第18話 「最後の作戦会議」



「おまたせ」


 光景に、ノアールクラス全員の鼓動が上がる。

 変わらぬ声色に、容姿に、笑顔に、全員の心が満たされる。

 身体は動かないがそれでも救われた気持ちでいっぱいだった。


「おせぇよ、バカがよ」


 親友の一言をキッカケにコウキが地面に降り立った。倒したニナ=デリオロスの巨体が虚しく崩れて倒れる。その音に遠くのデリオロス2匹が気づくも、何事もなく食事を始めていた。

 コウキは残りの竜に意識を起きながら満身創痍のメンバーのもとへ歩く。こちらに歩いてくる姿を見てネイとマリードが喜びを言葉にしている。


「コウキ!ライラ!……心配したぞ!!」

「無事で何よりだ。…………おかえり。である」

「うん、ただいま」


 照れくさそうに笑う2人へ笑顔を返した。

 コウキもライラも2階層から来たとは思えないほど疲れが無くなっている。2人は想像以上にボロボロの仲間たちを見て少し不安に思ったが、全員揃っている事に安堵した。


「――っ!」


 そしてテイナは言葉よりも先に駆け出していた。

 無理した身体を黙らせて走り、コウキに向かって飛ぶ。


「んおっ!?」


 どさっと後方に倒れ、文句を言おうとした。

 だが上に乗るテイナの肩が震えていたので黙った。


「……あったかい、本物だ」

「本物て、偽物あるみたいな言い方だな」


 耳元から伝わるいつもの声を互いが確認する。

 

「……5秒したら切り替えるから」

「あぁ」


 戦地の光景とはとても思えなくてコウキが少し可笑しくなる。テイナの表情は見えないが、依然震える肩を抑える様にコウキが手を回した。


「――、」


 この行動にテイナは驚いていた。

 それは緊張や安心、恋愛等とは全く異なる理由。


 ――コーキは、こんな事してくれるっけ。


 胸の中だけで呟いたが時間が来てしまったので切り替える事にした。


「よし、もう大丈夫。……おかえりコーキ」

「ただいまテイナ」


 テイナはばっと状態を起こして早々に立ち上がる。

 倒してしまったコウキに手を伸ばし、2人は皆の元へ歩き出す。ライラは先に歩いて全員と話をしていた。


 笑顔で隣を歩くテイナが、いつも通り下から覗く。


「ところでコーキ」

「ん?」


「ライラさんの匂いがするね」


 硬直した。

 天使の様な笑顔は逆に造られていると錯覚する程だ。

 近くのライラも反応している気がした。


「……ま、まぁ一緒にいたからね」

「首から強く花の匂いがするくらいね?」

揶揄からかうなって」


 ちょっと目を逸らしたがあまり深刻そうでもないので大丈夫だろうと判断する。それにテイナが個人的な事を話す時は、ちゃんと時間を作れる時だと知っている。


「まーいいけど?」

「女の子がそう言う時はよくないって本で読んだ」

「何その本」

「街でミアに勧められた“女恋大全集”って変な本だよ」

「あ〜、ちょっと心当たりあるかも……」


 テイナが温泉の時を思い出す。

 確かにあの時はワードチョイスがミアっぽく無かったので影響されてたのだろう。


 遠くにいる竜を確認しながら全員が一つの場所に到着。

 こべりついた血を其々の魔法手段で拭うメンバーにコウキが言った。


「単刀直入に言う。ちゃんと動ける人いる?」


 全員が押し黙る中でマリードが手を挙げる。

 だがそれは戦える意思を示すものでは無かった。


「はっきり言おう。おそらく全員まともには戦えない」

「……そうか」

「理由は2つある。一つは各々の肉体疲労。もう一つが……アレだ」

「あれ?」


 マリードが後方の南側を指差した。交戦中の南東側では冬蓮華を安定した運びで戦う生徒たちがいるが、一つだけ明らかな異変があった。


「……おいあれって」

「そうだ。どう見てもデロギガスだ。今は出入り口から口しか出てないがな」


 忘れた頃にやってくる忌々しい魔獣がそこにはいた。

 冬蓮華が出てくる隣の出入り口で顔だけを出しており、その理由はゼクトロドリゲスが楽しそうに抑えているからに他ならない。おそらく冬蓮華の討伐が終わればデロギガスとの交戦に移るだろう。もしかするとパレードの際のデロギガスご本人様で後方に魔獣の群れが詰まっているかも知れなかった。


「相変わらず見た目がすごいな」

「見ての通りだ。今は抑えられているが、冬蓮華の交戦が終われば次はデロギガス。こちらに加勢は来ない」

「応援が無い以上、厳しいって話か」

「あぁ」


 他の面々も見たが同意見の様だった。ガミアだけは舌打ちして無視しているので分からないが。


「――分かった。でもごめんな、ノアールの皆にはあの竜と戦ってもらう」

「――ッ!」


 ガミアがここで初めて反応を示した。

 怒りを露わにしているのは、仲間に無理ばかりさせてどうしようもないコウキに腹が立っているからだろう。コウキもそれを何となくで察するが、そのまま話を続ける。


「俺は皆を守りたいけど、頼らなきゃやっていけない」


 ――戦えないって嘆く奴らに何求めてやがる。

 ガミアは癇に障ったのかノアールのメンバーを見た。


 だが、無茶な要求を拒絶する生徒は居なかった。

 むしろ全員が真っ直ぐにコウキを見ている。


「任せてもいいかな」

「当たり前だ」


 ロイの言葉に他の4人も大きく返事をする。

 こうしてノアールパーティの方向性が直ぐ決まった。


 ガミアはただ、この異質な光景を見て驚いていた。


「じゃ、作戦は後にして俺からの選別。かなり楽になると思う」

「――コウキ。これは一体なんだ?」

「俺が依頼で薬草を調べて作った即効性の強壮剤だよ」

「ポーションの一部だろうか?」

「そうだね。疲労回復と肉体強化が含まれているけど、強い麻酔作用は消すことができなかった。痛みに鈍くなってしまう。一応リスク踏まえ治験済みだ」


 簡単に言うとリミッターが外れる様なイメージ。とコウキがネイに補足する。

 安全装置を外すようなものなので諸刃の剣には変わりがない。故に自己責任での分配だったが、ライラ以外の4人は渡されたポーションを直ぐに飲んでいた。


「半日後には疲れが来る。それまでに帰ろう」


 現在12時間程経過しているため、丁度デスフラッグの帰還と同じタイミングで疲労がやってくる計算だった。

 コウキの発言に全員が頷き、その姿を見た後にコウキはガミアとシュウメイに視線を送った。少年は何を話すべきか考えるものの、答えは一つしかない。


「情けない話なんだけど、手伝ってくれないかな」

「クソが。死ねって言うのかよ?」

「全員が生きるために必要なんだ」


 コウキは状況から何となく分析ができた。


 ――聞く限り、あのガミアが他人の協力に手伝うとは思えない。おそらくこのメンバーを部隊にして率いたのはシュウメイ、ガミア、マリードの何れかでガミアの可能性が高い。


 この2人の参加により生存率が高くなると感じていた。

 コウキはポーションをガミアに差し出した。


「正気か奴隷」

「大真面目だ。一生のお願いと思って受けてくれ」

「――、」


 ガミアが初めてコウキの目を見た時。彼は確信した。

 その透き通った黒眼の奥にある重たい覚悟を知る。


 ――コイツ、言葉が嘘じゃねぇ……死ぬ気だ。


「テメー、本来一生の願いってのは死ぬ間際に使」

「お願いだ」


 ――確定だ、腐ってやがる。

 ガミアがライラを睨んだ。しかしライラは表情を変えないままコウキを見ているだけだった。何があったのかまでは読めないとそこで諦めた。


「乗ってやるが、二度とオレと目を合わすんじゃねぇ」

「ありがとう」

「オメーの為じゃねぇ。オレはオレの為に生きる」

「そうか」

「ついでに仲間にもその奴隷みてぇなクソの目を向けんな」

「善処するよ」


 聞いてからガミアがポーションを受け取った。

 やりとりを終えたコウキがにっこりと笑い、今度は少し離れていたシュウメイの元へ歩き出す。

 到着して先に言葉を伝えたのはシュウメイだった。


「戦う気はあるけど。身体は動かない」

「そうだろうな、見てれば分かる」


 この中でシュウメイだけが赤い血を拭えてなかった。

 おそらく立ってるのがやっとで、他のメンバー以上に疲労困憊だと理解した。


「これ、飲んでくれ」

「……これって」

「兵糧丸だ」

「――っ!?」


 無表情のシュウメイが焦る様に驚いた。


「何故?」

「一番効果が高いって知って作った。適合したよ」

「いやそうじゃなくて」


 なぜ兵糧丸を知っているのか。聞き出そうとしたシュウメイがコウキの最後の言葉を思い出して固まった。聞き間違いでなければ適合したと、彼はそう言ったように聞こえた。


「…………うそでしょ?効く人見たことないけど!」

「本当」

「……………………」


 シュウメイはコウキの状態をみて思考する。

 彼はガミアの話が正しければ異常な魔獣に狙われていたはず。なのにこれだけ万全という理由に、兵糧丸は当てはまるのではないか。


「君は忍者の家系、なんだよね?だと普通の人より効くって書いてあった」

「…………うん。訳あって持ってきてないから、その」

「いいよ、これが最後の1つだけど使ってくれ」


 兵糧丸は爆薬を調合するため非常に難しい薬だ。コウキ自体も100回に一度の成功しかしていない。あとは全て爆発。その上完成品も期限付きで、仕入れも保管も困難な代物である。


「高ポイント依頼で作っただけだから気にしないでくれ」

「……わかった、ありがとう」

「どういたしまして」


 受け取ると嬉しそうにコウキが笑う。

 この流れで一つ気になっていた事をシュウメイが聞いた。


「周りから聞いたんだけど。私のこと見てた話」

「あっ……ごめん。集会の時だよね」

「そう」

「それAランクに一番近いって聞いてたのと」

「……のと、なに?」


 真顔でシュウメイが聞いた。


「精霊剣、刀なんだろ?俺もそうなんだ」

「――、」

「俺は能力分かってない上に刀の人なんて周りに居なくてさ、一体どんな人なん」

「刀なの!?いいよね刀!私すっごく好きで集めてるの!」


 コウキの話を遮って刀オタクのシュウメイが喜ぶ。

 青の瞳と目下のアイジュエリーが輝きの粒子を出した。


 だが、突然のテンションの差にその場が凍った。

 シュウメイも自分の行いに気づいたのか、手で口を抑えていた。


「楽しそうだね?」


 振り向かずとも誰が言ったのかは分かったため、この話は一旦終わらせようとコウキは考えた。



××××××××××××××××××××



 全員の意思が一つになったところで作戦会議も終わる。

 そもそもこの窮地で作戦など殆ど無いに等しい。


 奥を見ればもうすぐ食事を終える2匹の竜がいた。油断している内に戦わなければ奇襲を受けてしまうだろう。


「――よし」


 ――コウキが作戦を振り返る。


 ニナ=デリオロスは強壮効果を頼りにガミアとマリードが主軸でロイ、ネイ、テイナの3人を率いて交戦する。

 テイナの付与が切れたらインターバル中はロイとネイがテイナの護衛に周り、ガミアとマリードで抑えていく。


 ガノ=デリオロスは万全なコウキ、ライラ、そしてシュウメイの3人ができるだけ長時間戦い続ける。

 勝算が薄いが、コウキの業とシュウメイの忍術が時間稼ぎに使えてライラの強力な攻撃をアシストする方針。


 ニナ=デリオロスは完全討伐必須。ガノまでは殺せない。

 それが終わったら即座にガミアのメンバーは旗を刺しに行く。シュウメイの青の旗はマリードが代理し、彼らが戻るまでコウキのメンバーが大型のガノを抑えなければならない。


「……我ながら無茶すぎるな」

「いいや、もうそれしかあるまい」

「そうだコウキ。ガミアが異論無しの時点で優れた計画だと私は思う」


 やっぱり彼らを生かしたのはガミアの采配か、とコウキがガミアを見た。コウキとしても不本意ではあるが、実力は認めるしかないだろう。


「コーキ!あの強壮薬すごいね、身体嘘みたいに楽!」

「兵糧丸もありがとう、中々の効き目だよ」

「シュウメイさんって人によって態度違うんじゃない?」

「別に違くないけど」


 近くでテイナとシュウメイが何か言ってるが無視した。


「コウキ、ちょっといい?」

「どうしたライラ」


 整った顔のライラがデリオロスの死体がある地形を指差す。視界の端で一瞬テイナと目が合う。だが今コウキが見るべきはその奥。


「あそこにストームがある。死骸が多くて分かり辛いけど、戦うなら2匹を中心に引き寄せる必要があるわ」

「了解。何れにせよ城の周りで戦うのは危険だから、出来る限り避けながら行こうか」

「えぇ、とりあえず共有してくる」

「ありがと」


 そして最後にコウキはロイの元へ行った。


 ――もしかしたら、これが最後の会話だ。


 コウキにとって仲間は全員大切だった。それでもロイだけは特別な親友と言えるだろう。ここまであえて会話してこなかったのは、他の仲間との会話時間を大切にした上で最後に伝えたかったことがあるからだ。


「ロイ」

「なんだよ」


 真正面から呼ばれて気持ち悪そうに反応するロイ。

 金髪癖毛、甘い犬顔なのに性格に難がありすぎる。

 コウキの大好きなルームメイトだ。


「こんな状況だけど、俺は変わらず幸せだ」

「きめえよ!?どうやったらそんな価値観生まれんだ!?」

「そう、俺はキモくてバカなんだよね」

「分かってんなら改善しやがれ!」


 地団駄を踏みながら指を刺して、ロイがコウキを見た。


「そもそもなぁ!守りたい気持ちが先行するオマエが無茶ばっかするからこんな状況でもあんだよ!」

「確かに、一理あるな。なんか魔獣強かったのもあるけど」


 コウキがとぼけた様に返しても全員が理解している。


「そりゃ、ボクはまだ強くはねーけど!乗り超えて強くなって魔獣もオマエもクッソいじめてやるからな!」

「俺もかよ……」

「当たり前だ!バカがよ!」

「そっか」


 未来の話にコウキがうまく返せないでいた。

 仲間のために死を決断する彼は誰よりもその先が見たい。


 対するロイは真相を知っているコウキが落ち込んでいると考えて、知らないふりをしながら勇気付ける。


「んで、いじめた後は全部救ってやる!救われた分全部を助けて、ボクが天上に至る!世界を変えてやるんだ!」

「――、」


 コウキはハッとした。その一瞬だけは“ありのままの姿”でロイの瞳を見ることができた。

 刹那の光景を見たライラが咄嗟に苦しい胸を抑える。


「ロイ――、」


 コウキが仲間の瞳を心から見れたのは、ロイとの瞬間が最後だっただろう。潤みそうな目もそのままに少年は続ける。


「かっこいいなそれ、最高だ」


 出会った時と同じ言葉を、大満足の笑顔で返した。


 ――覚悟が決まった。


「皆、行こう」


 コウキが先頭を歩く。

 応じる声を背に一同が竜へ向かっていく。


 絶対に勝つ。そう心に決めて戦いに出る。

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