第7話  「ちょっと、行ってくる!」



「はぁ、はぁ、ロイ!守れてるか!?」

「あぁ!テイナちゃんたちの投石対策は任せろ!」


 逸る心臓の鼓動を全身で感じ取る。

 焼けつく戦地の匂いと砂埃の視界。夥しい赤い目の光。

 本当にもう増えないのか錯覚するほど減らない魔獣はゴブリンだ。


 握る剣に手の皮が捲れるも、構わず振り続けるコウキとネイそしてマリード。三者共に初手から全力を出しており、強化魔法のブースト後も相まって疲労困憊だった。


「ゴブリンが強くなったんじゃない、俺たちが弱ってる!」


 全員が限界ギリギリの状態で戦地に立っていた。


 ロイはと言うと、投石組であるゴブリンの出現リスクを考慮して守備体制。少し後方で眠るテイナと倒れるライラを守っている。これによりコウキたちは思う存分力を発揮できていた。


「しかし……。思ったより体力がないな」

「スタンピードの展開以降、明らかに酸素が薄い。この手の結界内では人間が活動しにくいようになっているのだろうか」


 ネイが苦そうな顔をすると、ゴブリンを薙ぎ払ったマリードが答えた。

 吹き飛ぶ死体を他所に状況を分析する。


 疲労の原因の一つは酸素の薄さだ。明らかに酸素は減っていると見て良い。

 息をしているのに苦しい感覚が続き頭の回転速度にも影響しそうなほどだった。


「魔獣の追加発生がないだけマシだ!とりあえず、取りこぼしがないように交戦しよう」

「だがコウキ、この状況下で長期戦はマズイぞ」

「いいや、大丈夫なはずだ!……マリード。準備はどうだ!?」

「無論。いつでも行けるが、その後を考えればもう少し削るべきである。今は動けない者もいるのでな」


 横眼でマリードがライラとテイナを目睹もくとする。

 交戦前に確認したところテイナには息があった。おそらくコウキが即座に命を繋ぎ止めたからだろう。割れた額や横腹は元に戻り今は眠っている。

 そしてその事実がコウキたちをより強くしていた。


「はぁ――ッ!」


 魔法帯剣一乃型“氷刀”は特殊魔法帯剣の一つ。

 本来魔法帯剣は対精霊剣用で使用されて、相手が闇タイプだと光魔法、炎タイプには水魔法といった弱点を4種ごとに纏うことで真価を発揮する。


 その為風と水魔法の応用である氷魔法の帯剣を弱点にする精霊剣は存在せず、あまりメリットがないように見えた。しかしコウキは魔法帯剣を対魔獣用に置き換えて氷刀を作り出している。


 精霊剣の能力は魔法効果に劣る上に帯剣中は効果が落ちるためポピュラーとは言えない。だから帯剣技術はそもそも発展途上技術だ。これは自身の精霊剣の能力を知り得ないコウキだからこそ生み出したものと言えた。


「ヒィィィアッ!?」


 ゴブリンの切り傷が凍る。敵は決定打も自覚しないままその場で硬直し死に至る。

 これにより死に際の一手を受ける事はない。


「邪魔だ!」

「――最速で行くぞ!」


 氷刀が炸裂。

 ゴブリンの群れの中次へ次へと合間を縫うように切り刻み、時には受け流して奥へ進む。


 後を追うようにネイが精霊剣アキレスを振った。コウキの倒し損ねた魔獣を中心に刻み、確実に量を減らしていく。


 ――そしてマリードが合図を送った。


「征く!!!」

「了解」


 聞いたコウキとネイは突然攻撃を止めた。

 片足に強化魔法を施し、バックステップで大きく後方へ下がる。


「――ヒァ?」


 魔獣のゴブリンでさえも不可解な行動に、総勢80匹の動きが一瞬止まる。その目の前にいるのは2メートルを超える巨躯。刺青の坊主に金の瞳。ロングソードを握るマリード=デリアだった。


「お前たちには我の大切な仲間が世話になったな」


 マリードは瞳に映る矮小で姑息な社会的魔獣へ一言だけ伝えた。卑怯だけが取り柄のゴブリンにそれ以上を話してやる道理はない。心内にも微塵の同情はない。


「我が軍略の剣スカンダの到達点」


 ザグッ!と床に精霊剣を強く刺す。

 そして何かに呼応するよう剣が特殊な光を帯びた。


 それは精霊剣を己が師とし使用者を昇華させる奥の手。剣と向き合い剣に生かされた人間が叶える衣鉢相伝の一手。人はこれを“到達点”や“相承”と称した。


具現解放ぐげんかいほう――、智将万骨ちしょうばんこつ!!」


 言葉と重ね暴風が大気を震わせる。

 刹那に輝くスカンダが形を変えた。


 長いロングソードは竜骨のような禍々しい形状変化を遂げ、マリードの背後には巨大な淡い光の化身が現れた。直ぐに輝く光の化身は気となり収縮してマリードを包みこむ。

 身体を風と気の雷が覆った。鋭い瞳が魔獣を睨む。


「悪いが早々に屠るぞ、愚図共」


 何段階も上を行く強さの証明は、形で示さずともゴブリンたちを止めるのに充分だった。


 ――具現解放は精霊同化に近い。

 精霊剣の奥の手とされる一段階昇華能力。

 恩恵である精霊の魂を一部呼び起こし使用者の身と同化する奥義だ。剣の形状変化は精霊剣が成長した姿ではなく、発動した者の魂の変化や願いが具現化したものとされている。


「分析」


 今回マリードの具現解放である智将万骨は戦争を示す。

 軍師であり名将でありたいという彼自身の貪欲な願いが形になっており、能力は分析対応。集団の数から弱点までを即座に理解し、最短で倒す術を剣に付与することができる。


「対応完了……」


 ゴブリンの数や弱点、この状況の打開策を見出し対応を終えたマリードは鼻で笑う。剣を横に向け、今にも逃げ出しそうなゴブリンへ視線を送った。


「あまりに、脆いな」


 対応を終えた精霊剣が導き出した答え……それは“剣を横に振る”ただそれだけの事だった。


 ドッッッ!!!!と、空気が震える爆発音。剣から放たれた横幅30mを超える斬撃が魔獣の群れを真っ二つに切り伏せた。


 視界の先は真っ赤に染まり肉の落ちる音が空間を支配する。全てのゴブリンが結晶化されて虚空に散る。言葉も叫び声もあげる余裕はない。ただ斬られるために今日まで生きてきたかのように、呆気なく全滅した。


 すぅ、と音を立ててコウキたちを閉じ込める紫の光が消失する。大結晶のスタンピードが終わりを迎えた合図だった。


「あれが具現解放……生で見るのは初めてだ」

「俺は2回目だ。色々あって修行中に使われて一振りで死にかけた。なんか解決策を自由に剣に付与できるらしい」


 たまげるネイにコウキが過去を思い出しながら言った。

 その姿はどこか末恐ろしいものを見るようでもあり、楽しい思い出を振り返るようにも見える。


「……終わったぞ」


 やや足取りがふらつくマリードを、コウキとネイが両サイドから支える。それは14歳という未熟な身体で発動する具現解放のリスクを顕著に現していた。


「おつかれ、マリード」

「ああ。素晴らしかった。流石だな」

「ゴブリン如きに使うほどではなかった。 情けない」


 マリードの智将万骨は、弱すぎるゴブリンに対して分析もクソもない事を本人に示した。雑魚を相手にするなと言われたような気持ちになり、その雑魚に翻弄された事実に悔しさを抱く。


「いいや、どれだけ雑魚でも数の暴力に振り回されたのは事実だよ。それを解決したって事が凄いよ」

「私も同意だ」

「……ふん。貴殿らは相変わらずである」


 照れ臭そうに言葉を残すと、ロイたちの元へ辿り着く。


 ロイは愕然とした様子でマリードの具現解放について説明を求めていたり、ネイは眠っているテイナの脈拍が正常になっている事を告げた。


「一旦は、終わったんだな」


 仲間と話をして漸くコウキの力が抜けた。少し疲れたが座ると立てなくなりそうなので、そのままでライラの方を見た。


 座ってぼうっとしているライラ。薄飴色のミルクティーのような髪は少し乱れていた。涙で赤くなった目尻なんかは、普段の人形の様な顔立ちではなく人らしい姿だ。

 コウキは少し安堵した。


「ライラ、身体はどう」

「…………動くわ」

「よかった」

「――ッ!…………良くない」


 コウキの返答に悔しそうにライラが言う。それは相手に対する不平不満というよりは、自分自身に言い聞かせている様に思えた。


 その姿を見て全員がライラに注目した。


「……ごめんなさい」


 珍しく謝る彼女の姿を見て、男子4人はどう声をかけていいのか分からなくなった。俯くライラが話を続ける。


「私はおそらくあと6時間は剣を出せない」

「――、そんなにか」

「剣が戻るまでは疲労が残る。治癒魔法も効かないわ」


 発言に4人が驚いた。疲労で脱力状態のライラと眠ったテイナを守りながら、最速ルートでもあと7割近くある迷宮をクリアしなければならない。


 長い休憩を取る前にスタンピードにかかった為現在のタイムロスは少ない。だがそもそもテイナの付与効果がないと言うだけで進行速度は下がり攻略難易度は上がる。


 絶望的な状況だ。


「……それがサタン化の呪いか」

「ええ」


 ネイの言葉にライラが答える。一連の会話を見送り、コウキは気になっていた事を聞いた。


「後から怪我した時の治癒はどうなんだ?」

「それも戻るまでは効かない」


 儚げで美しい顔に陰りが生まれる。

 治療制限があり疲労困憊のライラは無傷のまま6時間を耐える必要がある。その間は走る事も難しいだろう。


「でも仕方ないさ。俺たちはライラが居なきゃ死んでたよ。とりあえず今は開始4時間を過ぎてるから、散らばった結晶を集めてできるだけ進もうか」


 コウキの提案にライラ以外が了承の返事をした。ライラは俯いたまま一点を見つめ、それでも腹を括ったのか前を見る。


 ――この時、コウキの身体は疲労で限界に近かった。

 時折視界はぼやけて全員が二重になる。座らなかったのも、立ち上がる足の力がない事を恐れていた。

 かと言って今休むのはリスクでしかない。メンバーには身体の不調を悟られない様にできるだけ明るく対応した。


「……やべぇな」


 今直ぐにでもテイナの元へ行きたいのを抑えているのも、抱く力がない可能性を考慮してのものだ。手には力がまだ入るが、抱えて動き回れる自信はない。


 それでもやらなければならないと、ふらつく視界を振り払った。


「全員、進もう」


 今度こそ一致団結して起き上がった時だった。


「――――危ないッッッ!!!!」

「――ッ!?」


 ライラの叫びと共にコウキは横へ吹き飛ばされた。

 咄嗟に立ち上がったライラがコウキの体を押したのだ。


 ズザ!!と。

 石がライラの足を掠めたのを、コウキだけが見た。


「――投石ッ!?」


 マリードが視界を向ける先には1匹だけのゴブリンの存在があった。ライラは民の剣気から状況を察し、コウキ目掛けて投げられた石の身代わりとなったのだ。


 そして遠くのゴブリンが嗤った。


「――どこまで!! ボクたちを馬鹿にする気だッ!!」


 誰よりも早く動いたのはロイだった。

 地を蹴り、即座に射程内まで近づく。

 拘束能力を以て迅速に命を断つ。


 音もなく死体になるゴブリンを見る事もせず、倒れたコウキの方を振り返った。コウキもライラも無事だ。


 だが、無事だったのはその瞬間までだった。


 ピシピシッ!と、嫌な音がするのを全員が聞いた直後だった。


「ぁ」


 ライラの居た床が崩壊した。

 崩壊音を鳴らしながらコウキたちの目の前でそのままライラの身体が傾く。倒れゆくライラとコウキの視線が交差する。刹那の間に薄飴色の少女は状況を受け入れて呟く。


「勝って」


 一瞬がもの凄く長いと感じた。


「――ストームだッッッ!!!!」


 ネイが大声で叫ぶ。

 同時にマリードとロイが走る。

 側にいたコウキがとある会話を思い出した。



『ストーム?』


『魔獣が出入りするための風穴だ』


『酷いとストームは3階層以上落ちることもある』



「――ライラァッ!!!!!」


 コウキは咄嗟に足が動いていた。

 落ちていくライラに向かって飛び込み、底の見えない穴の中へダイブする。華奢で折れてしまいそうな彼女の手が目の前にある。ここで掴まなければ何かが終わってしまうと判断して強く手を伸ばした。


 迅速な行動が功を制しコウキの左手が冷たくて細いライラの手を握る。

 だが、既にコウキも落下していた。


「――ナイアルラッ!!」


 素早く精霊剣を顕現し穴の中の壁に突き刺す。地面から10m下がった地点で2人は宙吊りの状態となった。


「コウキッッッ!!」


 地上側からネイが叫んだ。穴を覗くネイとロイとマリードが必死の形相で落下しそうなコウキたちを眺めていた。


 助けられたライラだけが曇った表情でコウキを見る。


「――離しなさい」

「……………………は?」


 体力の限界であるコウキはライラの言っている意味を理解するのに困った。今何も出来ず握る手の握力すら無いライラを離せということは、殺せの意味と相違ない。


「だから、離しなさい」

「……何言ってんだおま」

「離してッッッ!!!!」


 叫ぶライラは今にも崩れそうな顔でコウキを見ていた。

 整った顔は徐々に憂いのある陰を作っていく。


「貴方……もう限界でしょう」

「――っ!?」

「分かるわ。言わなかっただけ」

「それと、これとは……関係ねぇよ」


 剣を握る右手が限界だ。そもそも手の握力を残すだけで腕に力はほとんど残っていなかった。視界も霞んでいて思考も鈍っている。それを自覚する余裕が残っている程度だ。


「今のチームには、貴方の判断力が必要だわ」

「お前の力も……必要、だ!」

「私は居なくても平気」

「嘘だ、お前が誰より仲間想いだから、精霊剣……出せなくなったんだろうが、バカ」


 コウキは裂けそうな身体を気力だけで持ち堪える。息が苦しく頭痛が酷い。

 精霊剣を持つ指が一本離れる。


「もうやめて」

「やめない」


 呆れて真顔に戻るライラを見てコウキが言う。


「ライラ、守ってくれてありがとう」

「――っ!?」

「足、ごめんな」

「………………」


 ライラが驚いていた。

 ここはストームの途中。下に落ちれば魔獣が強くなる。回復もできず力も使えず足も怪我した私。満身創痍で目の焦点すら合ってないことに気付けないコウキ。宙吊り状態でいつ落ちても可笑しくない絶望的な状況。


「俺は、お前も含めてみんなで勝ちたいんだ」


 全部踏まえてコウキは笑っていた。


「――ロイ、ネイ、マリードッッッ!」


 少年は顔を上げる。

 穴の先へ向かって腹の底から叫んだ。


「目的地まで絶対に行こう! ……それまでテイナを頼む」


 3人は上からコウキを見下ろして状況を理解する。


 バカがよ、とロイが思う。

 受け取った、とネイが頷く。

 絶対に勝つぞ、とマリードが決意した。


 彼らの視線の先。痛くて苦しくて怖くて震えて辛くて泣きそうな身体、それら全てを隠すようなコウキの笑顔がそこにはあった。


「ちょっと、行ってくる!」


 コウキは自ら右手を離した。

 自由落下する2人の身体は穴の奥へ堕ちていく。

 驚愕するライラを怪我から守るよう抱き寄せる。

 細い身体を抱いたまま2人は闇の中に消えた。

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