第6話  「大結晶スタンピード」



 ――魔獣はどこからやってくるのか。

 魔法や魔術に頼るヴァーリアでは、生態系のデータ蓄積や遺伝子解析は詳細に行われていない。故に定かではないが一説によると突如結晶に生まれ結晶に戻るとされる。


 ――大結晶とはどういった存在か。

 スタンピードと言い、展開範囲に可能な限りの魔獣を召喚する。この時、展開範囲は全ての魔獣が召喚されるまで出入り不可。大結晶には様々な大きさと形がある。


「くそっ、くそくそくそ……ッ!」


 一行は突然生まれたゴブリン大結晶の範囲の中に閉じ込められ、大量のゴブリンに襲われていた。


 今回の大結晶は、数にして1800匹相当を生むものであった。


「――テイナッ!俺たちにアメノサグメは使うなッ!」

「はぁ、はぁ…………うん!温存する!」


 無数のゴブリンに囲まれたコウキは、手を止める事なく精霊剣を振り回し叫んだ。少しでも多く屠らなければ、次々と大結晶から産み落とされるゴブリンに圧迫されてしまう。


「幸いにもこの中で倒したゴブリンは即結晶となる!死体の山がなければ躓く事は無い!」

「マリード!とは言ってもこの数……私たちでは時間の問題だ!」


 マリードとネイが遠くて叫んでいた。

 ネイが速度で怯ませトドメをマリードの剛剣が済ましている。


「――ルシフェル」

「おいオマエ!同時討伐数減ってるぞ!身体大丈夫かよ!」


 ライラは連続使用の影響か数の多さが原因か、瞬時に倒せる数は半分程度の5匹。ロイは拘束をうまく使って致命傷を負わせながら着実にゴブリンを倒す。


「魔法帯剣“氷刀ひょうとう”」


 コウキは時折応用氷魔法を帯剣させる事で、ゴブリンの動きを凍らせて止めながら討伐した。雑魚のゴブリンに得意の断絶は不用だ。こうする方が周囲のゴブリンを静止させ討伐数を増やす事ができる。


 ――それでも。


 ゴブリンは、減る数より増える数の方が多かった。


 本来は6人1組の陣を作って対応するのが一番安全だが各々はなるべく分散して戦う。

 その理由は二つあった。一つは、広がる事で討伐数を増やす。


 そしてもう一つが投石の存在だった。


「ぐっ――、」


 ドッ!と、コウキの腕を拳サイズの岩が掠め血が飛ぶ。

 石は背後のゴブリンの頭を直撃し、消失して結晶となった。


「敵味方お構いなしかよッ!」


 少し高い岩の位置からゴブリンがコウキたち目掛けて石を投げているのだ。フラットな足場である分、投石組は3匹しか存在しない。しかし一箇所にいると危険だと判断し分散している。


「マジで投石気をつけてくれ!当たるとやばいッ!」


 仮に投石ゴブリンを倒したとて、また新しい投石組が同じことをするだけだ。みるみる増える中で出来ることはとにかく増やしすぎないように殺すこと、これしかない。


「ヒィアッヒィアッ」

「うるせえぶっ殺すぞ!」


 そう言ってぶっ殺すロイが、ずっとライラの様子を気にしている。

 明らかな討伐数の低下が不可解なようだ。


「私は大丈夫だわ」

「そう思うんなら! おらぁ! 態度に、出すなうりゃ!」

「数が多すぎて狙いが定まらない。 でも負けはしない」

「はっ!そうかよ!」


 どうやらライラは連続消費による疲労では無いようだ。ロイとて人の心配をする余裕がないことは自覚しているため、それ以上の言及はせず討伐に集中した。


「――マリード!“あれ”は使えるのか!?」

「……今は無理だ!その後を考えるならこの結晶が出し切った頃でなければ難しい!」


 コウキがマリードに奥の手を示唆したが、現状は不可能とのことだった。大業を以てもその後に負ければ命はない。命が有限である価値をこれほどまで痛感する日もないだろう。


「テイナは大丈夫なのか!?」

「っはぁ、へーき!これは本当!」


 息を切らしてるテイナをコウキは心配するが、なるべく元気な声で返答した。

 それが逆に気を遣わせると思ったのかコウキはそれ以上を聞かなかった。


「くそっ、本当に!こいつら、増えすぎだッ!」


 あたり一体はゴブリンまみれ。

 そして隙を見て飛んでくる投石。

 集中を欠かしたら確実に死ぬだろう。それだけはしていけないと、頭を回転させながら仲間を気にする。


 ――二式は、複数に弱い。


 コウキが苦戦する最もな理由がそこにある。

 あれはある意味で近道や反則技に近い。一連の動きをパターン化しているためどこから来るかわからないような大人数の攻撃に対応しきれない。


「大人数用の業も作っておけばよかった」


 ジリ貧だ。そう思いながら唇を噛む。

 奥では通常の戦いに戻したライラが剣を振っていた。最早能力の行使よりもそちらの方が早いようだ。

 しかし、それでもゴブリンの数は増えていく。


「貴殿ら!大業は出さず、速度も落とすなッ!」


 マリードが生存の為の喝を入れる。

 全員は既に出来得る限りの限界スピードだ。


「マリード君っ!でも、これ、本当にまずいかも!」

「テイナの言う通りだ!業の使用後の反動を考慮しても、今減らさなければ死ぬだけだ!」


 交戦するテイナ疾走するネイが返事をする。

 だがそんな事は、紫色に輝く空間の中でゴブリンを薙ぎ払うマリードが一番わかっていた。


 誰かがこの場のゴブリンを一掃しなければならない。


 現在は6人でおよそ400匹を討伐しておりフィールドには500匹以上存在する。

 これを全て倒しても、まだ半分は召喚されるだろう。


「……気の遠くなる話だ」


 既にマリードは“奥の手”を出そうとしている。


 だから他のメンバーには大業を控えさせたのだ。

 しかしまだ身の丈に合わない力は、使用後にマリード自身の行動を制限する事だろう。


 500匹であれば討伐可能。

 だがそうなれば待ち受けるのは、残りの900匹による奇襲攻撃。動けなくなるマリードは完全に詰むが他のメンバーは生き抜く可能性がある。


「……やるしかない……か」


 マリードは剣を振り続けながら呟いた。

 ふと家族のことや仲間の顔が過り、その尊さが剣の柄を強く握らせる。


「我の天上に至る道もこれまで」


 こんな理不尽な状況でもマリードには一切の悔いなどない。あるとすれば全力を尽くした剣の誇りだけだ。


 大きく、横に剣を薙いだ。


 ブォオオッ!と剛剣が哭く。

 周囲のゴブリンが血飛沫をあげて結晶となり、風で吹き飛ばされてはドミノ倒しに倒れていく。


「我が往こう」


 剣を掲げてマリードが呟く。


「具――、」

「――――神託。言霊の調べを還す」


 言葉は遮られ鈴の音が大業を解放した。


 忽ち6人の足元には黄金の円が出現し、それが発動している間の永続指定付与効果を自覚する。再び、言語や所作ではなく第六感として意味と意図を理解させられた。


 そして三分間、テイナに神の領域が形成される。


「――、おいテイナッ!!そんな事したら」

「わかってる!!!」


 コウキの言葉をテイナが遮る。

 聞いたマリードはぐっと剣を握り、ただひたすらにその手で葬る。


 全員がここで手を止めるほど無能ではない。少しでも勇姿を尊重し仲間を想うなら、100の言葉ではなく1の行動だった。


「でも……やるしかないんだよ。誰かがやらなくちゃいけなくて、それで守ることができるならアタシは選ぶ」


 剣を横に翳したテイナが言う。

 きっと3分後、彼女は動けなくなるだろう。


「アメノサグメ――、“弱者であれ”」


 こうして“激動の三分間”が始まった。



××××××××××××××××××××



 アメノサグメの劇的な能力向上。

 並大抵の人間では理解する事はできないロジックで対象を強化する。選ばれたものは第六感を通して知覚する為、自然と己がどう強くなったのかを知っている。


「凄い」


 全員が思った。

 強者の見る光景は、こんなにも広いのかと。


「体が軽い……」

「あぁ。想像以上である」


 ネイとマリードがぼやく。ネイはアキレスの力を借りた最速の一撃を放つ。今まで一度で倒せなかったゴブリンは即死だった。続くマリードも、たったの一振りで8匹程度の魔獣をねじ伏せた。


 少し離れた位置のロイも拘束能力が劇的に向上。

 同時に4匹の動きを止めて一振りで葬る。

 ライラも同様に、ルシフェルの能力でゴブリンを討伐していく。


 コウキとテイナも続いてゴブリンをひたすらに狩っていく。


「これならいけるんじゃねーか!?」

「ロイ、3分だ。……集中しよう」


 実際テイナの選択は多くのゴブリンを屠る点で最も効率が良い。ゴブリンに最強の1撃は必要なく、6人が同時に程よく強くなる事で討伐数を格段に増やすことができた。


 550匹は居たはずのゴブリンはたった1分で半分近くまで減っている。これは全員の努力もそうだが、一番はライラだろう。テイナ能力発動の機を逃すまいとただひたすらに剣を振り時には能力を行使した。


 ひたすら魔獣を斬るライラの、絶対にやり切ると言う執念。

 そこから見える焦燥が全員をよりやる気にさせる。


「――、」


 だがコウキには分かっていた。

 否、多くのメンバーが確信していた。


 このペースでも到底間に合わない。

 全力でやってもあと650匹は残っており、コウキたちにそれを正確に知る術はない。しかし徐々に大結晶の光は暗くなっている。あの光が消失して終わりなら、逆算するとまだ光は半分の地点。

 それがコウキたちの焦る理由だ。


「マリード。あの光からして、きっとまだ半分だ」

「ああ。ネイ、おそらくこれでも勝てない」


 マリードとネイは時折くる投石も躱しながら背を向け合い、また狩のために地面を蹴った。考えるのをやめたいとさえ思える三分間。それを否定するように剣を振った。


 強化された6人に疲労はなく力は無限に溢れてくる。だと言うのに、矛盾するような絶望の念に苛まれていた。


「――ォォオ!!」


 コウキは強く剣を振る。

 限界まで力を込めた氷刀が氷の斬撃を放ち、精霊剣自体もゴブリンを穿つ。


 ――激動の三分間が終わる頃には殆どのゴブリンが討伐されていた。

 しかしまだ尚大量召喚される魔獣をコウキが睨んだ。


 そして。


「――うっ」


 全員の付与能力が消えた。

 同時にテイナが、ぐらりと軸をなくした。


「テイナッ!!」


 コウキは堪えていた言葉をようやく発した。

 やりきった仲間を励ましにいくようにテイナの元へ走る。コウキがテイナの近くにいたのは、この瞬間のためだった。動けなくなるであろうテイナを守る。

 彼にできる事はそれくらいだった。


 だが、それすらも魔獣は許さなかった。


 瞬きのような一瞬の出来事。


「――ぁ」


 ズドン。ゴンッ!

 と、コウキの目の前で鈍い音が2回続いた。


 一つ目は、倒れる寸前に投石がテイナの横腹を掠めた音。

 二つ目は、近くのゴブリンが驚くテイナの頭を棍棒で強打した音だった。


 天高く血飛沫が舞う。

 全員の時が、止まった。


「……………………………………」


 ふら、ふら、ふら、と。

 殴られのけぞり転んだテイナを、コウキの胸が受け止める。手に収まる軽い感触。座った首がコウキへ向く。額が割れた血が邪魔をして表情も見えない。支えた手には、横腹の血液がベッタリと付いた。


「――――、」


 命が溢れていく。


 言葉はなかった。感情も何もなかった。


 力が入らないテイナを抱いて、同じように脱力した。

 ただコウキは息があることを祈り治癒魔法を施した。

 既に彼にはテイナ以外何も見えないし感じなかった。

 表情の作り方も、呼吸方法さえも分からなくなった。


「ヒィイ!」


 ゴブリンが嬉しそうに棍棒を上げる。


 それが、魔剣の女を怒らせた。


「――ブッッ殺すッッッッッッ!!!!!」


 空間が歪む。

 それは文字通りの意味だ。遅れて爆音がやってくる。


「――――、」


 瞬時に棍棒のゴブリンと周囲一体は爆ぜるように消失。広がる赤い血飛沫の円、突如中心に佇む薄飴色の髪。


 息の切れたライラが憤りを超えた顔で言う。


「お前たちに……!血なんて必要ない……!」


 咄嗟の限界突破に、ひどく咳が出るのを我慢する。

 そして真っ黒に染まった精霊剣を天に掲げた。

 雷を纏っては周囲一帯の光を剣が呑み込む。


 彼女は総勢300匹のゴブリンに告げた。


「――ただ、死ね」


 ライラが“サタン”を呼び起こす。言葉も行動も一瞬だった。


 ――剣は重力を支配する。


 ボゴオォッッッ!!!!と、巨大な重音が空間を震撼させると共に、300匹のゴブリンがひしゃげて同時消失する。 バンッッ!! と、次いで現れたゴブリン50匹は、呼吸をするよりも前にはじけて消える。 ドバッ! と、その後顕現するゴブリンも地に足をつける前に消し飛んだ。 消して消して消して消して消して消して消して、生まれた意味を考えさせる前にまた消した。


「なんだなんだなんだ、あれもこれも何なんだ!?」

「体が……動かぬ」


 その場でうつ伏せになるロイと、膝をつき硬直するマリードは空間を支配する絶対的な重圧に動く事が出来ない。


「――ルシフェルの、サタン化だ」


 近くにいたネイも重力にやられ膝をついて言う。


「テイナが気になるが……あれが出たらまずい。しかも範囲が広い。下級魔獣の一掃とはいえ長時間。……ライラは極度の疲労に加え何時間も精霊剣を出せなくなるはず」

「オイオイ待て、ならボクたちテイナちゃんとアイツらを守りながら戦うのか!?」

「ロイ、3人を守りながらこの場の攻略は流石に無理だ。せめてコウキだけでもすぐに呼び覚まさなければ」


 ロイとネイがやりとりするのを見てマリードがコウキの方を見た。

 コウキは俯いてただ治療を施している。


「アレは相当にやられている。絵に描いた絶望だ」

「――、」


 マリードの言葉に、ロイが何かを思い出すように黙った。ぎゅっと胸が熱くなるそれをただ抑えていた。


「私も勿論苦しいが、ここで泣いても死ぬだけだ。生死問わず、テイナが繋げてくれたこの命を無駄にはしない」

「――、」


 ネイの言葉にまたロイの胸が苦しくなった。

 苦しくなるほどに、昔の自分とコウキを重ねてしまっている。


「――何やってんだよ、オマエ……」


 ロイは昔の自分と重なるコウキをただ床から眺める。

 目を覚ませ、そう何度も心で訴える。


「私たちも先の強化でやや疲労が残る上に、アレはまだ100匹は出るだろう。その前にライラが持たないはずだ」

「いいや……もう、限界らしい」


 ネイが言うと、マリードは立ち上がっていた。

 いつの間にか重力の圧迫は消えて体が動く。周りの明るさも戻っていた。


「――っ!」


 はっとして振り返れば、精霊剣を無くしその場で立ち尽くすライラがいる。3人は慌ててライラたちの元へ駆け寄った。


「ライラ!!無事か!?」


 ネイたちが立ち尽くすライラを見て、言葉を失った。


 少女はただ泣いていた。

 先の方で増えていきノロノロと近づく魔獣。

 それらを忌々しそうに睨んで大粒の涙を流す。


「……悔しい。悔しい悔しい、くやしい…………!!」


 動かない両手に力の入らない足腰。

 立っているのがやっとの状態だった。


「私たちの何が面白い……奴等はどうして嗤う……!」


 視界が滲んで遂には両膝をつく。

 極度の疲労は息をするのも大変なほどだ。


「何で……あんな外道にも、赤い血は流れるのか」


 徐々に体が重たくなる。

 ふと過去を思い出し魔獣への強い憎しみが募る。


 だが――、


「何も救えない自分が、一番憎い……!」


 膝を叩く事すらできなかった。痛々しいその姿を見て3人は押し黙る。


「――、」


 マリードはその最中に考えた。

 ゆっくりと近付くゴブリンは遠くに120匹。結晶は光を無くしておりもう増える事はない。3人で限界まで戦えば勝算はあるが、投石組が来れば動かない方の3人が危うい。やるべき事……それは決まっているが、誰よりも優しいマリードはその術に迷っていた。


 そして、そばに居るライラの力が抜ける。

 倒れる刹那に本音は溢れた。


「――みんなで…………勝ちたい」

「――――っ!」


 倒れてただ泣いているライラを見て、1人の男が立ち上がる。金髪で癖のある髪に涙黒子と碧眼の男。


「ロイ?」

「………………」


 ネイの言葉は通らず、ロイがその場で何かを呟いた。

 そして唯一無二の心の友であるコウキの前に立つ。


「……モナには、こんな風にボクが見えてたのかよ」


 コウキを見た時、あまりにも情けない姿だと思った。

 ロイに気付くこともない。ただ死んだ目で動かない少女を治癒している。穴の空いた水筒を塞ぐように必死だ。


「――オイ」

「……………………」


 返事はない、虚だ。


「――オイ!」

「……………………」


 二度目にも応じず、遂にロイはコウキからテイナを引き剥がした。引き寄せたテイナがあまりにも軽くて、ロイの心が強烈に痛む。


「オイッッッ!!」

「――ぁ」


 それでもコウキを見つめ怒鳴った。

 コウキはテイナを探そうとするが、そばに来たロイとマリードに預けられたテイナが見つかる事はない。


「おい!!起きろ!!」

「――ぁ、てい、な」

「――ッ! この野郎ッッッ!」


 まだ座ってテイナを探そうとするコウキの胸ぐらを掴んで持ち上げる。絶望するコウキと目が合う。


「――――っ!」


 その酷く壊れた顔を見て、またロイの胸が張り裂けそうになった。あの時の自分と重なって感情を理解してしまう。それでもロイはコウキを持ち上げる。


 ――辛いだろうな。ボクはそれを知ってる。友達だ。甘やかしてやりたいし、共に悲しみたい。

 だとしてもオマエは、ボクが守らなきゃならない。


「歯ぁ食いしばれ――、バカがよッッッッ!!!!!!」


 バゴォ!!と。ロイの握った拳がコウキの顔面に直撃する。

 勢いのままその場で倒れたコウキに“痛覚”が戻る。血の味に“味覚”を得る。ゴブリンの行進に“聴覚”が作用して、焼けるような戦地の匂いに“嗅覚”を感じた。


 そして、目の前に立つ親友を“視覚”が捉えた。


 確認してロイが大きく息を吸った。


「ここは!!!地獄だッッッ!!!!!!」

「………………ろい?」


 一歩ずつ飛んでいったコウキへ近づく。


「血塗れ!仲間の怪我!体力の消耗!ずっとずっと辛くて苦しい!受け入れずにただ絶望したい!同じだ!!オマエが言った通りだ……あの夜の返事をするなら、ボクも仲間だから同じ気持ちだ!!!」

「…………………………」


 目の前で立つロイは思った。

 これはあの時のボクだと。あの時のロイと違う事、それはロイがこの男を生かす側にいる事だ。


「だけどなオマエ……死は救済じゃねぇぞ」

「…………………………」


 もう一度胸ぐらを掴んで起き上がらせる。


「あれ見ろ、テイナちゃんだ。オマエどう思う?」

「――ッ!」

「オマエ今胸が苦しくなったんじゃねぇのか?」

「それはっ……」

「何度も言うが……同じ気持ちだ。あぁなるのがテイナちゃんだけじゃなく、オマエでも、ボクは今のオマエと同じ感情になるんだ!」

「…………ロイ」

「仲間だから他の奴らもきっとそうだ!いいのかよ……それでいいのか!?」

「………………」


 怒鳴るロイに今度こそコウキは“目を見る”事が出来た。場違いにも「目を見て答えろ」と、そう言われたあの日の事を思い出してしまう。


 ロイはもう一度聞くぞ、と言葉を繋ぐ。


「状況は最悪、周りは魔獣、此処は地獄だが、オマエはどうする? 自分自身にも向き合えず絶望しとくか?」

「――ッ! 違う、そんな場合じゃない」


 フラッシュバックする光景があった。


『自分とそれだけ向き合えるなら人とも向き合いやがれ。オマエを見てくれてる人たちが、いつか居なくならないように、安心してオマエを支えられるように』


 仲間はおろか自分とすら向き合わずただ絶望に身を委ねた自分。見てくれる人や支えてくれる人ができたのにそれを蔑ろにした自分。多くの命に支えられている自分。

 それらを俯瞰でしっかり自覚した。


「俺は……」

「やっと目覚めたかよ。地獄へようこそ。バカがよ」


 気付いたロイが首元から手を離す。

 その瞳はどこか、懐かしい過去を思い出すようにコウキを解放する。


 コウキは立ち上がって周りを見渡した。ボロボロのロイ、倒れるライラ、息の荒いネイ、汗だくのマリード、瀕死のテイナ。奥にはゴブリンの隊列とズタボロの床。


 なるほど、確かに地獄だ。

 地獄だが、此処にはコウキも皆も居る。


「とりあえず、皆。支えてもらった命を粗末にしてごめん。……二度としないよ。どうするかも、もう決めた」


 全員に語りかける。

 次の言葉を待つ野郎3人。

 彼らはやれやれと言った笑顔でコウキを見ていた。


「……まずはこの局面をぶちかまそう、絶対に勝つぞ」


 大結晶スタンピードの最後の戦いが始まった。


 ――同時。

 待ち受ける悲劇が、ゆっくりと歩き出す。


〔来る絶望の末、得るものが有れば考えてやろう〕


 低い音が二つ重なった声は喧騒に消えていった。

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