第8話 「迷宮2階層“水湿園”」
――
地下2階層 “水湿園”
背中の叩かれるような衝撃と共に、水が弾ける音がした。
直ぐに水中に落ちた事を判断したコウキが、気力を頼りに少女を抱えたまま水上を目指して泳ぐ。
「――っぶは!!げほっげほっ、嗚呼、死ぬ!!」
「けほっ、けほっ」
水面から顔を出すと10m先に陸があることを確認できた。
覚束ない泳ぎでライラを持ちながら目指していく。
「くそ……どこまで落ちたんだ」
到着して陸に辿り着くと、空間が薄暗いこもった洞窟であることがわかった。広い部屋の所々に水溜りや池があり、茶色の土壁等に緑の苔や植物が生えている。美しい自然と言うよりは不気味な湿地林のようだった。
魔獣がいない事を目視で確認。
水辺で倒れている少女を両手で抱えて岩のそばまで連れていく。
直ぐに重たくなったアウターを脱ぎ、俯くライラの目を見た。
「ライラ、無事か!?」
「…………ええ」
「よかった、アウターとジャケット脱げるか?直ぐに乾」
「何故一緒に落ちたの」
ぐったり座ったままのライラが言った。髪は濡れて息が荒い。足の怪我は大怪我とまでは言わないが、まだ止血出来ていない状況で彼女がコウキを睨む。
「助けるためだ」
「ふざけないで。ここは迷宮だわ」
「ふざけてなんかない。ちゃんと皆にも伝えた」
「目的地で会おうって?まともに走れない私と、限界を隠してる貴方が?危険な階層に落ちて何ができるって言うの」
珍しくライラが感情を露わにしていた。
だがコウキは怒るのさえ辛そうなその様子を見て胸が痛んだ。
「それは考えてない」
「バカなの?私が犠牲になれば、貴方は自力で上がるくらいは出来たかも知れない。せめて動けるメンバーと一緒にいれた筈だわ。そしたら判断力でチームを導ける」
「俺はバカだよ。だから言うけど、あそこで残って皆で勝ったとして、そこにライラが居ないなら意味がないだろ」
「あるわよ!!」
ライラが怒鳴った。同時に気管に水が入り大きく咽せる。
乾いた咳が湿っぽくて暗い洞窟に響いていく。
「残されたパーティに優秀な意思決定者は居ない……。その上私たちも互いを補完できる程体力はない。最悪パターンの分かれ方だわ。これが、最善の選択って言うの?」
辛そうに胸に手を当てる少女は目の前に立つ少年を見る。
心の奥を覗くような栗色の瞳と、遠くを見るような黒の瞳が交差した。
「違うよ」
「――ッ! なら」
「ライラを切り捨てて5人で勝ち抜けば勝ちの意味では最善の選択だ。言う通りだよ、それが正しい」
けどな、とコウキは言葉を繋げる。
「それは勝ちだけにこだわった場合だ。俺は最後まで全員負けない事が勝ちに繋がると思ってる」
「…………」
「あの場で最も負けない選択はこれであってるんだよ。決断できた自分を誇りに思う。最善ではないけど、最良の選択だ」
「…………言葉の綾だわ……何なの」
ブレない黒瞳を見たライラが視線を外して下を向いた。
コウキは根負けした少女をみて優しく笑い、両手をぱちんと合わせる。
「と、言うわけで……。起きた事は仕方ないから、俺たちも繋がった命を無駄にしないように先を目指そう」
「…………へくちっ」
うおおマズい!風邪引くぞ! と、脱がそうとしたコウキが何故か殴られて吹き飛んだ。彼はまだ制服の白シャツから下着が透ける事に理解を示せる年齢ではない。
「自分でやる」
「そういや回復は出来なくても魔法は使えるのか?だったら炎魔法と風魔法を応用したら直ぐ乾くよ」
「つ、つかえないわ!」
「ほら出来ないじゃん、ぽんこつ」
「うるさい!」
冗談混じりにイジってみたが、まだそこまで仲良くなれてないようだ。コウキはちょっと傷つきながら隠れるライラのアウターだけでもまずは乾かす事にした。
「これ終わったらジャケットとかシャツも渡せよ〜。マジで何も見ないからスカートと靴下もこっち投げろ」
「…………死ぬより辛いかも」
「そこまで言う!?」
ショックだ、と少年が落ち込んだ。
しばらくして完璧に衣類を乾かしたコウキが魔法で生成した温かい湯をライラに渡す。岩に座っているライラがそれを受け取った。折りたたみのカップはマリードが持っているので、竹のような植物に入れて代用している。
「……これからどうするの」
「どうするって何が?」
コウキが集めた木を細長く割いて魔法で煮たり乾かしたり何かを作っている。非常に器用で異質な魔法の使い方に、座りながら見ているライラがちょっと引いた。
「私たち」
「ああ、方向性の話か?まぁとりあえず進むしか無いんじゃないかな」
「珍しく楽観的だわ」
「そうか?こんなもんだよ俺なんか」
「貴方……気付いてないの?」
何が。と言うコウキの疑問はもう無視していた。
ライラは彼が常に迅速的確な判断をしていて、死地でも確実に思考し動けていると評価している。ポテンシャルはあるが出力が低いようなむず痒さがコウキにはある。
これはメンバーの中でもライラしか見えていないが、本人にも自覚がないとは思っていなかった。否、正確には無自覚である事は理解していたがここまでとは驚いた。
「出来たぞ」
「なに」
ほい、とコウキに突き出されたのは木と植物で作った変な道具。
それにすり潰した苔のような緑のペーストだ。
「足出して」
「嫌」
「そう言う意味じゃないです……あの、怪我の方」
殺人鬼のような目で見られたコウキは情けなく敬語になった。全く信用していないのか、岩に座るライラは心の底から嫌そうにローブをめくった。
故意に隠していた真っ白で華奢な足が露出する。
太ももと綺麗な膝に視線が行かないよう気をつけながら、その下にあるふくらはぎを見る。柔らかい質感の外側はやや肉が抉れて赤く腫れ、血が垂れていた。
「――っ!」
「あ、ごめん。治療するから我慢してくれ」
「魔法は無理」
「知ってる」
踵を持ち上げて怪我の足を浮かせると痛そうに反応したため、コウキが声をかけた。彼は緑色のペーストを手に取り傷口へと塗る。
「――っ!?」
「だ、大丈夫だぞ!安全な薬草ってやつ!」
「う……ウタガッテナイワ」
「絶対疑ってるだろ!?この瞬間だけ信用してくれ!」
硬直するライラを他所にコウキは傷口へと薬草を塗っていく。
心の傷にも欲しいなと思いながら痛くないよう優しく塗布した。
「これは感染症から身を守ったり止血するための薬だから、傷口は治るわけじゃない。むしろそのままにして治癒魔法の方で治さないと綺麗な足に傷がつく」
「綺麗な足はいらない、セクハラだわ」
「……たしかに。気をつけます」
謝りながらコウキが「それと」と言葉を紡ぐ。
「強い鎮痛作用があって、楽になるけど無理はするな」
「……既にかなり楽」
「本当か!それは良かった」
とびきりの笑顔になるコウキを見てライラは素直に変な奴だなと思っていた。出会った当初とはイメージが異なっているように感じる。
「で、この綿で保護して。この木で作ったやつが包帯代わりだ」
「…………」
「完成。自給自足治療!」
「……ありがとう」
素直に礼を言うのが珍しいと感じたコウキは一瞬驚いた。直ぐにどういたしましてと返す。
ライラは実際かなり楽になった上に、彼の手際が良く感心している。
「何故原始的な治療の知恵を持っているの?」
「備えあれば憂いなし。実際役立ったじゃん」
「そうだけど。治癒魔法以外の知識なんて退廃的」
ぼそっと呟くライラを見てコウキは勉強した時を思い出した。修行期間はあらゆる事を想定した学びを心掛けたのもあるが、薬草学は高ポイントの依頼もあったのでかなり調べていた。
「実際、薬草学は魔法が使えないシーンもありそうで想定して学んだよ。それこそ解毒とかは治癒魔法も難しいし」
「そう」
「うん。包帯とかはコップなかった時、植物で代用する術を調べててその応用で今考えたけどね」
「そう」
ライラが返事をすると試しに立ち上がってみた。体がさっきよりも楽だ。
到底走れそうにはないがぎこちなく歩くことくらいは出来そうだった。
「……少し休むか?」
「いいえ。進むわ」
「本当に大丈夫なのか」
「ええ」
これ以上は足を引っ張るわけにはいかない。生きたからには生きる努力をするべきだ。返事をすると、コウキは手際よく身支度や片付けを済まして準備をする。
コンパスを開き方向を確認した。
「……あの奥の入り口から通路に進もう」
××××××××××××××××××××
――
「ガミアく〜ん。もうちょっと速度落とせんかねぇ」
「あん?テオ……テメーの実力不足をオレに強要すんな」
「そう来たかぁ……走りを強要してるという考えにはならんかねぇ」
「ならねーな、気張れ」
吐き捨てるように言うガミア=イシュタル。
赤い短髪をオールバックにした背の高い男だ。細い通路を素早く進んでおり、その薄暗さも相まって肉食獣のようにギラついた雰囲気で走る。
後方を行くのはテオ=ランティス。
青髪のワンレンを後ろで団子にした線の細い糸目の男。眉毛にアイブロウのピアス、髪の所々には変なヘアピンをしている。ルージュクラスと思えないほどアンニュイな雰囲気で、語尾が伸びてしまう上に話し方も穏やかだった。
「2人ともうるせーよ、斬っていー?」
「ゼクト。直ぐ人斬る癖マジキメーですよ?マジくたばれくださいです」
後方を行くのはゼクトロドリゲスとプラハ=ヴァリアードの2名。
気怠げに呟くゼクトロドリゲスは前髪も含めて腰まで伸びた黒髪ロングの男子生徒。
顔色が非常に悪く整った顔を台無しにするほど大きなクマとコケた頬。手足が長く枝のように細い。
プラハ=ヴァリアードは敬語をつけておけば何とかなると思っている女子生徒だ。
小さい体に赤茶のボブ。全くサイズがあっていないメガネをかけているのは、若干つり目になった瞳をカモフラージュするため、サイズの大きい制服を着ているのは萌え要素の意識である。
「プラハ、まずはおめーから斬っていー?」
「不潔童貞がワタシの名前をマジ呼ぶなです。あとマジ見んなです。死にたくなければ黙ってクソ前向いて歩けカスです」
「オメーらもうるせーよ、おろすぞタコ」
「ガミアく〜んタコは捌くもんじゃないかなぁ」
見るからに治安の悪い集団。
これがルージュクラスの日常会話だった。
「というかぁ、プラハさ〜んは何で服だばだばなのかなぁ」
「これは萌え要素です。細目野郎は視野狭いんだからクソ前向いてろです」
「こっわぁ。どこに萌えればいいんだろうねぇ」
「…………」
そのもう少し後方には4人を無言で見つめる目があった。
クリーク=バラモアである。銀髪のショートヘアに三白眼。
真顔でも好戦的に見えてしまう顔立ちだった。
クリーク以外の4人はある事情により殆ど魔獣と遭遇していない。
しかしよく見ると傷だらけである。これは最初の分かれ道で意見がぶつかってしまい2時間も仲間割れの大喧嘩を繰り広げたからだった。
「クソが。オメーらが最初からオレについてきてればこうなってねぇんだよ」
「ガミア、マジ自意識過剰です。誰がてめーにクソついていくんですか」
「まだ殺るってーのか、斬っていー?」
「み〜んな、もうちょい静かにならんかねぇ。流石の僕もブチ切れそうだぁ」
ルージュは他クラスの誰の話題も出しておらず、普通の会話すらうまく出来ていない。
自我が強く協調性に欠けるメンバー構成だ。
しかし結果としては2時間のロスがありながらも
更に彼らは個人の意思こそ強いが、同じくらいに頭が冴えている。目的地が同じであることから思考パターンや判断力も“利害の一致”という形でまとまっている。
「オレが協力してやってんだ。とにかく走れ」
「おめーに言われなくてもクソ走りますよ」
「走りながら斬っていー?」
「僕は走るのやめたいなぁ」
「…………」
戦闘の時間ロスを極めて最小限にして5人は突き進む。
目指すは目的地。他は知らない、興味関心もない。
ただ己が勝利のためだけに迷宮を駆け抜けた。
××××××××××××××××××××
――
「はあ、はぁ……クソ。この犬型の魔獣ひたすら増えていくぞ!?」
「ロイ、それはウォロス……小さな魔犬だ」
「ゴブリン以下の雑魚である。構わず進め」
「とは言ってもなぁ!?ボクなんか頭噛まれてない!?」
先頭を歩く子犬まみれのロイが叫んだ。
腕や足をガジガジ噛まれており頭も齧られている。ちょっと切れたのか頭から血も出ていた。
とは言っても、ダメージは殆どない。
「バギルと同じで光魔法さえ纏えば無傷で済むぞ?」
「でも噛まれている感じはあるんだぞ!てかボク、頭から血出てね……?えっこれ血じゃね!?えええ!!」
「騒がしい奴だ、ちゃんと魔法を纏え」
やれやれといった調子のマリードが指摘する。
その背中にはテイナが紐で括り付けられていた。
4人はロイが先頭でネイとマリードが横並びになっており、テイナを背負うマリードが後方からやられないようにネイが背後に気を配りながら進む陣形だ。
「コウキは大丈夫だろうか」
「無駄な心配だ。目的地で集合と言ったのなら、そういう事なのであろう」
「……そうだな。とりあえず私たちにできる事をやろう」
「ああああボクのローブ千切れた!邪魔だオラァ!!」
疲労の残る2人は目の前で元気そうに噛まれるロイを尊敬していた。
実は彼が最もタフなのではと思うほどだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……とりあえずやった!進むぞ」
「ああ。ロイ、無理してないか?」
「何言ってんだオマエ、無理してるに決まってんだろ!」
ネイの心配にロイが振り向かず言った。
「無理してでも行くんだよ。あのバカ、テイナちゃんを置いて行きやがって……目覚めた時に居なかったらどうすんだ」
「それは仕方ない事だと思うぞ」
「ボクもそんな事はわかってんだよ!理屈と感情はいつだって反対にあるってだけだ!」
「そうか。何れにせよロイが優しい事だけは私にも理解できるな」
どうしてそうなる!?とロイが怒りながら振り返るが2人は笑っていた。
よく分からないが褒められた気がしなくもないので、少年は前を向き直して進む。
「くっそ……先頭はこんなに辛かったのか、あのバカ」
強がりやがって。とロイが小さく呟いた。
いつ魔獣が来るかも分からない状況に突然の魔獣対応。そして後方がついてきているかを気にしながら進まなければならない。
更に狭くなったりする道は前衛の方がより閉鎖的に感じやすい。
この状況を続けながら休憩をほとんど挟まずに戦ったコウキはきっと限界だったはず。
迷宮慣れしているライラは別としてだ。
「意地でも目的地についてやる」
泥のついた顔を拭い、金髪の癖毛が暗がりの先を見る。
ただひたすら目的地へと向かう4人。足音が響く。
歩き続けて23キロを過ぎた地点。
全員が何となく気付き始めた違和感を言葉にしたのは、銀髪の美形ネイだ。
中性的な顔が険しい表情を作る。
「……魔獣が明らかに弱くなっているな」
肌で感じていた他の2人は黙って頷いた。
隣にいたマリードがテイナの状況を気にしつつ、金の瞳で道の先を見た。
「特に筋骨隆々のゴブリンは1匹もおらぬ。加えて魔獣の出現頻度も格段に下がっている。出るには出るが、過去我らと対峙した魔獣より弱く時間的ロスも少ない」
「ボクたちが壊した大結晶と何か関係があるのか……」
「ロイ、それにしてはゴブリン以外も弱い気がする。特にウォロスなんかは、20キロ地点に居るなら入り口にも大量に居ないとおかしい」
一行は早足で歩きながら状況分析をしていた。
ウォロスは最下級魔獣だ。下級魔獣は奥に行くほど減る傾向にあるため、この辺りにいるのなら一度も遭遇しなかった事は変だった。
「それに……今考えてみると、私たちは最初から魔獣に遭遇しなかったと思えば突然デロギガスのパレードに追い込まれたり、その後も含め不可解な事が多すぎる。最下級魔獣の多いはずの1キロ地点で現れた中級のデリオロス含め……これは……」
「生態系の異常で片付くような話ではなかろう」
「どういう事だよ」
コウキたち一行は開始から3キロ進んでも魔獣に遭遇しなかった。
と思えばギガンテスのデロギガスに追われ、ゴブリンの罠にかかり、デリオロスが現れる。その後もずっとゴブリン含む様々な魔獣に止められて、更には大結晶に閉じ込められている。
「例えばだロイ。デロギガスなんていう古代巨人種が直ぐに出現するのなら、報告に上がってない事は変じゃないか?」
「もしかしたら序盤で出たのは今回が初めてなのかも知れないだろ」
「であるなら、デロギガス以下の魔獣が入り口で出てこない事や、この20キロ地点で最下級魔獣がいる事の説明がつかなくなる」
「我もここは同意だ。この地点にウォロスがいるのなら本来は入り口でも遭遇するものだ」
歩きながら順を追って話すネイと付け加えるマリード。
その会話を聞いて少しずつ違和感の正体が言語化されていく。
「この辺りに下級がいるのに1キロ地点でデリオロスが現れているのも謎だ。あんな魔獣がいきなり出てくる迷宮も、肉体強化されているゴブリンの群れも、私たちが対峙した癖のある魔獣も変だ」
そして何より、とネイが言葉を繋げた。
「それらの魔獣が今突然消えた事が最もおかしい」
「……それが生態系の異常と無関係である意味がボクには分からないんだけどな」
「本当に分からないか?」
マリードが前を歩くロイに問いかける。
返事をするよりも前に、マリードは話を続けた。
「今の少ない魔獣の数が本来の迷宮の魔獣数、そう仮定する方が腑に落ちる訳だ。……つまり今までの出来事は、自然な異常と捉えるよりも“何らかの意思”が組み込まれていると捉える方が現実的である」
「――、」
ロイの足が一瞬止まる。
だが背後に眠るテイナの存在を思い出して直ぐに歩みを始める。歩いてはいるがどこか浮いているような緊張感……否、焦燥があった。
「……何らかの意思って表現したのは」
「ロイの思う考えで間違ってないはずだ。多くの魔獣がこれらを意図して我々を狙っているとしたら、既に食物連鎖は逆転している……。マリードは“人間の手が加わっている可能性”も示唆している」
「――、」
ロイは歩みを止めないように必死だ。
何かに集中していないと不安で頭が回らなくなりそうだった。
心のどこかでは感じていた違和感の可能性を正面から受け止めるのが恐ろしかった。事実と向き合う事で、一つの“最悪の可能性”を見出してしまうからだ。
「……なら、ボクたちが今何も起きていない理由は」
今のロイたちに以前のような過酷さは無い。
まるでこれが本来の迷宮であるかのように、異常がみられない。
「――おそらく襲う理由がなくなったからだ。いや、遠回しの表現はやめよう。これらが仮に意図されて行われていて、今私たちの前に以前のような異常がないのなら」
ネイがハッキリと言う、最悪の可能性。
「対象が私たちでは無いという事だ」
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