明な諸刃の剣は確りとガノ=デリオロスに爪痕を残していた。
ここでコウキの攻撃は一度終わり、バックステップで定位置へ戻った。
「――解除」
戻るコウキを見たシュウメイの目が点になっている。
たった10秒。その限られた時間の中で行う攻撃とは思えない連撃。風魔法の弱点転用含めて機転が効いている。
「……凄い断絶」
「頑張った」
「努力とかでは出来ないんだけど」
何より断絶だ。
影縫い解除してもダメージによる反動で半分気絶状態のガノ。黒い雷の切り傷はまだ少し残っていた。
「五式はデリオロスにデカい断絶やった時に思いついたんだが……これは効いてそう」
「……意味がよく分からないけど」
「断絶の場合、大きな一撃もいいけど細かい連撃の方が反動は残るんだよ。多分だけど」
近くで待機するコウキが簡単に言う。
シュウメイが「何を言ってるんだ」そう言いたげな顔でコウキに話す。
「そもそも本来はあんなに連続で出せないけど」
「なんか得意なんだこれだけは。失敗した事一度もない」
「それって何――」
「2人とも、そろそろだわ」
シュウメイが話そうとした時ライラが指摘した。
ガノ=デリオロスの意識が戻る。まるで何があったのか分からない様な、それでいて苦しそうな様子で3人を見る。
「――ァグガァァァァァァァッッ!!!」
怒りの叫びに大気が揺れた。
無意識の風魔法による暴風でコウキたちの髪が強く靡く。
会話も通らないような風の中、少年が指示を出す。
「やっぱ追い込まなくて正解だ!気をつけながらやろう!」
「――って言っても次はどうするのか知らないんだけど!」
「大丈夫!ライラがやってくれる!その次一緒にやろう!」
「遊びの誘いみたいに言わないでほしいんだけど!!」
轟々と砂埃を上げるガノ=デリオロスに向かって表情を変えずに歩くライラ。
ルシフェルを横に薙いで直後に音は消えた。
――時間は制止する。
正確には、ライラと対象の時間軸だけが万物時間と乖離する。
独立空間の中で時間を司るのはライラのみ。故に対象は動けない。
剣を向けて思いのままにそれを振った。凄まじい剣撃がガノに傷を与える。
「下級より制止時間が短い」
言葉を残す。
軸が無理やり万物時間と合わさり同時にガノの全身から血が吹き出した。凄まじい断末魔をあげて魔獣がよろめく。
「――今のは」
「後だ!行こうシュウメイッ!」
呆気らかんとしたシュウメイにコウキが伝える。やっとシュウメイは一瞬の出来事がライラの能力と理解して走り出した。魔獣の風が収まった今、彼らを遮るものは何もない。
「――疾ッ」
「
血塗れのガノ=デリオロスにコウキが断絶の一閃。
シュウメイの刀が特殊な光を帯びて横薙ぎの一撃。
同時二つの刃が交差したはずだった。
「……これは」
最初と異なる斬れ味に違和感を見出したコウキ。
目前のガノ=デリオロスの姿を見てすぐに汗が伝った。
「――待てッ!」
「……ぇ」
コウキが突然シュウメイを突き飛ばす。
ガノに追い込みを入れようとした少女は飛ばされる最中で彼と目が合った。
「逃」
そして、視界からコウキが消失した。
正確にはガノ=デリオロスの強烈な足蹴により突き飛ばされた。
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