第4話 「五大貴族の始まり」
――その昔、王を支えた5人の
彼らは死した王を抱え天上に至った。
勇敢な者たちは全員がその名誉を捨てる代わりとして亡骸の王を復活させる。
こうしてただ1人天上の命を賜る王。
勇敢な者たちへ富と名声を与え生涯の自由を約束した“エル”の名を授けた。
これがヴァーリア王国、
「教頭、今年の試験は面白そうですねぇ」
「ヴァランドル
広々とした豪奢な空間には赤い絨毯が広がる。壁は金と磨き石で作られており、20人の貴族と数多の遊女がやりたい放題。大人の色で煌めく一室は、この場所が仮設部屋である事を忘れてしまうほどだ。
この中に場違いな教師が一人。
40代とは思えない艶やかな銀髪のセンターパート、涙黒子が特徴の切れ長な紅瞳。グェン=レミコンサスが膝をつき、頭を垂れていた。
頭の先に居たのは巨大な椅子に座る小太りの禿げた中年。
比較的清潔感はあるが、食生活と年齢で劣化した肌がベルベットのオートクチュールに合ってない。両膝には遊女を2人も乗せており、いかにもな見た目の貴族だった。
「それにしても教頭は美丈夫だというのに、楽しまないのですねぇ。ここの遊女は見た目だけなら別格ですよぉ」
「恐れ入ります。矮小な器を持つ私如きでは、皆さまの様に女性をエスコートできませぬ。せめて光景だけでも楽しませていただきます」
「取り繕ろうとも結局は満足度ですからねぇ」
はっはっはっ!と、高らかに歯を剥き出しながら伯爵は笑う。
片方の遊女の胸を揉み「ぁん」と下らない声で雌は鳴いた。
こんな地獄絵図にもグェンは動じない。
――膝をつきながら改めてこの男についてを振り返る。
彼こそが五大貴族の一人。ヴァランドル=エル=ドルマン伯爵だ。
王を支えた勇者の一人、初代ドルマンであるレイス=エル=ドルマンは人徳と教育に優れ“勇者は集めるのではなく作るものだ”という理念のもと設立されたのがレイス学園。ヴァランドル伯爵はレイスの子孫に当たる人物だ。
つまりレイス学園は雇われの学長ではなく、正真正銘このヴァランドル伯爵の管理下にある。王族直下とはいえこの男無くしてレイス学園は無いと言っていい。
「そろそろ顔を上げなさいな。ここは腐っても迷宮の入り口ですよぉ。貴方は私たち貴族を守る使命がありますからねぇ」
「はい伯爵。この身が皆さまをお護り致します」
「伯爵〜ほんとにこの人がボディーガードなのぉ?弱そー」
「でもかなりイケメンじゃなぁい?一回試してみる?相性」
グェンが顔を上げると、ヴァランドル伯爵の両サイドにいた女たちが見下ろしていた。下着が見えるのも気にせず、裸足の足でグェンを指さして笑う。
グェンが返答に困っていると、伯爵が代弁した。
「おい。売女ごときが勤勉な者を
そう言って、片方の女の首をへし折った。
もう一人の女が小さな悲鳴をあげる。折られたのはグェンを「弱そう」と言った女だった。
「はっはっはっ!間違えて殺してしまいましたねぇ。失礼ですが教頭、召使(めしつかい)を呼んでもらえますかねぇ?片付けは苦手なもので」
「……はい伯爵。既に目配せで呼んであります」
「仕事ができますなぁ」
はっはっは!とヴァランドル伯爵はまた笑った。女に飽きたのか、視線を少し外して興味深そうな顔をする。
ヴァランドルが見ていたのは空間の至る所に散りばめられた映像モノリスだ。試験の状況を確認することができる。今回の貴族の集まりも、この試験の観覧と賭博が目的だ。
「それにしてもこの
「1学年主席。カーディナルのミア=ツヴァインにございます」
「ほう。ツヴァインと言えば
それを聞きグェンは次を言うか迷ったが、言わないよりはいいと考えて補足する。
「彼女はその……人に称するものではありませんが“最高傑作”と。そう呼ばれています。精霊剣はゼウスとハデス。今はゼウスの方を使っておりません」
「そうですか。遂にツヴァイン家も完成したのですねぇ。それはそれは、さぞかしこの娘も大変でしょうなぁ」
「詳しくは分かりませんが、彼女なりに頑張っている様です」
グェンは深い話を避けた。
それにしても神剣と魔剣であるゼウスとハデスの名が出たと言うのに、ヴァランドル伯爵は驚きはおろか話にも出さなかった。彼はいつも堂々としているとグェンは思う。
「して教頭。なぜさっきは止めなかったのですかねぇ?」
「……先ほどの女性でありますか」
「そうですよぉ。剣気で折れると気付いていた貴方なら、止められたのではありませんかねぇ」
伯爵は本質を試すような台詞を残す。
「いえ。文武共に達人の域にあるヴァランドル伯爵の前では、私如き野良犬のソレと相違ありませぬ。止めようとしたとて失敗に終わるでしょう」
実際にその通りだとグェンは思う。
伯爵は異常なまでに強い。地位に甘える人間ではなくその身体を以て確かめてきたタイプだ。仮に仲裁に入ったところで、女の骨の折れ方が複雑になり苦しめるだけだ。
しかし、伯爵にとって力など酷くどうでもいい話だった。忠誠という名の“本質”を確かめられたことに満足した表情で笑う。
「はっはっはっ!最後にいいですか教頭。今回の試験の見どころを教えていただけますかねぇ」
「はい。……全ての生徒が素晴らしい。そう言いたいのですが、今回は本心を打ち明けてもよろしいですか?」
「まるで普段が建前のようですねぇ」
これは皮肉ではなく冗談だ。故に伯爵とグェンは気にせずに軽く笑う。
グェンがヴァランドルを裏切ることなど、金輪際あるはずがないのだから。
「私はノアールクラス。珍しく担当クラスを推奨致します」
××××××××××××××××××××
「コーキがピカピカになった!」
「俺、完全復活」
コウキの治癒完遂と返り血を水魔法で掃除し終えたテイナが「じゃーん」とパーティに披露する。コウキも盛り上げようと堂々のスマイルを浮かべたが、大滑りして全員真顔だった。
「よかったなテイナちゃんにピカピカしてもらって」
「ロイ、みなまで言うな。コウキもあの笑顔。満更ではなさそうだ」
「ふん」
「…………」
個性的なパーティに囲まれてピカピカのコウキは気を取り直した。全員と能力の情報交換を済まし其々の力の詳細が聞けたところで、死体まみれの空間を見て言った。
「
「そだね、皆で一つずつ集めよ〜」
ライラ以外の5人が目的のために散らばった。
――結晶魔法というものがある。
魔法は魔術にならない限り効果が薄いため、使わない精霊剣士も多いがこの魔法だけは別だろう。
結晶魔法は魔獣の死体にのみ有効で、一定時間内であればその亡骸を消失させて小さな結晶にすることが可能だった。結晶の用途は能力強化薬や武具、通貨などに換金できたりと使用の幅は広い。
迷宮攻略は知らないことばかりだとコウキは思う。
本来レイス学園は騎士の養成所に近いためこれは仕方のないことだった。冒険家の知識はあまり学ぶことはなく、迷宮での実技も2学年からしか始まらないのだ。
「うわぁ本当に結晶になる!小さくて綺麗〜!」
テイナがゴブリンを結晶化して拾う。
魔獣に応じて色や形は異なるが、ゴブリンは縦1センチ横5ミリ程度で紫の結晶だった。
「デリオロスの結晶は青くて丸いんだな」
コウキもビー玉より小さくなったデリオロスの結晶をポーチにしまった。
ポーチの種類として“結晶転移袋”と言うものがあるらしい。魔術の構築式が埋められた袋で、入れると同時に安全な場所へストックするもの。しかし学生の内は普通のポーチに入れて持って帰るのが主流だ。
「よし、終わったな」
「うむ。2列になり、先を目指そう」
こうして一帯が片付いたところで、マリードが動きを進めた。コウキたちは左側の穴へと歩き出す。
左側の道はかなり狭く二人が並んでギリギリ戦えるくらいのスペースしかなかった。
「右側の入り口を行ったらどうなってたか気になるぜ」
「あれだけゴブリンがいたんだ。パレードにでも遭遇するんじゃないだろうか」
真後ろで物騒なことを話すロイとネイ。
聞いて更に後方のマリードとテイナも話始めた。
「右の道は真東に近い進行である。隣は白色(ブロン)のルートだから合流できたかもしれんな。助け合う余裕は無さそうだが」
「ミアさんたちかぁ……ゴブリンのパレードとか10分で殲滅しそう」
緊張はほぐれたのか、会話数が多い。
雑談が増えるのはいいことだとコウキは歩きながら思った。
集中力を削ぐだとか異音に気付けないだとか色々あるが、一番は精神力だ。閉鎖空間で緊張を解くことは生存に繋がりやすい。
全体で話しながら歩いていると後方から指示が飛ぶ。
「前衛はここから先、精霊剣を出して進め」
おそらく狭い道が続いているからだろう。マリードが言った言葉にコウキは従い、ナイアルラを出現させる。
ライラは既に剣を出していた。
そのまま細く入り組んだ道をより歩いていく。
最中、ライラが止まった。
「待機。前方に魔獣がいる」
ライラは手で全体の進行を止めそこで全員が警戒する。
気になったコウキはライラに話しかけた。
「……まだ見えないけど、なんで分かるんだ?」
「あの
「剣気?ってあの四種類くらいあるやつか?」
「ええ」
それ以上ライラが話することはなかった。
コウキがグェンの実技の授業内容を思い出す。
『一般的な剣気は大きく3種類あります。“
珍しくグェンが剣気について詳細を話さなかった。
そのためコウキ自身も詳しく調べることはなく、それほどまでに彼はグェンという存在を信頼している。
「その剣気を使えば気配がわかるのか?なら練習すればよかった」
「コウキ。剣気は一日にして成らずと言うように、体得するものではなく基礎を学んだ先に剣気がある。今私たちは基本を固めればいい」
ネイが言ってマリードが言葉を加えた。
「最もだ。気配感知の“民の剣気”はライラ以外に我やネイも使えるが、ギフテッドと比べれば足元にも及ばぬ。応用を急がなくても良い」
そんなもんなのか、と言った後。
赤い目をした多くのゴブリンが先の道から出現する。
こちらを警戒しながらも一歩一歩近づいてきた。
「またゴブリンか」
複数いるが注意さえすれば時間はかからない。
コウキが精霊剣を構えていると、隣でライラが呟いていることに気付く。
「2、5、7……いや8」
「どうしたんだ?ライラ」
なんの数字か気になっているとすぐにコウキはそれが敵の数だと悟った。なぜ数えているのかはコウキには分からなかった。だが――、
「――ッ!?」
その瞬間コウキが驚く。
目の前のゴブリンの群れが両断され、全滅したのだ。
「終わったわ」
「…………いや、まじか」
これをライラがやったことは明白だった。
何故なら剣に血が滴っている。コウキはライラのバケモノじみた力を実際に見て言葉に困った。涼しい顔をしている。ゴブリンからしたらたまったもんじゃないだろう。断末魔すら上げることのできない圧倒的な能力だ。
「あれ?でも死体が消えていくぞ」
斬られたゴブリンは肉塊にはならず気化するように消失していく。ライラは剣を振って血を拭いながら言った。
「ルシフェルは相手の真っ当な死も許さない。魔剣は魔獣の命を断つと同時に魂である結晶を剣に取り込む」
「相変わらず強欲な能力だな……」
「ゴブリンが消えたのは“許されざる死”は屍を残せないため。だから私は結晶集めに苦労するわ」
なるほど、とコウキが理解した。
先程の結晶魔法でライラだけが動かなかったのはこれが理由だろう。強力なルシフェルを使う限りは結晶を拾う機会がないと、なんとも皮肉だ。
「俺の結晶半分あげるよ」
「いらない」
「そうか」
いつも通り突き放されたところで気を取り直して歩きだした。
マリードの考案した陣形と配置はパーティを確実に前に進めた。
前衛はライラをベースに、10匹以上現れた際はコウキとネイが応戦。後衛は突然の出現が多かったためロイが拘束しつつマリードとテイナが確実に魔獣を倒す。
細道なのに魔獣の出現ペースは早く数も多かった。だが低級魔獣しか出ない事や確実な6人の連携が功をなし、コウキたちは体力を失わずに15キロ地点まで辿り着く。
極めて順調な進行。
しかし欠点もあった。
「……全然広い道に出ないね」
「もうボクたち3時間も休憩なしで歩いてるぜ?」
先の見えない道の閉鎖的な空間は体力より精神力を削ってきたのだ。
3時間以上歩く上にいつ出てきてもおかしく無い魔獣の警戒。
更に出現頻度も高く気晴らしの雑談も減っている。これがストレスとなり、テイナとロイに負荷をかける。
「精神の疲弊で言えば前衛が最も辛かろう。戦闘が弱音を吐かない今、我々が嘆いてはどうする」
「聞け。マリードは今“大変だが辛さも皆で分かち合えば怖く無いよね頑張ろう”と言っている。私もそう思う」
マリードの言葉にネイがフォローを入れた。
コウキは前方で聴きながら、ここに彼らの強さが出ているなと感じていた。
厳しさを以て優しさを示すマリードと優しさを以て厳しさを示すネイ。其々の本質がしっかりと出ている時点で二人はおそらく精神的にはやられてないだろう。
「あの二人、頼りになるなライラ」
「…………」
無視されるのも慣れてきた。嫌われてるというよりは不要な会話を避けているように見える。否、そう思いたい。
こうして少しずつ会話しながら進むと、今度は何度も経験した分かれ道に出た。
しかし今回は意味合いが異なった。
「分かれ道だ。本来ならコンパスで目的地に近い方を行くけど……これは審議が必要だな」
「ええ」
ライラがここは大切だと思ったのか、返事をする。
コウキは一度全員を呼び出して分かれ道の前で説明を始めた。
「てな訳で、普通なら左に行くんだけど……右を見ると、先が明るいのがわかる。もしかしたら広い部屋に出れるかもしれない」
んで、とコウキが言葉を紡ぐ。
「先を急ぐために左へ行くか。休める可能性にかけて遠回りするか。多数決の後に其々の意見を聞きたい」
全員は頷いた。少しだけ思考する時間が生まれコウキも状況を整理する。
経過時間は4時間弱。
かなりゆっくりでも進行度は推定25%のあたりにいると予測。
12時間のうち、残りの休憩を考慮して進む必要はある。
メンバーは精神的ストレスがある組はロイとテイナ。それ以外は特に負荷はない。肉体的疲労で言えばコウキの怪我とテイナの若干の疲労くらいだろう。
「それじゃあ、左を行こうと思う人は手をあげてくれ」
――手を挙げたのは、コウキとライラだけだった。
表情を変える事なく光景を一瞥してから次に進む。
「じゃ、とりあえず右に行く事にして……ライラ以外の4人は其々理由を聞いてもいいか?」
進行にすぐ返事したのはロイとテイナだった。
「ボクはここいらで休みたい、それだけだ」
「アタシも色々あるけど、結論的にはロイ君に同意かな」
コウキは視線でマリードとネイに意見を求めた。
「我はメンバーを休ませるべきと言うのもあるが、最短だと感じて進んだ方角が遠い可能性も考慮した。違う環境が見えた段階で試してみる価値は大いにある」
「私は中立に近い。だがマリードとさして変わらない理由で右だ。方角は確実に反対になるが」
了解。とコウキは言う。そこでマリードが聞き返した。
「何故貴殿らが左なのかも聞かせてもらおう。本来であれば前衛が最も疲弊する。だと言うのに二人は即答に見える」
マリードが言うことは正しかった。
普通であれば、コウキとライラが休憩の可能性を得たいはずだ。
「俺は理由がある。どうせ右には行くつもりで、色々端折って結論だけ言うが……おそらくこの迷宮は、細い道が最も安全だ」
「――、」
このコウキの結論に驚かなかったのは共に前衛として歩いているライラだった。意見は殆ど同じだろう。
「でもマリードが言うことも事実だ。だから右を行こう」
「待て。貴殿らの理由は詳しく話さないのか?」
「今は詳細なんて無意味だから後にしよう。ここで話せばきっと変に迷う。多数決と決めたのは全員の総意だ。何れにせよ二択なんだから、決まった方へ行こう」
コウキは明確に決めなければならない時、イエスとノーをハッキリと使い分けるタイプだ。この決断力と意思が大いに役立っているのは戦闘時と座学である。
瞬時にリスクを導き出し取捨選択できるからこそ咄嗟の判断には強いが、逆に言えばこう言った集団での決議にはめっぽう弱い傾向があった。
「コウキ、一つ聞く。多数決を初めから貫く意思があるのなら、何故多数派の私たちの意見を聞いたのだろうか」
「……それは、俺が正しいと思う事を仲間が違うと意見した時に、自分がどう思うのか知りたかったんだ。案の定、みんなの意見を聞いてそっちで行こうと思ったよ」
「そうか」
このように決めた事を貫く姿勢はコウキの選択と反対になったとしても起きる。今回とは別で仮に正解と不正解があったとして、仲間が不正解で行くならコウキはそれすらも信じるだろう。
コウキ自身がまだ無自覚のまま抜群の判断力を持っていることや、彼が決めた事に進む方が上手く行くと確信しているのは仲間の中でたった一人だけだった。
「行こう」
「……あぁ」
ロイの返事と共に歩き出し、一行は光のある方を目指していった。
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